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第二十話①『第二の復讐』
しおりを挟む謝礼のパーティーはとてつもなく楽しかった。
言葉通り、一生忘れる事のない素敵な思い出となるだろう。
嶺歌はあの後トイレに駆け込むと大きく深呼吸を繰り返し、自身に対して冷静にと唱え続けていた。
そうしてようやく落ち着きを取り戻したところで会場に戻ると、いつも通りに振る舞うことができていた。
あんなに恥ずかしい台詞を本人の前で言ってしまった兜悟朗にも普段通りに言葉を発することができており、嶺歌は本調子に戻っていた。まあ多少、顔が熱くなる事は何度かあったのだが。
実のところ兜悟朗のお世辞のない褒め言葉が繰り出される度に嶺歌の顔が赤くなっていたのは事実である。だがそれでもそれを引きずるような事はその日はもうなかった。
そしてその一週間後、形南と約束した野薔薇内蘭乃への復讐が行われた。
しかし嶺歌が予想していた通り、彼女はこちらが何かを仕掛ける前から憔悴していた。
それは言わずもがな竜脳寺が野薔薇内を手離したからだ。
野薔薇内蘭乃は依存度が高く、人の物を欲しがる常に欲を求めた女だということが嶺歌の数日間に亘る調査で判明している。
高円寺院家と比べると劣るものの、立派な財閥の一人娘である彼女は幼い頃からなんでも思い通りにことを進めてきていたようだ。
そうして竜脳寺の事も、婚約者である形南の存在を知りながら自分のものにしたいという欲から行動に出ていた。
つまり確信犯なのだ。彼女にも形南に反省させ、それ相応の罪を償ってもらう。そういう気持ちで嶺歌は復讐に臨んでいた。
だが竜脳寺は野薔薇内を振ったらしい。
彼は形南との一件から言葉だけでなく行動からも反省の色を見せ、自身のしてきた罪と向き合っている様子だった。
形南の自宅が近い事からよく通りがかっていた道も、形南に二度と会わないという誓約を守るために迂回して行動しているのを先日この目で確認している。
兜悟朗と交代制で毎日確認していたが、彼の行動は口先だけではないようだ。
親も巻き込んだ誓約書があるからと言うのが大きいだろうが、彼も自分なりに反省しているのだろうと嶺歌はそう感じていた。
そんな竜脳寺が野薔薇内を拒絶するようになり、野薔薇内は発狂する日々を送っているようだった。
彼女の自宅では毎日のように発狂する叫び声が聞こえ、メイド達も気苦労が絶えないという話まである。
親に甘やかされている野薔薇内は、発狂する自分を宥めようと必死に一人娘の機嫌を取ろうとする両親にも無下な態度を取り、今の野薔薇内家は相当酷い状態となっていた。
その元凶である当人の野薔薇内は竜脳寺に何度も連絡を試み、会いにも行っていたようだが彼には門前払いをされ彼女は一向に満たされていない様子だった。
自業自得としか言いようがないのだが、これくらいで悲鳴を上げられても困る。
嶺歌は今の野薔薇内の精神状態に更に追い討ちをかけるような作戦を考え、実行する事にしていた。
「こんにちは野薔薇内蘭乃。竜脳寺からメッセージがあるけど聞きたい?」
嶺歌は魔法少女に変身し、再び姿を人間に見える状態にしたところで彼女の住む屋敷に侵入していた。
セキュリティの高い豪邸でも、嶺歌が入る際は透明になればいとも容易く彼女に接触ができる。
ゆえに今、嶺歌がこの屋敷に侵入した事を知る屋敷内の者は目の前の野薔薇内だけである。
前回の二の舞を踏まぬように今回は最短で終わらせるつもりで行動をしていた。
そうして野薔薇内の自室に侵入した嶺歌は会って早々彼女にそんな言葉を発した。
通常であれば何故侵入しているのかと驚くであろうこの状況も、野薔薇内は相当精神が参ってるようで、竜脳寺という名前だけに反応を示していた。
「がっ、外理様からっ!!? ど、どんな!? 早く聞かせなさいよ!!!」
一度しか会った事のない嶺歌に掴みかかるように近付いてくる彼女の姿は本当に滑稽であった。
人の婚約者を奪い取ったくせに自分のことは棚に上げ、いざ自分が捨てられればただただ錯乱する。なんて我儘で自己中で、愚かな人間なのだろう。
「待ちなって。今再生するから静かにして」
嶺歌は彼女にスマホを見せると、お望み通り竜脳寺の音声メッセージを再生する。
正確に言うと野薔薇内に向けたメッセージではないのだが、そんな事を知る由もない野薔薇内は興奮した様子で嶺歌のスマホに顔を近付けさせた。
『じゃあ野薔薇内蘭乃はあんたに釣り合ってると思って乗り換えたわけ?』
『あいつは利用価値が高いから使ってやってるだけだ。俺様に相応しいのは、あんな女どもじゃねえ』
「…………え?」
竜脳寺に復讐をした日、入手していた音声データだ。
これは魔法ではなく予めスマホで録音をしており、彼が何か有益な情報を吐いた時のために仕掛けておいた。それを切り取ったものだ。
「これ…………外理様が…いったの……?」
野薔薇内は絶望した表情のまま床を見つめる。
「間違いなく外理様のこえ…だけど…………うそでしょ……」
「本人だよ。あたしが質問の主。現実見な」
嶺歌は床にへたり込んだ野薔薇内を見下ろしながら、スマホで合図を送る。他でもない兜悟朗にだ。そうしてもう一度野薔薇内に言葉を告げた。
「竜脳寺は高円寺院形南に謝罪した。そしてあんたを捨てた。あんたもこれは知ってるでしょ?」
そう言って彼女にスマホで映した竜脳寺の土下座写真を見せてやる。
これは嶺歌が撮影したものではないが、多くの生徒があの中庭グラウンドにいたため、たくさんの写真がネット上に流出していたのだ。
今では反省した竜脳寺の写真の流出を止めるよう魔法の力で対策をしているが、嶺歌は今回の報復の為にその一部を保存しておいてあった。
野薔薇内はその写真を目にして歪んだ表情を見せる。
「やめて!!! 知らない知らない!!!」
「ていうか、あの女のせいじゃんっ!!! あいつが外理様を痛め付けたから!!!!!」
一人で頭を抱え込み発狂する野薔薇内は急に顔を上げ、嶺歌を睨みつけた。
「あんたなんなのっっ!!? 外理様を返せっ!!!!!」
「わたしのものなのっ!! あんな可愛くもない高円寺院なんかじゃなくて、わたしがふさわしいのっっ!!! なんで盗るのよっ!!? わたしがぜったい……彼に愛されてるのに!!!!!!!!」
どうやら野薔薇内はおめでたいその頭で大きな勘違いをしているようだ。しかしそれに嶺歌は口を挟まない。ここで自分の役目は終わりだからだ。
「聞き捨てなりませんので、訂正をさせて頂きたいですの」
「!!!? あんた……!!!」
途端に形南が部屋に入ってくる。彼女は後ろに兜悟朗を連れながら堂々と野薔薇内の目の前に立ってみせた。
後光が差しそうなその雰囲気は、野薔薇内も無意識に感じ取っているのか一瞬唾を飲み込む音が聞こえていた。
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