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ユーガ

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絆の未来編

第八話 少女の決意

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「どうしよっか、これから・・・」
全員がレイフォルス渓谷の出口に出て、外の空気で軽く深呼吸をしたあと、リフィアがそう告げた。その言葉を受けて、ルインは少し考え込んでから口を開く。
「そうですね・・・スウォーやフルーヴの目的を探ろうにも、スウォー達がどこにいるかもわかりませんし」
「う~ん・・・」そう唸りながらユーガは顎に手を当て
少し考え込むような姿勢を見せた。「四大幻将が本当に生きてるのか、を調べるのもなぁ・・・」
「それこそスウォー達よりどこにいるかわからねぇからな」
トビがユーガの言葉を継いでそう告げるとユーガは頷いて、そうなんだよなぁ、と肩を落としてつぶやいた。━と、そんなユーガの横で、あの、とミナが小さく手を挙げて仲間達を一瞥する。
「先ほどネロさんが拾っていた元素機械フィアブラストのカケラ・・・どういうものなのか、調査してみませんか?」
仲間達の視線が、一斉にミナへと向く。だが、とネロが腕を組んだままルインに視線を向け、確認するように尋ねた。
「三つだけの元素機械フィアブロストのカケラで、これが何かとかってわかんのか?」
「ふむ・・・あと四、五個はあると考えれば、最低でもあと二つくらいはカケラを集めて、情報が欲しいところではありますね・・・」
ルインのその言葉に応えたのは、今度はシノだった。少し離れたところで会話をメルと共に聞いていたシノが少し前に出て、ですが、とルインから一度カケラを受け取る。
「このカケラがどこにあるのか・・・今のところ、このカケラが落ちていた場所の共通点はありません」
そうだねぇ、とリフィアがこの元素機械フィアブロストのカケラがあった場所を思い返し、う~ん、と唸りながら口を開く。
「えっと・・・ティリス森のとこに二つあって、ここにも一つあって・・・だったからね」
「じゃあ、ここにももう一つあったりしないのかな?」
ユーガが辺りを見渡しながらそう呟くが、いや、とトビがユーガに視線を向けて入り口までの道を思い返しながら告げる。
「それらしい物はなかったし、もしあればてめぇの視力で気付くだろ」
「・・・そうだよなぁ」
ユーガはそう言いながら、トビが自分の視力に対して信頼を置いてくれているのだ、という事に気付いて、少し嬉しさが込み上げてきて、誰にも気付かれないように口の端に僅かに笑みを浮かべた。その笑みには気付かず、ネロがユーガに視線を向ける。
「そういやユーガ、前の旅でフルーヴの奴から鍵みたいなのもらってなかったっけ」
「え?あぁ、これの事?」
ユーガはそう言いながら、ポケットの中から前回の旅でフルーヴから受け取った鍵を取り出した。ちょっと借りるぜ、とネロがその鍵を手に取ってユーガから視線を外し、今度はルインに向き直った。
「ルイン。この鍵とさっきの元素機械フィアブロストのカケラのここの窪み、ぴったりじゃねぇか?」
「・・・おや、本当ですね」
「これを元に全体像を把握してみるのがいいんじゃないか?そうすりゃ、何のカケラかもわかるだろ」
しかし、とルインはネロから鍵を受け取りながら、少し考え込むようにしながら呟く。
「情報があまりにも少なすぎますから、レイフォルスの私の家の研究室でも解析ができるか・・・」
ルインのその言葉に、ユーガは少し考え込んで何かを閃いたように、あ、と顔を上げてネロに視線を向ける。
「ガイアの城の研究室ならどうかな、ネロ」
「・・・確かに、それなら少しは研究施設が充実してっかもな」
「・・・もし」とトビが腕を組みながら、嘆息しながら━しかし、その声は少し優しげな声で告げた。「研究道具が足りねぇなら俺がシレーフォから取ってきてやる」
ユーガはその言葉に驚いてトビの方へ視線を向けるとトビは、何だよ、と言いたそうに少し目を細める。
「今俺達にできる事はこいつを調べてみる事じゃねぇのかよ。それとも、四大幻将やらスウォーの事を当てずっぽうに世界を回って調べるのか?」
流石に無謀だろ、とユーガに告げて、トビは視線をユーガからシノへと移す。
「シノ、城の研究道具を運ぶ時手伝えよ」
「・・・かしこまりました」
「まさかここで、ケインシルヴァとクィーリアの協力とはねぇ」
リフィアが感慨深そうにうんうん、と頷きながらそう呟くと、そうですね、とミナもまた頷いて笑みをその顔に浮かべる。
「カヴィス王もログシオン陛下も、平和を望んでおられますから・・・」
「だな」とユーガはミナに笑みを向けて、それじゃ、と仲間達を一瞥する。「二手に分かれようぜ。先にガイアに行ってルインの手伝いをする組と、シレーフォに行って研究道具を持ってくる組でさ」
ユーガの言葉に仲間達は頷いて、トビが組んでいた腕を解いてその手をポケットに突っ込みながらユーガに視線を向けて、口を開いた。
「俺とシノ、メルとリフィアでシレーフォに向かう。てめぇらは先にガイアに行っとけ」
「わかった。じゃあ俺とネロとルインとミナが先にガイアに行ってればいいんだな」
トビはユーガのその言葉に頷いて、頼んだぞ、と告げてユーガから視線を外して、ポケットから『エアボード』を取り出して飛び立つ準備を進め始める。ユーガはトビの隣に立って、トビ、と彼の名を呼ぶと、いつもの蒼の瞳がこちらへ向き、怪訝そうな表情を浮かべる。
「気を付けてな」
「・・・あのな・・・誰に言ってんだよ」
「はは、・・・ガイアで待ってるよ」
「・・・へ~いへい、大人しくしとけ」
そう言い残して、トビはシノ、メル、リフィアと共に大空へと飛び立っていった。凄まじいスピードで空を駆け抜けていく姿を眺めながら、ユーガは顔に差した太陽に目を細めて、彼らが見えなくなるまでその姿を見送った。

~ユーガサイド~
翌日の朝。ユーガ、ネロ、ミナはケインシルヴァ王国の首都、ガイアのルーオス邸の大広間にて、椅子にかけ嘆息を繰り返しながら、ネロのコレクションの全国の武器の本を眺めていた。━ルインは、というと━。
「・・・なぁ、ルインの奴まだ研究室に篭りっぱなしなの?」
であった。ぱたん、と本を閉じながら告げたネロのその言葉に、ユーガは頷いて窓の外に聳え立つケインシルヴァ城を見上げた。この城の中にある研究施設ならば昨日中には終わるのでは、とネロが言っていたが━どうやら、そんなことはなかったらしい。
「一応ご飯は食べてるみたいだし、心配ない・・・とは思うけどなぁ」
「・・・でも、心配ですよね・・・」
ミナが俯いて太ももの上で、きゅ、と両手を握りしめた。昨日、ユーガ、ネロ、ミナはルインの手伝いをしようと思っていたのだが、どうやらルインの研究者としての火がついてしまったらしく、ありとあらゆる事を一人でこなしてしまうようになり、かえって邪魔になってしまうと判断した三人は、大人しくルーオス邸にて過ごすことにしたのだった。あと難しい方程式いっぱい書いてたし。何あれ?
「とりあえずルインの研究とトビ達を待つしかないな・・・」
「そうだな・・・」
ネロとユーガは互いに視線を合わせて頷き合い、小さく嘆息した。そんな二人を見ながら、ミナは小さく、あ、と呟いて━。
くぅ~~~。
静寂に包まれた部屋の中に、ミナの方からそんなか細い音が聞こえてくる。ユーガとネロは再度顔を見合わせて、皆の方へ視線を向けると━。
「・・・っ・・・」
心の底から恥ずかしそうに、ミナは顔を真っ赤っかにしながらもじもじと肩をすくめている。再度静寂が流れる、かと思われたが、それはネロの言葉によって阻まれた。
「あ~、な、なんか腹減っちまったなぁ」
「そ、そそそそうですね!お、お腹空いちゃいましたね!」
ネロとミナの急なそんな言葉にユーガは、はは、と笑みを浮かべて椅子を引いて腰を上げ、よし、と立ち上がってネロとミナに尋ねる。
「じゃあ俺なんか作るよ、何がいい?」
「あ、わ、私もお手伝いします!」
ミナがそう言って立ちあがろうとするのを、ネロは顔を引き攣らせながらそれを静止した。何でですか、とミナは頬をぷぅっと膨らませてネロを睨みつけてきたが、ネロはそれに対して呆れたような視線でミナを見つめ返す。
「カレーが紫色になったりうどん茹でてるだけなのに鍋から火が出たりするミナに任せられんのかよ・・・」
ストレートなカウンターを食らったミナは、う、と言葉に詰まり、反論ができなくなってしまう。が、ユーガはそんな二人の会話に頬を掻きながら二人に視線を巡らせながら口を開いた。
「ほ、ほら、食器出してもらったりとかはできると思うし、俺も手伝ってくれるなら助かるなぁ」
「ぜ、ぜひ!お手伝いします‼︎」
「わかった、頼むよ。ミナ」
「は、はいっ‼︎」
先ほどとは一転、とても嬉しそうな表情を浮かべるミナにネロは、やれやれ、と首を振りながら━ふ、と笑みを浮かべて茶化すような口調でミナに向けて、一言。
「まるで新婚の夫婦だな」
それを聞いたミナの顔が再び一転、顔から火が出るほどに顔を真っ赤にして、ミナはネロの前までつかつかと近寄って━。
「ま、まま、ま・・・まだそーいうのは早いです‼︎」
ばっちぃぃぃぃん。そんな音が屋敷の中に響き渡り、はっ、と我に返ったミナの前には━頬に自身の手の形をした腫れ後が残ったまま床に仰向けに倒れたネロと、ネロの名を呼び続けるユーガの姿が、そこにはあった。

~トビサイド~
「これとこれと・・・念のためピペットと顕微鏡もか」
トビはシレーフォの城内部にある研究室にて、ガイアに持っていくための研究道具を漁っていた。勝手がわかるシノもその手伝いをするが、勝手がわからないメルとリフィアは互いに顔を見合わせてその場に立ち尽くして、部屋の中を見渡す。すごい、これが全て研究用の道具なのか、とメルは見回しながら足を踏み出して━足にぶつかった『何か』に、きゃ、と驚いて足を引っ込める。そこには、こちらにも同様に無数の研究道具があって、割れてなくて良かった、とメルは心底安堵した。
「・・・おいメル。そっちには行くな」
「えっ?」
トビの声がメルの耳に届いてきて、メルは振り返ってトビの方へ視線を向けると、トビが目を細めてこちらに視線を向けてきていた。
「そっちには起爆性の高ぇ液体とか置いてあるからな」
━やはり、割れてなくて良かった。メルは何気に自分が起こしたミラクルに感謝しながら、ゆっくり、ゆっくりとトビ達の方へと戻る。
「・・・っし、まぁこんなもんか」
一通りの研究道具をまとめ、トビは腕を組んでそう言いながら嘆息した。ネロの奴からガイアの城の研究室にはない研究道具は聞いていたので、ひとまずガイアにはない研究道具を一式。あとはありきたりだが、ビーカーやフラスコ、ピペットなどの研究道具を一つずつ。まぁその他、使えそうな本や資料なども持ってけばいいだろう。
「・・・これ、エアボードに乗るの?」
リフィアがふと、そんな疑問を抱く。━が、トビは横目でリフィアに視線を向けながら、小さく嘆息して口を開く。
「一人のエアボードには乗せねぇよ、多分重くて飛べねぇしな」
「分配して、って事ですね」
「あぁ」
メルの言葉にトビは頷いて、三つの小包のようなものに道具を分配していく。その光景を見て、あの、とメルがトビに向けて疑問を投げかける。
「私達、四人ですよね?なら四等分の方が良いのでは・・・」
「誰か一人は行動しやすい奴がいた方がいいだろ」
「・・・同意です」
シノもトビの意見に賛同し、まぁ確かにね、とリフィアもう納得する。じゃあ、とリフィアが小包に視線を向けながら、にひひ、と笑みを浮かべる。
「さぁてここでじゃんけんだね!勝った人が小包を持たなくておっけ~!」
「何言ってんだ、早く運ぶぞ」
トビはリフィアの発言に呆れたようにツッコミを入れて、やれやれ、と首を振りながら小包を手に取ろうとして━。
「なんと勝った人にはデザートのチーズケーキ付き」
「早くやるぞ」
相変わらずチョロいな~、なんて思いながら、リフィアはやる気満々になってくれたトビを見て、さ~て、と手をグーの形にして前に出すと、仲間達も━シノは淡々と━手をグーの形にして前に出して、それぞれ掛け声と共に手の形を変える。
「さいしょ~はグー・・・じゃ~んけ~ん・・・!ポンっ!」

「あ、あの・・・やっぱり私持ちましょうか・・・?」
勝負を制したメルが、手に小包を持ちながら歩くトビ、シノ、リフィアに申し訳なさそうな視線を向けながら、そう尋ねてくる。明らかにトビに関しては不機嫌だし。チーズケーキ・・・というか、デザート系が本当に好きなんだろうな・・・。
「・・・勝負に勝ったのはメルですから、いいのですよ」
シノはそう優しく返してくれたが、リフィアに関してはめちゃくちゃ落ち込んでる。まぁ、それも当然と言えば当然かな?
「・・・なんで言い出しっぺのてめぇが真っ先に負けてんだよ、じゃんけんに自信あったんじゃねぇのか」
「・・・いや」と、トビの言葉にリフィアは沈んだままの声で返答する。「じゃんけん、生まれてからアタシ一回も勝ったことない」
「・・・なんで勝負挑んだんですか」
呆れたような視線でメルからも視線を受けて、リフィアはさらに声と肩を沈ませた。まったくだ、とトビもまた首を振って呆れながらクィーリア城の扉の前まで歩く。すると、そこに立っていた門番の兵士たちがトビ達のために扉を開門し、お通りください、と声をかける。
「・・・あとは、街の外まで出てエアボードでガイアまで向かえばおっけーだね」
リフィアはそう言いながら差し込む太陽の光に僅かに目を細めて━ハッ、と浮かべていた笑みをその顔から消して、突如トビ達に向けて叫んだ。
「危ないっ!」
その声に、トビ達は背後へと飛び退く。それと同時に、トビ達が歩いていたところへ━光の柱が轟音と共にシレーフォの街中を照らしながら現れ、トビ達はその衝撃によって大きく吹き飛ばされた。トビは受け身を取って素早く身体を起こし、その光へと視線を向ける。
「・・・おや、今ので一人くらいは殺してしまいたかったのですが・・・仕方ありませんね」
光柱からそんな声が響いてきて、トビは即座に周囲に視線を巡らせる。仲間達は━全員受け身を取って無事だ。が━まだ一般人がいる。ここで『彼』と交戦を開始すれば、一般人は間違いなく巻き込まれる。少しでも時間を稼ぐために、トビは光柱に向けて口を開く。
「・・・やっぱてめぇも生きてたんだな・・・『四大幻将』の一人、『煉獄のフィム』」
光の中から現れたその男━金髪に黒縁眼鏡をかけて、ルインと似た白いコートを身にまとっている、ミヨジネア『四大幻将』の一人、『煉獄のフィム』は笑みを浮かべながら、光柱からその姿を露わにした。
「・・・おや、ユーガ様はいらっしゃらないのですね」
この人が、フィム━。メルは立ち上がりながら自身の周囲に結晶を顕現させて、以前野営中にユーガから聞いていたフィムに対しての情報を思い出す。
『・・・フィムは風属性の魔法を使ってたんだ、『人工精霊』の力で使えるようになったって言ってたけど・・・』
『という事は』と、メルはユーガに怪訝そうな表情を向ける。『本来は、フィムさんは風魔法は使えない・・・?』
そのメルの言葉に、うーん、とユーガは唸って頬をぽりぽりと掻きながら、空に広がる夜景を見上げた。
『・・・多分、フィムは魔法の威力を底上げするために『人工精霊』を使ってる・・・んだと思う』
『威力の底上げ・・・?』
『確証もないけどな・・・はは・・・。でも、フィムなら・・・あらゆる魔法が使えても、おかしくないんじゃないかって・・・俺は思う』
かつての主人として、なんとなくユーガはフィムの事を感じ取っていた。もしそれが本当ならば、『人工精霊』がいなくなった現段階でもそれ相応にあらゆる魔法が使用可能である、ということか。メルは意識を戻して、周囲に視線を巡らせた。現在、戦える面子は四人。自分、シノ、リフィアさん、トビさんの四人。かつて、ユーガくん達は四人でフィムを倒した、と聞いている。理論上は、勝てる。『あの手段』を取らなくても大丈夫そうだ、とメルは安堵して視線をフィムに戻して━メルのその藍紫色の瞳に映った、『それ』の姿に、思わず目を見張った。目の前に立つフィムの口が、にや、と怪しげな笑みを浮かべて━『それ』の正体を言い放った。
「『人工精霊』」
「っ⁉︎」
「・・・『アスカ』」
『アスカ』。世界に八種類存在する属性のうち、『光』属性の精霊の名称。トビは舌を打って、魔法の詠唱を始める。
「闇の力よ・・・収縮せよ」
トビのその詠唱の声と同時に、仲間達はフィムに向けてトビの魔法の射線を遮らないように注意して駆け出していく。━それにしても、状況がかなりまずいな、とトビは詠唱と同時に奥歯を噛み締めながら思考を巡らせた。フィムは『人工精霊』をその身に宿している。つまり、『人工精霊』を倒し、精霊を解放させ、世界中の元素フィーアの均衡を正す必要がある、というわけだ。あいつが━ユーガがいれば、今ここで『人工精霊』を元素フィーアに返す事くらい容易いだろうが、今彼はこの場にはいない。自分達でどうにかするしかない。トビは彼の蒼の瞳にフィムと、『人工精霊』アスカの姿を見据えて、ふぅ、と小さく息を吐いて━。
「シャドウレッグ」
魔法を、発動させた。
そして━僅か、十五分の時が流れ。
シレーフォの街には、金髪の白衣の男と、作り出された精霊の姿が有った。その者に挑んだ四人━名前にして、トビ・ナイラルツ。シノ・メルト。リフィア・ブラッド。メル・シアンは、そのあまりに強大な力に━地面に伏していた。かろうじて息こそあるものの、力の差は歴然だった。以前戦った時よりもずっと、さらに、その力は強かった。げほっ、とトビは口の中に溜まった血を吐いて、荒くなった息を整える。仲間達は━生きている。ギリギリ、誰も死なずには済んだらしい。が、脱出しようにも脱出ができない。どうすればいい?策を考えろ、最善の策は何かを。
「・・・う・・・っ」
ふとそんな声が聞こえて、その声の方を見ると━メルが、何かの魔法の詠唱を始めていた。何をするつもりだ、一手で逆転できるほどの何かを持っているとでもいうのか、とトビは思考を巡らせたが、答えは浮かばない。そんなトビをお構いなしに、彼女は詠唱をただひたすらに続けていく。フィムは、もはや打ってこい、と言わんばかりにその場からも動こうとしない。どうするつもりだ、とトビが思考を再度巡らせ始めると━トビ、シノ、リフィアの周囲を、強固な結晶でできた結界が囲った。
「⁉︎」
「・・・プリズムフィールド・・・‼︎」
メルの魔法が完成し、トビ達は完全にプリズムフィールドの結界に覆われる。そして、メルはトビに向けて笑顔を向けて━。
「・・・あとは頼みました」
「・・・まさか・・・てめぇ・・・!」
トビは痛みが治まらない体に鞭を打って奮い立たせ、結界の壁を叩く。が、強固な結界はびくともせず、メルはそれを確認して三人の入った結界を宙に浮かせ始める。もちろん、死ぬつもりなど毛頭ない。だが━今のままでは、いずれにせよ全員殺される。ならば、今ケインシルヴァ王国の首都、ガイアにいる『彼等』に助けを求めたほうがいい、とメルは判断したのだ。
「ケインシルヴァ王国の首都…ガイアまで…!」
メルがそう叫ぶと、トビ達を包み込んだ決勝は空高くまで浮かび上がり、その結晶の姿は次第にどんどん見えなくなるまで高度を上げていった。メルは上げていた手を下ろして、その口に笑みを浮かべ─その意識を落とした。
(ユーガ…君…)
目の前に倒れて動かないメルに視線を向けながら、フィムは顎に手を当てて少し考え込むような素振りを見せた。
「ふむ…少し計算外ではありますが…。まあいいでしょう。『結晶の少女』を手に入れることも、私の計画の内の一つではありましたし、ね」
ふふ、とフィムは怪しげな笑みを浮かべて、意識を失ったままのメルを自身の生み出した結界に閉じ込める。これでいつ目を覚ましてもひとまずは安心だ。フィムは笑みを浮かべたままメルの入った結界を眺めて─ぺろ、と舌なめずりをした。

~ユーガサイド~
「ユーガ!!」
メルがフィムによって結界に閉じ込められたのと、同刻。ルーオス邸で談笑を繰り返していたユーガ達の元に、ルインが激しい音を立てながらドアを開け、ユーガの名を呼んだ。ユーガ達はそのルインの只ならぬ表情に、何かあったのか、と尋ねる。研究のことに関して進展があった─にしては、こんな表情はしないはずだ。
「メルの 元素フィーアが、こちらに向かってきているんです…!」
「何がおかしいんだ?」とネロはルインに向けて怪訝そうな表情で口を開く。「あいつらも道具を持ってこっちに向かってきてるだけなんじゃ…?」
いいえ、とルインは首を振って、次ぐ言葉を探すように少し唸ってからその顔を上げて、ユーガに視線を向けた。
「…んですよ。しかも、メルの 元素フィーアは感じられるとしたら本来一つだけのはず…」
それはそうだ。メルという存在は一人しかいないのだから、メルの 元素フィーアは複数感知できる、なんてことはあり得ない。ミナは、もしかして、とルインに向けて口を開く。その唇が震えるのを感じながら─。
「ルインさんが感じているそのメルさんの 元素フィーアって…三つあるのでは…?」
ミナの言葉に、ルインは小さく頷く。まさか、とユーガも気付いたかのようにハッと顔を上げて、ルインの肩を掴んでその体を激しく揺さぶった。
「その 元素フィーアはメルじゃなくて…トビと、シノと、リフィアが入った…メルの結界…⁉」
「…ってことは、あいつらの身に何かあったんだ…!」
ネロは歯ぎしりと共にそう呟いて、ルインの肩を掴んだままのユーガの肩に手を置いて、その体をルインから引きはがす。と同時に、外から凄まじい轟音が響き渡り、ユーガ達は互いに顔を見合わせてルーオス邸の扉を開け、轟音の正体を突き止めるために駆け出した。くそ、とユーガは隣を駆けるルインに顔を向けて、走りながら口を開く。
「…ルイン、やっぱり感じられる 元素フィーアは…」
「…ええ、三つだけですし…メル本人の 元素フィーアを感じません」
ルインはそう言いながら、目を伏せてユーガから視線を逸らした。最悪の場合、結界に包まれている彼らも、もう─。そう口にするのが怖かった。もしかしたら、なんて、一瞬でもそう思ってしまったから。
「今は確認することが先決だ。早く行こうぜ」
ネロがユーガ達に向けてそう告げ、ユーガはその言葉に、ああ、とうなずいて、心の中で仲間たちに向けて無事を祈った。
(シノ、リフィア、トビ…、それにメル…。頼む、無事でいてくれ…!!)
轟音がした場所までユーガ達が駆け付けると、そこには野次馬ががやがやと集まっていて、ユーガ達はその野次馬を押しのけて騒ぎの中心まで駆けつける。─と、その瞬間騒ぎの中心から見慣れた紺色の軍服を身に纏った腕が伸びてきて、ユーガの胸ぐらをつかんで思い切り引き寄せた。うわ、とユーガが悲鳴を上げた時には、目の前には─見慣れた紺味がかった黒髪があり、その主は肩で息をしながらゆっくりと顔を上げ、その『蒼眼』を露わにして、苛立ちすら感じさせるその眼をユーガに向けた。
「…だよ…」
「と…トビ…?」
その主はたわ言のようにぶつぶつと何かを呟いており、ユーガがその顔を覗き込むようにしようとした、その瞬間。
「何なんだよ…あの女はッ!!」
これまでに見せた事の無いほどのトビの剣幕に、その場にいたユーガ達も、野次馬たちも、しん…と静まり返った。まさか、トビがこんなに怒りをあらわにするなんて。ユーガは少し驚いて、トビの肩に手を置いて優しい声で、ゆっくりと、『相棒』の真意を探るように、声をかけた。
「…何があったんだ?それに、なんでメルはいないんだ…⁉」
「…ちっ…!」
ユーガから視線を逸らし、トビは苛立たし気に舌を打った。そんなトビを視界に入れながらルインは、とにかく、と口を開く。
「…消耗が激しい。今はとにかく、ネロの家に行きましょう。…話は、そこで」
「…わかった。…トビ、立てるか?」
ユーガはトビに手を差し出すが、トビはその手を振り払って一人でゆっくり立ち上がり、重い足取りで黙ってルーオス邸へと歩いていく。ユーガとネロはそのトビの後ろ姿を眺めながら、口を噤んでいたシノとリフィアに─ユーガがシノに肩を貸し、ネロがリフィアに肩を貸した状態で、ルーオス邸へと歩みだした。それなりに近いはずのルーオス邸への道のりが遠く感じられ、ようやくルーオス邸についた頃には日が傾き始めてしまっていた。ルーオス邸の扉を開けて客人用のベッドにトビ、シノ、リフィアをネロは案内してその部屋の鍵を閉め、それで、と苛立ちのオーラを隠しきれていないトビ達に向けて、尋ねる。
「…何があったんだ?」
「…メルちゃんがね」
先程まで黙っていたリフィアが口を開いて説明を始める。また、足りないところは随時シノが補足をしてくれて。研究道具を届けに行こうとした矢先、四代幻将の一人、『煉獄のフィム』が現れたこと、フィムは『光の精霊アスカ』を身に宿していたこと、以前とは比べ物にならない程の強さになっていたこと、そして─ピンチの自分達を救うために、メルが救ってくれたこと。リフィアの話を聞き終えたユーガ達は、正直絶句していた。フィムが生きていたことも、アスカを宿していたことも。
「…確かに」と、説明を黙って聞いていたトビが、ユーガ達には視線を向けずにぶっきらぼうな口調で口を開いた。「フィムの野郎は…強かった。だがな」
トビはそこまで言い切って、近くにあったナイトテーブルに思い切り自分の拳を叩き付けた。バァン、と大きな音が静寂の部屋中に響き渡り、トビは自身の手に伝わる痺れるような痛みを感じながら、言葉を次いだ。
「…誰が余計なことしろっつったんだよ、くそったれが」
おそらく、だがトビは─メルが命を懸けたことに怒りを覚えているのではないだろう。おそらく、に怒りを覚えているのかもしれない、とユーガは感じた。
「…ユーガ」
意識を戻し、声のしたほうへ顔を向けるとルインがユーガに視線を向けていて、ルインは固く決意を決めたような目でユーガを見つめていた。
「…私はメルを助けに行きますよ」
「俺もだ」と、ネロ。「…トビほどじゃないが、俺も自分の命を捨てるような真似は…嫌いでね」
「わ、私もです」と、ミナ。「メルさんには私たちを甘く見たこと、後悔させてやりますっ」
「アタシも行く」とリフィア。「メルちゃんに一発デコピンしてやらないと、気が済まないからね」
「同意」と、シノ。「…彼女は私の…友人。命を捨てるような真似は許しません」
「…てめぇはどうすんだ」
トビが先ほどとは違い、自分に視線を向けていることに気づいた。ユーガは考えるまでもなく、そんなの、と胸の前で固く拳を握り締めた。
「もちろん行くよ。メルは俺の仲間だから、…助けたい。…トビは?」
「…行くに決まってんだろ。あの女に文句の一つや二つでも吐かねぇと気が済まねぇ」
トビは座っていたベッドから立ち上がり、ユーガに視線を向けながらそう告げた。ユーガは頷いて、仲間たちに視線を向けて腰に手を当てながら、誰にとは言わず尋ねる。
「…よし、シレーフォ…だったよな。急ごうぜ」
「その前に…ちょっといいか、皆」
足を踏み出そうとした刹那ネロに呼び止められて、仲間たちの視線がネロへと集う。ネロは少し恥ずかしそうに頭を搔きながら、ユーガに視線を向けた。
「どうしたんですか、ネロ」
「いや、少しばかり皆に見せたいところがあってな。そこにちょっと連れてってやりたいんだが…」
「でも」と、リフィアが一歩前に出て口を開く。「メルちゃんが…!」
「それはわかってる。だが、どちらにせよこの後フィムと戦うんなら、準備も万端にしておいたほうがいい。それに連れて行きたいとこってのは今後の戦いにももしかしたら役立つことかもしれないんだ」
頼む、とネロは頭を下げる。リフィアは少し、ぐぬ、と言葉に詰まったが、やがて諦めたように首を振って、嘆息しながらネロに告げる。
「…ちょっとだけ、だからねっ」
「あぁ、ありがとう。…皆も、すまないな」
ネロの言葉に仲間たちは頷いて、ネロの家を後にする。長い階段を降り、先頭を歩くネロが向かったのは街の中央部…ではなく、さらに奥にある店が数多く並ぶ場所へ。
「ついたぞ、ここだ」
先を歩いていたネロが立ち止まると、そこには─ありとあらゆる店が立ち並ぶ、バザーが開催されていた。武器や、防具や、道具まで。何でも揃っている、と言ってもこれは過言ではない。
「おわ~!バザー来たの俺初めてだ…!」
ユーガのその言葉に、トビは怪訝そうにユーガに腕を組みながら訪ねた。
「…てめぇの出身地だろ?それなのにこういう祭りに参加しなかったのかよ」
「ユーガは」と、そのトビの問いにはネロが答える。「この時期、少しばかり仕事が忙しくなるのさ。公務に出かけたり、使用人としての仕事をこなしたりしなきゃならねぇんだ」
「だから、外から見たことはあったけど実際に来るのは初めてなんだ!」
「…さいですか」
トビは腕を組みながらそう呟く。それにしても、とルインがざわめく喧騒の中でも聞き取りやすい声で、武器屋の短剣を手に持ちながら仲間たちを一瞥した。
「確かに、これはいい武器などが並んでいますよ。かなり上質なものや、希少な素材が使われているものも多い…」
ふむ、とルインは呟いて、持っていた武器を店頭に置いて、店主に例を告げて武器屋から離れる。
「そういうこと、ここで少しばかり物資やら武器を整えて、ちゃんと準備していこう。焦ってシレーフォに向かってズタボロに、なんてことになったらシャレにならんからさ。な、ユーガ」
「…うん、そうだな…わかった。ちょっとだけ物資を整えて、ガイアの出口に集合しよう!」
ユーガの言葉に仲間たちは散り散りになってバザーの品物を物色し始める。ユーガもバザーの商品を見に行こうと足を踏み出して─気づく。その場にはシノが残っていて、どこか上の空な表情で虚空を見つめていた。
「…シノ?」
「…はっ…すみません…」
「…心配だよな、メルのこと…」
「…はい」
ユーガは活気だつ街並みを眺めながら、ここにメルがいたら、なんて考えてしまう。メルは、仲間だから。
「まだメルと会ってそう長いわけじゃないけど…やっぱり、メルを助けたい」
命を懸けてまで、メルはトビ達を助けてくれた。だからこそ、メルのことを命を懸けて助けたい。それはきっと、隣にいるシノも同じ…だと思う。
「私は」と、シノはユーガに視線は向けないまま、街並みを眺めながらどこか寂しさを感じさせる口調で呟く。「…お母様を助けられなかった。目の前で大切な人が死ぬことが、こんなにも怖いと感じたことはありません」
「シノ…」
かつて、救えなかった命。シノの母親、ソニアはシノの目の前で命を落とした。それも、その命を奪ったのは─フィムだった。ユーガはシノの言葉に頷いて、シノに視線を向けて胸の前で固く拳を握り締めた。
「…今度こそ、絶対に助けよう」
「ユーガさん…」
「あの時助けられなかったソニアさんのためにも…いや、違うな。あの時みたいなことをもう一度繰り返させないためにも。…絶対に助けようぜ、シノ」
「…はい。そしてフィムは…必ず、私が倒します」
シノの決意を秘めた声に、ユーガは頷く。なんだかここに一人でシノを置いていくのも気が引けて、ユーガはシノとバザーを見て回ることにした。思えば、こうしてシノと二人で行動するのはシノの父、ニールの形見である箱を開けるためにトビを探したぶり、だろうか。
「ガイアの街は広いんですね」
ユーガが記憶を辿っていると不意にシノがそう声をかけてきて、ユーガは現実に意識を引き戻して頷いた。
「まぁ、首都だからな…やっぱレイフォルスとかよりも人多いし…」
「しかも広大な土地に窪みを造ってその中に街を建設することで攻め入る場所を絞る、効率的な地形の利用方法であると推定」
「ちょ、戦争とか始めないでくれよ…?」
ユーガは焦ったような表情で告げると、シノはほんのわずかにその口の端に笑みを浮かべて、冗談です、と告げた。ほっと胸をなでおろしてバザーの道を再度歩き出したユーガの後を、シノはとことこと着いていこうとして─ざわ、と騒ぐ胸を押さえて、遠くの空─シレーフォの方角の空へ、視線を向けた。
(…メル…どうかご無事で…)
シノは内心でメルの無事を祈って、ユーガの背中を探した。ユーガはあらゆる店で目を輝かせて商品を見耽っており、シノはそれを確認して、ふ、と笑みを浮かべた。

「…なに?もう一回言ってみろ」
夜。寒気が高まるフェルトラ地方の空の下で、闇に紛れて二人の男が会話をしていた。そのうちの少し濃い赤色の瞳を持った男─スウォーが、もう一人の巨大な鎌をその地面に置いて膝をつき、膝折礼をしている男─ロームに怪訝そうな表情を向けた。
「はっ、四大幻将が一人、『煉獄のフィム』があのユーガ・サンエットの仲間、メル・シアンを捕らえたと…てっきり、スウォー様のご命令かと思っておりましたが…」
「…いや、そんな指示は出していない。…あの野郎…」
「どういたしましょうか、ご指示を」
「放っておけ」
「…は?」
ロームは聞こえた言葉に、思わず聞き返した。聞き間違いでなければ、確かに今スウォー様は放っておけ、と言った。
「聞こえなかったのか?放っておけ…そう言ったんだ。そろそろあんたも歳なんじゃねぇのか」
「はっ、しかし…」
「…俺の計画の障害になるようなら…俺が直々に殺す。あの野郎の自分勝手さには少々苛立っていたからな。ローム、お前は引き続きオリジナルの行方を追っておけ」
「…かしこまりました」
ロームはそう言うと、その姿を闇夜の中へと消した。その背中を見送って、スウォーは小さく息を吐き、パチ、と爆ぜた炎に視線を向けた。その瞳には、僅かな苛立ちと─寂しさを感じさせる瞳があり、その目に映る炎がゆらゆらと揺れていた。
「…これで…きっと世界は変わる。迫害もない、人間同士での争いもない、そんな世界を造れる。これでよかったんだろう…?ノア…」
その問いに答える者はいない。ただ虚しく、炎の音が爆ぜるだけ。寒気がさらに高まる空をスウォーは見上げ─サク、と雪を踏む音がこちらに近づいてきているのが聞こえ、スウォーは一瞬だけ視線をそちらに向けて、その音の正体の主を視界にとらえた。
「…フルーヴか」
「どうした、お祈りでもしていたのか?」
「…ちげぇよ」
「そうか。食料を買ってきたが、食うか」
フルーヴはマントの中から肉や野菜などの食料が入った袋を取り出して、スウォーに向けて差し出した。スウォーは自身が腹が減っていることに気づいて、小さく嘆息して火のかかった焚火の前に座り込んだ。フルーヴは差し出していた袋の中から食料をいくつか取り出して、旅のカバンに入っている小さなフライパンを取り出したのを見て、スウォーは怪訝そうな表情でフルーヴに視線を向けた。
「…あんた、料理できんのかよ」
「なに、いつも貴様が作っているからな…たまには僕も料理くらいするさ」
「…ならいいが」
少し嫌な予感はしたが、作れるというなら問題はないだろう。スウォーは下げていた腰を下ろして、近くにあった小屋へと向かう。その小屋の扉を開けると、そこにはネロの姉のニーナの模造品クローンがいて、スウォーの姿を見るや否や、とててとスウォーの元へと走り寄ってきて、スウォーに視線を向けながら口を開く。
「…スウォー様。新しい本はありませんか」
「…あ?カバンの中に入ってるだろうが」
「すべて読んでしまったものですから」
「…はぁ?」
スウォーは奥にある一人用のベッドへ視線を向けると、そこには確かに多くの本が置いてあった。しかも、スウォーが暇潰し用で買った本も、もともと持っていた本も、何もかもがそこに置いてあった。スウォーはこめかみに手を当てながら、はぁ、と嘆息して自分の記憶を探りながら口を開いた。
「…おい、確認するぞ」
「?はい?」
「俺がてめぇを造ったのはいつの話だ」
「およそ一週間前です」
…合っている、な。
「…俺はてめぇを造るときに速読できるようにとか組み込んでねぇ」
「…えぇ、私に与えられていたのは、最低限の知識や言語理解能力、会話能力などであったはずです」
…合ってるな。
「そのうえで聞くぞ、てめぇが読んだ本の数はいくつだ」
「えぇっと…一、二、三、四…二十一冊です」
二十一冊。たった一週間ほどで、それだけの本を読んでしまった、というのか。確かに、模造品クローンニーナには戦闘を行わせていないし、そもそも模造品クローンニーナは戦えない。つまり、スウォーやフルーヴのように野営もさせられない。空いている時間は確かに多い、とはいえ─。
「…本が好きなのかよ、てめぇ」
「…かもしれません。本を読んでいると…その世界に入り込めるような、そんな気がしますから」
「…わかった、今度買ってきてやる。…その代わり…」
「わかっています。スウォー様のご意向のままに」
スウォーは舌を打って、フルーヴが食事を用意していることを模造品クローンニーナに告げると、その瞬間に模造品クローンニーナのお腹から、ぐぅぅ、と聞こえてきて、スウォーは小さく嘆息して小屋の出口に手をかけて扉を開く。
「…外はさみぃ。厚着してけ」
そう告げて小屋から外に出て、先ほどの野営地まで戻って─スウォーは選択を後悔した。皿によそられていたのは飯…いや飯かこれ?どちらかと言えば研究用薬品のほうが正しいんじゃねぇの?とも言えるほどの激臭と怪しげな泡がぼこぼこと立っており、スウォーは目の前で黙々とそれを食べているフルーヴに視線を向けた。
「…これ…は…?」
「は?どこからどう見てもポトフだろう?」
「これをどこからどう見たらポトフになんだよ…!ったく、てめぇに料理なんてさせるんじゃなかったぜ…」
「せっかく作ったのに失礼な野郎だ。物は試しだ。食ってみろ」
スウォーは近づいてきていた模造品クローンニーナに再度小屋に戻っているよう促してから、置いてあったスプーンで『ポトフという名の何か』を救いあげた。─まぁこいつも食っていたし、大丈夫─だろう。多分。
「…いただきます」
スウォーは幼いころにノアから教えてもらった食事前のあいさつを口にして、『ポトフという名の何か』を口に入れた、刹那。激しく口を殴られたような衝撃と口の中に広がるドゥルドゥルの触感に思わず吐き出して、激しくむせ返りながらフルーヴを睨みつけた。
「げほっ、おぇっ…てめぇ、何しやがった!何入れた!」
「…ふむ、少々隠し味にスライムのかけらと魔物の体液を放り込んだだけだ。これがなかなかアクセントになって美味いだろう」
フルーヴの発言にスウォーはよそられていた『ポトフという名の何か』をすべて捨て、ここに模造品クローンニーナがいなくてよかった、と心から安堵して─激しく胸の中から込み上げてきた怒りを、フルーヴに視線と口調でぶつけた。
「…もうてめぇには料理させねぇ。一生食器をその手に持つな」
フルーヴは怪訝そうな顔でこちらに視線を向けて『ポトフという名の何か』をむさぼっていた。よくもまぁあんな劇物を食えるもんだ…とスウォーは口の中に広がる不快感を感じながら、くそが、と小さくつぶやいた。
「料理ができねぇやつの思考は理解できねぇ…」
スウォーはカバンの中から食材をいくつか取り出し、最低限味は保証できるものを作り始めた。─もちろん、フルーヴの分は無しで。
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