お嬢様と魔法少女と執事

星分芋

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第三話①『運命の』

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「変な一日だったな……」

 帰宅してからはいつもの様に風呂に入り夕食を済まし、明日までの宿題を終えてからベッドの上に寝転がっていた。今日に限っては依頼を受ける事は止めていた。一度頭の整理をしたかったからである。

 形南あれなには帰宅後直ぐに連絡を送っていた。高円寺院こうえんじのいん家のお嬢様に一秒でも早く連絡を送らなければ失礼だと判断したからだ。

 玄関先で靴を履いたままスマホと睨めっこする嶺歌れかを見つけた母は呆れていたが、自分にとっては重大な要件であった。

 そして彼女に連絡を送ってから数分も経たない内に返信がきていた。そこで改めて短く挨拶を終えると彼女の方から明日早速お願いしたいのだと連絡が返ってくる。

 躊躇う事もないため直ぐに問題がない事を伝えると『ではその日にまたご連絡差し上げますわね』と形南の方から連絡を切り上げてきた。そうして今に至る。

「何としてでも失礼のないようにしないと……」

 形南は優しげな印象を抱くお嬢様であったが、まだ彼女の事を理解するにはあまりにも時間が足りていない。嶺歌は礼儀を欠かす事だけはしたくなかった。

 それにしてもと嶺歌は考える。先程は動揺していたため疑問に思わなかった事だが、何故彼女は有能なあの執事を橋渡し役として選ばなかったのだろうか。

 彼であれば何でも難なくこなしてしまいそうである。会って間もない嶺歌から見ても彼が有能だと分かるのだ。だと言うのに不思議な話であった。

「明日タイミングがあれば聞いてみようかな」

 そんな事を一人呟きながら次第に眠気が襲ってくるのを認識する。そろそろ限界だ。

 嶺歌は布団を掛け直し、電気をつけたまま重い瞼を閉じる。そしてそのまま深い眠りへとついていった。



『おはよう御座いますですの、嶺歌れかさん』

「お早うございます……」

 早朝目が覚めると同時に着信がかかり、画面を見ると相手は形南あれなであった。驚きと同時に直ぐに出なければと電話に出る。

 すると昨日のように淑やかであり上品でもある言葉遣いで嶺歌は形南から朝の挨拶を向けられていた。

『本日はですね、早速貴女様にお願いしたく思いまして御校へ向かう前に少しお時間いただけないかと思いましたの』

「大丈夫です、直ぐに支度します!」

 嶺歌は粗相がないよう意識して返事を返す。そして器用に片手で支度を始めていた。

 スマホを手放し、スピーカーにして会話をする事もできるが、それはお嬢様である形南に対して無礼ではないかと思ったのだ。

 このように片手で支度を行うのも不敬であると自覚していたが、相手を待たせる事よりかはマシだろう。

 嶺歌が返事を返すと形南は『焦らなくても宜しくてよ』と気遣いの言葉を発してくれる。それを有り難く思いながらも鵜呑みにする訳にはいかず、嶺歌は過去最高に素早く朝の支度を済ませた。



「宜しければ御校までお送り致しますわ」

 対面して早々に彼女は二度目の挨拶をするとそう言い、昨日の様にリムジンに乗せられた。

 朝の日課である魔法少女の活動は出来なかったが、毎日の様にこなしていたので今日くらいは問題ないだろう。

 そう思いながら嶺歌れか形南あれなの方から話を切り出されるのを待つ。依頼の内容は理解しているが、具体的な内容にはまだ触れられていない。

 すると形南は予想通りにその内容について口を開き始めた。

「昨日は説明ばかりで肝心な事を申し遅れていましたの。こちら、わたくしの運命の方ですの」

 そう言って形南が取り出してきたのは一枚の写真だった。そこには一人の男子生徒が写っている。そしてその男には見覚えがあった。

「隣のクラスでたまに見かける人ですね」

 そう口に出すと形南は「まあ!」と嬉しそうに言葉を発しこちらを見上げる。彼女の目は爛々らんらんと輝き、目には見えぬまばゆい光を感じられた。

「それは嬉しいお話ですわ! あの方の事、詳しく教えて下さらないかしら?」

 興奮した様子で形南に手を握られ、嶺歌は困惑した。見かけるとは言っても彼の事は何も知らないからだ。

 話した事は勿論なく、名前はおろか一人称すらも知らない。雰囲気的には僕だろうか。そんな推測くらいしか口に出せる情報はなかった。

 それを申し訳なさそうに彼女に告げると形南は「そうですわよね」と少し落ち込んだ様子で俯く。その様子に益々申し訳なさが芽生えてると「形南お嬢様」と執事の声が聞こえてきた。

「気を落とされる必要は御座いません。これからはあのお方にお会いできるのですから」

「それもそうだわ! ふふ、楽しみになってきましたの」

 兜悟朗とうごろうの言葉で形南は直ぐに笑顔を取り戻すとそのまま楽しそうに鼻歌を歌い出す。

 どうやら彼女は切り替えが早いようで、先ほどの悲しい表情の面影はどこにもなく、心から嬉しそうにしている。嶺歌はそんな彼女の様子に純粋に感心していた。


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