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絆の未来編
第七話 過去との決別
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「これから」とレイフォルス渓谷の入り口まで戻ってきたと同時にユーガは、仲間達に向けて口を開いた。「どうすればいいんだろう・・・?レイフォルスに戻るとはいえ何の手がかりもないし・・・」
先程、ユーガ達はレイフォルス渓谷の最深部にて、かつての旅の最終地点で倒したはずの敵ーユーガと全く同じ顔をした、スウォーと再開した。さらに、八年前に亡くなったネロの実の姉、ニーナ・ルーオスの模造品と邂逅し、正直ーユーガは少し混乱していた。死んだはずのスウォーと、模造品とはいえ亡くなったはずのニーナとの再会。これをすぐさま受け入れろ、という方が難しい話だ。そうですね、とルインがユーガの言葉に応えるように告げた。
「ひとまず宿で休みましょう。・・・貴方達が落ち着ける時間も欲しいでしょうし」
ルインがそう告げると、仲間達の視線がユーガとネロに集まった。ユーガとネロは顔を見合わせて、互いに頷き合った。やはり、ネロも落ち着く時間は欲しかったようだ。悪いな、とネロは頭を掻きながらそう言うと、リフィアがネロの隣まで歩いて、よしよし、と頭を撫でた。
「辛かったねぇ、お姉ちゃんに何でも話してごらん」
「いつから俺の姉さんになったのよ・・・」
ネロは呆れたように目を細めてリフィアの手を振り払おうとしてー気付いた。自身の目から、涙が溢れ出ていた。えっ、とリフィアがそれに気付いて、わたわたと慌て始める。
「ご、ごごごごめんね⁉︎そ、そんなに嫌だったなんて思ってなくて・・・!」
「い、いや・・・そういうわけじゃないんだ・・・だが・・・」
ネロはリフィアの言葉にゆるゆると首を振って、涙を拭いて、また溢れ出る涙に自分でも驚愕した。そうだよな、とユーガのその思い出すような声を聞きながら、ネロは目元を押さえて座り込んだ。
「・・・模造品とはいえ、ニーナ様の顔をまた見る事になったんだもんな・・・ネロにとってはたった一人の姉さんだし・・・」
「だが」とトビは座り込んで目元を押さえているネロを横目に、誰にとは言わずに淡々と告げた。「本来死んだはずの命を模造品として蘇らせるのは、『死』に対する冒涜になる」
「・・・そうですね」
トビの言葉にシノも同意して、小さく頷く。本来、一度死んだ人間とはもう二度と会えない。その顔も、声も、姿も何も感じる事などできないのだ。それは、本来感じてはならないのだ。模造品という存在がいるとはいえ、ニーナ本人はもうこの世界にはいない。
「・・・ちょっとここで休もう。ネロを休ませてあげないと」
「い、いや・・・大丈夫」
「では、ありませんよね?」
ネロが言いかけた言葉を、メルが優しい声で遮ってネロの横に座り込んだ。ネロはそれ以上言葉を紡ぐことができず、ふぅ、と落ち着かせるように息を大きく吐いた。
「・・・皆、すまないな」
いいんだよ、と仲間達の視線がネロに集まる。ートビだけは、やれやれ、と呆れたような表情を浮かべていたが。
「姉上は」
夜。レイフォルス渓谷の入り口で野宿をとり、食事を終えて全員で火を囲んでいる時に不意に、ネロが口を開いた。仲間達全員が視線をネロに向けると、彼は炎が燃え盛る焚べられた火に顔が照らされ、寂しそうな表情が浮かんでいた。
「姉さんは・・・優しい人だった。誰に対しても分け隔てなく接していてな・・・」
まるで今のユーガみたいだな、とネロは笑いながらそう告げた。だが、その笑みは自分の心を紛らわすためのものだろう、とわかる。ネロは辛い時、笑うクセがある。付き合いの長いユーガには、ネロが無理をしていることは理解できた。
「自慢の姉さんだった。最後まであの人は・・・俺を、人を助けていたんだ」
ニーナは、幼かったネロを魔物から庇ってここーレイフォルス渓谷へと落下してしまい、命を落としてしまった。
「・・・貴方が剣を学ぼうと思ったのは、弱かった自分が許せなかったから・・・ですか?」
ルインの問いに、ネロは自重するような笑みを浮かべてその問いに答えた。
「あぁ。・・・情けないねぇ、弱い自分を変えるために振っていた剣を、姉さんの模造品を前にすると振れなくなっちまうなんて」
「そ、そんな事ねぇよ!」ネロの言葉を聞いて、ユーガは首を振って否定した。「たった一人の姉のニーナ様とまた会って、混乱しないわけがない・・・」
実際、ユーガだってニーナの模造品と出会った時、頭が正常に働いていなかった。もちろんその後に彼自身の模造品ースウォーと再開したこともまた驚いたが、実に八年ぶりに見たニーナと全く同じ顔に、驚愕せざるを得なかった。
「・・・ネロ」
と、トビがネロに視線を向けて口を開く。ネロがトビに視線を向けると、彼は心の奥底すら見るかのようにネロの金色の瞳をじっと見つめてきた。
「てめぇはもし、また自分の姉の模造品と正面から対峙した時・・・その剣を迷いなく振れるのか?」
トビの問いに、ネロはその瞳を伏せて俯き、わからねぇ、と答えた。その答えにトビは、少し眉を顰めて苛立ったような表情を見せ、口を開こうとしてー。
「でも、皆の迷惑にはならねぇよ。・・・あれは姉さんじゃない、それはわかってる」
「・・・」
ネロの言葉に、トビは答えない。その胸の内を探るように、トビは再度ネロの瞳をじっと見つめた。ネロもまたその視線をまっすぐに受け止めて、自分の覚悟と決意を伝えるようにートビを見た。
「いいではありませんか」と、ミナがネロに視線を向けて呟く。「実の姉の顔を前にして剣を振るのに迷いがあるのも当然ですよ」
ミナのその言葉を聞いて、仲間達はーユーガは、頷いて再度ネロに視線を戻す。すまないな、とネロは仲間達を一瞥して、深く息を吐いた。
「・・・大丈夫、もう逃げないさ。・・・皆、ありがとな」
「・・・ちっ、足手纏いにはなるなよ」
トビはネロの言葉にぶっきらぼうにそう言ったが、きっとトビもネロが辛い事は理解してわざとぶっきらぼうに言っているのだ、とユーガにはわかった。トビは優しいからこそ、わざと辛い言い方をする事がある。今回がまさしく、そのケースだろう。
「ユーガ」
ユーガはそんな事を考えているとふと、座り込んでいた頭の上から声をかけられて顔を上げる。トビがユーガを見下ろしており、ユーガは首を傾げてトビに視線を向けると、トビは何も言わずに仲間達の野営地から離れたところへ歩いて行く。ユーガはそれが、ついてこい、と言われているような気がして、ユーガは立ち上がってトビの元へと歩く。
「どうした?」
「・・・ニーナとかいう奴はどんな奴だったんだ」
「ニーナ様?」
ユーガが尋ねると、トビは頷いてユーガに視線を向けた。その瞳は切れ長でいつも通りに、ユーガの事を見据えていて、ユーガはその瞳を受けながら空を見上げて、ニーナの事を思い浮かべてーふ、と目を閉じて口を開いた。
ニーナ様は・・・ホントに優しい人でさ、俺がネロの家に転がり込んだ時、あの人は嫌な顔一つしなくてさ。俺が辛い経験をしたことも、全部わかってくれてた。人の痛みも、辛い事も、全部受け止めてくれるような・・・そんな人だったな。
『ち、父上様・・・ユーガ君はお辛い経験をされたのですから、そのように・・・』
ネロもだったけど、ニーナ様も俺がルーオス邸にいる事を初めて認めてくれた人だったんだって、今ならわかるんだ。・・・それに、最後まで・・・あの人は人のために生きてたよ。
『見ろ、ネロ様が魔物に・・・!』
『ネロ様!お逃げください!』
『ネロ様・・・ネロ!危な・・・!』
ネロが襲われた時、俺は何もできなかった。十歳という幼さから、魔物を恐れてしまった。・・・いや、違うな。俺は・・・あの時自分を守っちゃったんだ。でも、あの人は・・・ニーナ様は違ったんだ。
『ネロ!危ないッ!』
「・・・ネロはニーナ様に助けられた。でも、ニーナ様はレイフォルス渓谷に・・・」
閉じていた目を開いて、ユーガはそこまで言って口を閉ざした。目の前に広がる星空に、ユーガは小さく息を吐いてニーナの姿を思い起こした。トビはそのユーガの横顔をじっと見つめて、その顔に浮かぶ『後悔』を確かに見た。なるほど、こいつとネロが剣を学んだのは『後悔』があったからか。恐らく、だからネロもユーガも強さを求めているのだろう。もう誰も失わないように、『絆』を失わないようにするために。それが、彼等の得体のしれない強さを生み出しているのかもしれない。
「・・・なるほど、尊敬されてたってわけか」
「うん、誰からも信頼されてたし、尊敬されてたよ」
「・・・だが気になるのは、そんなニーナ・・・とやらの模造品をなぜスウォーは作り出したのか・・・といったところか」
トビが顎に手を当てて考え込むと、ユーガも腕を組んで考え込んだ。ー駄目だ、考察をまとめるには情報が足りなさすぎる。第一、スウォーが生きていただけでもかなりの衝撃なのだから、考えがそう易々とまとまるはずもない。
「トビ」
「あ?」
「・・・正直、俺はスウォーと戦いたくない」
そんなことわかっている。コイツは人一倍の優しさに溢れているし、だからこそスウォーに直面してもすぐに戦いを挑まなかった。だから話し合いを持ちかけようとしていた。そんなこと、わかっている。
「・・・でも」
トビがユーガの意見を否定しようとした瞬間、ユーガが口を開いてまっすぐに、その瞳を向けた。その瞳に宿していた暗くなってしまった光が明るく、強くユーガの意思に共鳴するかのように明るい光を取り戻した。
「俺はスウォーを止めたい。そのためには・・・きっと、戦わなきゃいけない」
「・・・・・・」
「だから」と、ユーガは固く握りしめた拳をトビの前にまっすぐ突き出して、以前の旅と同じように、その口に笑みを浮かべた。「俺に力を貸してくれ、トビ」
トビは目の前に突き出された右手にちらりと視線を向け、それを一蹴して腕を組んで鼻を鳴らした。それと同時に嘆息が漏れ、トビの表情に微かな苛立ちと━微かな笑みが浮かび、やれやれ、と再度嘆息交じりに告げた。
「・・・勘違いするなよ、てめぇのために同行するわけじゃねぇ」
「わかってる、トビが正しいと思ったから・・・だろ?」
ふん、とトビは鼻を鳴らして、わかってるならいい、と言わんばかりにユーガから表情を逸らした。やっぱり、トビは優しい。厳しい言い方や冷たい態度を取りがちではあるが、とても優しい性格で面倒見も良く、頼りになる。流石、『相棒』だな・・・とユーガは伸ばしていたままの右腕を下ろして、空を見上げた。
「・・・そろそろ寝ないとな・・・明日の朝、また計画も立てるだろうし」
ユーガがそう呟いて視線を下ろすと、トビの姿はもはやそこにはなく、既に仲間達のいる野営地への帰り道を歩き出していた。ユーガは慌ててトビの後ろ姿を追いかけ、その背中に向けて叫んだ。
「ちょ、ちょっと待ってくれって!!」
「━で」
朝。穏やかな風が吹く草原には似合わない轟音が響き渡り、トビがネロに苛立った視線を向けながら口調を荒くしてユーガ達と共に走りながら口を開いた。
「なんっで森に薬草を取りに行くだけであんなでけぇ魔物を・・・連れてくるんだよ!」
トビが走りながら後ろ向きに銃を構え、ユーガ達を追いかけてくる巨大な熊の魔物に向けて銃を放ちながらそう告げるとネロが、しょーがねぇだろ、と熊の攻撃を華麗な身のこなしでかわしながら、トビに向けて告げた。
「取った薬草があの魔物のテリトリー内だなんて誰がわかるんだっつーの!」
「周囲をちゃんと見れば魔物の痕跡の一つや二つは見つかりそうなものでしたけどね・・・」
ルインがネロに向けてそう告げると、ネロはそれ以上反論もできず、肩を落として口をつぐんだ。ユーガはネロに苦笑を向けて前を向き、周囲を見渡した。ここなら、大丈夫そうだ。
「トビ!」
「わかってる・・・命令すんな!」
そう、ユーガ達はただ逃げていたわけではない。野営地の近くは狭く、魔物と戦うには地形が悪すぎたのだ。そのため、戦いやすい広い空間のあるところまで、ユーガ達は魔物をおびき寄せていた。そして、この広い平原ならば━戦いやすいことこの上ない。トビは足を止めて慣性を殺しながら、そのまま跳躍して空中で反転しながら魔法の詠唱を始める。高めた元素を感知したのか、魔物の視線がトビへと向けられる。そのトビに視線が向いたことによって生まれてしまった隙を、ユーガは見逃さない。
「今だっ!行くぞ、ネロ!」
「任せとけって!」
ユーガとネロは同時に、魔物の足に剣を振りかぶる。それも、全く同じフォームで。それはユーガとネロが習得している、シルヴァ流奥義。
「烈牙!」
「墜斬翔っ!」
ユーガとネロは一度斬りつけてから素早い剣戟で敵を切り裂く奥義━『烈牙墜斬翔』を同時に放ち、魔物の足に傷を付ける。ユーガとネロが視線を交わして数歩後ろへ飛び退くと、両手を前に出して手で円を作って目を閉じているシノが目に入り、ユーガはシノに向けて口を開いた。
「シノ?」
「・・・ユーガさん。私がさらにあの魔物の隙を作ります。私の援護を要請」
「・・・わ、わかった。シノを守ればいいんだよな?」
お願い致します、とユーガにシノは告げて、ユーガは頷いてシノの前に剣を構えて立ちはだかる。恐らくその作戦が通じたのか、ルインがさらにユーガの前に立って魔法をいつでも発動できるように体内の元素を高める。さんきゅ、とユーガはルインに向けて告げると、ルインは笑みを浮かべてさらに体内の元素を高めていく。
「リフィアさん!」
「魔族使いが荒いねぇ、まったく・・・」
ミナが魔物の足元に短剣を投げて突き刺すと、その短剣を中心に星型の魔法陣が浮かび上がる。それは、ミナの奥義━『スターサーキュラー』であるとわかる。魔物がその魔法陣に足を踏み入れると、無数の刃が魔法陣から浮かび上がり、先ほどユーガとネロが傷をつけた足にさらに傷を負わせていく。リフィアもまた、その傷に目掛けて思い切り回し蹴りを喰らわせる。
「白夜旋風脚っ!」
それをまともに受けた魔物は雄叫びを上げながら倒れ、それでもなおユーガ達に向けてその手を振りおろそうとしてくる。しかし、その手はトビの銃弾とルインの魔法━風を槍のように鋭くして敵に突き刺す魔法━『ウィンドランス』によって封じられた。ユーガがそれを確認すると同時に、シノが跳躍してユーガ、ルインの前に降り立ち、両手で作った円から、ふぅ、と息を吐く。すると、その息が冷たい、まるで吹雪のような風となり、魔物を凍り付かせてゆく。ユーガがその技に見惚れていると、シノの視線がユーガとトビに向けられその視線には、早くとどめを、という思いが宿っていた。ユーガは既に降り立っているトビに向けて頷くと、トビもまた頷いてその手に緋色の炎を魔法で槍のように鋭くして敵に突き刺す魔法━『フレアランス』を宿した。ユーガもまた自身の手に持った剣に緋焔を纏わせて、シノの前に立って凍りついた魔物の体に向けて思い切り振り下ろした。トビもまた『フレアランス』を思い切り振りかぶって投げ、その剣と槍が魔物の体に直撃すると同時にその体が、ぱきん、という音と共に砕け散り、その体は元素へと還っていく。ユーガは剣を鞘に収めると、背後に立つシノに視線を向けてその緋色の瞳を輝かせた。
「シノ、さっきの・・・氷のブレスみたいな技すごかったな!もしかして、新技とか?」
シノはユーガのその問いに、視線を向けて自身の背後に自分の身に宿している『精霊』である、セルシウスを顕現させて口を開いた。
「・・・セルシウスと共にいた魔物━フェンリルが扱えるブレス技を習得したんです」
「へぇ・・・それがさっきの技、ってわけか」
とネロが呟いて、先ほどシノが放ったブレス技を思い出して腕を組んだ。フェンリル、とは以前の旅で、ラズフェア鏡窟にてシノがセルシウスと契約する直前に戦闘を行った、セルシウスと共にある魔物の事だ。頭と体にライオンのような風貌を持ち、羽と尻尾が生えた異形の魔物。その魔物の使うブレス攻撃を、シノはどうやら習得したらしい。
「凄いねシノ・・・フェンリルって凄く強いんでしょ?」
話を聞いていたメルがシノに向けて尋ねると、まぁ、とシノはメルに視線を向けて頷いた。フェンリルは本来、セルシウスに仕える魔物。セルシウスの力を宿したシノには、おそらくフェンリルの力も宿ったのだろう。
「おい」とトビが苛立った口調を隠そうともしないで口を開いた。「話すのは移動中にしろ。今はとにかく一旦レイフォルスに戻るぞ」
ネロが森に薬草を取りに行く前に、元々話していた通りにユーガ達は、一度レイフォルスに戻る事にしていたのだった。ユーガ達は頷いてポケットから『エアボード』を取り出して乗り込み、微かな振動と共に宙へと舞い上がっていった。しばらく上昇し、レイフォルスに向かう道中で、ユーガのエアボードのスピーカーからネロの声が聞こえてきた。
『ユーガ』
「ん、ネロ?どうした?」
『夜さ、ちょっと剣の稽古付き合ってくれないか?』
唐突なネロの言葉に、ユーガは目を瞬かせてネロのエアボードに視線を向けた。頼むよ、と両手を合わせてさらに言葉を次いだネロに、ユーガは首を傾げながらも頷いてそれを承諾した。
『さんきゅ、じゃあ夜な』
ネロはそれだけ言い残して、ユーガのエアボードから離れていった。何なんだろう、とユーガが再度首を傾げると、今度はルインの声がユーガのエアボードのスピーカーから響き渡ってきた。
『幼馴染にしか語れない、何かがあるのでしょう』
『いいねぇいいねぇ』と、ルインの声に次いでリフィアの声まで聞こえてくる。『男二人の幼馴染の友情・・・それは誰にも破ることのできない固い『絆』・・・!』
何言ってやがんだ、とトビはスピーカーから聞こえてきていたリフィアの声に目を細めて舌を打ち、わざとらしく嘆息した。
『くっだらねぇ事ばっか言ってねぇで集中して飛べ。そのままエアボードごと墜落させられたくなければな』
『ひゃ~、お、おっかないねぇ』
ふん、と鼻を鳴らしてリフィアに吐き捨てるように言ったトビに、リフィアは戯けるように口を開いて頭を掻いた。ユーガはそんなリフィアに向けて笑みを浮かべて、視線を前に戻した。眼前に広がる広大な世界をユーガは見つめながら、ぎゅ、とエアボードの操縦桿を握り直した。
夜。
仲間達は宿で休んでいる中、ユーガとネロは昼に交わした約束通りに街の外まで足を運んでおり、それぞれ剣のみを持ってきていた。ユーガが星空を眺めながら、綺麗だな、なんて事を考えていると、ネロが不意に口を開いた。
「悪かったな、ユーガ」
「え?」
ユーガがネロの方へ視線を向けると、ネロもまた星空を見上げていた。
「急に呼び出したりなんてしちまってさ」
「いいって!友達だろ、気にすんなよ!」
「ははっ、お前はそういうやつだったもんなぁ」
ネロは笑みを浮かべて、小さく嘆息してユーガに視線を向けて剣に手をかけた。ユーガもそれを確認して、腰に横に差した剣に手をかける。剣の稽古のために来たのだから、当然だろう。
(ユーガ・・・お前はすげぇ奴だよ)
ネロはユーガの攻撃を捌きながら、ふっ、と笑みを浮かべてそんな事を考えた。『絆を信じる』そんな、単純であり偽善者のような信念を、彼は信じている。彼は、心の奥底から善人で、自分の過去に対して憎しみの意思や復讐心など、一欠片もない。
(過去に対して・・・か・・・)
ユーガは幼馴染であり親友だ。そんな彼や、仲間達と共にこれからも戦うならば━自分もきっと、過去を断ち切らなければならない。
『てめぇはもし、また自分の姉の模造品と正面から対峙した時・・・その剣を迷いなく振れるのか?』
昨日の夜、トビから問われたその質問。ネロはその際、わからない、と答えた。だが、それでは駄目だ。過去を断ち切らなければ、きっと仲間達の足手纏いになってしまう。俺は彼等の━仲間達の負担になりたくない。
「ネロ?」
ネロはハッとして、意識を戻すとユーガが目の前で剣を交えながら心配そうにネロの顔を覗き込んでいた。
「どした?もしかして体調良くないのか?」
心の奥底から心配そうにこちらを見つめてくる目の前の親友に、ネロは首を振って、いや、と口を開いた。
「ちょっと考え事をしてただけだよ。大丈夫だ」
ユーガはそのネロの言葉に、交えていた剣を下ろして剣を鞘に納めて、なんかあったのか、と尋ねた。
「うん?まぁ・・・色々とな」
ネロはそう言ってはぐらかすと、ユーガは少し納得していないながらも頷いて、それ以上の詮索を避けてくれた。ありがたい、とネロはユーガに密かに感謝しながら、剣を鞘に納めた。
「ん~、今日は疲れたなぁ」
ネロはわざとらしくそう言ってあくびをして、ユーガに視線を向けた。ユーガは驚いたようにこちらに視線を向けてきている。それはそうだ、なぜなら稽古をするために街の外に出てきたというのに、ロクに稽古などしていないのだから。若干申し訳なさを感じつつも、ネロはユーガに背を向けて手をひらひらと振って、今日は終わりにしようぜ、と告げた。ユーガは少し戸惑いながらも頷いて、走ってネロの横まで追いつき、レイフォルスの街の入り口へと向かって二人の影が並んで歩いて行った。
「ユーガ、起きてください!」
朝。そんな声と共に身体を大きく揺さぶられ、ユーガは目をうっすらと開けた。目の前には、緑色の髪に白衣を見に纏った少年━ルインの姿があり、ユーガは眠いながらに口を開いて尋ねた。
「ルイン・・・?どしたんだ・・・?」
「ネロがいないんです!」
そのルインの一声で、ユーガの脳は瞬時に覚醒した。
「な、なんだって⁉︎」
ユーガが慌てて身体を起こすと、周りには仲間達も集合していた。どうやら、自分よりも早くに起きていたらしい。ユーガがトビに視線を向けると、トビは頭を掻きながら心底面倒そうに告げた。
「起きた時にはもう姿はなかった。早朝とはいえ起きてた街の奴等に話を聞いたら、レイフォルス渓谷の方へ向かったんだとよ」
「レイフォルス渓谷に・・・?」
ユーガはベッドから身体を起こして、寝巻きの服を脱いでいつもの白い服と赤いマフラー、黒いズボンをその身に纏って、腰の後ろに剣を装備して、よし、と呟くと着替えを見ないように後ろを向いていたミナがユーガの方へ視線を戻して、それで、と口を開いた。
「どうしましょうか、ユーガさん」
「もちろん」と、ユーガは当然かのように手を握りしめて言葉を次いだ。「追いかけよう。ネロが何をしようとしてるのかはわからないけど・・・」
相も変わらずなユーガのその発言に、仲間達は皆━トビとシノを除いて━笑顔を浮かべて頷いた。ユーガ達は街の外まで出て、『エアボード』に乗り込んでネロを追いかける。微かな振動とともに宙へと浮かび上がりながら、ユーガは仲間達に向けて口を開いた。
「ネロ、一体どうしたんだろう・・・」
『こんな早朝に、ですもんね・・・』
メルの声が聞こえ、ユーガは頷いた。ネロは元々朝が強い方ではない。こんな朝早くから行動をしていることなど滅多にない。
『昨日』と、リフィアの声が間髪入れずにスピーカーから響いてくる。その声には、どこか焦りのようなものも見える。『ユーガ君はネロ君と稽古してたんでしょ?その時何か言ってなかったの?』
「いや、何も・・・ただ、なんかぼーっとしてたというか・・・」
ユーガは昨夜のネロの様子を思い浮かべ、そう答えた。どこか少し上の空だったというか、とさらに言葉を継ぐと、トビが苛立たしげに舌を打って大きく嘆息して、仲間達に向けて口を開いた。
『理由なんてどうでもいいんだよ。あの野郎・・・面倒ごと増やしやがって』
とは言いつつも、なんだかんだ着いてきてくれるトビの優しさには皆も気づいている。だから、何も言わない。しかし、とルインが話を少し折るかのように前置きをして、
『まさかネロが私達の誰にも相談せず単独行動するとは・・・少し意外ですね』
と告げた。確かに、とユーガも頷く。ネロは基本、トビやシノとは違い単独で行動する事を避ける。だが、今回に限って単独行動を行った。それが、ユーガにとっても不可解だった。
「・・・とにかくレイフォルス渓谷に急がないとな。行こう!」
ユーガはそう言って、エアボードのスピードを上げる。仲間達もユーガのスピードに合わせてそれぞれエアボードのスピードを上げ、レイフォルス渓谷へと急いだ。しばらく飛ぶと、眼前に広がる渓谷━昨日も訪れたレイフォルス渓谷が見えてきて、ユーガ達はスピードを落としてエアボードを着陸させる。エアボードから降りてユーガは周囲を見渡すが、そこにはネロの姿はない。
「渓谷の中に入っちゃったのかな・・・」
ユーガが誰にとは言わず呟くと、えぇ、とルインが横に立って頷いて、目を閉じて彼の固有能力━『元素感知』でネロの元素を感知を始めると、すぐに目を開いて隣に立つユーガへと視線を向ける。
「ネロの元素を渓谷の中から感じます。我々も向かいましょう」
「わかった」
ユーガは頷いて、渓谷の中へと足を踏み入れる。渓谷の奥地を目指しながら進んでいると、まさか二日連続で来るとはな、とトビが嘆息しながらそう呟いたのを聞いて、まぁまぁ、とリフィアが宥めるように明るい口調で言った。
「い~じゃないの、レアな鉱石とか落ちてるかもよ?」
「ねぇだろ・・・」
「わかんないじゃん~。売ったら億万長者のレアな鉱石・・・う~ん、ロマンが溢れるね・・・!」
「興味はありますけど」と、メルが苦笑しながらリフィアに向けて告げる。「昨日来たばかりですし、無いんじゃないですかね・・・」
メルのその言葉に、シノもまた頷いてその水色の瞳をリフィアに向ける。
「一般的に鉱石が形成されるまでにかかる年数は数百万年から数十億年とされます。一日でできる確率はゼロ%」
「す、数十億年⁉︎」
「す、数十億年ですか⁉︎」
シノの言葉にユーガとミナは同時に驚いた反応を見せ、それをシノは表情を変えずに頷いて言葉を返した。
「さらにそこから宝石の研磨などに要する時間として一~三年はかかります。それ故に、宝石・・・販売される際にはジュエリーとされますが、それらは希少なものとして扱われます」
「だから」とトビがユーガの腰に差した剣に視線を向けて、気怠げに説明をしてくれた。「今はもう取れないフィアスウェーム鉱石で出来たてめぇのその剣は希少なもんなんだよ」
「へぇ・・・」
ユーガは剣を引き抜いて、その刀身を見つめた。ただの鉄のようでありながらそうではないこの剣が特殊なものであり、父━テリーの形見として譲り受けたこの剣がどれほど希少なものなのか、ようやく実感できたような気がする。この剣を作ってくれた『魔族』の男性、レギンに心の中で感謝を告げて、ユーガは剣を鞘に納めた。
「数十億年か・・・とんでもなく長い年月を過ごしてきたんだな・・・」
ぼそりと呟くと、そうだねぇ、とリフィアが頷いて両手を広げ、計算を始めた。
「えぇっと今アタシが三千歳とちょっとだから・・・鉱石ができるのが三十億年だとしたら・・・?」
「てめぇの生きた年月の百万倍だ」
計算に悩んでいたリフィアにトビが素早く計算してそう告げると、うひゃ~、とリフィアは素っ頓狂な声をあげて上げていた両手を下ろした。
「百万倍かぁ、そりゃすっごいねぇ・・・。まぁでも、百万分の一を生きただけでこの美貌を誇るアタシにとっては百万倍なんてなんのs」
「さぁ皆さん、ネロが心配です。行きましょう」
しれっと告げたルインの言葉に、ユーガ以外の仲間は頷いて先を目指して歩き出す。その後を追ってユーガもまた走り出すとリフィアは、ちょっと、と頬を膨らませてユーガ達の背中を追いかけた。
「無視しないでよ~!」
しばらく歩き、昨日スウォーと出会った場所より前のひろばのようなばしょまで進むと、不意に前を歩いていたルインが腕を横に上げて仲間達を静止させた。
「・・・止まって」
「え?」
言葉通りにユーガ達は足を止める。すると、トビが少し前に出て武器━双銃をその手に構え、ちっ、と舌打ちをした。
「・・・何かいやがるな」
えぇ、とルインは頷いて体内の元素を高める。ユーガ達もそれぞれ武器を手に取り、意識を四方八方へと集中させ━。
「ユーガ!どけ!」
トビのその声に即座に反応し、ユーガは背後へと飛び退く。刹那、ユーガが先程まで立っていた場所に巨大な鎌が突き刺さっている。
「ふはは、よくぞ避けた・・・それでこそだ」
この巨大な鎌と、この声━かつての旅で敵対していた、『四大幻将』の一人━。
「『鬼将のローム』・・・!」
ルインがその名を告げると、その名の主━ロームは、久しいな、と仲間達を一瞥した。ユーガは握った剣に汗が滲むのを感じながら、ロームの姿をまっすぐと見据える。ロームはあの巨大な鎌と大柄な巨体に見合った強大な力を持っている。以前は『人工精霊』がいたが、『人工精霊』などいなくてもおそらく━ロームは強い。『四大幻将』は、ミヨジネアの王国兵団のトップ四人のこと。つまり、それ相応の実力がないわけがない。それくらいは、以前の旅でユーガにも身に染みている。
「何しに来たんだ?」と、トビがどこか嘲笑うかのような笑みを浮かべてロームに視線を送る。「あの時、『制上の門』に来ず、メルの『藍紫眼』にビビり散らかしてた弱虫が」
「ははは、相も変わらず減らぬ口だ。我はあの時スウォー様から待機の命を受けていてな」
はっ、とルインはそのロームの口調から、何かに気付いたように視線を上げて目を見開いた。
「そうか・・・貴方だったんですね。スウォーを復活させたのは・・・!」
ルインの言葉に、ユーガ達は━トビを除いて━目を見開いた。トビは、そういう事かよ、と舌を打ってロームを睨みつけた。つまり、スウォーは自分が負けた時のための保険をかけていた、というわけか。そうだとするならば、あの出血からスウォーが生還したのも納得がいく。
「ようやくスウォー様が復活されたのだ。これ以上貴様らに邪魔はさせぬ!」
「くっ・・・!」
ユーガは握った剣をもう一度握り直して、ロームに向かって駆け出す。火花を散らしながら、ユーガは剣を振るい続ける。仲間達も自分に続いてロームにそれぞれ攻撃を仕掛けるが、その悉くをロームはいとも容易く受け止める。ユーガとトビは互いに視線を交わし、ロームに向けてそれぞれ技を繰り出した。
「受けてみろ!瞬焔烈火斬っ!」
ユーガの素早い剣戟をロームは鎌で受け止めるが、その体は確実に後ろへと下がっている。それを確認して、ユーガはさらに技を連ねる。
「断焔・・・墜牙翔っ!」
切り上げで思い切り相手の体を浮かせ、その浮き上がった身体に剣戟を叩き込んで敵を叩き落とす奥義をユーガは放ち、ロームの身体が地面に叩きつけられる。それと同時に、トビの詠唱していた魔法が完成する。
「闇よ、悪しきを飲み込め・・・ナイトメアセルド!」
トビの魔法━ナイトメアセルドは、闇の力で相手を拘束し、行動を不可にするというもの。だが━。
「そんな術は・・・我には届かぬぞ!」
雄叫びとともにトビの魔法を弾き飛ばし、鎌を大振りに薙ぎ払うと巨大な真空波が巻き起こり、ユーガとトビは真空波に巻き込まれて大きく吹き飛び、洞窟の壁へと叩き付けられた。
「ユーガ!トビ!」
ルインが名を呼んだのがわかったが、とてもそれに応えられる状態ではない。先程の真空波、どうやらただの真空波ではなく、かまいたちのような物らしい。全身に切り傷が付き、身体中から血が溢れ出るのが感じられる。どうやらそれは、隣で悶えるトビも同様のようだ。朦朧とする意識の中、ルインがこちらに向けて口を開いているのが、ユーガには見えた。
「ミナ、シノ!お二人の救援へ回ってください!」
ルインの声が響き渡り、ミナとシノは即座に頷いてユーガ達に向けて走り出す。それを確認したロームは、
「行かせるか!」
ともう一度先ほどの真空波を巻き起こそうとして━。
「魔神、業波掌~っ!」
不意に上空から聞こえてきた声に、顔を上げて飛び退いた。そこにはリフィアが跳躍して思い切り拳を振り下ろしていて、拳が地面に付くと同時にその地面には轟音とともに巨大な亀裂が生じた。リフィアは手についた砂埃をぽんぽんと落としながら、はは~、と笑みを浮かべてロームに視線を向けた。
「やぁやぁ、前にもこんな事があったねぇ」
恐らく、トビがゼロニウスにて処刑されそうになった時のことだろう。ロームはそう踏んで、ふっ、と笑みを浮かべてリフィアに向けて鎌を構えた。
「『魔神』のサキュバス・・・貴女とも随分久しいな」
「そうだねぇ、再開を祝して今日はアタシ達を見逃してくれたり、な~んてのは?」
「これ以上スウォー様の邪魔をされては困るのでな」
そう言ってロームは、リフィアに向けて鎌を振る。リフィアはそれを高く跳躍して避け、ルイン、メルに向けて口を開いた。
「二人とも、今動けるのはアタシ達だけ!アタシ達で頑張るよ!」
「えぇ、もちろんですよ」
「は、はい!頑張ります!」
ふむ、とルインは魔法の詠唱を始めながら、先ほどの真空波を思い返した。全身に裂傷、さらに吹き飛ばす力も強い。あれを喰らえば、流石のユーガとトビであっても戦闘不能に陥ってはしまうだろう。
「火龍裂牙!」
ロームは鎌を振り上げた後、思い切り振り下ろして周囲に炎を発生させる。リフィアはそれを華麗な身のこなしで避け、ロームの身体に拳を叩き込んでいく。
「さっきのあの二人の分のお返しってことで♡」
リフィアはそう言いながら、ロームの腹部に掌底の構えをとって触れないくらいのところで手を止める。その手とロームの腹の間に元素を集約させ、臨界点まで達したところでリフィアは、にひ、と笑みを浮かべて、さぁ、とロームに視線を向けた。
「吹っ飛んじゃえ!刹破烈掌!」
爆発した元素の反動でロームの巨体が大きく吹き飛び、先ほどのユーガ達と同様に壁へと吹き飛ばされた。さらに、リフィアが追い打ちをかけようと駆け出すと、そのリフィアの右手に結晶を纏い出して固まり、次第にそれはリフィアの手を包み込んだ。
「オフェンシブ・・・です!」
リフィアが声の方へ視線を巡らせると、そこには魔法の詠唱を終えたメルが、ふふん、と自慢げに立っていて、リフィアはこれがメルの魔法なのだ、と確信した。ありがと、と小さく呟いて、リフィアはさらにロームへと追撃を叩き込む。
「風よ吹き荒れろ・・・ウィンドレッシュ!」
ルインの魔法をリフィアは避けながら、だが確実にロームの身体にルインの魔法が当たるように調整しながら追撃を続ける。
「トドメっ!白夜・・・旋風脚っ!」
ロームの身体にトドメの蹴りを叩き込み、その足からロームの骨が折れる感触を味わった。二~三本は骨が折れただろうか。リフィアは軽快な動きでロームから距離を取ると、ロームは膝をついてその場に倒れ込み、肩で息をしながらリフィア達を睨みつけた。
「くっ・・・!まだ終わっては・・・!」
そう言いかけた、その時。
「やめとけよ」
そんな声が響き渡り、ロームは驚愕に目を見開いた。そして、目を見開いたのは━なんとか体を起こせるくらいまでには回復したユーガ達や、リフィア達も同様だった。そこにいたのは、ロームの首筋に剣を構えていたのは━姿を消した、ネロ・ルーオスだったから。
「これ以上やってももう意味はねぇだろ?それとも・・・そのボロボロの状態で、万全の俺とやり合うかい?」
ネロは少し嘲るかのようにロームに笑みを浮かべて━すぐにその笑みを消して、その金色の瞳を細めて眉を顰めながら言葉を次ぐ。
「これ以上仲間は傷つけさせねぇぜ、ロームさんよ」
ネロがそう告げると、ロームは諦めたように目を閉じてゆっくりと立ち上がり、ネロをジロリと睨みつけて口の端から血を流しながら言葉を告げた。
「・・・やむを得ん、一度退かせてもらおう」
「そうしな、あんたとは・・・できれば正々堂々闘りてぇからな」
ネロがそう告げると、ロームはリフィアとルインを押し退けて渓谷の入り口へと向かって歩き出した。誰もその背中は追わず、ただ呆然とその背中を見送った。その背中と足音が聞こえなくなってから、てか、とネロが口を開いて仲間達を一瞥した。
「なんだってお前らがここに・・・?」
おい、とトビがシノに肩を貸してもらいながら、心底苛立たしげにネロに向けて眉を顰めながら口を開いた。
「てめぇが勝手にいなくなるからだろうが。腑抜けた事言ってんじゃねぇぞ」
「そうですよ」と、普段はあまり叱らないルインでさえも、少し呆れたようにネロを見つめた。「心配しましたよ、ネロ」
「・・・確かにそうだな、悪かった」
ネロはそう言って頭を下げる。その様子を見て、トビは鼻を鳴らして視線をネロから外した。でも、とユーガがミナの肩を借りたまま、ネロに向けて口を開いた。
「なんで一人でこんなところに・・・」
ユーガが尋ねると、ネロはどこか自嘲するかのように頭を掻いて、まぁ、と仲間達を一瞥して告げる。
「過去の自分と決別したかった・・・ってとこかな」
「過去の自分と・・・?」
ユーガが反芻すると、ネロは頷いた。もしかして、ニーナ様の事━だろうか。
「姉上の模造品が敵だってわかって・・・俺はまだ、過去を断ち切れてねぇんだって気付いたんだ」
だから、姉上の模造品を前にしても剣が振れるか否かわからなかった。だから、姉上の模造品を前にした時に戸惑った。姉上が生きていた、なんてそんなあるはずのない可能性に賭けてみたくなった。でも、そんな可能性は儚く散った。
「トビ」とネロは視線をトビに移して、まっすぐ彼を見つめた。「・・・姉上の模造品が敵でも、もう俺は迷わねえよ」
「・・・ふん」
「皆も悪かったな、こんなとこまで来てもらっちまって」
ネロが改めて頭を下げると、仲間達は、大丈夫だ、というように首を振った。本当に、この仲間たちと共に旅ができてよかった、とネロは心から思った。ありがとう、と小さく呟いて、ネロは視線を上げた。
「とにかく、ネロが無事でよかったよ」
ユーガはそう言って笑顔を見せ、仲間たちもそれに同意するように頷いた。ルインもまた、どこか安堵の表情を浮かべながらネロの事を見つめている。
「えぇ、本当ですね」
「ホントに悪かったな、わざわざこんなとこまで迎えに来てもらっちまってよ」
「それはいいんだけどぉ」と、ユーガ達とは違いリフィアは少し不安そうにネロの顔を覗き込んだ。「ホントに大丈夫なわけ?無理してない?」
リフィアのその言葉にネロは、ホントに大丈夫だよ、と返して笑顔を向けた。リフィアもそれ以上聞いてくることはなく、まぁ良いんだけど、と言いながら頬を掻いた。それよりも、とネロは表情を引き締めて先ほどの『四大幻将』の一人━ロームの事を思い出して口を開いた。
「ロームの奴、行動を開始したんだな」
「あの口振りからして」と、トビが腕を組みながら呆れたように嘆息しながら告げる。「他の『四大幻将』も生きている可能性があるな」
えぇ、とルインも頷いて、以前の旅での『四大幻将』達との激闘を思い起こす。やはり、『四大幻将』と言うだけあってかなり苦戦を強いられた戦いであった。『四大幻将』の一人、『無垢のレイ』は現在はこちらの味方にあるとはいえ、他の三人━『鬼将のローム』、『絶雹のキアル』、『煉獄のフィム』が復活したとあらば、再度苦戦を強いられることは間違いないだろう。
「さっきも」とユーガがまだ少し痛む身体中の切り傷を感じながら、口を開く。「俺とトビが一撃でやられちまったし・・・」
「恐らくですが、これから先も『四大幻将』の方々の妨害は続くと思います・・・」
ミナがそう告げると、でも、とネロがミナの言葉を遮って言葉を継いだ。
「俺達は負けてらんねぇ、ってな?そうだろ、ユーガ」
「・・・うん、そうだな」
ユーガは頷いて、ネロと視線を交わす。その様子を微笑んで眺めていたルインが、さて、と辺りを見渡しながら口を開いた。
「もうここに用はありません。一度レイフォルスに戻ってどうするかを考えましょう」
わかった、と仲間達は頷いて、それぞれ渓谷の出口へと戻ろうとし━きら、と地面に光った何かをネロは見逃さず、ん?とネロはそれを拾い上げる。
「・・・あっ、これって・・・」
ネロはそう言って、以前から破片を少しずつ見つけている元素機械のカケラをルインに出すように頼むと、ルインはポーチからカケラを取り出してそれをネロに手渡すと、ネロの手の上でカケラの形はピッタリと合わさった。これで、三つ目。形から見るに、あと残るは四つか五つ━というところだろうか。
「また落ちてたな、なんなんだこれ・・・」
ネロが誰にとは言わずに尋ねると、ルインが顎に手を当てながら口を開く。
「・・・これも、いつか大まかな全容が見えてきたら調べてみましょう」
その時は頼むわ、とネロはルインにカケラ三つを手渡し、ルインと共に先に出口へと向かっていたユーガ達を追いかけて、足を踏み出した。
レイフォルス渓谷最深部。
そこには、少し歪な楕円の形をした石と共に、藪萱草の花が植えられていた。オレンジ色の儚げでありながらも可憐に咲き誇るその花はどこか、寂しげで━でも、どこか楽しそうにゆらゆらと揺れている。その歪な楕円の形をした石にはただ一言。それは先ほど、『神速の貴族剣士』が刻んだ、過去と決別する言葉。今は亡き姉に送る、ただ一つの━弟としての、たった一言。
『ありがとう』
先程、ユーガ達はレイフォルス渓谷の最深部にて、かつての旅の最終地点で倒したはずの敵ーユーガと全く同じ顔をした、スウォーと再開した。さらに、八年前に亡くなったネロの実の姉、ニーナ・ルーオスの模造品と邂逅し、正直ーユーガは少し混乱していた。死んだはずのスウォーと、模造品とはいえ亡くなったはずのニーナとの再会。これをすぐさま受け入れろ、という方が難しい話だ。そうですね、とルインがユーガの言葉に応えるように告げた。
「ひとまず宿で休みましょう。・・・貴方達が落ち着ける時間も欲しいでしょうし」
ルインがそう告げると、仲間達の視線がユーガとネロに集まった。ユーガとネロは顔を見合わせて、互いに頷き合った。やはり、ネロも落ち着く時間は欲しかったようだ。悪いな、とネロは頭を掻きながらそう言うと、リフィアがネロの隣まで歩いて、よしよし、と頭を撫でた。
「辛かったねぇ、お姉ちゃんに何でも話してごらん」
「いつから俺の姉さんになったのよ・・・」
ネロは呆れたように目を細めてリフィアの手を振り払おうとしてー気付いた。自身の目から、涙が溢れ出ていた。えっ、とリフィアがそれに気付いて、わたわたと慌て始める。
「ご、ごごごごめんね⁉︎そ、そんなに嫌だったなんて思ってなくて・・・!」
「い、いや・・・そういうわけじゃないんだ・・・だが・・・」
ネロはリフィアの言葉にゆるゆると首を振って、涙を拭いて、また溢れ出る涙に自分でも驚愕した。そうだよな、とユーガのその思い出すような声を聞きながら、ネロは目元を押さえて座り込んだ。
「・・・模造品とはいえ、ニーナ様の顔をまた見る事になったんだもんな・・・ネロにとってはたった一人の姉さんだし・・・」
「だが」とトビは座り込んで目元を押さえているネロを横目に、誰にとは言わずに淡々と告げた。「本来死んだはずの命を模造品として蘇らせるのは、『死』に対する冒涜になる」
「・・・そうですね」
トビの言葉にシノも同意して、小さく頷く。本来、一度死んだ人間とはもう二度と会えない。その顔も、声も、姿も何も感じる事などできないのだ。それは、本来感じてはならないのだ。模造品という存在がいるとはいえ、ニーナ本人はもうこの世界にはいない。
「・・・ちょっとここで休もう。ネロを休ませてあげないと」
「い、いや・・・大丈夫」
「では、ありませんよね?」
ネロが言いかけた言葉を、メルが優しい声で遮ってネロの横に座り込んだ。ネロはそれ以上言葉を紡ぐことができず、ふぅ、と落ち着かせるように息を大きく吐いた。
「・・・皆、すまないな」
いいんだよ、と仲間達の視線がネロに集まる。ートビだけは、やれやれ、と呆れたような表情を浮かべていたが。
「姉上は」
夜。レイフォルス渓谷の入り口で野宿をとり、食事を終えて全員で火を囲んでいる時に不意に、ネロが口を開いた。仲間達全員が視線をネロに向けると、彼は炎が燃え盛る焚べられた火に顔が照らされ、寂しそうな表情が浮かんでいた。
「姉さんは・・・優しい人だった。誰に対しても分け隔てなく接していてな・・・」
まるで今のユーガみたいだな、とネロは笑いながらそう告げた。だが、その笑みは自分の心を紛らわすためのものだろう、とわかる。ネロは辛い時、笑うクセがある。付き合いの長いユーガには、ネロが無理をしていることは理解できた。
「自慢の姉さんだった。最後まであの人は・・・俺を、人を助けていたんだ」
ニーナは、幼かったネロを魔物から庇ってここーレイフォルス渓谷へと落下してしまい、命を落としてしまった。
「・・・貴方が剣を学ぼうと思ったのは、弱かった自分が許せなかったから・・・ですか?」
ルインの問いに、ネロは自重するような笑みを浮かべてその問いに答えた。
「あぁ。・・・情けないねぇ、弱い自分を変えるために振っていた剣を、姉さんの模造品を前にすると振れなくなっちまうなんて」
「そ、そんな事ねぇよ!」ネロの言葉を聞いて、ユーガは首を振って否定した。「たった一人の姉のニーナ様とまた会って、混乱しないわけがない・・・」
実際、ユーガだってニーナの模造品と出会った時、頭が正常に働いていなかった。もちろんその後に彼自身の模造品ースウォーと再開したこともまた驚いたが、実に八年ぶりに見たニーナと全く同じ顔に、驚愕せざるを得なかった。
「・・・ネロ」
と、トビがネロに視線を向けて口を開く。ネロがトビに視線を向けると、彼は心の奥底すら見るかのようにネロの金色の瞳をじっと見つめてきた。
「てめぇはもし、また自分の姉の模造品と正面から対峙した時・・・その剣を迷いなく振れるのか?」
トビの問いに、ネロはその瞳を伏せて俯き、わからねぇ、と答えた。その答えにトビは、少し眉を顰めて苛立ったような表情を見せ、口を開こうとしてー。
「でも、皆の迷惑にはならねぇよ。・・・あれは姉さんじゃない、それはわかってる」
「・・・」
ネロの言葉に、トビは答えない。その胸の内を探るように、トビは再度ネロの瞳をじっと見つめた。ネロもまたその視線をまっすぐに受け止めて、自分の覚悟と決意を伝えるようにートビを見た。
「いいではありませんか」と、ミナがネロに視線を向けて呟く。「実の姉の顔を前にして剣を振るのに迷いがあるのも当然ですよ」
ミナのその言葉を聞いて、仲間達はーユーガは、頷いて再度ネロに視線を戻す。すまないな、とネロは仲間達を一瞥して、深く息を吐いた。
「・・・大丈夫、もう逃げないさ。・・・皆、ありがとな」
「・・・ちっ、足手纏いにはなるなよ」
トビはネロの言葉にぶっきらぼうにそう言ったが、きっとトビもネロが辛い事は理解してわざとぶっきらぼうに言っているのだ、とユーガにはわかった。トビは優しいからこそ、わざと辛い言い方をする事がある。今回がまさしく、そのケースだろう。
「ユーガ」
ユーガはそんな事を考えているとふと、座り込んでいた頭の上から声をかけられて顔を上げる。トビがユーガを見下ろしており、ユーガは首を傾げてトビに視線を向けると、トビは何も言わずに仲間達の野営地から離れたところへ歩いて行く。ユーガはそれが、ついてこい、と言われているような気がして、ユーガは立ち上がってトビの元へと歩く。
「どうした?」
「・・・ニーナとかいう奴はどんな奴だったんだ」
「ニーナ様?」
ユーガが尋ねると、トビは頷いてユーガに視線を向けた。その瞳は切れ長でいつも通りに、ユーガの事を見据えていて、ユーガはその瞳を受けながら空を見上げて、ニーナの事を思い浮かべてーふ、と目を閉じて口を開いた。
ニーナ様は・・・ホントに優しい人でさ、俺がネロの家に転がり込んだ時、あの人は嫌な顔一つしなくてさ。俺が辛い経験をしたことも、全部わかってくれてた。人の痛みも、辛い事も、全部受け止めてくれるような・・・そんな人だったな。
『ち、父上様・・・ユーガ君はお辛い経験をされたのですから、そのように・・・』
ネロもだったけど、ニーナ様も俺がルーオス邸にいる事を初めて認めてくれた人だったんだって、今ならわかるんだ。・・・それに、最後まで・・・あの人は人のために生きてたよ。
『見ろ、ネロ様が魔物に・・・!』
『ネロ様!お逃げください!』
『ネロ様・・・ネロ!危な・・・!』
ネロが襲われた時、俺は何もできなかった。十歳という幼さから、魔物を恐れてしまった。・・・いや、違うな。俺は・・・あの時自分を守っちゃったんだ。でも、あの人は・・・ニーナ様は違ったんだ。
『ネロ!危ないッ!』
「・・・ネロはニーナ様に助けられた。でも、ニーナ様はレイフォルス渓谷に・・・」
閉じていた目を開いて、ユーガはそこまで言って口を閉ざした。目の前に広がる星空に、ユーガは小さく息を吐いてニーナの姿を思い起こした。トビはそのユーガの横顔をじっと見つめて、その顔に浮かぶ『後悔』を確かに見た。なるほど、こいつとネロが剣を学んだのは『後悔』があったからか。恐らく、だからネロもユーガも強さを求めているのだろう。もう誰も失わないように、『絆』を失わないようにするために。それが、彼等の得体のしれない強さを生み出しているのかもしれない。
「・・・なるほど、尊敬されてたってわけか」
「うん、誰からも信頼されてたし、尊敬されてたよ」
「・・・だが気になるのは、そんなニーナ・・・とやらの模造品をなぜスウォーは作り出したのか・・・といったところか」
トビが顎に手を当てて考え込むと、ユーガも腕を組んで考え込んだ。ー駄目だ、考察をまとめるには情報が足りなさすぎる。第一、スウォーが生きていただけでもかなりの衝撃なのだから、考えがそう易々とまとまるはずもない。
「トビ」
「あ?」
「・・・正直、俺はスウォーと戦いたくない」
そんなことわかっている。コイツは人一倍の優しさに溢れているし、だからこそスウォーに直面してもすぐに戦いを挑まなかった。だから話し合いを持ちかけようとしていた。そんなこと、わかっている。
「・・・でも」
トビがユーガの意見を否定しようとした瞬間、ユーガが口を開いてまっすぐに、その瞳を向けた。その瞳に宿していた暗くなってしまった光が明るく、強くユーガの意思に共鳴するかのように明るい光を取り戻した。
「俺はスウォーを止めたい。そのためには・・・きっと、戦わなきゃいけない」
「・・・・・・」
「だから」と、ユーガは固く握りしめた拳をトビの前にまっすぐ突き出して、以前の旅と同じように、その口に笑みを浮かべた。「俺に力を貸してくれ、トビ」
トビは目の前に突き出された右手にちらりと視線を向け、それを一蹴して腕を組んで鼻を鳴らした。それと同時に嘆息が漏れ、トビの表情に微かな苛立ちと━微かな笑みが浮かび、やれやれ、と再度嘆息交じりに告げた。
「・・・勘違いするなよ、てめぇのために同行するわけじゃねぇ」
「わかってる、トビが正しいと思ったから・・・だろ?」
ふん、とトビは鼻を鳴らして、わかってるならいい、と言わんばかりにユーガから表情を逸らした。やっぱり、トビは優しい。厳しい言い方や冷たい態度を取りがちではあるが、とても優しい性格で面倒見も良く、頼りになる。流石、『相棒』だな・・・とユーガは伸ばしていたままの右腕を下ろして、空を見上げた。
「・・・そろそろ寝ないとな・・・明日の朝、また計画も立てるだろうし」
ユーガがそう呟いて視線を下ろすと、トビの姿はもはやそこにはなく、既に仲間達のいる野営地への帰り道を歩き出していた。ユーガは慌ててトビの後ろ姿を追いかけ、その背中に向けて叫んだ。
「ちょ、ちょっと待ってくれって!!」
「━で」
朝。穏やかな風が吹く草原には似合わない轟音が響き渡り、トビがネロに苛立った視線を向けながら口調を荒くしてユーガ達と共に走りながら口を開いた。
「なんっで森に薬草を取りに行くだけであんなでけぇ魔物を・・・連れてくるんだよ!」
トビが走りながら後ろ向きに銃を構え、ユーガ達を追いかけてくる巨大な熊の魔物に向けて銃を放ちながらそう告げるとネロが、しょーがねぇだろ、と熊の攻撃を華麗な身のこなしでかわしながら、トビに向けて告げた。
「取った薬草があの魔物のテリトリー内だなんて誰がわかるんだっつーの!」
「周囲をちゃんと見れば魔物の痕跡の一つや二つは見つかりそうなものでしたけどね・・・」
ルインがネロに向けてそう告げると、ネロはそれ以上反論もできず、肩を落として口をつぐんだ。ユーガはネロに苦笑を向けて前を向き、周囲を見渡した。ここなら、大丈夫そうだ。
「トビ!」
「わかってる・・・命令すんな!」
そう、ユーガ達はただ逃げていたわけではない。野営地の近くは狭く、魔物と戦うには地形が悪すぎたのだ。そのため、戦いやすい広い空間のあるところまで、ユーガ達は魔物をおびき寄せていた。そして、この広い平原ならば━戦いやすいことこの上ない。トビは足を止めて慣性を殺しながら、そのまま跳躍して空中で反転しながら魔法の詠唱を始める。高めた元素を感知したのか、魔物の視線がトビへと向けられる。そのトビに視線が向いたことによって生まれてしまった隙を、ユーガは見逃さない。
「今だっ!行くぞ、ネロ!」
「任せとけって!」
ユーガとネロは同時に、魔物の足に剣を振りかぶる。それも、全く同じフォームで。それはユーガとネロが習得している、シルヴァ流奥義。
「烈牙!」
「墜斬翔っ!」
ユーガとネロは一度斬りつけてから素早い剣戟で敵を切り裂く奥義━『烈牙墜斬翔』を同時に放ち、魔物の足に傷を付ける。ユーガとネロが視線を交わして数歩後ろへ飛び退くと、両手を前に出して手で円を作って目を閉じているシノが目に入り、ユーガはシノに向けて口を開いた。
「シノ?」
「・・・ユーガさん。私がさらにあの魔物の隙を作ります。私の援護を要請」
「・・・わ、わかった。シノを守ればいいんだよな?」
お願い致します、とユーガにシノは告げて、ユーガは頷いてシノの前に剣を構えて立ちはだかる。恐らくその作戦が通じたのか、ルインがさらにユーガの前に立って魔法をいつでも発動できるように体内の元素を高める。さんきゅ、とユーガはルインに向けて告げると、ルインは笑みを浮かべてさらに体内の元素を高めていく。
「リフィアさん!」
「魔族使いが荒いねぇ、まったく・・・」
ミナが魔物の足元に短剣を投げて突き刺すと、その短剣を中心に星型の魔法陣が浮かび上がる。それは、ミナの奥義━『スターサーキュラー』であるとわかる。魔物がその魔法陣に足を踏み入れると、無数の刃が魔法陣から浮かび上がり、先ほどユーガとネロが傷をつけた足にさらに傷を負わせていく。リフィアもまた、その傷に目掛けて思い切り回し蹴りを喰らわせる。
「白夜旋風脚っ!」
それをまともに受けた魔物は雄叫びを上げながら倒れ、それでもなおユーガ達に向けてその手を振りおろそうとしてくる。しかし、その手はトビの銃弾とルインの魔法━風を槍のように鋭くして敵に突き刺す魔法━『ウィンドランス』によって封じられた。ユーガがそれを確認すると同時に、シノが跳躍してユーガ、ルインの前に降り立ち、両手で作った円から、ふぅ、と息を吐く。すると、その息が冷たい、まるで吹雪のような風となり、魔物を凍り付かせてゆく。ユーガがその技に見惚れていると、シノの視線がユーガとトビに向けられその視線には、早くとどめを、という思いが宿っていた。ユーガは既に降り立っているトビに向けて頷くと、トビもまた頷いてその手に緋色の炎を魔法で槍のように鋭くして敵に突き刺す魔法━『フレアランス』を宿した。ユーガもまた自身の手に持った剣に緋焔を纏わせて、シノの前に立って凍りついた魔物の体に向けて思い切り振り下ろした。トビもまた『フレアランス』を思い切り振りかぶって投げ、その剣と槍が魔物の体に直撃すると同時にその体が、ぱきん、という音と共に砕け散り、その体は元素へと還っていく。ユーガは剣を鞘に収めると、背後に立つシノに視線を向けてその緋色の瞳を輝かせた。
「シノ、さっきの・・・氷のブレスみたいな技すごかったな!もしかして、新技とか?」
シノはユーガのその問いに、視線を向けて自身の背後に自分の身に宿している『精霊』である、セルシウスを顕現させて口を開いた。
「・・・セルシウスと共にいた魔物━フェンリルが扱えるブレス技を習得したんです」
「へぇ・・・それがさっきの技、ってわけか」
とネロが呟いて、先ほどシノが放ったブレス技を思い出して腕を組んだ。フェンリル、とは以前の旅で、ラズフェア鏡窟にてシノがセルシウスと契約する直前に戦闘を行った、セルシウスと共にある魔物の事だ。頭と体にライオンのような風貌を持ち、羽と尻尾が生えた異形の魔物。その魔物の使うブレス攻撃を、シノはどうやら習得したらしい。
「凄いねシノ・・・フェンリルって凄く強いんでしょ?」
話を聞いていたメルがシノに向けて尋ねると、まぁ、とシノはメルに視線を向けて頷いた。フェンリルは本来、セルシウスに仕える魔物。セルシウスの力を宿したシノには、おそらくフェンリルの力も宿ったのだろう。
「おい」とトビが苛立った口調を隠そうともしないで口を開いた。「話すのは移動中にしろ。今はとにかく一旦レイフォルスに戻るぞ」
ネロが森に薬草を取りに行く前に、元々話していた通りにユーガ達は、一度レイフォルスに戻る事にしていたのだった。ユーガ達は頷いてポケットから『エアボード』を取り出して乗り込み、微かな振動と共に宙へと舞い上がっていった。しばらく上昇し、レイフォルスに向かう道中で、ユーガのエアボードのスピーカーからネロの声が聞こえてきた。
『ユーガ』
「ん、ネロ?どうした?」
『夜さ、ちょっと剣の稽古付き合ってくれないか?』
唐突なネロの言葉に、ユーガは目を瞬かせてネロのエアボードに視線を向けた。頼むよ、と両手を合わせてさらに言葉を次いだネロに、ユーガは首を傾げながらも頷いてそれを承諾した。
『さんきゅ、じゃあ夜な』
ネロはそれだけ言い残して、ユーガのエアボードから離れていった。何なんだろう、とユーガが再度首を傾げると、今度はルインの声がユーガのエアボードのスピーカーから響き渡ってきた。
『幼馴染にしか語れない、何かがあるのでしょう』
『いいねぇいいねぇ』と、ルインの声に次いでリフィアの声まで聞こえてくる。『男二人の幼馴染の友情・・・それは誰にも破ることのできない固い『絆』・・・!』
何言ってやがんだ、とトビはスピーカーから聞こえてきていたリフィアの声に目を細めて舌を打ち、わざとらしく嘆息した。
『くっだらねぇ事ばっか言ってねぇで集中して飛べ。そのままエアボードごと墜落させられたくなければな』
『ひゃ~、お、おっかないねぇ』
ふん、と鼻を鳴らしてリフィアに吐き捨てるように言ったトビに、リフィアは戯けるように口を開いて頭を掻いた。ユーガはそんなリフィアに向けて笑みを浮かべて、視線を前に戻した。眼前に広がる広大な世界をユーガは見つめながら、ぎゅ、とエアボードの操縦桿を握り直した。
夜。
仲間達は宿で休んでいる中、ユーガとネロは昼に交わした約束通りに街の外まで足を運んでおり、それぞれ剣のみを持ってきていた。ユーガが星空を眺めながら、綺麗だな、なんて事を考えていると、ネロが不意に口を開いた。
「悪かったな、ユーガ」
「え?」
ユーガがネロの方へ視線を向けると、ネロもまた星空を見上げていた。
「急に呼び出したりなんてしちまってさ」
「いいって!友達だろ、気にすんなよ!」
「ははっ、お前はそういうやつだったもんなぁ」
ネロは笑みを浮かべて、小さく嘆息してユーガに視線を向けて剣に手をかけた。ユーガもそれを確認して、腰に横に差した剣に手をかける。剣の稽古のために来たのだから、当然だろう。
(ユーガ・・・お前はすげぇ奴だよ)
ネロはユーガの攻撃を捌きながら、ふっ、と笑みを浮かべてそんな事を考えた。『絆を信じる』そんな、単純であり偽善者のような信念を、彼は信じている。彼は、心の奥底から善人で、自分の過去に対して憎しみの意思や復讐心など、一欠片もない。
(過去に対して・・・か・・・)
ユーガは幼馴染であり親友だ。そんな彼や、仲間達と共にこれからも戦うならば━自分もきっと、過去を断ち切らなければならない。
『てめぇはもし、また自分の姉の模造品と正面から対峙した時・・・その剣を迷いなく振れるのか?』
昨日の夜、トビから問われたその質問。ネロはその際、わからない、と答えた。だが、それでは駄目だ。過去を断ち切らなければ、きっと仲間達の足手纏いになってしまう。俺は彼等の━仲間達の負担になりたくない。
「ネロ?」
ネロはハッとして、意識を戻すとユーガが目の前で剣を交えながら心配そうにネロの顔を覗き込んでいた。
「どした?もしかして体調良くないのか?」
心の奥底から心配そうにこちらを見つめてくる目の前の親友に、ネロは首を振って、いや、と口を開いた。
「ちょっと考え事をしてただけだよ。大丈夫だ」
ユーガはそのネロの言葉に、交えていた剣を下ろして剣を鞘に納めて、なんかあったのか、と尋ねた。
「うん?まぁ・・・色々とな」
ネロはそう言ってはぐらかすと、ユーガは少し納得していないながらも頷いて、それ以上の詮索を避けてくれた。ありがたい、とネロはユーガに密かに感謝しながら、剣を鞘に納めた。
「ん~、今日は疲れたなぁ」
ネロはわざとらしくそう言ってあくびをして、ユーガに視線を向けた。ユーガは驚いたようにこちらに視線を向けてきている。それはそうだ、なぜなら稽古をするために街の外に出てきたというのに、ロクに稽古などしていないのだから。若干申し訳なさを感じつつも、ネロはユーガに背を向けて手をひらひらと振って、今日は終わりにしようぜ、と告げた。ユーガは少し戸惑いながらも頷いて、走ってネロの横まで追いつき、レイフォルスの街の入り口へと向かって二人の影が並んで歩いて行った。
「ユーガ、起きてください!」
朝。そんな声と共に身体を大きく揺さぶられ、ユーガは目をうっすらと開けた。目の前には、緑色の髪に白衣を見に纏った少年━ルインの姿があり、ユーガは眠いながらに口を開いて尋ねた。
「ルイン・・・?どしたんだ・・・?」
「ネロがいないんです!」
そのルインの一声で、ユーガの脳は瞬時に覚醒した。
「な、なんだって⁉︎」
ユーガが慌てて身体を起こすと、周りには仲間達も集合していた。どうやら、自分よりも早くに起きていたらしい。ユーガがトビに視線を向けると、トビは頭を掻きながら心底面倒そうに告げた。
「起きた時にはもう姿はなかった。早朝とはいえ起きてた街の奴等に話を聞いたら、レイフォルス渓谷の方へ向かったんだとよ」
「レイフォルス渓谷に・・・?」
ユーガはベッドから身体を起こして、寝巻きの服を脱いでいつもの白い服と赤いマフラー、黒いズボンをその身に纏って、腰の後ろに剣を装備して、よし、と呟くと着替えを見ないように後ろを向いていたミナがユーガの方へ視線を戻して、それで、と口を開いた。
「どうしましょうか、ユーガさん」
「もちろん」と、ユーガは当然かのように手を握りしめて言葉を次いだ。「追いかけよう。ネロが何をしようとしてるのかはわからないけど・・・」
相も変わらずなユーガのその発言に、仲間達は皆━トビとシノを除いて━笑顔を浮かべて頷いた。ユーガ達は街の外まで出て、『エアボード』に乗り込んでネロを追いかける。微かな振動とともに宙へと浮かび上がりながら、ユーガは仲間達に向けて口を開いた。
「ネロ、一体どうしたんだろう・・・」
『こんな早朝に、ですもんね・・・』
メルの声が聞こえ、ユーガは頷いた。ネロは元々朝が強い方ではない。こんな朝早くから行動をしていることなど滅多にない。
『昨日』と、リフィアの声が間髪入れずにスピーカーから響いてくる。その声には、どこか焦りのようなものも見える。『ユーガ君はネロ君と稽古してたんでしょ?その時何か言ってなかったの?』
「いや、何も・・・ただ、なんかぼーっとしてたというか・・・」
ユーガは昨夜のネロの様子を思い浮かべ、そう答えた。どこか少し上の空だったというか、とさらに言葉を継ぐと、トビが苛立たしげに舌を打って大きく嘆息して、仲間達に向けて口を開いた。
『理由なんてどうでもいいんだよ。あの野郎・・・面倒ごと増やしやがって』
とは言いつつも、なんだかんだ着いてきてくれるトビの優しさには皆も気づいている。だから、何も言わない。しかし、とルインが話を少し折るかのように前置きをして、
『まさかネロが私達の誰にも相談せず単独行動するとは・・・少し意外ですね』
と告げた。確かに、とユーガも頷く。ネロは基本、トビやシノとは違い単独で行動する事を避ける。だが、今回に限って単独行動を行った。それが、ユーガにとっても不可解だった。
「・・・とにかくレイフォルス渓谷に急がないとな。行こう!」
ユーガはそう言って、エアボードのスピードを上げる。仲間達もユーガのスピードに合わせてそれぞれエアボードのスピードを上げ、レイフォルス渓谷へと急いだ。しばらく飛ぶと、眼前に広がる渓谷━昨日も訪れたレイフォルス渓谷が見えてきて、ユーガ達はスピードを落としてエアボードを着陸させる。エアボードから降りてユーガは周囲を見渡すが、そこにはネロの姿はない。
「渓谷の中に入っちゃったのかな・・・」
ユーガが誰にとは言わず呟くと、えぇ、とルインが横に立って頷いて、目を閉じて彼の固有能力━『元素感知』でネロの元素を感知を始めると、すぐに目を開いて隣に立つユーガへと視線を向ける。
「ネロの元素を渓谷の中から感じます。我々も向かいましょう」
「わかった」
ユーガは頷いて、渓谷の中へと足を踏み入れる。渓谷の奥地を目指しながら進んでいると、まさか二日連続で来るとはな、とトビが嘆息しながらそう呟いたのを聞いて、まぁまぁ、とリフィアが宥めるように明るい口調で言った。
「い~じゃないの、レアな鉱石とか落ちてるかもよ?」
「ねぇだろ・・・」
「わかんないじゃん~。売ったら億万長者のレアな鉱石・・・う~ん、ロマンが溢れるね・・・!」
「興味はありますけど」と、メルが苦笑しながらリフィアに向けて告げる。「昨日来たばかりですし、無いんじゃないですかね・・・」
メルのその言葉に、シノもまた頷いてその水色の瞳をリフィアに向ける。
「一般的に鉱石が形成されるまでにかかる年数は数百万年から数十億年とされます。一日でできる確率はゼロ%」
「す、数十億年⁉︎」
「す、数十億年ですか⁉︎」
シノの言葉にユーガとミナは同時に驚いた反応を見せ、それをシノは表情を変えずに頷いて言葉を返した。
「さらにそこから宝石の研磨などに要する時間として一~三年はかかります。それ故に、宝石・・・販売される際にはジュエリーとされますが、それらは希少なものとして扱われます」
「だから」とトビがユーガの腰に差した剣に視線を向けて、気怠げに説明をしてくれた。「今はもう取れないフィアスウェーム鉱石で出来たてめぇのその剣は希少なもんなんだよ」
「へぇ・・・」
ユーガは剣を引き抜いて、その刀身を見つめた。ただの鉄のようでありながらそうではないこの剣が特殊なものであり、父━テリーの形見として譲り受けたこの剣がどれほど希少なものなのか、ようやく実感できたような気がする。この剣を作ってくれた『魔族』の男性、レギンに心の中で感謝を告げて、ユーガは剣を鞘に納めた。
「数十億年か・・・とんでもなく長い年月を過ごしてきたんだな・・・」
ぼそりと呟くと、そうだねぇ、とリフィアが頷いて両手を広げ、計算を始めた。
「えぇっと今アタシが三千歳とちょっとだから・・・鉱石ができるのが三十億年だとしたら・・・?」
「てめぇの生きた年月の百万倍だ」
計算に悩んでいたリフィアにトビが素早く計算してそう告げると、うひゃ~、とリフィアは素っ頓狂な声をあげて上げていた両手を下ろした。
「百万倍かぁ、そりゃすっごいねぇ・・・。まぁでも、百万分の一を生きただけでこの美貌を誇るアタシにとっては百万倍なんてなんのs」
「さぁ皆さん、ネロが心配です。行きましょう」
しれっと告げたルインの言葉に、ユーガ以外の仲間は頷いて先を目指して歩き出す。その後を追ってユーガもまた走り出すとリフィアは、ちょっと、と頬を膨らませてユーガ達の背中を追いかけた。
「無視しないでよ~!」
しばらく歩き、昨日スウォーと出会った場所より前のひろばのようなばしょまで進むと、不意に前を歩いていたルインが腕を横に上げて仲間達を静止させた。
「・・・止まって」
「え?」
言葉通りにユーガ達は足を止める。すると、トビが少し前に出て武器━双銃をその手に構え、ちっ、と舌打ちをした。
「・・・何かいやがるな」
えぇ、とルインは頷いて体内の元素を高める。ユーガ達もそれぞれ武器を手に取り、意識を四方八方へと集中させ━。
「ユーガ!どけ!」
トビのその声に即座に反応し、ユーガは背後へと飛び退く。刹那、ユーガが先程まで立っていた場所に巨大な鎌が突き刺さっている。
「ふはは、よくぞ避けた・・・それでこそだ」
この巨大な鎌と、この声━かつての旅で敵対していた、『四大幻将』の一人━。
「『鬼将のローム』・・・!」
ルインがその名を告げると、その名の主━ロームは、久しいな、と仲間達を一瞥した。ユーガは握った剣に汗が滲むのを感じながら、ロームの姿をまっすぐと見据える。ロームはあの巨大な鎌と大柄な巨体に見合った強大な力を持っている。以前は『人工精霊』がいたが、『人工精霊』などいなくてもおそらく━ロームは強い。『四大幻将』は、ミヨジネアの王国兵団のトップ四人のこと。つまり、それ相応の実力がないわけがない。それくらいは、以前の旅でユーガにも身に染みている。
「何しに来たんだ?」と、トビがどこか嘲笑うかのような笑みを浮かべてロームに視線を送る。「あの時、『制上の門』に来ず、メルの『藍紫眼』にビビり散らかしてた弱虫が」
「ははは、相も変わらず減らぬ口だ。我はあの時スウォー様から待機の命を受けていてな」
はっ、とルインはそのロームの口調から、何かに気付いたように視線を上げて目を見開いた。
「そうか・・・貴方だったんですね。スウォーを復活させたのは・・・!」
ルインの言葉に、ユーガ達は━トビを除いて━目を見開いた。トビは、そういう事かよ、と舌を打ってロームを睨みつけた。つまり、スウォーは自分が負けた時のための保険をかけていた、というわけか。そうだとするならば、あの出血からスウォーが生還したのも納得がいく。
「ようやくスウォー様が復活されたのだ。これ以上貴様らに邪魔はさせぬ!」
「くっ・・・!」
ユーガは握った剣をもう一度握り直して、ロームに向かって駆け出す。火花を散らしながら、ユーガは剣を振るい続ける。仲間達も自分に続いてロームにそれぞれ攻撃を仕掛けるが、その悉くをロームはいとも容易く受け止める。ユーガとトビは互いに視線を交わし、ロームに向けてそれぞれ技を繰り出した。
「受けてみろ!瞬焔烈火斬っ!」
ユーガの素早い剣戟をロームは鎌で受け止めるが、その体は確実に後ろへと下がっている。それを確認して、ユーガはさらに技を連ねる。
「断焔・・・墜牙翔っ!」
切り上げで思い切り相手の体を浮かせ、その浮き上がった身体に剣戟を叩き込んで敵を叩き落とす奥義をユーガは放ち、ロームの身体が地面に叩きつけられる。それと同時に、トビの詠唱していた魔法が完成する。
「闇よ、悪しきを飲み込め・・・ナイトメアセルド!」
トビの魔法━ナイトメアセルドは、闇の力で相手を拘束し、行動を不可にするというもの。だが━。
「そんな術は・・・我には届かぬぞ!」
雄叫びとともにトビの魔法を弾き飛ばし、鎌を大振りに薙ぎ払うと巨大な真空波が巻き起こり、ユーガとトビは真空波に巻き込まれて大きく吹き飛び、洞窟の壁へと叩き付けられた。
「ユーガ!トビ!」
ルインが名を呼んだのがわかったが、とてもそれに応えられる状態ではない。先程の真空波、どうやらただの真空波ではなく、かまいたちのような物らしい。全身に切り傷が付き、身体中から血が溢れ出るのが感じられる。どうやらそれは、隣で悶えるトビも同様のようだ。朦朧とする意識の中、ルインがこちらに向けて口を開いているのが、ユーガには見えた。
「ミナ、シノ!お二人の救援へ回ってください!」
ルインの声が響き渡り、ミナとシノは即座に頷いてユーガ達に向けて走り出す。それを確認したロームは、
「行かせるか!」
ともう一度先ほどの真空波を巻き起こそうとして━。
「魔神、業波掌~っ!」
不意に上空から聞こえてきた声に、顔を上げて飛び退いた。そこにはリフィアが跳躍して思い切り拳を振り下ろしていて、拳が地面に付くと同時にその地面には轟音とともに巨大な亀裂が生じた。リフィアは手についた砂埃をぽんぽんと落としながら、はは~、と笑みを浮かべてロームに視線を向けた。
「やぁやぁ、前にもこんな事があったねぇ」
恐らく、トビがゼロニウスにて処刑されそうになった時のことだろう。ロームはそう踏んで、ふっ、と笑みを浮かべてリフィアに向けて鎌を構えた。
「『魔神』のサキュバス・・・貴女とも随分久しいな」
「そうだねぇ、再開を祝して今日はアタシ達を見逃してくれたり、な~んてのは?」
「これ以上スウォー様の邪魔をされては困るのでな」
そう言ってロームは、リフィアに向けて鎌を振る。リフィアはそれを高く跳躍して避け、ルイン、メルに向けて口を開いた。
「二人とも、今動けるのはアタシ達だけ!アタシ達で頑張るよ!」
「えぇ、もちろんですよ」
「は、はい!頑張ります!」
ふむ、とルインは魔法の詠唱を始めながら、先ほどの真空波を思い返した。全身に裂傷、さらに吹き飛ばす力も強い。あれを喰らえば、流石のユーガとトビであっても戦闘不能に陥ってはしまうだろう。
「火龍裂牙!」
ロームは鎌を振り上げた後、思い切り振り下ろして周囲に炎を発生させる。リフィアはそれを華麗な身のこなしで避け、ロームの身体に拳を叩き込んでいく。
「さっきのあの二人の分のお返しってことで♡」
リフィアはそう言いながら、ロームの腹部に掌底の構えをとって触れないくらいのところで手を止める。その手とロームの腹の間に元素を集約させ、臨界点まで達したところでリフィアは、にひ、と笑みを浮かべて、さぁ、とロームに視線を向けた。
「吹っ飛んじゃえ!刹破烈掌!」
爆発した元素の反動でロームの巨体が大きく吹き飛び、先ほどのユーガ達と同様に壁へと吹き飛ばされた。さらに、リフィアが追い打ちをかけようと駆け出すと、そのリフィアの右手に結晶を纏い出して固まり、次第にそれはリフィアの手を包み込んだ。
「オフェンシブ・・・です!」
リフィアが声の方へ視線を巡らせると、そこには魔法の詠唱を終えたメルが、ふふん、と自慢げに立っていて、リフィアはこれがメルの魔法なのだ、と確信した。ありがと、と小さく呟いて、リフィアはさらにロームへと追撃を叩き込む。
「風よ吹き荒れろ・・・ウィンドレッシュ!」
ルインの魔法をリフィアは避けながら、だが確実にロームの身体にルインの魔法が当たるように調整しながら追撃を続ける。
「トドメっ!白夜・・・旋風脚っ!」
ロームの身体にトドメの蹴りを叩き込み、その足からロームの骨が折れる感触を味わった。二~三本は骨が折れただろうか。リフィアは軽快な動きでロームから距離を取ると、ロームは膝をついてその場に倒れ込み、肩で息をしながらリフィア達を睨みつけた。
「くっ・・・!まだ終わっては・・・!」
そう言いかけた、その時。
「やめとけよ」
そんな声が響き渡り、ロームは驚愕に目を見開いた。そして、目を見開いたのは━なんとか体を起こせるくらいまでには回復したユーガ達や、リフィア達も同様だった。そこにいたのは、ロームの首筋に剣を構えていたのは━姿を消した、ネロ・ルーオスだったから。
「これ以上やってももう意味はねぇだろ?それとも・・・そのボロボロの状態で、万全の俺とやり合うかい?」
ネロは少し嘲るかのようにロームに笑みを浮かべて━すぐにその笑みを消して、その金色の瞳を細めて眉を顰めながら言葉を次ぐ。
「これ以上仲間は傷つけさせねぇぜ、ロームさんよ」
ネロがそう告げると、ロームは諦めたように目を閉じてゆっくりと立ち上がり、ネロをジロリと睨みつけて口の端から血を流しながら言葉を告げた。
「・・・やむを得ん、一度退かせてもらおう」
「そうしな、あんたとは・・・できれば正々堂々闘りてぇからな」
ネロがそう告げると、ロームはリフィアとルインを押し退けて渓谷の入り口へと向かって歩き出した。誰もその背中は追わず、ただ呆然とその背中を見送った。その背中と足音が聞こえなくなってから、てか、とネロが口を開いて仲間達を一瞥した。
「なんだってお前らがここに・・・?」
おい、とトビがシノに肩を貸してもらいながら、心底苛立たしげにネロに向けて眉を顰めながら口を開いた。
「てめぇが勝手にいなくなるからだろうが。腑抜けた事言ってんじゃねぇぞ」
「そうですよ」と、普段はあまり叱らないルインでさえも、少し呆れたようにネロを見つめた。「心配しましたよ、ネロ」
「・・・確かにそうだな、悪かった」
ネロはそう言って頭を下げる。その様子を見て、トビは鼻を鳴らして視線をネロから外した。でも、とユーガがミナの肩を借りたまま、ネロに向けて口を開いた。
「なんで一人でこんなところに・・・」
ユーガが尋ねると、ネロはどこか自嘲するかのように頭を掻いて、まぁ、と仲間達を一瞥して告げる。
「過去の自分と決別したかった・・・ってとこかな」
「過去の自分と・・・?」
ユーガが反芻すると、ネロは頷いた。もしかして、ニーナ様の事━だろうか。
「姉上の模造品が敵だってわかって・・・俺はまだ、過去を断ち切れてねぇんだって気付いたんだ」
だから、姉上の模造品を前にしても剣が振れるか否かわからなかった。だから、姉上の模造品を前にした時に戸惑った。姉上が生きていた、なんてそんなあるはずのない可能性に賭けてみたくなった。でも、そんな可能性は儚く散った。
「トビ」とネロは視線をトビに移して、まっすぐ彼を見つめた。「・・・姉上の模造品が敵でも、もう俺は迷わねえよ」
「・・・ふん」
「皆も悪かったな、こんなとこまで来てもらっちまって」
ネロが改めて頭を下げると、仲間達は、大丈夫だ、というように首を振った。本当に、この仲間たちと共に旅ができてよかった、とネロは心から思った。ありがとう、と小さく呟いて、ネロは視線を上げた。
「とにかく、ネロが無事でよかったよ」
ユーガはそう言って笑顔を見せ、仲間たちもそれに同意するように頷いた。ルインもまた、どこか安堵の表情を浮かべながらネロの事を見つめている。
「えぇ、本当ですね」
「ホントに悪かったな、わざわざこんなとこまで迎えに来てもらっちまってよ」
「それはいいんだけどぉ」と、ユーガ達とは違いリフィアは少し不安そうにネロの顔を覗き込んだ。「ホントに大丈夫なわけ?無理してない?」
リフィアのその言葉にネロは、ホントに大丈夫だよ、と返して笑顔を向けた。リフィアもそれ以上聞いてくることはなく、まぁ良いんだけど、と言いながら頬を掻いた。それよりも、とネロは表情を引き締めて先ほどの『四大幻将』の一人━ロームの事を思い出して口を開いた。
「ロームの奴、行動を開始したんだな」
「あの口振りからして」と、トビが腕を組みながら呆れたように嘆息しながら告げる。「他の『四大幻将』も生きている可能性があるな」
えぇ、とルインも頷いて、以前の旅での『四大幻将』達との激闘を思い起こす。やはり、『四大幻将』と言うだけあってかなり苦戦を強いられた戦いであった。『四大幻将』の一人、『無垢のレイ』は現在はこちらの味方にあるとはいえ、他の三人━『鬼将のローム』、『絶雹のキアル』、『煉獄のフィム』が復活したとあらば、再度苦戦を強いられることは間違いないだろう。
「さっきも」とユーガがまだ少し痛む身体中の切り傷を感じながら、口を開く。「俺とトビが一撃でやられちまったし・・・」
「恐らくですが、これから先も『四大幻将』の方々の妨害は続くと思います・・・」
ミナがそう告げると、でも、とネロがミナの言葉を遮って言葉を継いだ。
「俺達は負けてらんねぇ、ってな?そうだろ、ユーガ」
「・・・うん、そうだな」
ユーガは頷いて、ネロと視線を交わす。その様子を微笑んで眺めていたルインが、さて、と辺りを見渡しながら口を開いた。
「もうここに用はありません。一度レイフォルスに戻ってどうするかを考えましょう」
わかった、と仲間達は頷いて、それぞれ渓谷の出口へと戻ろうとし━きら、と地面に光った何かをネロは見逃さず、ん?とネロはそれを拾い上げる。
「・・・あっ、これって・・・」
ネロはそう言って、以前から破片を少しずつ見つけている元素機械のカケラをルインに出すように頼むと、ルインはポーチからカケラを取り出してそれをネロに手渡すと、ネロの手の上でカケラの形はピッタリと合わさった。これで、三つ目。形から見るに、あと残るは四つか五つ━というところだろうか。
「また落ちてたな、なんなんだこれ・・・」
ネロが誰にとは言わずに尋ねると、ルインが顎に手を当てながら口を開く。
「・・・これも、いつか大まかな全容が見えてきたら調べてみましょう」
その時は頼むわ、とネロはルインにカケラ三つを手渡し、ルインと共に先に出口へと向かっていたユーガ達を追いかけて、足を踏み出した。
レイフォルス渓谷最深部。
そこには、少し歪な楕円の形をした石と共に、藪萱草の花が植えられていた。オレンジ色の儚げでありながらも可憐に咲き誇るその花はどこか、寂しげで━でも、どこか楽しそうにゆらゆらと揺れている。その歪な楕円の形をした石にはただ一言。それは先ほど、『神速の貴族剣士』が刻んだ、過去と決別する言葉。今は亡き姉に送る、ただ一つの━弟としての、たった一言。
『ありがとう』
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