cross of connect

ユーガ

文字の大きさ
46 / 51
絆の未来編

第六話 戦慄の予兆

しおりを挟む
二日後。
朝、ユーガ達は宿の待合室で集まり、これからの事を話していた。一通り、昨日でこの町のサポートはした。その甲斐あってか、ノルディンの人々はかなり元気を取り戻したようだー殆どの人々は。長い間結晶クリスタルに閉じ込められてしまっていた影響もあるのだろう、中には目を覚まさない人や、命を落としてしまった人もいた。そのせいだろう、メルの元気が明らかにない。
「・・・私・・・」と、メルが口を開いて、仲間達の視線がメルに集まる。「・・・とんでもない事を・・・」
「・・・暴走の原因はメルのせい、じゃないはずですよ。あなたが一人で抱え込む必要はありません」
ルインが諭すように言うと、メルは小さく首を振ってそれを否定した。ーそして。
「・・・すみません、少し一人にしてください」
「あ・・・」
仲間達が声をかけるよりも早く、メルは一人部屋に篭ってしまった。ユーガ達は視線でしかメルを追えず、誰も何も言えなかった。
「・・・まぁ、わからんでもないんだがな」
ネロが言った言葉に、ユーガも同意するように頷いた。
「・・・人を殺す事、それがどんな理由だったって、殺しちまったことに変わりはないもんな・・・」
ユーガもまた、人を殺した時には今でも気分が悪くなる。吐き気のような、目の前が真っ暗になるような、そんな感覚。あの感覚だけは、どうしても慣れないし、慣れたくない。
「・・・ユーガさん」
「ん?」
名を呼ばれてその方向へ視線を向けると、シノがどこか申し訳なさそうな表情を浮かべてユーガの事を真っ直ぐに見つめていた。ユーガが首を傾げると、シノは不意に頭を下げた。
「・・・え、シノ・・・?」
「・・・私に、メルと話をさせてください」
言葉に詰まった。まさか、シノがそんな事を頼んでくるなんて。特にそれはトビが感じたようで、トビは目をつむって黙って座っていたのだが、その目を見開くほどに驚愕していた。
「も、もちろん・・・俺はいいけど・・・」
「・・・ありがとうございます。ユーガさん達はノルディンの調査を、引き続きお願いします」
「それじゃ」とリフィアがシノに賛同するように声を上げ、仲間達を一瞥した。「メルちゃんの事は任せたよ、シノちゃん」
「はい」
少し不安を感じながらも、ユーガ達は立ち上がって宿の扉を開けて、ノルディンの町へ足を踏み出した。ーと、どこかから線香の匂いがふわりと漂ってきて、ユーガの胸を締め付けた。

「・・・さて」
宿に一人残ったシノは、一つの部屋へと向かう。先ほどメルが入って行った部屋だ。少し深呼吸をして扉をノックすると、中から小さく返事が返ってきた。
「入りますよ」
たシノは淡々と告げて扉を開けると、メルは靴も履いたままにベッドに顔を埋めてうつ伏せに横たわっており、少し肩が震えている。
「・・・シノ、どしたの?」
「・・・いえ」
質問には答えず、シノはメルが寝転んでいるベッドへと向かい、メルの横に腰をかけた。僅かにベッドが沈み、その感覚を味わいながらシノはさらに言葉を告げる。
「・・・ルインさんも言ってましたが、あなたのせいではありませんよ、メル」
「・・・違うの。私のせいなの・・・」
「・・・・・・」
『藍紫眼』の力を使う危険性も、何もかも無視をしていた。目を背けていた。その力が危険だということも、わかっていた。
「・・・メル」
「・・・・・・」
「あなたが今するべき事はなんですか?亡くなった方の事を悔いて、謝罪する事が今するべき事ですか?」
「!」
「私は違うと思います。亡くなった方への罪は忘れてはなりません。ですが、罪を背負って生きる事があなたに今、するべき事です。その罪すらも背負って、あなたは全力で生きるべきなのです」
「・・・生きる・・・」
きっと、『彼』ならばこう言うだろう。なぜなら、仲間だから。共に旅をする仲間だからこそ、救いたい。
「確かにあなたの力で亡くなった方もいます。ですが私達がするべき事を見失ってはいけません」
「・・・うん」
「・・・それに、あなたの固有能力スキルの封印も検討しなければなりませんし」
そう、彼女の固有能力スキルを封じるために、この街にいるとある人を探し出さなければならない。その人物は昨日まではまだ目を覚ましていなかったが、もしかしたら今日は目を覚ましているかもしれない。まだやるべきことは沢山ある。
「・・・だね、落ち込んでる場合じゃないもんね」
「はい。きっとユーガさんや他の皆様も心配されています」
「・・・ありがとね、シノ」
「私は何もしていませんよ」
「してくれてるよ、ホントにありがとね」
メルはシノの頭を撫でると、よし、と呟いて立ち上がりその手を握った。
「ユーガ君達はもうノルディンの調査を始めてるんだよね…、なら私も行かなきゃだね」
「ええ。行きましょう」
シノもまたベッドから立ち上がり、メルの横に立って僅かに微笑んだ。すでに調査を始めているユーガ達を追いかけて、彼女達はノルディンの町へと足を踏み出した。

「助けられない方もいましたけど、とにかく助かった方たちが無事でよかったです」
夜、宿に戻ったミナがそう呟くと、ユーガは頷いて仲間達を一瞥した。先ほど調査中に帰ってきたメルとシノは、まだメルは少し顔色が悪かったが少し迷いが振り切れたような、そんな印象を抱いた。
「・・・・・・」
と、椅子に座って黙って腕を組むトビを見て、ユーガはトビに向けて問いかけた。
「トビ?どした?」
「・・・フルーヴの目的が何なのか、掴めてねぇ」
そう。まだ、フルーヴの目的が何なのかが全くわからない。こんなにも長い期間敵対しているというのに、フルーヴに関する情報があまりにも少ない。そうですね、とルインは頷いて顎に手を当て、考え込む。
「・・・フルーヴの目的はもちろん、彼が本当に敵なのか味方なのか・・・さらに言えば、彼はどういう理由でスウォーに協力しているのか、まったくわかりませんからね」
ルインの言葉を継ぐように、リフィアもまた考え込むような動作で口を開く。
「・・・わかんない事だらけだね、それにレイちゃん以外の四大幻将がどういう行動してるのかもわかんないしさ」
「それは」とネロが壁に寄りかかってリフィアに視線を向ける。「スウォーの意志・・・今ある世界を滅ぼして模造品クローンの世界を作る事なんじゃないのか?」
「・・・今考えてもわからない事ばっかだし、とにかく今は・・・メルちゃんの固有能力スキルを封印する事を考えなきゃかもしれないね」
リフィアがメルに視線を移してそう言うと、ユーガは顔を上げてリフィアを見つめた。リフィアが首を傾げると、ユーガは口を開いた。
「・・・なぁ、メルの固有能力スキルの封印ってさ・・・それって、絶対やらなきゃなのかな」
「・・・どういう事ですか?ユーガさん」
ミナがそう尋ねると、ユーガは少し考え込んだ後に仲間達をーメルを見つめた。
「この話が出た時からずっと考えてはいたんだけど・・・固有能力スキルを封じるって事は、メルの戦闘が大変になっちまうって事だろ?」
確かに。メルの大幅な戦闘力の減少は、正直現状厳しいところはある。
「・・・ですが、もしまたメルの固有能力スキルが暴走した場合・・・どうするのですか?」
「その時は」と、質問を投げかけたシノに視線を向けてユーガは迷いなく、その口を開く。「皆でメルの暴走を止めよう!」
「・・・ユーガ君、私の事はいいんですよ?実際、私の固有能力スキルを封印した方がいいと思いますし」
「そうしたら戦力の減少になるって事だろ。・・・こうなったらこの馬鹿はもう聞かねぇよ」
トビが呆れたようにユーガを見ると、ユーガは固い決意の瞳をトビに向けてきた。やはり、思ったとおりだ。
「正直俺も封印に賛成だが・・・この馬鹿はもうメルを信じる事に決めてるみてぇだし、もう何を言っても無駄だろ」
「・・・そうですね」
ルインは頷いて、組んでいた腕を膝の上に置いた。同様に、メル以外の仲間達もユーガの意見に賛同するかのように頷く。そして、メルは。メルは驚いたように、仲間達を一瞥する。
「メルは」とネロが、メルに視線を向けて口を開く。「お前はどうしたいんだ?俺達が意見を出すのは簡単だが、メルの意見を優先するさ」
「・・・私は・・・」
この固有能力スキルで苦しめられた事もあった。だが、この固有能力スキルがなければ、今いるこの仲間達とも出会えなかったのも事実だ。だから、今はまだ。
「・・・まだ私は、皆さんと一緒に戦いたいです。この力が暴走しないような方法を・・・探し出してみせます」
メルがそう言うと、仲間達はそのメルの言葉に賛同するように頷いた。ユーガはそれを聞いて、手を強く握りしめて笑みを浮かべ、仲間達を一瞥した。
「とりあえず、ノルディンの町の皆を助けられてよかったよ」
「ユーガ君とトビさんにはとても無理をさせてしまい・・・本当にすみませんでした」
「いいんだよ、仲間なんだしさ!困った時はお互い様だろ!」
ユーガの浮かべるその屈託のない笑顔を見てネロもまた、そうだな、と笑みを浮かべて口を開く。
「なんかあっても俺達なら大丈夫だろ」
「そうですね」とルインも頷く。「私達は一人ではありません。お互い助け合っていけるはずですから」
ルインの言葉を横目にトビは腕を組んだまま、だが、と仲間達を一瞥する。
「まだ四大幻将の奴等の行方もわかってねぇし、フルーヴもどっかに逃げちまった。これからどうすんだ」
そうだねぇ、とトビの言葉を受けてリフィアが少し考えて、そうだ、と声を上げる。仲間達の視線を受けたリフィアは、自身の懐に手を入れて通信機ー確か、レイと話すのに使っていたものだーを取り出した。
「レイちゃんに四大幻将の調査をお願いしてたじゃん?もしかしたらその結果がわかるかもしれないし、聞いてみるね!」
仲間達はその言葉に頷き、リフィアが電源をつけて声を発するがー。
「・・・繋がってないのでしょうか」
シノの言葉通り、どうやら繋がっていないようだ。その証拠に、通信機からはノイズがけたたましく鳴り響いている。
「あれぇ・・・?おかしいな、電源は入ってるはずなのに・・・」
「・・・まさか」とミナが、ハッとした表情を浮かべる。「レイさんの身に何かあったんじゃ・・・」
その言葉を聞いて、笑顔を浮かべていたリフィアから笑顔が消え、その顔がさっと青ざめた。それを確認して、メルが少し考え込んで口を開く。
「四大幻将の調査をお願いしていた、リフィアさんの妹さん・・・ですよね・・・」
「あぁ」とネロが頷いて、拳を握りしめる。「元四大幻将なんだけど、俺達に力を貸してくれてた」
「でも、何か事情があるとしてもリフィアに何も連絡がないなんて、おかしくないか?」
ユーガのその発言に、トビも腕を組んで頷く。
「少なくとも、リフィアとあいつ・・・レイには連絡網がある。連絡が取れねぇなんてありえねぇ筈だ・・・。何かあったな」
まさか、とトビは思考を巡らせる。レイは元から人間というわけではなく、リフィアと同じく初めは『魔族』のサキュバスであった。『魔族』から人間に変わる方法を行う際にわずかな確率で変化しきれない点ができてしまうことがあるのだが、その部分から体が侵食され、最終的には死に至るーという症状にレイは犯されているのだが、まさかー?
「とにかく、レイが心配だ・・・。メレドルに行こう」
仲間達は頷いて、それぞれ準備を始める。ユーガもまた、トビと共に部屋に置いてある剣と荷物を手に取って仲間達の待つ宿の外へと、足を踏み出した。

「リフィア、大丈夫か」
エアボードに乗ったままネロが聞くと、リフィアはまだ青ざめた表情のままネロに視線を向けて、弱々しく頷いた。その表情は、明らかな焦りとー自分に対しての怒り、だろうか。しかし、その表情は一瞬で作られた笑顔に隠される。
『・・・だ、大丈夫大丈夫!』
「嘘つけよ」とネロは真面目な表情を崩さずに、作られた笑顔を浮かべるリフィアに告げる。「別に何でもかんでも言ってほしいわけじゃねぇけどよ、悩んでるなら俺達に・・・俺に言ってもいいんじゃないか?」
『・・・・・・』
「お前、結構無理するからな・・・いまいち信用ねぇっつーかさ」
『む、信用なくて悪かったねぇ』
「まぁいいけどよ、頼ってもいいんじゃねぇか?」
『・・・レイちゃんは、アタシの大切な妹なの。辛い時も楽しい時も、いっぱいアタシの事助けてくれた・・・』
「・・・なら、尚更のこと助けてやらねぇとな」
『ネロ君・・・』
「家族を失くす気持ちは俺もわかる。俺も昔、姉上を目の前で・・・」
ネロはそう呟いて、かつて憧れた存在ー姉を思い浮かべる。昔、魔物に追い詰められた自分とユーガを救うために、姉は自分達を庇ってレイフォルス渓谷へと落下してしまったのだ。
「・・・ま、そんな思いはしてほしくねぇからな。とにかく、最悪の場合ばかり考えるな、リフィア」
『うん・・・ありがとね、ネロ君』
リフィアの礼を受け止めて、ネロは視点を前に戻す。今は海の上をエアボードが駆けていて、ところどころで一瞬だけ魚が跳ねたりするのがちらりと見えるが、空をかなりのスピードで飛んでいるためそれはすぐに見えなくなってしまう。そんな他愛もない光景を見てネロは誰にとは言わずに、
「・・・こんな綺麗な世界が危険に晒されるなんてな」
と呟くと、ユーガが少し悲しげな声でそのネロの言葉に応えるように、口を開く。
『そうだな・・・四大幻将の目的も何も分からないけど、危険に晒されてるかもしれないんだもんな』
『ええ』とミナもまた、ユーガ達に同意するかのように、『こんな綺麗な世界・・・滅ぼさせてはいけません』と告げる。同感、とネロは呟いた後、しかし、と引き締めていた表情のまま、ユーガに視線のみを向けて話す。
「ユーガも言ってたが、四大幻将の目的ってのは何なんだろうな・・・やっぱ考えやすいのは、スウォーの目的の意思を継いで、世界を作り変える事なんだが・・・」
『『だが』・・・?何か気になってるのか?ネロ』
ユーガにそう聞かれ、まぁな、とネロは返す。そう、少し腑に落ちない事はある。その会話を聞いてなのか、トビの声もスピーカーから聞こえてくる。
『・・・もしかしたら、その疑問は俺と同じかもな』
「お前もやっぱ気になるよな」
『?』
ユーガは首を傾げると、トビが少し呆れたように嘆息し、やれやれ、といった口調で語り始める。
『四大幻将はこれまでの動向も含めて、基本的には独自行動ではなく指示をされて動いていたな』
「・・・つまり、四大幻将を操っている誰かがいるかも、って事だ」
トビとネロの言葉を聞いて、ユーガは眼を見開いた。そんなユーガにさらに追い打ちをかけるかの如く、トビは一息吐いてからー口にした言葉。それは、ユーガを戦慄させるのには十分すぎた。
『俺達は・・・スウォーの『死』を、この眼で見た訳じゃねぇ』
『・・・!』
ユーガの驚いたような声が、スピーカーから響き渡る。確かに、一度スウォーは倒した。それは紛れもない真実だ。だが確実にスウォーを殺した、と言い切れない。言い切れる筈もない。なぜならースウォーが倒れたのは確認したものの、『死』こそは確認できなかったから。倒れた際のスウォーの血の量で先入観のもとで判断していたが、確かにスウォーが死んだ、とは断定できるわけがない。
「そう考えりゃ辻褄は合うんだ。なぜユーガ達を表裏の鏡の罠に嵌めたのか、全国各地で四大幻将が目撃されたのか」
『・・・俺達を殺すために、兄貴のこともスウォーが差し向けた・・・?』
『と考える事もできるが』とトビはユーガの言葉を遮るが、だが、と僅かに眼を細めてさらに言葉を継ぐ。『フルーヴは自分の目的遂行のために、って感じだったし・・・フルーヴは独自で行動しているのかもしれんが、四大幻将に関しては・・・スウォーが生きている可能性も捨てきれねぇからな』
『・・・・・・』
絶句するユーガに、まぁ、とネロは話を切り替えるかのように口調を変えて、ユーガに明るい口調で語りかけた。
「完全に俺達の勝手な考えだし、ホントかどうかはわかんねぇけど・・・心に留めといた方がいいかも、ってだけだ」
ネロの言葉にユーガは僅かに頷いて、すこしうわのそらだった自分の意識を両頬を叩いて戻し、気を引き締め直した声で応える。
『あぁ、・・・わかった』
そう答えたユーガの目前には、メレドルの街が広がり始める。ユーガは操縦桿を操作して、ゆっくり、だが確実に、メレドルの街へと降り立った。ーと、ユーガ達は違和感に気付いた。ー街が騒がしい。いつもは静かなメレドルの街が、どこか人々も慌ただしく駆けていく。ー何かがおかしい。ユーガは仲間達と視線を交わして頷き、街の中心へと向かう。街の中心へ向かう途中、涙を流して座り込んでいる者もいれば、肩を震わせて座り込む者もいる。その顔に浮かべた表情は、恐怖、だろうかー?街の中心へたどり着くと、街中の人々が集まっているかの如く、人だかりができていた。何だ?とユーガ達が人混みをかき分けてその中心へと向かうと、そこにはー。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
無数の、目が虚ろな人間が大量に、そこには集まっていた。しかし、死んではいない。生きているのにも関わらず、だ。
「こ、これは・・・⁉︎」
「あの」とユーガが目が虚ろな一人の人物の肩に手を置いて語りかけようと手を伸ばす。「これは一体・・・⁉︎」
しかし、反応などはない。しかも、視線すら向けない。どう考えてもおかしい。普通の人間の反応ではない。ーと、それを見ていたルインが、まさか、と驚いたような、焦るような声音で口を開く。
「彼らは・・・模造品クローンなのではありませんか・・・?」
「何だって・・・⁉︎」
ユーガが思わず叫ぶと、確かに、とシノも冷静な口調で考え込むように顎に手を当てて口を開く。
模造品クローンと言うなら、ここまで反応がなく虚ろなのも頷けます」
「お姉ちゃん・・・!」
その声に振り向くと、人混みを押し除けて彼女がーリフィアの妹、レイが立っていた。リフィアは心底安心し切った表情を浮かべて、レイを抱きしめる。
「良かった・・・無事だったんだね・・・!」
「・・・ごめんなさい、この人達を助けるのに忙しくて」
「・・・無事でよかったよ、ホント・・・!」
リフィアの声が震えている。恐らく強がってこそいたがやはり、不安でたまらなかったのだろう。ユーガはレイが無事であった事にひとまず安堵し、レイ、とリフィアが落ち着いたタイミングを見計らって声をかけた。
「この人達は一体・・・?」
「この人達はこの街で最近作られた模造品クローン・・・みたい」
そうか、とミナは思い出したように手を叩いて口を開く。
「この街の地下にも、製造機械クリエブロストはありましたから・・・そこで作られた、模造品クローン人間・・・という事ですか・・・」
うん、とレイは頷いて、ユーガに視線を向ける。ユーガはその視線を受け止めて首を傾げると、レイはユーガの服の裾を掴んでこれまでに見たこともないような表情を浮かべ、そしてー。
「・・・ユーガ、スウォー様を止めて・・・!」
「・・・‼︎」
やはり、先ほどのトビとネロの話の通りだ。さらにレイのこの発言、間違いない。スウォーは、生きている。それが、今確定された。
「やっぱりスウォーは・・・生きてるのか・・・⁉︎」
「間違いない・・・、きっとこの人達はスウォー様によって作られた・・・」
「けど」とメルがレイに視線を向けて、少し不思議そうに尋ねる。「どうしてレイさんは、スウォーさんが模造品クローンを作ったと・・・?」
「ここに製造機械クリエブロストがある事を知ってるのはスウォー様とフルーヴだけ・・・それに、地下にあった製造機械クリエブラストを見に行った時に、比較的新しい靴跡があった。フルーヴは特殊な靴を履いてるから、足跡で判別がつく」
「・・・しくじった」とトビは舌を打ち、苛立ちを見せながら頭をがしがしと掻いた。「俺がとどめを刺しきれなかったのが原因だ・・・」
「お前のせい、ってわけでもねぇだろ?」
ネロがトビに視線をやりながら言うと、いや、とトビは腕を組んでユーガに視線を向けた。
「最後の一撃をこいつに任せた後に奴が息絶えたかどうかの確認を怠っていた・・・迂闊だった」
「と、とにかくスウォーさんは生きている・・・それだけは、紛れもない事実なのですね・・・」
ミナがぽつりとそう呟くと、誰もが視線を落とす。
「・・・でも」と、静寂を切ったのはユーガ。「スウォーが生きてるなら、俺達の想いをぶつけるチャンスじゃんか!」
全員の視線がユーガに向く。ユーガはそれを正面から受け止めて、握りしめた右手を見つめた。その右手は、かつてスウォーの体を切り裂いた紛れもない手。
「おいおい」とネロがユーガに驚いたような表情を見せ、呆れたように口を開いた。「まだスウォーを説得するつもりなのか?難しいんじゃないかな・・・」
「そうかもしれないけど・・・俺はやっぱり、助けられる人がいるなら助けたい。スウォーもきっと、助けられる人間なんだと思う」
ユーガがそう言うとネロは、そうだった、と思い出したように頭を押さえて呆れたように呟いた。
「・・・こいつはこういう奴だったな・・・」
「・・・珍しいですね」
そうミナが呟いたのでユーガは、何が?と首を傾げる。いえ、と前置きをしてミナは、
「トビさんが先程のユーガさんの意見を否定しなかったのが、ですよ」
と答えた。確かに、いつもならトビが反論して丸め込まれる、というのがお決まりのパターンだが、今回はトビが珍しく反論をしなかった。
「・・・あ?」
トビの方へ視線を向けると、見るからに甘そうなパンを口に頬張っていた。全員からーユーガを除いてー冷めた視線で見られトビは、何だよ、と頬張っていたパンを食べながら目を細めた。
「やらんぞ」
「・・・反論しないんじゃなくて聞いてなかっただけ、でしたか・・・」
「あ、呆れて言葉も出ねぇよバカヤロー・・・」
ルインとネロの言葉にユーガは苦笑を浮かべて、レイに視線を向けて口を開く。
「レイ、スウォーがどこに行ったか・・・まではわからないよな」
「・・・うん、ごめんね」
「いや」とユーガはレイに向けて、笑顔を浮かべた。「スウォーが生きてる・・・ってわかっただけでも有難いよ。ありがとな、レイ」
とにかく、スウォーは生きている。ならば、もう一度だけ、説得してみよう。ユーガはそう決意して、握っていた右手をさらに強く握りしめた。ところで、とルインが話題を転換させて、レイに尋ねる。
「他の四大幻将の調査はどうでしたか?」
「・・・レイフォルスの町に、キアルの姿を見かけた人がいるみたい。直接見たわけじゃないからホントかどうかはわかんないけど」
「キアルが・・・」
「今は他に手がかりもねぇ」トビが先程のパンを飲み込んで、ユーガに向けて口を開く。「今は行ってみるしかねぇな」
「うん、そうだな」
ユーガは頷いて、仲間達を一瞥した。
「とりあえず、レイフォルスに行ってみよう。本当にキアルがそこにいるなら、何かあるのかもしれない」
「すみませんが」とルインはレイに視線を向けたまま、ふ、と笑みを浮かべる。「レイは以降も四大幻将達の動向を探ってください。」
レイが頷いたのを確認してルインは視線を仲間達にーユーガに戻して、さて、と前置きをして口を開いた。
「レイフォルスに行ってみましょう」
「あぁ!」

レイフォルスの街に足を踏み入れ、ユーガ達は辺りを見渡してほっとした。よかった、特に異常はなさそうだ。争いを感じさせる痕跡も特には見当たらず、とりあえずは安心だ。だが、どこかピリピリとした空気を感じる。街の雰囲気というか、人々の空気感が何やらおかしい。ユーガは近くにいた女性ー以前ルインがこの街に入れなかった時、街長を共に説得してくれた女性に声をかけた。すると、彼女は心底驚愕したような顔で、ユーガを見つめて、震える声で口を開いた。
「あ、あ、あんた・・・スウォーかい・・・⁉︎」
「・・・‼︎」
「いや、白い服に腰に横に差した剣・・・べ、別人・・・?」
「彼は」とルインが前に進み出て、柔らかい口調でそれを否定する。「スウォーではありませんよ、以前お会いしていたでしょう」
「あ、あぁ、あの時の・・・確か、ユーガだったかい、旅の人…」
「…それで、スウォーさんは今どこに…」
ミナが尋ねると、その問いに女性は小さく頷いて南の方に指を指して答える。
「南のレイフォルス渓谷の方に向かったみたいだよ」
「レイフォルス渓谷・・・」ネロが呟いて、ユーガに視線を移す。「行ってみるか?」
「うん、今はそれしか手掛かりもないし、行ってみるしかないな」
ユーガは女性に礼を言うと、女性はそそくさと家へと帰っていった。ユーガはその背中を見守って、でも、と腕を組んで呟いた。
「レイの情報だと確か、キアルがこの街にいるって事だったんだよな?でも、さっきの女の人の感じからするとここにいたのはキアルじゃなくてスウォー・・・だったんじゃないか?」
「・・・そう考えるのが妥当でしょう」
シノがそう言うと、トビも腕を組んで少し考え始める。ある程度考えがまとまったところで、トビは口を開く。
「・・・やはり何かおかしい。俺達を誘い出しているんじゃねぇのか?」
「・・・今回は俺もそう思う」
さすがのユーガでも、これは怪しい事は気付いたようだ。まるで、スウォーの元へ導かれているような、そんな感覚をうっすらと感じていた。でも、それでも。
「行かなきゃ、だよな」
「そうですね」とメルもまた頷く。「今はそれしか手掛かりもありませんから」
「ちっ、しゃーねぇな・・・」 
トビはそう言って腕を組み、何かを諦めたように呟いた。トビ自身もまた、レイフォルス渓谷へ行くしかない事はわかっている。だから、否定しない。だが、
「・・・警戒は怠るなよ」
それが、自分の役目。達の油断をさせず、常に冷静である事。トビは軽く嘆息して、街の中へと足を踏み入れる。ユーガ達が怪訝そうな表情で見ているのを確認して、何してんだ、と仲間達に声をかける。
「早く行くぞ。レイフォルスの南門から出る前にここで準備を整えてったほうがいいだろ」
その言葉を聞いて、仲間達は頷いてトビの後を歩き始める。トビが鼻を鳴らして前を向くと、ユーガが横を歩き、まるでそこがあたかも彼の定位置かのように堂々と歩いていた。そんなトビの視線を受けて、ユーガは首を傾げる。
「どうした?」
「・・・なんでもねぇ」
トビは視線を逸らしてしまい、ユーガはさらに首を傾げながらも隣を歩くのはやめない。しばらく歩くと、トビが南門の前にある道具屋で立ち止まり、ある程度の道具を買って仲間達に手渡した。
「これでひとまず大丈夫そうだな」
ネロの言葉にユーガは頷いて、よし、と拳を握って仲間達を一瞥した。
「レイフォルス渓谷に行ってみよう」
仲間達は頷いて、レイフォルスの南門から外の世界へ出て、エアボードに乗り込む。いまだにエアボードを持っていないメルは、シノのエアボードに乗り込んでいる。そうしてしばらく飛ぶと、エアボードから見える風景の中に次第にレイフォルス渓谷が見え始め、その風景は一瞬で大きくなる。レイフォルス渓谷の横にエアボードを止めて地面に足を着けたその瞬間、甲冑の音を立てて兵士がーミヨジネア兵が、ユーガ達の顔を一瞥してそれぞれ武器を構えた。
「ミヨジネアの兵士・・・⁉︎」
「スウォー様・・・?いや、オリジナルか・・・。ここから先はどなたでも通すな、とのご命令です。お引き取り願います」
「スウォー様?」トビは戦闘体制を取りながら、なるほどな、と納得したように頷いた。「・・・スウォーの配下の兵士か」
「・・・て事は、ここにやっぱスウォーはいるってこったな」
ネロも戦闘体制を取ると、ミヨジネアの兵士が奥から数十人といった数が現れて、ユーガ達を取り囲んだ。先ほどユーガ達に話しかけてきた兵士が一歩前に進み出て、甲冑の音を立てながら槍をユーガに向けた。
「・・・退く気はない、といったところでしょうか」
「俺達はスウォーに会わなきゃならないんです!そこを通してください!」
ユーガの説得も虚しく、兵士は槍を上に掲げて、
「全軍・・・総攻撃開始!」
と、攻撃の命を下した。くそっ、とユーガは歯噛みして、襲いかかる兵士に向き直った。兵士は力任せに剣を振る、振る、振る。しかしユーガはそれをいなしながら、一瞬だけできた隙を見逃さずー。
「・・・烈牙斬っ!」
一度殴りつけてからできた隙に、剣を大きく振り上げるユーガの特技を発動させて兵士をその場に倒れさせて気絶させる。ユーガはその兵士が死んでいないことを確認して、ほっと安堵しー横から兵士が襲いかかってくるのに遅れて気付き、やばい、と剣でガードの構えを取りー乾いた銃声が響き渡り、その兵士がどさり、と地面に伏す。銃声の音の方を見るとそれはトビで、呆れたような視線をユーガに一度向けた後、すぐに戦闘に戻る。ユーガも意識を残っている兵士に戻して、気付いた。ユーガは僅かにバックステップで後ろへ下がると同時に、ルインの詠唱が完成する。
「氷河より出でし氷晶、敵を穿つ力をここに・・・!アブソクリスタル!」
複数の兵士を飲み込んだルインの氷晶は、次第に割れ始め、包み込んでいた兵士を吹き飛ばす。その氷を纏って、彼女の固有能力スキル、『セルシウス』を解放させたシノとメルが、吹き飛ばした兵士に追い打ちをかける。
「終わらせます・・・氷牙昇竜脚」
「輝きの結晶、氷の力を呼び覚ませ!アイスクリスタル!」
吹き飛ばした兵士達を思い切り地面に叩き落とし、兵士達は気絶して脱力する。まだ残る兵士をその目に映して、ネロは左足を下げて右足を前に出し、居合い斬りの構えをとって目を閉じる。そして三人の兵士がネロに向かって突進しーそれぞれ武器を振りかぶったその隙をネロは見逃さず、三人の兵士に一閃ずつ、殺さない程度に切り裂く。だが、三人のうち二人は気絶はしておらず、気絶していない兵士がネロに襲いかかろうとしーその上空から、リフィアが拳を振りかぶって思い切り地面を殴りつけると、地面が爆発して残った兵士がその爆風に巻き込まれる。ネロが一息ついて周囲を見渡すと、先ほど指揮を出した兵士以外は全員地面に伏し、その兵士もまたユーガに追い詰められているところだった。これは、言わずもがなの決着だ。
「・・・くっ、こんなバカな・・・!」
「俺も命までは取りたくありません。・・・通してくれませんか」
ユーガのその言葉に、兵士はがっくりと項垂れた。諦めた、という事だろうか?ユーガは剣を鞘に納めて、ありがとうございます、と一礼をする。ー刹那、兵士は先程まで項垂れていた頭を上げて、小刀でユーガに向けて思い切り振りかざす。
「ユーガ!」
トビの声が周囲に響き、ユーガの眼が驚愕に見開かれ、振りかぶった小刀をさらに強く握って兵士は確信する。殺った!ーだが。
「・・・がふっ・・・!」
その背後に、ミナが立っていた。ユーガは尻もちをついて後ろに倒れ込み、その目の前に兵士がうつ伏せに倒れ込む。その背中を見ると、ミナの短刀を刺した後があった。ミナは、ごめんなさい、と小さく呟いて、その短刀に付いてしまった血を振り払った。ユーガはゆっくり立ち上がって、ミナに頭を下げる。
「ご、ごめん・・・ミナがいなかったら危なかった・・・」
「いいんですよ」と、ミナは兵士に手を合わせながら呟いた。「・・・でも、油断は禁物ですよ?」
「う、うん」
溢れ出る血を眺めて、ユーガもまたミナと同様に手を合わせた。いつまでそうしていただろうか、手を合わせていたミナが立ち上がって、ユーガに視線を向ける。
「・・・行きましょう。私達には、やるべき事がありますから」
あぁ、とユーガは呟いて、レイフォルス渓谷の入り口へと足を踏み入れる。以前ミナを助けるためにここへ来た時と同じように、辺りには鉱石が壁の中に埋め込まれている。その鉱石に反射した自分の顔を眺めて、ユーガはぽつりと呟いた。
「・・・あの人達の家族に、俺は・・・きっと恨まれるんだろうな・・・」
仲間達の視線が、ユーガへと集まる。おいおい、とトビが呆れたような視線で、ユーガを見つめた。
「・・・俺達はもうとっくに恨まれてるだろ」
「でも」と、ユーガは足を止めて拳を強く握りしめた。「・・・だからって、人を殺していい理由になんてならないだろ?」
「・・・ユーガ」と、ネロがどこか感情を押し殺したような声で、腰に手を当てて口を開いた。「・・・もしさっきの兵士を殺してなければ、お前が殺されていた。それに、もし俺達全員が殺されたら・・・世界中で、もっと大勢の人が死ぬ」
そうですね、とルインもどこか悲しげに、だが淡々とネロの言葉に次ぐ。
「殺していい理由にはなりません。避けられる死があるなら、避けるべきですが・・・でも、今やらなければ私達が殺されてしまいますから」
「・・・そう、だな」
ユーガはもう一度、先程の兵士とその家族に向けて祈りを捧げた。それが罪滅ぼしになるとは思わないし、思ってもいけない。だからこそ、殺してしまった人々も納得するような世界に、自分達がしていかなければならない。ーそれはきっと、あの時殺したヤハルォーツに対しても、だ。
「・・・ところで」と、ミナが暗い雰囲気を飛ばすかのような明るい口調で、ユーガの剣を指差した。「ユーガさんの剣って、特別な鉱石が使われているんでしたよね?」
「あぁ、そうだぜ。確かその話をした時は、ミナはいなかったもんな」
ネロがミナに次いでそう言うと、ミナは大げさに考えるような素振りで、うーん、と唸る。
「以前、アルノウズの街でユーガさんのお父様のお友達の、レギンさんとお話されたんでしたよね」
「使われている鉱石は」と、リフィアもその話に便乗するように口を開いた。「フィアスウェームだったよね。レギンさんは凄腕の加工屋さんだからね、お父さんのために作ってくれたんだったっけ?」
きっと、仲間達はユーガが先程の兵士の殺害を気に留めないように気遣ってくれているのだ。ユーガはひっそりと心の中で、ありがとう、と呟いて、先程のリフィアの問いに頷いた。
「あぁ、俺の父さんは貴族でもありながら傭兵の仕事をしててさ、それで作ってくれたんだって」
「ま、精々大事にするんだな。フィアスウェームはもうこの世界では取れないって話だしな」
トビの言葉にユーガは頷いて、鞘に納めてある剣の柄を握りしめた。僅かにその剣が暖かく熱を持った気がしたが、気のせいだろうか?ユーガは剣から手を離して、仲間達を一瞥した。
「ごめん、足を止めさせちゃって・・・奥に行こう」
ユーガの言葉に仲間達は頷き、ユーガの後に続いて奥へと進む。途中、ユーガの視線の中に鉱石の他に鉄の原石のような物もいくつか見え始め、以前はミナを助けることばかりに集中していたため気付いていなかったが、恐らくこれが以前ネロが言っていた、真鉄というものなのかもしれない。前にスウォーと対峙したところよりも、さらに奥へ進む。途中、魔物達が何度か襲いかかってきたが、思ったよりも苦戦せずに倒せた。ふう、とユーガは息を吐いて剣を鞘に納め、辺りを見渡した。
「この辺まで来ると、全然見覚えがないとこだな」
「ユーガはここの渓谷の調査をした事あったっけ?」
ネロがそう尋ね、ユーガは頷いてもう一度辺りを見渡した。
「でも、前に俺が調査した時はもう少し手前までだったか・・・」
「何者だ」
と、ユーガの言葉を遮って静かな渓谷の中に響き渡る女性の声に、ユーガ達はそれぞれ武器に手をかけた。ーだが、ネロだけは武器に手をかけない。まるで、魂でも抜けたかのように放心しているように見える。
「・・・今の声・・・まさか・・・」
それと同時に渓谷の奥から足音が響き渡り、ユーガは剣を握る力を強めた。その渓谷の奥から現れた姿に、ユーガは驚愕する。その声の主はー。
「姉さん・・・⁉︎そんな・・・バカな・・・‼︎」

ネロの声が響き渡り、その言葉がユーガの脳内には驚くほどするりと入り込んできて、ユーガもまた言葉を失った。ネロは首を振って存在を否定しようとしているようだったが、目の前にいるのは紛れもないー八年前、ネロを魔物から守るために崖に落ちて命を落とした、ネロの姉のニーナ・ルーオスだった。しかし、そんな筈はない。命を落としたニーナの遺体は、間違いなくケインシルヴァのガイアにて埋葬されている。ーという事は。
「まさか・・・模造品クローンか・・・⁉︎」
ユーガがニーナに視線を当てながら言うと、ニーナの奥からさらに、足音が響き渡った。ーこの鳥肌が立つような感覚、さらにユーガ自身とよく似た元素フィーアー間違いない、この感覚はー!
「・・・流石に頭の悪いてめぇでも理解したようだな」
ユーガよりも僅かに低いが、それでも同じ声が静まり返った渓谷内に虚しく響く。そして、奥から現れた姿を視認して、ユーガは驚愕に目を見開いたまま、その名を叫ぶ。以前の旅の最終地で倒した筈のー彼の名を。
「スウォー・・・!やっぱり、生きてたのか・・・!」
ユーガが剣に手をかけてその名を叫ぶと、『彼』はースウォーは、ユーガを自然に捉えると忌々しげに舌を打って、腰に手を当ててユーガを睨んだ。
「・・・今はてめぇの相手してる場合じゃねぇ」
「スウォー様、今は計画の実行が先かと」
ニーナの顔をした模造品クローンは、スウォーに視線を向けると膝をついてそう口を開く。スウォーはそれを受けて舌打ちをして、わかってる、と苛立たしげに呟き、大型の鳥の魔物ー以前ユーガがヨーゲ岬で捕まった、ヨーゲグリフィンがスウォーと模造品クローンニーナの服を鷲掴みにする。
「てめぇらの相手はまた今度だ。それまで寿命が延びた事を精々噛み締めるんだな」
「そう簡単に行かせると思うのか」
声が聞こえ、スウォーは視線をユーガの後ろに向けると自身に向けて、『蒼眼』がートビが銃を向けていることに気づいてーはっ、と嘲笑うかのようにトビを睨んだ。
「言っただろ?てめぇらの相手はまた今度だ、とな」
スウォーはトビに向けて手をかざすと、トビの両手から銃が弾け飛んだ。トビの目が驚愕に見開かれた直後、トビの体も同様に背後へと吹き飛ばされた。その体の後ろにいたルインも巻き込まれ、渓谷の壁に思い切り叩きつけられる。スウォーはかざした手を下げて鼻を鳴らした。
「そんなに死にてぇなら、今死んでもいいんだぜ」
「・・・ちっ・・・‼︎」
トビは舌を打って体勢を立て直すが、足の力が思うように入らない。くそが、と歯噛みしてトビは、スウォーを睨みつけた。その視線を受けながらスウォーは、もう一度ユーガへと視線を戻す。
「・・・さぁ、どうする?オリジナル・・・このままここで俺と戦い全滅するか、今は互いに退くか」
「くっ・・・‼︎」
ユーガは拳を握り締め、剣にかけていた手を下ろして戦闘体勢を解いた。スウォーもそれを確認して再度鼻を鳴らし、賢明な判断だな、と仲間達に向けて告げた。
「・・・だが忘れるな。次に会う時・・・その時は、てめぇの命が止まる日だ」
スウォーはそれだけ言い残して、ヨーゲグリフィンに掴まれながら、模造品クローンニーナと共に空高くへと舞い上がり、そして消えた。それを確認してユーガはトビとルインに駆け寄り、大丈夫か、と声をかける。トビとルインは頷いてゆっくり立ち上がり、ネロに視線を向けた。ユーガもネロに視線を向けると、明らかに動揺しているのが目に見えた。
「ネロ・・・」
「・・・あれは模造品クローン・・・わかってはいるんだ・・・だが・・・」
「・・・今は」と、ルインがトビの回復魔法を受けながら、口を開いた。「この先は行き止まりのようですから何もありませんでしょうし・・・一度レイフォルスに戻りましょう」
その言葉に、誰も反対などなかった。それぞれが出口に向かって歩き出し、ユーガもまた皆に続こうとしてー振り返ると、ネロが立ち尽くしていた。ユーガは踵を返してネロの前へと歩き、できるだけ柔らかく話しかける。
「・・・ネロ、大丈夫か?」
「・・・模造品クローンとはいえ、もう一度ニーナ姉さんの顔を見ることになるなんてな」
「・・・俺もだよ、正直・・・夢なんじゃないかって」
「・・・そうだな、俺もそう思う」
「ネロ・・・」
「・・・でも、今はとにかく前に進む事を考えねーとな。それに、さっきルインが言ってたみたいに一旦レイフォルスに戻った方がいいだろうし」
「あぁ・・・でも、無理はするなよ?」
「わぁってるって、ほら行くぞ!」
前を歩き出したネロのそのどこか寂しそうで、悲しげな背中を眺めて、ユーガは先ほどのスウォーの視線を思い出してーぞくり、と身震いをした。
しおりを挟む
感想 29

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

処理中です...