31 / 52
絆の邂逅編
第三十話 シノの迷い
しおりを挟む
『フィムとソニアは今、クィーリアから東に進んだ所にある村、コーティオン村の近くにある海辺の洞窟にいる』
ユーガは先程聞いたばかりのロームの言葉を思い返して、エアボードの操縦桿を握る手が少し緩んでいた事に気付いてもう一度操縦桿を握り直した。握り直したタイミングで、スピーカー越しにトビが嘆息したのがわかって、ユーガは口を開いた。
「トビ?どうしたんだ?」
『・・・これでソニアがスウォー達の味方だとわかった。だからこそ・・・面倒になるな』
『・・・そうですね・・・』とルインの声も聞こえてきた。『私もソニアさんの事を少し調べましたが、かなり優れた魔導士のようですし・・・』
ルインが言い終えた瞬間、シノが唇を噛み締めたのがユーガにも、恐らくは仲間達にもわかった。
「・・・シノ」
『・・・はい?』
「その・・・なんて言うか・・・」
『?』
ユーガはしどろもどろになりながらも、何とか頭をフル回転させて言葉を継いだ。
「・・・ごめん。俺、シノ達の事情に勝手に首を突っ込んでるよな・・・。けど、どうしても放っておけなくて・・・」
『待て待て』と、ユーガの言葉を遮ってネロが嘆息しながら言った。『お前が仲間を助けたいって言ったんだろ?だったら謝る必要はねーだろ』
『それに、シノちゃんの事はアタシ達も助けたかったし。ここでユーガ君が卑屈になってどうすんのさ?』
ネロの言葉に次いで、リフィアもユーガに少し呆れるように言った。ユーガは少し卑屈になってしまった心を何とか抑え込み、うん、と頷く。
「そ、そうだな・・・ありがとう。また俺、卑屈になってた・・・」
『・・・おい。戯言はいいが、見えてきたぞ。コーティオン村だ』
トビの言葉が聞こえ、ユーガは視線を落とした。そこには、村の至る所に畑がある、側から見てものどかな村があった。
「あれが・・・コーティオン村・・・?」
『ああ』
「へぇ・・・自然豊かっていうか、のどかな村だな」
ユーガの言った通り、村にはかなり多くの花やブタなどの動物ー恐らく家畜だろうがーが多く生息していた。
『どうする?一度降りるか?』
ネロはコーティオン村を見下ろしながら、誰にとも言わず尋ねる。するとスピーカーからルインの、ええ、という声が聞こえた。
『・・・正直、フィムはかなり強敵です。念の為、ここで準備はしておきましょう』
『準備は怠らないようにって事か』
トビが嘆息混じりに呟くと、リフィアも頷いた。
『そうだね。それじゃ、降りよっか』
「わかった」
ユーガは頷いて、エアボードの高度を下げる。『元素障壁(フィアガドス)』が解除され、ユーガ達は顔を顰めた。
「・・・ん・・・これは・・・」
ユーガは鼻を少し押さえながら言うと横にトビが立って、ふん、と鼻を鳴らした。
「最初はキツいだろうな。何せ、ここは色々な動物を飼ってんだ。獣臭えのは我慢しろ」
「う、うん・・・わかった」
トビはこの匂いが気にならないと言うのであれば、恐らく慣れがあるのだろうな、とルインは思った。
「さて・・・アイテムが無ぇな、買いに行くか」
トビの言葉に、ユーガ達は全員が頷いた。
「俺も買いたい物もあるし・・・皆はどうだ?」
「俺も行くよ」とネロ。
「私も少し買いたい物が」とルイン。
「アタシも~」とリフィア。
「私も行きたいです」とミナ。
仲間達も、道具や色々な物が欲しいらしく、次々に声を上げたーシノ以外は。
「・・・シノはどうする?」
「・・・私は・・・良いです。この村を見て回りますから、私に構わず行ってください」
そう言って、さっさと歩き出したシノにユーガは困惑しながら、彼女を呼び止めた。
「お、おい⁉︎シノ⁉︎」
だが、彼女は歩みを止める事なくユーガ達から離れていく。ユーガは慌てて追いかけようとするが、それはトビの手が肩に置かれた事によって阻まれた。
「待て」
「トビ⁉︎」
「しばらく一人にしてやれよ」
「だけど・・・!」
ユーガはトビに、行かせてくれ、と願いを込めて視線を向けた。だが、トビは首を振ってユーガを行かせようとはしない。
「・・・あの母親と会うんだ。覚悟を決めないとだろうが・・・それがすぐにできるほど、人の心は単純じゃねぇんだよ。お前と違ってな」
だから待っててやるんだよ、とトビはユーガの肩を握る手に少し力を込めた。
「・・・今は信じて待ちましょう。シノの強さを、信じる事が今私達にできる事ですよ」
さらにルインが隣に立ってユーガに言った。ユーガはシノが去ってしまった方向を見つめたが、もうあの特徴的な金髪を視界に捉える事は、できなかった。
「いらっしゃいませ」
結局、ユーガ達はシノを追いかける事はせずにそのまま道具屋へと訪れた。ー本当は、シノを追いかけたい気持ちは山々だったが。
「・・・では、各自で準備を進めましょう」
ルインの言葉にユーガ達は頷き、かなり広い店内にそれぞれ広がった。ユーガは回復のポーションを手に取って、溜め息を吐いた。去り際、シノが見せたあの眼はー間違いなく、苦悩を抱えている瞳だった。
「・・・くそ・・・」
ユーガは手に持ったポーションを見た。ピンク色の液体が、ちゃぷ、という音を立てて揺れる。ユーガの心も、このポーションのように揺れていた。仲間を助けたいのに、シノの心に芽生えた苦悩に対して何もしてやれない事に、ユーガは強い無力感を覚えた。もっとシノの心を助けられるほどの力があれば、シノの心を支えられるほど強ければー。
「・・・ユーガさん?」
そう声が聞こえて我に返り、その声の方向を見るとそこにはいつの間にか、ユーガの隣にミナが立っていてユーガの顔を覗き込んでいた。その顔がとてつもなくー。
(きれ・・・)
首を傾げてユーガの顔を覗き込んでいるので、長い茶髪が重力に伴ってミナの顔にかかっていて、ユーガは少し顔を赤らめた。
「・・・え、えっと・・・その、ど、どうしたんだ?」
「いえ、ユーガさんが何かを考え込んでいたので・・・」
ミナの言葉に、ユーガは右手を見るとその手にはまだポーションが握られていたが、意図しないうちに強く握りすぎていたらしく、少し手に痛みがあった。
「・・・いや・・・シノの事を考えてたんだ」
「・・・そう、ですよね・・・」
ユーガは頷き、ポーションを元々あった場所へ戻す。
「・・・シノのお母さん・・・ソニアさんはどういう思いでシノに冷たくしてたんだろう・・・」
「・・・え?」
「俺は親じゃないから、細かい事はわからないんだけど・・・ソニアさんの話も聞いてみたいよ・・・」
「・・・ソニアさん、話してくれますかね・・・?」
「・・・わからない・・・ソニアさんと話す事でシノを助けられれば良いんだけど・・・」
ユーガは元々少し下がっていた肩をより深く落として俯いた。ーと、不意にミナが、ユーガさん、と呼び、ユーガがその方向に顔を向けるとミナの両手がユーガの頬に当てられ、ユーガは困惑した。
「え、えぇ・・・?ミナ、これ・・・どういう・・・?」
「・・・勇気が出る、おまじないです」
「・・・へ?」
「大丈夫、きっと上手くいきますよ。・・・私達もいますから」
「あ・・・」
そうだった、忘れていた。ユーガは一人ではない、という事を。たくさんの仲間達が、自分を支えてくれているのだ。ユーガは笑みを浮かべて、うん、と頷いた。
「ありがとう・・・ミナ」
ユーガの笑みに、ミナも微笑んで答えてー。
「・・・あの~」
いつの間にか、ユーガとミナの横にリフィアが立っており、ユーガとミナは比喩ではなく飛び上がった。
「うわ⁉︎り、リフィア⁉︎」
「り、リフィアさん⁉︎いつからそこに⁉︎」
ユーガとミナの言葉が重なって、リフィアは頭を掻いた。
「いや~・・・途中からだけど、若いお二人の良い雰囲気を邪魔しちゃいけないかなって思ってさ」
「い、いや・・・そ、それよりどうしたんだ?何か用があったんだろ?」
ユーガは言って、自分でも無理やりな話の切り替え方だな、と心の中で苦笑した。リフィアは、まぁいいけど、と怪しげな笑みを浮かべたが、すぐにそれは消え失せた。
「いや、トビ君見てない?いつの間にかいなくてさぁ」
「え?さっきまでそこに・・・」
ユーガが指差した方向には、棚にずらりと並ぶ数多くの薬草だけだった。あれ?とユーガとミナは首を傾げる。
「・・・本当です、いませんね・・・」
「外に行ったのかな・・・?俺、ちょっと探してくるよ。皆はここで買い物してて!」
ユーガは言い、ミナ達が返事をするより早く店から走って出て行った。やれやれ、とネロが呆れながらーそれでも顔には笑みを浮かべて、呟いた。
「やっぱ、ほっとけないよな」
「・・・ええ、そうですね」
その横で、ルインも頷いて再び店の商品に視線を戻した。
(・・・ユーガ、トビ・・・あなたならきっと・・・シノの心も救えますよ)
ルインは思いを口には出さず、一つのポーションを手に取って少しだけ揺らした。まるで歌うように、ポーションは音を立てたー。
「まだ、そんな遠くには行ってないよな・・・?」
ユーガはコーティオン村を走り、トビの姿を探した。同時に、シノの姿も探していく。
(・・・できれば、シノとちゃんと話したいし・・・)
ユーガは腰に横に取り付けられた剣が揺れるのを感じながら村中を探し回りー。その姿を、見つけた。村を見下ろせる丘の上に青い軍服を見に纏って村を二人で見下ろしている、二人の男女の姿を。
「お・・・!」
「お前さ」
ユーガは丘を登り、彼等にートビとシノに声をかけようとして、咄嗟に止めた。なぜか、話しかけてはいけないような、そんな気がしたのだ。ユーガは少し考えて、すぐそこにあった家の陰に隠れて聞き耳を立てた。
(これじゃ・・・やってる事、ネロと同じじゃんか)
ユーガはそう思って苦笑しつつも、トビとシノの前に出て行こうとはせず、ただ気配を殺してトビとシノの会話を聞いた。
「・・・怖いのかよ。ソニアに会うのが」
「・・・・・・」
「怖がってるとか、お前らしくもねぇな」
段々と、陽が沈んでいく。ユーガは辺りが暗くなっていくのを感じながら、家の陰に座り込んだ。
「・・・私も・・・色々思う事があるんです」
「?」
「・・・お母さんは・・・どうして、私を産んだのでしょうか」
「・・・・・・」
「私は・・・何の役にも立てないです。そんな私を産んで、お母さんは・・・幸せだったのでしょうか」
トビは黙った。シノがこんなにも卑屈な事を言うとは思っていなかったのだ。シノは確かに、多少は自分を卑下する事はこれまでにもあった。しかし、ここまではっきりと卑屈になるとはー。
「・・・知るかよ」
「・・・え?」
隣でシノが息を呑み、トビの顔を見つめるのがわかったがトビは構わず言葉を継いだ。それは、『仲間』に向けてー。
「・・・ソニアがどう思ってようが、俺には・・・俺達には関係ねぇ。・・・す、少なくとも・・・俺には・・・ユーガ達には必要なんじゃねぇのか?」
トビは言って、視線を逸らした。シノを見ているわけではなく、村を見下ろしているだけなのに、とてつもない恥ずかしさに襲われたのだ。
「・・・それに・・・あの馬鹿共はお前がどうあろうと、受け入れる。それが曲がっていたら、自分の身を挺してでもまっすぐに戻そうとする。そういう奴・・・そういう奴等だ」
シノは驚いて、トビの顔ーはっきりとは見えないがーを凝視した。間違いなく、トビは変わっている。これまで人を信じなかった彼が、ユーガをーユーガ達を、信じようとしている。シノは僅かに、本当に僅かに笑みを浮かべる事ができた。暗い闇の中を、掬い上げてくれたから。
(・・・ちょっとだけ)
シノは音もなく動き、トビの体に抱きついた。トビの眼が驚きに見開かれ、暗い闇の中でもわかるほどはっきりと顔を赤くした。
「・・・は、お、おいシノ、てめぇ・・・⁉︎」
「・・・少しだけ、です」
「・・・シノ・・・」
トビは抵抗するのをやめ、嘆息して口をつぐんだ。陰から聞いていたユーガは、視線を下に向けた。トビとシノのように、互いを支え合えたら。そうすれば、シノを助けられたのかもしれない。ユーガは下ろしていた腰を上げ、黙ってその場から立ち去った。ー何となく、ここにはいてはいけないような、そんな気がしてー。
ユーガはトビ達が戻ってくる前に先程の道具屋へ戻ると、そこにはルインとミナだけが立っていた。恐らく、ユーガを待っていてくれたのだろう、ユーガの姿を確認すると笑みを浮かべて近付いて来る。
「ユーガ、トビは見つかりましたか?」
「・・・あ、ああ・・・うん。シノも一緒にいたよ」
「・・・おや、そうでしたか。お二人は?」
「多分、もうすぐ帰ってくると思うよ。ネロとリフィアは?」
「宿を取ってくれてます。先に休んでいてもらうように言いました」
「そっか、わかった」
ユーガは努めて明るく振る舞った。いくらなんでも、トビとシノの会話を盗み聞きしていた、なんて言っても笑われて茶化されるのがオチだろう。ーしかし。
「ユーガさん・・・?無理してませんか?」
ミナにそう言われて、ぎょっとした。何でわかるんだ、と口にまで出してしまい、ユーガは慌てて口を閉じたがもう遅かった。
「・・・あ」
「・・・やっぱり」
ミナは眼を細めて、ユーガにつかつかと歩み寄った。
「また卑屈になってるんです・・・?」
「あ、いや・・・その・・・」
「もぉ・・・」
ミナは呆れたように呟いて、ユーガの額を人差し指で突いた。あまり痛くはなかったが、思ったよりも強く押されてユーガはよろけた。
「・・・ユーガ。考えすぎも良くありませんよ?」
「まったくですよ?・・・いつもは鈍感なクセに・・・」
ユーガはミナの言葉の最後が聞き取れず、え?と聞き返したが、ミナは再び教えてくれる事はなかった。やれやれ、とミナの隣でルインが首を振って、苦笑する。
「・・・本当に、変なところで卑屈ですねぇ・・・」
どういう意味だよ、とユーガは頬を膨らませてルインを見たが、ひゅ、と吹いてきた風に違和感を感じて、その風が吹いてきた方向を見た。ーと、ルインも同様にユーガの方向を向き、戦闘の構えをとる。
「・・・何だ?今何か・・・感じたような・・・」
「・・・ミナ。トビ達とネロ達を呼んできてください。早く」
ルインの緊張を込めた声に、ミナは頷いてその場を後にした。さて、とルインはユーガの方を見て額から汗が出るのを感じながら微笑んだ。
「・・・ユーガ、まずい事が起こりそうですよ」
「え?」
「・・・とっておきのサプライズ、という事ですね」
ルインの言葉が終わると同時に、ユーガ達の目の前に巨大な『それ』は風を巻き起こしながら現れた。太陽の光を反射して輝く白銀の全身に、まるでルビーのような瞳をした、以前ソルディオスにてスウォー達がミナを連れ去った時に現れた、龍だった。
「・・・こいつは・・・!」
「・・・どうやら、私達を歓迎してくれているようですね、ユーガ」
その直後、龍は口を開いてユーガ達の方へ向けた。底知れぬ闇が広がるその口に、風の元素(フィーア)が集められてそれが収縮されていきー。
「・・・まずい!避けなさい!」
その言葉にユーガは右に、ルインは左へと避ける。ーすると、その直後ユーガ達が一瞬前まで立っていた部分に風の収縮された元素が放出され、凄まじい風圧にユーガとルインは咄嗟に顔を腕で覆った。
「く・・・!」
「ユーガ!ルイン!」
不意に自分達を呼ぶ声に、ユーガ達は視線だけをその方向へ向けた。そこには、ミナが読んできてくれたのであろう、トビ、シノ、ネロ、リフィアにミナがいて、各自に戦闘の構えをとった。ーしかし。
「皆さん、全員で戦ってはいけません」
その、ルインの言葉にユーガ達は眼を見開いた。
「な・・・」
「このままここで戦えば、近くにいる村の人々が危ない。良いですか?・・・四人はこの魔物と戦い、他の三人は避難誘導をしてください」
「確かにな」とトビも納得したように頷いた。「被害は最小限に、っつー事か。納得だぜ」
ええ、とルインは頷いた。
「なら、俺とユーガとルインとシノでこいつを叩く。他の奴らは避難誘導をしてこい」
「りょーかい!」
リフィアがこんな時でも明るく答え、ネロとミナに、行こう、と声をかけてその場を後にした。ルインはそれを確認して、こちらをじっと睨みつけてその場を動かない龍に視線を向けた。ー不思議とその心に、恐怖などはない。それよりも、もっとー。
(・・・言い伝えの中にしかなかった『龍』に会う事ができるとは、ね・・・)
胸が高鳴っていたのだ。ルイン自身も妙だな、と感じている。こんな状況の中、微笑んでいるなんて。それに、隣には頼れる仲間もいる。だから、怖くなどない。ー支えてくれる、親友が隣にいるのだから。
「・・・ユーガ。無闇に突っ込んだら今回ばかりは死ぬぞ。いいか、相手をよく『見ろ』。『聴け』」
「・・・よく『見て』・・・よく『聴く』・・・」
ユーガはトビの言葉を繰り返し、一度息を吐いてしっかりと龍を見据えた。ー次の瞬間、龍は飛び上がって白銀の翼を羽ばたかせて空へ浮き上がり、ユーガ達に向かって斜め下に特攻をしかけた。ーが。
「・・・『見る』」
ユーガは慌てる事なく先程のトビの言葉を呟いて、剣をしっかり握りしめた。不思議と力がみなぎってくるような、そんな感覚を感じながらその剣の刃に、焔を纏わせた。ユーガの剣先が緋色に輝き始めー。
「・・・だぁぁっ‼︎」
龍がユーガ達に迫り、その体がユーガ達の目前まで迫ったところでユーガは『緋眼』を解放させて、自身の剣を横なぎに振った。その剣が龍の体を直撃し、焔を纏った斬撃がさらに龍を襲う。
「・・・龍の怯みを確認しました」とシノがここぞと言わんばかりに声を上げた。「今が好機だと判断します」
「お前ら、さっさと終わらせるぞ」
龍は苦しそうに呻き声をあげて、ユーガに向かって咆哮した。その圧は防いでいるだけでやっとで、防ぎ切った後もユーガの腕はびりびりと痺れた。龍は腕を押さえているユーガに向かって再び収縮された風の元素を打ち出そうとした。ーが。
「・・・おっと、させるかよ」
いつの間にか龍の真上にトビがいて、トビは『蒼眼』を解放させてその双銃を龍に向け、弾を放つ。その弾に『蒼眼』の力で水の元素を纏わせ、さらにー。
「・・・荒れ狂え水流、悪しき力を飲み込み塵と化せ。アクアディテクト‼︎」
息を吐きながらトビは魔法を詠唱し、その龍の魔物の足元から激しい水流が吹き上がり、その体を浮かせる。その龍の体にトビの弾が着弾し、龍は苦しげな唸りをあげる。
「シノ、ユーガ!やれ!ルイン、魔法で援護しろ!」
トビが落下しながら、冷静に命令を下した。三人ははそれぞれ頷いて、ユーガとシノの二人はその足元にあった『水の元素』に向かって、ルインは魔法の詠唱を始める。ユーガは水の元素を剣に、シノはその拳に、ルインは魔法を変化させー。
「飲み込め、流牙の剣蒼っ!蒼王滅水衝!」
ユーガが地面に剣を突き刺すと、その中心から水を噴き上がり、まるで龍を丸ごと飲み込むかのような水流が現れた。ーそこへ、さらに。
「貫きなさい。水牙翔撃」
シノが水の刃を纏った拳で龍の体を下から上へと跳躍しながら斬り、怯んだところへー。
「この煮え湯は逃れられませんよ。沈みなさい!ワーツウェーヴ!」
ルインの魔法によって、龍の頭上から煮え切った大量の湯が降り注ぎ、龍はさらにじたばたと暴れる。ユーガ、トビ、シノ、ルインの怒涛の術技を受け、龍は小さく呻きーその体は、地響きと共に地面に伏した。
「はぁ、はぁ・・・た、倒したようですね・・・」
ルインが息も途切れ途切れに言うと、ユーガとトビは激しい脱力感に襲われて膝をついた。
「・・・やっぱ、『蒼眼』を解放すると・・・消費が激しい・・・か・・・」
「・・・そ、そうだな・・・」
トビの冷静だが苦しげな発言にユーガも頷いた。すぐにシノが回復魔法をかけてくれるが、すぐに回復するわけもなくユーガとトビはその場に座り込んで地に伏して動かない龍を見つめた。ユーガは少し眼を細めて、
「・・・ごめんな。俺達の勝手な都合で・・・」
と、申し訳なさに心が少し沈んだ。ーそこへ、トビが、は?と怪訝そうな表情を浮かべて、ユーガに視線を向ける。
「・・・何言ってんだ、お前」
「・・・この龍が俺達と会わなきゃ・・・死ぬ事もなかったのかな」
「・・・どちらにせよ、俺達が殺さなくてもいつかは死ぬ。命ってのはそういうもんだ」
「けど・・・」
「甘い考えでいたらやられるのはこっちだ。死にたくなければ・・・戦うしかない。今までだってそうだっただろうが」
視線を戻して、トビは元素に返りつつある龍の体を見つめた。その言葉はまるで、自分に言い聞かせてもいるようなそんな気がして、ユーガはそれ以上の言葉を飲み込んで小さく頷き、龍の白銀に輝く美しさすら見える体が消滅していくのを黙って見ていたー。
翌日、ユーガ達はロームから聞いた、コーティオン村から東にある海辺の洞窟へ向かった。ユーガは海に面しているでこぼこな岩でできた地面に立ち、視線を洞窟の奥へ向けた。洞窟の至る所から塩の匂いを感じ、洞窟の奥からは風の吹き込む音が静寂の中に轟いている。
「・・・奥に行くしかないみたいだね」
リフィアの言葉に、ユーガ達は頷いて洞窟の奥を見てから、一斉にシノを見つめた。シノは俯いていたが、視線に気付くとゆっくりと顔を上げた。
「・・・どうかしましたか?」
「・・・シノ、良いのか?ソニアさんと会う事になるけど・・・」
ユーガは心配そうに尋ねたが、シノはただゆっくりと頷いた。
「・・・はい。迷っていても、仕方ありませんから」
シノのその決意に満ちたー無表情ではあったがー顔に、ユーガ達は頷いて笑みを浮かべた。
「・・・そっか。わかった。行こう」
ユーガは言い、顔を引き締めて彼の腰に取り付けた剣を引き抜いた。ー洞窟の中の舗装されていない道を歩きながら、ネロは首を傾げながら口を開いた。
「この洞窟・・・何か不思議な感じがするな」
「あ」と、ネロの言葉に、リフィアも声をあげた。「それ、アタシもちょっと思ったんだよね。なんて言うか・・・変な感じに体が包まれてる感じがして・・・」
そうか?とユーガは首を傾げたが、隣にいたトビも、ルインも頷いた。
「ああ・・・。何か確かに妙な気分だ」
「・・・おそらく、フィムがいまだに『人工精霊』を見に纏っているからでしょうね。この感覚は、濃密な元素の感覚です」
濃密な元素、という言葉にユーガ、ミナ、ネロは疑問を覚えた。あれ?とユーガは首を傾げて、
「なぁ、元素ってこんな風に感じる事ってできるのか?」
と尋ねた。
「ユーガの言う通りだ、ルイン。そんな風に感じる事ができるのか?」
ええ、とルインはユーガとネロの疑問に頷いて答える。
「濃密な元素であれば、私のような固有能力が無くとも、感じる事はできますよ。・・・まぁ、今はほとんど濃密な元素を感じる事はできませんが・・・」
「そうなのか?なんで?」
「元素の総数が減っているからですよ。『人工精霊』を倒しているとはいえ、元素はいまだに不安定ですから」
「やはり」とトビが腕を組んで口を開いた。「・・・精霊には会わなければならないという事か」
「ええ。・・・その前に、やるべき事があと一つ残っていますがね」
「・・・フィムさんとソニアさんに会って、話をつける事・・・ですね」
ルインの言葉にミナが答えルインは、はい、と頷いた。
「とにかく、奥に進まない事には始まりません。行きましょう」
「・・・そうだな」
言って、トビは洞窟の壁を撫でた。へぇ、と関心を持ったように笑みを浮かべて、壁から手を離す。
「トビさん」とミナが不思議そうな表情でトビを見た。「何をなさってるんですか?」
「この洞窟、かなり古い物らしい。岩の感じでわかるが・・・今度ここに調査兵を派遣して調査させるか」
トビはそこまで言って、洞窟の闇の奥に視線を向けて顔を引き締めた。ーそして、徐に双銃を引き抜いてー。
「・・・誰かいる」
ユーガは闇にじっと眼を凝らし、その姿を確認しようとして、息を呑んだ。金髪に青の軍服を着ている女性の、その姿はー。
「・・・流水よ、蹴散らせ」
透き通るような詠唱が洞窟内に響き渡り、ユーガの眼にはその女性が手をこちらに向けているのが見えて、咄嗟に一番前にいたトビの前に出て剣を立てた。
「・・・タイダルジェット」
その言の葉が終わると同時に女性の手元から巨大な水流が一気に流れてくるのが見え、ユーガは慌てて『緋眼』を解放してその水流の元素を掻き消した。
「あ、危ない・・・!」
「この、声は・・・」
ユーガの視界の端でシノが驚愕に固まるのが見えて、ユーガはシノに視線を向けようとして、止めた。ーいや、できなかった。なぜならー。
「・・・か、体が・・・う、動かない・・・っ⁉︎」
体が完全に固まったように、ユーガはーいや、ユーガ達全員が動けなくなっていた。
「こいつは・・・!」とトビが忌々しげに闇の中を見つめるのが見えた。「・・・ソニア・・・てめぇか・・・!」
「・・・年上の人に対する礼儀がなってないわ」
何とかユーガを除いた全員が姿を目視できるほどにまで彼女がーソニアが近づいてきて、仲間達もユーガもまた、眼を見張った。
「・・・やっぱり・・・!シノにそっくりだ・・・!」
「・・・て事は、こいつがシノの母親・・・!」
ユーガは、やっぱり先程見たソニアの姿が見間違いではなかった事を確認して、ハッとした。ソニアははっきりとシノを見据えており、その瞳には確かに蔑みの表情が表れていた。邪魔だ、と、はっきりとその眼が言っていたのだ。
「・・・『緋眼』の使い手・・・この子供が『緋眼』の主なんてね・・・」
「・・・何が、言いたいんだ」
トビが苛立ちを隠そうとせず言うと、ソニアは長く伸びてシノのように結んでいない金髪を激しく振ってユーガに向かって指を突きつけた。
「気に入らないのよ!こんなガキが、『緋眼』を身につけているなんてね!トビ、あんたもよ!生まれつき得た固有能力ですって⁉︎じゃあ固有能力に恵まれなかった人は己の無力感でも感じて生きていかなきゃいけないの⁉︎」
いきなりのその剣幕に、ユーガ達は少したじろいだ。
「私は誰よりも努力してきた!『天才魔導士』の称号は、本当は努力した私が得るはずなのに、こんな役立たずに・・・!だからあんたには腹が立つのよ!シノ!」
ユーガは眼だけを動かしてシノを見た。視界の端に捉えることしかできなかったが、その顔にははっきりと同様と悲しみの色が映っていた。
「・・・ソニアさん。あなたの努力は確かに相当な物でしょう。ですが・・・」
「うるっさいわね!」
ルインが説得しようと口を開いたが、ソニアはそれを遮るほどの大声で叫び、首を激しく振った。
「どうせ私の事を馬鹿にする気でしょう⁉︎わかりきってるのよ!だから、私の固有能力であんた達を止めたのよ!」
やはり、体が動かないのはソニアの固有能力か、とトビは理解した。だが、この固有能力は一体、と考えていると、後ろからシノの声が聞こえてきた。
「・・・お母さんの固有能力は『安眠』。私達の体だけを眠らせて動けなくさせてると推測します」
その声はいつも通りではあったが、違和感はあった。恐らく、ソニアに会った事による動揺が、シノの全身を包んでいるのだろう。
「・・・やめなさい!その話し方、腹立つのよ!」
「・・・やめろっ!」
シノに向かって魔法を放とうとしたソニアを、ユーガは叫んで止めた。
「・・・シノに手を出すな!何でこんな事するんだ⁉︎シノはあなたの娘なんだろ⁉︎」
「ふん・・・あんたも私の苦労なんて知らないくせに、口出ししないでくれる⁉︎」
ソニアの叫びは凄まじく、ユーガは思わず眼をつぶった。それほど、ソニアは怒っていた。
「くそ・・・どうにかして動けないのか・・・!」
ネロが必死に体を動かそうともがくが、動く事は叶わずに唇を噛んだ。リフィアも動こうとしたが足を踏み出す事ができない。
「・・・シノが死ねば、私が『天才魔導士』の称号を得る事ができるのよ。邪魔しないで」
ソニアは恐ろしいほど冷たい声でユーガ達に言って、シノを除く全員を魔法で吹き飛ばした。
「皆、さん・・・!」
「・・・これで邪魔者はいないわ。さぁ・・・もうこれ以上私を苦しめないで。死んでちょうだい、シノ」
ソニアはシノの目の前で手をかざし、元素を収縮し始めた。魔法を、シノに直接至近距離から打ち込む気だ!
「やめろ・・・!くそ、動けっ・・・‼︎」
ユーガは倒れた状態で頭だけを起こして、ソニアとシノを見て叫んだ。しかし、ソニアは決してシノに向けて魔法の詠唱を止めない。本気だ、と改めて感じて、ユーガはなんとかして動こうともがいた。
(動け、動け、動け、動けっ!)
仲間達も何とかして動こうと試みているが、どうしても動けない。このままでは、シノがー!
「やめろぉぉぉぉぉっ‼︎」
ユーガの叫びも洞窟の虚しく反響し、ソニアは溜まっていく元素を感じながら、にやり、と笑みを浮かべたー。
ユーガは先程聞いたばかりのロームの言葉を思い返して、エアボードの操縦桿を握る手が少し緩んでいた事に気付いてもう一度操縦桿を握り直した。握り直したタイミングで、スピーカー越しにトビが嘆息したのがわかって、ユーガは口を開いた。
「トビ?どうしたんだ?」
『・・・これでソニアがスウォー達の味方だとわかった。だからこそ・・・面倒になるな』
『・・・そうですね・・・』とルインの声も聞こえてきた。『私もソニアさんの事を少し調べましたが、かなり優れた魔導士のようですし・・・』
ルインが言い終えた瞬間、シノが唇を噛み締めたのがユーガにも、恐らくは仲間達にもわかった。
「・・・シノ」
『・・・はい?』
「その・・・なんて言うか・・・」
『?』
ユーガはしどろもどろになりながらも、何とか頭をフル回転させて言葉を継いだ。
「・・・ごめん。俺、シノ達の事情に勝手に首を突っ込んでるよな・・・。けど、どうしても放っておけなくて・・・」
『待て待て』と、ユーガの言葉を遮ってネロが嘆息しながら言った。『お前が仲間を助けたいって言ったんだろ?だったら謝る必要はねーだろ』
『それに、シノちゃんの事はアタシ達も助けたかったし。ここでユーガ君が卑屈になってどうすんのさ?』
ネロの言葉に次いで、リフィアもユーガに少し呆れるように言った。ユーガは少し卑屈になってしまった心を何とか抑え込み、うん、と頷く。
「そ、そうだな・・・ありがとう。また俺、卑屈になってた・・・」
『・・・おい。戯言はいいが、見えてきたぞ。コーティオン村だ』
トビの言葉が聞こえ、ユーガは視線を落とした。そこには、村の至る所に畑がある、側から見てものどかな村があった。
「あれが・・・コーティオン村・・・?」
『ああ』
「へぇ・・・自然豊かっていうか、のどかな村だな」
ユーガの言った通り、村にはかなり多くの花やブタなどの動物ー恐らく家畜だろうがーが多く生息していた。
『どうする?一度降りるか?』
ネロはコーティオン村を見下ろしながら、誰にとも言わず尋ねる。するとスピーカーからルインの、ええ、という声が聞こえた。
『・・・正直、フィムはかなり強敵です。念の為、ここで準備はしておきましょう』
『準備は怠らないようにって事か』
トビが嘆息混じりに呟くと、リフィアも頷いた。
『そうだね。それじゃ、降りよっか』
「わかった」
ユーガは頷いて、エアボードの高度を下げる。『元素障壁(フィアガドス)』が解除され、ユーガ達は顔を顰めた。
「・・・ん・・・これは・・・」
ユーガは鼻を少し押さえながら言うと横にトビが立って、ふん、と鼻を鳴らした。
「最初はキツいだろうな。何せ、ここは色々な動物を飼ってんだ。獣臭えのは我慢しろ」
「う、うん・・・わかった」
トビはこの匂いが気にならないと言うのであれば、恐らく慣れがあるのだろうな、とルインは思った。
「さて・・・アイテムが無ぇな、買いに行くか」
トビの言葉に、ユーガ達は全員が頷いた。
「俺も買いたい物もあるし・・・皆はどうだ?」
「俺も行くよ」とネロ。
「私も少し買いたい物が」とルイン。
「アタシも~」とリフィア。
「私も行きたいです」とミナ。
仲間達も、道具や色々な物が欲しいらしく、次々に声を上げたーシノ以外は。
「・・・シノはどうする?」
「・・・私は・・・良いです。この村を見て回りますから、私に構わず行ってください」
そう言って、さっさと歩き出したシノにユーガは困惑しながら、彼女を呼び止めた。
「お、おい⁉︎シノ⁉︎」
だが、彼女は歩みを止める事なくユーガ達から離れていく。ユーガは慌てて追いかけようとするが、それはトビの手が肩に置かれた事によって阻まれた。
「待て」
「トビ⁉︎」
「しばらく一人にしてやれよ」
「だけど・・・!」
ユーガはトビに、行かせてくれ、と願いを込めて視線を向けた。だが、トビは首を振ってユーガを行かせようとはしない。
「・・・あの母親と会うんだ。覚悟を決めないとだろうが・・・それがすぐにできるほど、人の心は単純じゃねぇんだよ。お前と違ってな」
だから待っててやるんだよ、とトビはユーガの肩を握る手に少し力を込めた。
「・・・今は信じて待ちましょう。シノの強さを、信じる事が今私達にできる事ですよ」
さらにルインが隣に立ってユーガに言った。ユーガはシノが去ってしまった方向を見つめたが、もうあの特徴的な金髪を視界に捉える事は、できなかった。
「いらっしゃいませ」
結局、ユーガ達はシノを追いかける事はせずにそのまま道具屋へと訪れた。ー本当は、シノを追いかけたい気持ちは山々だったが。
「・・・では、各自で準備を進めましょう」
ルインの言葉にユーガ達は頷き、かなり広い店内にそれぞれ広がった。ユーガは回復のポーションを手に取って、溜め息を吐いた。去り際、シノが見せたあの眼はー間違いなく、苦悩を抱えている瞳だった。
「・・・くそ・・・」
ユーガは手に持ったポーションを見た。ピンク色の液体が、ちゃぷ、という音を立てて揺れる。ユーガの心も、このポーションのように揺れていた。仲間を助けたいのに、シノの心に芽生えた苦悩に対して何もしてやれない事に、ユーガは強い無力感を覚えた。もっとシノの心を助けられるほどの力があれば、シノの心を支えられるほど強ければー。
「・・・ユーガさん?」
そう声が聞こえて我に返り、その声の方向を見るとそこにはいつの間にか、ユーガの隣にミナが立っていてユーガの顔を覗き込んでいた。その顔がとてつもなくー。
(きれ・・・)
首を傾げてユーガの顔を覗き込んでいるので、長い茶髪が重力に伴ってミナの顔にかかっていて、ユーガは少し顔を赤らめた。
「・・・え、えっと・・・その、ど、どうしたんだ?」
「いえ、ユーガさんが何かを考え込んでいたので・・・」
ミナの言葉に、ユーガは右手を見るとその手にはまだポーションが握られていたが、意図しないうちに強く握りすぎていたらしく、少し手に痛みがあった。
「・・・いや・・・シノの事を考えてたんだ」
「・・・そう、ですよね・・・」
ユーガは頷き、ポーションを元々あった場所へ戻す。
「・・・シノのお母さん・・・ソニアさんはどういう思いでシノに冷たくしてたんだろう・・・」
「・・・え?」
「俺は親じゃないから、細かい事はわからないんだけど・・・ソニアさんの話も聞いてみたいよ・・・」
「・・・ソニアさん、話してくれますかね・・・?」
「・・・わからない・・・ソニアさんと話す事でシノを助けられれば良いんだけど・・・」
ユーガは元々少し下がっていた肩をより深く落として俯いた。ーと、不意にミナが、ユーガさん、と呼び、ユーガがその方向に顔を向けるとミナの両手がユーガの頬に当てられ、ユーガは困惑した。
「え、えぇ・・・?ミナ、これ・・・どういう・・・?」
「・・・勇気が出る、おまじないです」
「・・・へ?」
「大丈夫、きっと上手くいきますよ。・・・私達もいますから」
「あ・・・」
そうだった、忘れていた。ユーガは一人ではない、という事を。たくさんの仲間達が、自分を支えてくれているのだ。ユーガは笑みを浮かべて、うん、と頷いた。
「ありがとう・・・ミナ」
ユーガの笑みに、ミナも微笑んで答えてー。
「・・・あの~」
いつの間にか、ユーガとミナの横にリフィアが立っており、ユーガとミナは比喩ではなく飛び上がった。
「うわ⁉︎り、リフィア⁉︎」
「り、リフィアさん⁉︎いつからそこに⁉︎」
ユーガとミナの言葉が重なって、リフィアは頭を掻いた。
「いや~・・・途中からだけど、若いお二人の良い雰囲気を邪魔しちゃいけないかなって思ってさ」
「い、いや・・・そ、それよりどうしたんだ?何か用があったんだろ?」
ユーガは言って、自分でも無理やりな話の切り替え方だな、と心の中で苦笑した。リフィアは、まぁいいけど、と怪しげな笑みを浮かべたが、すぐにそれは消え失せた。
「いや、トビ君見てない?いつの間にかいなくてさぁ」
「え?さっきまでそこに・・・」
ユーガが指差した方向には、棚にずらりと並ぶ数多くの薬草だけだった。あれ?とユーガとミナは首を傾げる。
「・・・本当です、いませんね・・・」
「外に行ったのかな・・・?俺、ちょっと探してくるよ。皆はここで買い物してて!」
ユーガは言い、ミナ達が返事をするより早く店から走って出て行った。やれやれ、とネロが呆れながらーそれでも顔には笑みを浮かべて、呟いた。
「やっぱ、ほっとけないよな」
「・・・ええ、そうですね」
その横で、ルインも頷いて再び店の商品に視線を戻した。
(・・・ユーガ、トビ・・・あなたならきっと・・・シノの心も救えますよ)
ルインは思いを口には出さず、一つのポーションを手に取って少しだけ揺らした。まるで歌うように、ポーションは音を立てたー。
「まだ、そんな遠くには行ってないよな・・・?」
ユーガはコーティオン村を走り、トビの姿を探した。同時に、シノの姿も探していく。
(・・・できれば、シノとちゃんと話したいし・・・)
ユーガは腰に横に取り付けられた剣が揺れるのを感じながら村中を探し回りー。その姿を、見つけた。村を見下ろせる丘の上に青い軍服を見に纏って村を二人で見下ろしている、二人の男女の姿を。
「お・・・!」
「お前さ」
ユーガは丘を登り、彼等にートビとシノに声をかけようとして、咄嗟に止めた。なぜか、話しかけてはいけないような、そんな気がしたのだ。ユーガは少し考えて、すぐそこにあった家の陰に隠れて聞き耳を立てた。
(これじゃ・・・やってる事、ネロと同じじゃんか)
ユーガはそう思って苦笑しつつも、トビとシノの前に出て行こうとはせず、ただ気配を殺してトビとシノの会話を聞いた。
「・・・怖いのかよ。ソニアに会うのが」
「・・・・・・」
「怖がってるとか、お前らしくもねぇな」
段々と、陽が沈んでいく。ユーガは辺りが暗くなっていくのを感じながら、家の陰に座り込んだ。
「・・・私も・・・色々思う事があるんです」
「?」
「・・・お母さんは・・・どうして、私を産んだのでしょうか」
「・・・・・・」
「私は・・・何の役にも立てないです。そんな私を産んで、お母さんは・・・幸せだったのでしょうか」
トビは黙った。シノがこんなにも卑屈な事を言うとは思っていなかったのだ。シノは確かに、多少は自分を卑下する事はこれまでにもあった。しかし、ここまではっきりと卑屈になるとはー。
「・・・知るかよ」
「・・・え?」
隣でシノが息を呑み、トビの顔を見つめるのがわかったがトビは構わず言葉を継いだ。それは、『仲間』に向けてー。
「・・・ソニアがどう思ってようが、俺には・・・俺達には関係ねぇ。・・・す、少なくとも・・・俺には・・・ユーガ達には必要なんじゃねぇのか?」
トビは言って、視線を逸らした。シノを見ているわけではなく、村を見下ろしているだけなのに、とてつもない恥ずかしさに襲われたのだ。
「・・・それに・・・あの馬鹿共はお前がどうあろうと、受け入れる。それが曲がっていたら、自分の身を挺してでもまっすぐに戻そうとする。そういう奴・・・そういう奴等だ」
シノは驚いて、トビの顔ーはっきりとは見えないがーを凝視した。間違いなく、トビは変わっている。これまで人を信じなかった彼が、ユーガをーユーガ達を、信じようとしている。シノは僅かに、本当に僅かに笑みを浮かべる事ができた。暗い闇の中を、掬い上げてくれたから。
(・・・ちょっとだけ)
シノは音もなく動き、トビの体に抱きついた。トビの眼が驚きに見開かれ、暗い闇の中でもわかるほどはっきりと顔を赤くした。
「・・・は、お、おいシノ、てめぇ・・・⁉︎」
「・・・少しだけ、です」
「・・・シノ・・・」
トビは抵抗するのをやめ、嘆息して口をつぐんだ。陰から聞いていたユーガは、視線を下に向けた。トビとシノのように、互いを支え合えたら。そうすれば、シノを助けられたのかもしれない。ユーガは下ろしていた腰を上げ、黙ってその場から立ち去った。ー何となく、ここにはいてはいけないような、そんな気がしてー。
ユーガはトビ達が戻ってくる前に先程の道具屋へ戻ると、そこにはルインとミナだけが立っていた。恐らく、ユーガを待っていてくれたのだろう、ユーガの姿を確認すると笑みを浮かべて近付いて来る。
「ユーガ、トビは見つかりましたか?」
「・・・あ、ああ・・・うん。シノも一緒にいたよ」
「・・・おや、そうでしたか。お二人は?」
「多分、もうすぐ帰ってくると思うよ。ネロとリフィアは?」
「宿を取ってくれてます。先に休んでいてもらうように言いました」
「そっか、わかった」
ユーガは努めて明るく振る舞った。いくらなんでも、トビとシノの会話を盗み聞きしていた、なんて言っても笑われて茶化されるのがオチだろう。ーしかし。
「ユーガさん・・・?無理してませんか?」
ミナにそう言われて、ぎょっとした。何でわかるんだ、と口にまで出してしまい、ユーガは慌てて口を閉じたがもう遅かった。
「・・・あ」
「・・・やっぱり」
ミナは眼を細めて、ユーガにつかつかと歩み寄った。
「また卑屈になってるんです・・・?」
「あ、いや・・・その・・・」
「もぉ・・・」
ミナは呆れたように呟いて、ユーガの額を人差し指で突いた。あまり痛くはなかったが、思ったよりも強く押されてユーガはよろけた。
「・・・ユーガ。考えすぎも良くありませんよ?」
「まったくですよ?・・・いつもは鈍感なクセに・・・」
ユーガはミナの言葉の最後が聞き取れず、え?と聞き返したが、ミナは再び教えてくれる事はなかった。やれやれ、とミナの隣でルインが首を振って、苦笑する。
「・・・本当に、変なところで卑屈ですねぇ・・・」
どういう意味だよ、とユーガは頬を膨らませてルインを見たが、ひゅ、と吹いてきた風に違和感を感じて、その風が吹いてきた方向を見た。ーと、ルインも同様にユーガの方向を向き、戦闘の構えをとる。
「・・・何だ?今何か・・・感じたような・・・」
「・・・ミナ。トビ達とネロ達を呼んできてください。早く」
ルインの緊張を込めた声に、ミナは頷いてその場を後にした。さて、とルインはユーガの方を見て額から汗が出るのを感じながら微笑んだ。
「・・・ユーガ、まずい事が起こりそうですよ」
「え?」
「・・・とっておきのサプライズ、という事ですね」
ルインの言葉が終わると同時に、ユーガ達の目の前に巨大な『それ』は風を巻き起こしながら現れた。太陽の光を反射して輝く白銀の全身に、まるでルビーのような瞳をした、以前ソルディオスにてスウォー達がミナを連れ去った時に現れた、龍だった。
「・・・こいつは・・・!」
「・・・どうやら、私達を歓迎してくれているようですね、ユーガ」
その直後、龍は口を開いてユーガ達の方へ向けた。底知れぬ闇が広がるその口に、風の元素(フィーア)が集められてそれが収縮されていきー。
「・・・まずい!避けなさい!」
その言葉にユーガは右に、ルインは左へと避ける。ーすると、その直後ユーガ達が一瞬前まで立っていた部分に風の収縮された元素が放出され、凄まじい風圧にユーガとルインは咄嗟に顔を腕で覆った。
「く・・・!」
「ユーガ!ルイン!」
不意に自分達を呼ぶ声に、ユーガ達は視線だけをその方向へ向けた。そこには、ミナが読んできてくれたのであろう、トビ、シノ、ネロ、リフィアにミナがいて、各自に戦闘の構えをとった。ーしかし。
「皆さん、全員で戦ってはいけません」
その、ルインの言葉にユーガ達は眼を見開いた。
「な・・・」
「このままここで戦えば、近くにいる村の人々が危ない。良いですか?・・・四人はこの魔物と戦い、他の三人は避難誘導をしてください」
「確かにな」とトビも納得したように頷いた。「被害は最小限に、っつー事か。納得だぜ」
ええ、とルインは頷いた。
「なら、俺とユーガとルインとシノでこいつを叩く。他の奴らは避難誘導をしてこい」
「りょーかい!」
リフィアがこんな時でも明るく答え、ネロとミナに、行こう、と声をかけてその場を後にした。ルインはそれを確認して、こちらをじっと睨みつけてその場を動かない龍に視線を向けた。ー不思議とその心に、恐怖などはない。それよりも、もっとー。
(・・・言い伝えの中にしかなかった『龍』に会う事ができるとは、ね・・・)
胸が高鳴っていたのだ。ルイン自身も妙だな、と感じている。こんな状況の中、微笑んでいるなんて。それに、隣には頼れる仲間もいる。だから、怖くなどない。ー支えてくれる、親友が隣にいるのだから。
「・・・ユーガ。無闇に突っ込んだら今回ばかりは死ぬぞ。いいか、相手をよく『見ろ』。『聴け』」
「・・・よく『見て』・・・よく『聴く』・・・」
ユーガはトビの言葉を繰り返し、一度息を吐いてしっかりと龍を見据えた。ー次の瞬間、龍は飛び上がって白銀の翼を羽ばたかせて空へ浮き上がり、ユーガ達に向かって斜め下に特攻をしかけた。ーが。
「・・・『見る』」
ユーガは慌てる事なく先程のトビの言葉を呟いて、剣をしっかり握りしめた。不思議と力がみなぎってくるような、そんな感覚を感じながらその剣の刃に、焔を纏わせた。ユーガの剣先が緋色に輝き始めー。
「・・・だぁぁっ‼︎」
龍がユーガ達に迫り、その体がユーガ達の目前まで迫ったところでユーガは『緋眼』を解放させて、自身の剣を横なぎに振った。その剣が龍の体を直撃し、焔を纏った斬撃がさらに龍を襲う。
「・・・龍の怯みを確認しました」とシノがここぞと言わんばかりに声を上げた。「今が好機だと判断します」
「お前ら、さっさと終わらせるぞ」
龍は苦しそうに呻き声をあげて、ユーガに向かって咆哮した。その圧は防いでいるだけでやっとで、防ぎ切った後もユーガの腕はびりびりと痺れた。龍は腕を押さえているユーガに向かって再び収縮された風の元素を打ち出そうとした。ーが。
「・・・おっと、させるかよ」
いつの間にか龍の真上にトビがいて、トビは『蒼眼』を解放させてその双銃を龍に向け、弾を放つ。その弾に『蒼眼』の力で水の元素を纏わせ、さらにー。
「・・・荒れ狂え水流、悪しき力を飲み込み塵と化せ。アクアディテクト‼︎」
息を吐きながらトビは魔法を詠唱し、その龍の魔物の足元から激しい水流が吹き上がり、その体を浮かせる。その龍の体にトビの弾が着弾し、龍は苦しげな唸りをあげる。
「シノ、ユーガ!やれ!ルイン、魔法で援護しろ!」
トビが落下しながら、冷静に命令を下した。三人ははそれぞれ頷いて、ユーガとシノの二人はその足元にあった『水の元素』に向かって、ルインは魔法の詠唱を始める。ユーガは水の元素を剣に、シノはその拳に、ルインは魔法を変化させー。
「飲み込め、流牙の剣蒼っ!蒼王滅水衝!」
ユーガが地面に剣を突き刺すと、その中心から水を噴き上がり、まるで龍を丸ごと飲み込むかのような水流が現れた。ーそこへ、さらに。
「貫きなさい。水牙翔撃」
シノが水の刃を纏った拳で龍の体を下から上へと跳躍しながら斬り、怯んだところへー。
「この煮え湯は逃れられませんよ。沈みなさい!ワーツウェーヴ!」
ルインの魔法によって、龍の頭上から煮え切った大量の湯が降り注ぎ、龍はさらにじたばたと暴れる。ユーガ、トビ、シノ、ルインの怒涛の術技を受け、龍は小さく呻きーその体は、地響きと共に地面に伏した。
「はぁ、はぁ・・・た、倒したようですね・・・」
ルインが息も途切れ途切れに言うと、ユーガとトビは激しい脱力感に襲われて膝をついた。
「・・・やっぱ、『蒼眼』を解放すると・・・消費が激しい・・・か・・・」
「・・・そ、そうだな・・・」
トビの冷静だが苦しげな発言にユーガも頷いた。すぐにシノが回復魔法をかけてくれるが、すぐに回復するわけもなくユーガとトビはその場に座り込んで地に伏して動かない龍を見つめた。ユーガは少し眼を細めて、
「・・・ごめんな。俺達の勝手な都合で・・・」
と、申し訳なさに心が少し沈んだ。ーそこへ、トビが、は?と怪訝そうな表情を浮かべて、ユーガに視線を向ける。
「・・・何言ってんだ、お前」
「・・・この龍が俺達と会わなきゃ・・・死ぬ事もなかったのかな」
「・・・どちらにせよ、俺達が殺さなくてもいつかは死ぬ。命ってのはそういうもんだ」
「けど・・・」
「甘い考えでいたらやられるのはこっちだ。死にたくなければ・・・戦うしかない。今までだってそうだっただろうが」
視線を戻して、トビは元素に返りつつある龍の体を見つめた。その言葉はまるで、自分に言い聞かせてもいるようなそんな気がして、ユーガはそれ以上の言葉を飲み込んで小さく頷き、龍の白銀に輝く美しさすら見える体が消滅していくのを黙って見ていたー。
翌日、ユーガ達はロームから聞いた、コーティオン村から東にある海辺の洞窟へ向かった。ユーガは海に面しているでこぼこな岩でできた地面に立ち、視線を洞窟の奥へ向けた。洞窟の至る所から塩の匂いを感じ、洞窟の奥からは風の吹き込む音が静寂の中に轟いている。
「・・・奥に行くしかないみたいだね」
リフィアの言葉に、ユーガ達は頷いて洞窟の奥を見てから、一斉にシノを見つめた。シノは俯いていたが、視線に気付くとゆっくりと顔を上げた。
「・・・どうかしましたか?」
「・・・シノ、良いのか?ソニアさんと会う事になるけど・・・」
ユーガは心配そうに尋ねたが、シノはただゆっくりと頷いた。
「・・・はい。迷っていても、仕方ありませんから」
シノのその決意に満ちたー無表情ではあったがー顔に、ユーガ達は頷いて笑みを浮かべた。
「・・・そっか。わかった。行こう」
ユーガは言い、顔を引き締めて彼の腰に取り付けた剣を引き抜いた。ー洞窟の中の舗装されていない道を歩きながら、ネロは首を傾げながら口を開いた。
「この洞窟・・・何か不思議な感じがするな」
「あ」と、ネロの言葉に、リフィアも声をあげた。「それ、アタシもちょっと思ったんだよね。なんて言うか・・・変な感じに体が包まれてる感じがして・・・」
そうか?とユーガは首を傾げたが、隣にいたトビも、ルインも頷いた。
「ああ・・・。何か確かに妙な気分だ」
「・・・おそらく、フィムがいまだに『人工精霊』を見に纏っているからでしょうね。この感覚は、濃密な元素の感覚です」
濃密な元素、という言葉にユーガ、ミナ、ネロは疑問を覚えた。あれ?とユーガは首を傾げて、
「なぁ、元素ってこんな風に感じる事ってできるのか?」
と尋ねた。
「ユーガの言う通りだ、ルイン。そんな風に感じる事ができるのか?」
ええ、とルインはユーガとネロの疑問に頷いて答える。
「濃密な元素であれば、私のような固有能力が無くとも、感じる事はできますよ。・・・まぁ、今はほとんど濃密な元素を感じる事はできませんが・・・」
「そうなのか?なんで?」
「元素の総数が減っているからですよ。『人工精霊』を倒しているとはいえ、元素はいまだに不安定ですから」
「やはり」とトビが腕を組んで口を開いた。「・・・精霊には会わなければならないという事か」
「ええ。・・・その前に、やるべき事があと一つ残っていますがね」
「・・・フィムさんとソニアさんに会って、話をつける事・・・ですね」
ルインの言葉にミナが答えルインは、はい、と頷いた。
「とにかく、奥に進まない事には始まりません。行きましょう」
「・・・そうだな」
言って、トビは洞窟の壁を撫でた。へぇ、と関心を持ったように笑みを浮かべて、壁から手を離す。
「トビさん」とミナが不思議そうな表情でトビを見た。「何をなさってるんですか?」
「この洞窟、かなり古い物らしい。岩の感じでわかるが・・・今度ここに調査兵を派遣して調査させるか」
トビはそこまで言って、洞窟の闇の奥に視線を向けて顔を引き締めた。ーそして、徐に双銃を引き抜いてー。
「・・・誰かいる」
ユーガは闇にじっと眼を凝らし、その姿を確認しようとして、息を呑んだ。金髪に青の軍服を着ている女性の、その姿はー。
「・・・流水よ、蹴散らせ」
透き通るような詠唱が洞窟内に響き渡り、ユーガの眼にはその女性が手をこちらに向けているのが見えて、咄嗟に一番前にいたトビの前に出て剣を立てた。
「・・・タイダルジェット」
その言の葉が終わると同時に女性の手元から巨大な水流が一気に流れてくるのが見え、ユーガは慌てて『緋眼』を解放してその水流の元素を掻き消した。
「あ、危ない・・・!」
「この、声は・・・」
ユーガの視界の端でシノが驚愕に固まるのが見えて、ユーガはシノに視線を向けようとして、止めた。ーいや、できなかった。なぜならー。
「・・・か、体が・・・う、動かない・・・っ⁉︎」
体が完全に固まったように、ユーガはーいや、ユーガ達全員が動けなくなっていた。
「こいつは・・・!」とトビが忌々しげに闇の中を見つめるのが見えた。「・・・ソニア・・・てめぇか・・・!」
「・・・年上の人に対する礼儀がなってないわ」
何とかユーガを除いた全員が姿を目視できるほどにまで彼女がーソニアが近づいてきて、仲間達もユーガもまた、眼を見張った。
「・・・やっぱり・・・!シノにそっくりだ・・・!」
「・・・て事は、こいつがシノの母親・・・!」
ユーガは、やっぱり先程見たソニアの姿が見間違いではなかった事を確認して、ハッとした。ソニアははっきりとシノを見据えており、その瞳には確かに蔑みの表情が表れていた。邪魔だ、と、はっきりとその眼が言っていたのだ。
「・・・『緋眼』の使い手・・・この子供が『緋眼』の主なんてね・・・」
「・・・何が、言いたいんだ」
トビが苛立ちを隠そうとせず言うと、ソニアは長く伸びてシノのように結んでいない金髪を激しく振ってユーガに向かって指を突きつけた。
「気に入らないのよ!こんなガキが、『緋眼』を身につけているなんてね!トビ、あんたもよ!生まれつき得た固有能力ですって⁉︎じゃあ固有能力に恵まれなかった人は己の無力感でも感じて生きていかなきゃいけないの⁉︎」
いきなりのその剣幕に、ユーガ達は少したじろいだ。
「私は誰よりも努力してきた!『天才魔導士』の称号は、本当は努力した私が得るはずなのに、こんな役立たずに・・・!だからあんたには腹が立つのよ!シノ!」
ユーガは眼だけを動かしてシノを見た。視界の端に捉えることしかできなかったが、その顔にははっきりと同様と悲しみの色が映っていた。
「・・・ソニアさん。あなたの努力は確かに相当な物でしょう。ですが・・・」
「うるっさいわね!」
ルインが説得しようと口を開いたが、ソニアはそれを遮るほどの大声で叫び、首を激しく振った。
「どうせ私の事を馬鹿にする気でしょう⁉︎わかりきってるのよ!だから、私の固有能力であんた達を止めたのよ!」
やはり、体が動かないのはソニアの固有能力か、とトビは理解した。だが、この固有能力は一体、と考えていると、後ろからシノの声が聞こえてきた。
「・・・お母さんの固有能力は『安眠』。私達の体だけを眠らせて動けなくさせてると推測します」
その声はいつも通りではあったが、違和感はあった。恐らく、ソニアに会った事による動揺が、シノの全身を包んでいるのだろう。
「・・・やめなさい!その話し方、腹立つのよ!」
「・・・やめろっ!」
シノに向かって魔法を放とうとしたソニアを、ユーガは叫んで止めた。
「・・・シノに手を出すな!何でこんな事するんだ⁉︎シノはあなたの娘なんだろ⁉︎」
「ふん・・・あんたも私の苦労なんて知らないくせに、口出ししないでくれる⁉︎」
ソニアの叫びは凄まじく、ユーガは思わず眼をつぶった。それほど、ソニアは怒っていた。
「くそ・・・どうにかして動けないのか・・・!」
ネロが必死に体を動かそうともがくが、動く事は叶わずに唇を噛んだ。リフィアも動こうとしたが足を踏み出す事ができない。
「・・・シノが死ねば、私が『天才魔導士』の称号を得る事ができるのよ。邪魔しないで」
ソニアは恐ろしいほど冷たい声でユーガ達に言って、シノを除く全員を魔法で吹き飛ばした。
「皆、さん・・・!」
「・・・これで邪魔者はいないわ。さぁ・・・もうこれ以上私を苦しめないで。死んでちょうだい、シノ」
ソニアはシノの目の前で手をかざし、元素を収縮し始めた。魔法を、シノに直接至近距離から打ち込む気だ!
「やめろ・・・!くそ、動けっ・・・‼︎」
ユーガは倒れた状態で頭だけを起こして、ソニアとシノを見て叫んだ。しかし、ソニアは決してシノに向けて魔法の詠唱を止めない。本気だ、と改めて感じて、ユーガはなんとかして動こうともがいた。
(動け、動け、動け、動けっ!)
仲間達も何とかして動こうと試みているが、どうしても動けない。このままでは、シノがー!
「やめろぉぉぉぉぉっ‼︎」
ユーガの叫びも洞窟の虚しく反響し、ソニアは溜まっていく元素を感じながら、にやり、と笑みを浮かべたー。
6
あなたにおすすめの小説
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
魚夢ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】悪役令嬢ですが、断罪した側が先に壊れました
あめとおと
恋愛
三日後、私は断罪される。
そう理解したうえで、悪役令嬢アリアンナは今日も王国のために働いていた。
平民出身のヒロインの「善意」、
王太子の「優しさ」、
そしてそれらが生み出す無数の歪み。
感情論で壊されていく現実を、誰にも知られず修正してきたのは――“悪役”と呼ばれる彼女だった。
やがて訪れる断罪。婚約破棄。国外追放。
それでも彼女は泣かず、縋らず、弁明もしない。
なぜなら、間違っていたつもりは一度もないから。
これは、
「断罪される側」が最後まで正しかった物語。
そして、悪役令嬢が舞台を降りた“その後”に始まる、静かで確かな人生の物語。
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる