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第三話②『運命の』
しおりを挟む「そうだわ。嶺歌さん、昨日は唐突だったと思うのですの。一晩経ってからまた聞きたい事は出来たかしら?」
暫くすると形南は再びこちらに目を向け、そんな言葉を出してくる。
形南は「何でも仰ってね」と明るい調子で笑顔を向けてくれていた。正直、聞きたい事はあったので彼女から話を振ってくれた事は有り難かった。
「あの……どうして魔法少女が適任だと思ったんでしょうか。執事さんに任せれば難なく運命の方と知り合えると思うんです」
魔法少女でなくとも知り合うきっかけの橋渡し役ならこの万能そうな執事で十分事足りる筈だろう。わざわざ手間をかけてまで魔法少女を探し出した理由は、あるのだろうか。
そう思いながら彼女に問いかけると形南はくすりと笑ってからこんな言葉を口にした。
「あらあら兜悟朗、褒められているわよ。私もお鼻が高いわ」
「恐縮で御座います」
「ああ、えと……そうなんですけど……」
形南は上品に口元に手を当て微笑み、兜悟朗は柔らかく笑って会釈をしてくる。
彼は運転中の為こちらに顔を向けはしなかったが、バックミラーから笑みを浮かべている事が分かった。
褒めたつもりではないのだが、彼女に問いかける為この様な言い方になってしまった。
だが口にした事は事実のため否定もできない。何だかこそばゆい思いが生まれてくる。きっと今この中で一番顔が赤いのは自分だろう。
そう思いながら頬を掻いていると「ご質問の答えですが」と形南の声が再び返ってきた。
「兜悟朗は確かに有能な執事ですわ。けれど、彼には出来ない事もありますの」
「面目ありません」
「出来ない事……?」
形南の言葉に申し訳なさそうに言葉を返す兜悟朗を横目に嶺歌は再び問い掛ける。万能な彼に出来ない事とは一体何だろうか。
すると形南は満面の笑みをこちらに向けるとこんな言葉を繰り出してきた。
「ええ、魔法少女のお力でしか出来ない事ですの!」
そしてそのまま彼女は心底嬉しそうな様子で言葉を続けた。
「貴女様にしていただきたい事は彼の目の前で多くの物を動かしていただきたいのです! そう、魔法の力で!」
「…………え?」
予想外の言葉に嶺歌は呆気に取られる。多くの物を動かす? 告白に物を動かす必要性を感じなかった嶺歌は頭に疑問符を浮かべながら興奮気味に話す彼女の言葉を耳に入れ続けた。
形南はそのまま口を開き続ける。
「私の考えたシナリオはこうですの。まず嶺歌さんが彼を人気のないところへ呼び出して下さいな。そこで私はお待ちしておりますの」
疑問点は未だに解消されていなかったが、どうやら彼女には明確な接触作戦があるようだ。嶺歌は口を挟むことはせずそのまま形南の作戦が言い終わるまで待つ事にした。
「私と彼がご対面したところで嶺歌さんの出番ですわ。貴女様にはそこで周りのありとあらゆる物を宙に浮かせてマジックのように魅せてほしいのです!」
「……マジックのように?」
「ええ! 彼の周りを奇想天外な異空間にご招待して、それから自己紹介をしたいのですわ! そうすれば必ず印象に残る出逢いになりますの!」
形南は爛々とした瞳をこれでもかと言う程に輝かせ、一気に話し終えると言葉を話しすぎたせいか直後に息切れをしていた。はあはあと呼吸を整えながらも彼女は楽しそうである。
しかしこれで納得がいった。彼女の作戦も、何故彼女が魔法少女の力を求めているのかも理解した。それにしても面白い発想である。
「分かりました。じゃあ運命の方とはその様にして出逢いを果たし、それから親密になっていく作戦という事ですね」
そう確認すると形南は嬉しそうに「その通りですわ!」と大きく頷いた。しかしここでまた一つの疑問が生じた。
「あの、その運命の方……の事はどこで知ったんですか?」
一方的に彼を知っているというのはない事はないだろうが、有名な財閥のお嬢様であれば話は別だろう。彼がというならともかく、彼女が一方的にというのは不思議な話だった。
すると形南は先ほどよりも柔らかく笑みをこぼしながら答えてくれた。
「お恥ずかしながら一目惚れなんですの。偶然彼の姿を見た時、私の身体全てが彼だと信号を放ったのですわ」
「一目惚れ……素敵ですね」
友人の一目惚れ話は何度か耳にした事があった。珍しい現象でもないのだろう。
しかし財閥のお嬢様でもこのように一目惚れを経験する事があるのかとそう考えていると形南は再び彼の写真を取り出してくる。
「彼の事は既に知っていますの。平尾正様。秋田湖高等学校の高校二年生。弱々しいお顔が、また素敵なのですわ」
名前を知っていたのかと少し驚く。しかし財閥の娘であればそれくらいの調べは容易い事なのだろう。彼の写真を持っているのもそうでないと説明がつかない。
そう考えながら嶺歌は平尾の写真を大事そうにそっと胸元に当てる彼女に言葉をかけた。
「実行日はいつにしますか?」
形南の様子を見るにきっと今すぐにでも彼と知り合いたい事だろう。
嶺歌は「あたしはいつでも大丈夫です!」と意気込んでみせる。彼の前で物を動かして見せるくらいはどうって事はない。
魔法少女の存在がバレることだけは避けねばならないが、彼にはただ超常現象が起きた事だけを見せればいいのだ。自分は隅で隠れて演出に集中していればいい。
そう思いながら彼女にガッツポーズをしてみると形南は再び嬉しそうに瞳を輝かせ、満面の笑みでお礼を告げてきた。
「感謝してもしきれませんの! 実行日は明日にでもお願いしたいですわ!」
再度興奮気味になった形南はそう言うと「兜悟朗! 明日は勝負時ですのよ!」と運転席に向かって大きく声を張り上げる。
しかしこうして声のボリュームを大きくしていても尚、上品さが失われないと言うのは感服である。流石は財閥のお嬢様だ。
嶺歌はそんな事を考えながら彼女の嬉しそうな横顔を無意識に微笑んで見ていた。
第三話『運命の』終
next→第四話
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