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第三十八話②『それしか言えず』
しおりを挟むそうして彼は悲痛な面持ちで言葉を続ける。
「僕は軽視しておりました。一時的であれど高円寺院家に仕える者があれ程愚かな者とは思わず、あのような事態を予想もしておりませんでした。本当に、何とお詫びしたらいいのか分かりません」
嶺歌は兜悟朗のその謝罪を目にして彼に知られてしまったという事実を再認識し、悲しい思いが生まれていた。兜悟朗と形南には知られたくなかったからだ。
きっと兜悟朗にとって子春の存在は可愛い後輩であったに違いない。だというのにそのような者が今回の一件を犯し、挙げ句の果てに敬愛する主人の友人である嶺歌に危害を加えた。
それを知った兜悟朗の心中を思うと嶺歌にはなんと答えたらいいのか分からなかった。
ただ頭を下げ続ける兜悟朗に顔をあげて下さいと強く思いながら、嶺歌は口を開こうとする。だがそこで兜悟朗は再び言の葉を紡ぎ出す。
「……嶺歌さんはお一人で彼女を無力化されたのですね」
兜悟朗はそう言うと深く下げていた頭をようやくそっと上げて、嶺歌を見据える。
「本当に貴女は、お強くて逞しいお方です」
それは彼に何度言われたか分からない褒め言葉だ。だがそれが、どことなくいつもとは雰囲気が異なっており、単に彼が褒めたいだけで発している言葉とは違っていた。
「村国に何と言われようと、たったお一人で彼女を鎮圧したそのお力には本当に感服しております」
兜悟朗が口にする言葉に嘘偽りなどはないのだろう。それを分かっているからこそ、彼の言葉の温度がいつもより遥かに低い事を感じ取る。
そしてそんな嶺歌を前にして兜悟朗は再び言葉を口にしてきた。
「けれど、もし村国が僕に懺悔をしに来なければ、僕はその事に気付く事なく日々を送っていたでしょう」
「嶺歌さん」
兜悟朗はこちらの名を呼ぶと見た事のない顔を嶺歌に向け、口元は珍しくもつぐまれていた。
何かを言いたくて言えないような、そんな様子を見せていた。そのような彼の姿を目にするのは初めてであり、次に放たれる言葉で嶺歌はようやく彼の心中を理解する。
「貴女はそれでも話さず事を終えようとなさったのですか」
彼はまるでこちらを責めるようにそう告げるが、嶺歌を責めたい思いから兜悟朗がこのような言葉を口にしている訳ではない事も理解していた。
兜悟朗はただ無力であった自分を嘆き、悲しんでいるのだ。
それは嶺歌を兜悟朗が心から案じてくれているという事を意味していた。それに気付き、嶺歌は彼に視線を合わせる。
兜悟朗の視線は、やり切れない思いを込み上げたような嘆きを訴えかけており、そんな彼の姿と共に放たれる言葉に思わず嶺歌は目を見開いた。
「貴女はもっと……ご自分を大切にして下さい」
嶺歌は日頃、自分を疎かにしているつもりはない。ただ今回においては形南と兜悟朗には言わない方がいいだろうと自己判断していたのも事実だ。
それに魔法少女の力がある嶺歌にとって彼女の無力化はそう難しいものでもなかった。
だから兜悟朗がそのような思いをする必要は全くない。彼には以前も助けてもらっている上にその気持ち自体が嬉しいのだ。
嶺歌は自分の身は自分で守れるとそう理解している。ゆえに今回二人に黙っていた事も間違った判断とは思えなかった。
「兜悟朗さん、あたしは大丈夫ですよ。魔法少女ですから。ちょっとやそっとの事じゃあたしに敵う人間なんていないんです」
嶺歌はそう言って自身の胸にコツンと自分の拳を置いてみせる。
だからそのような顔をしないでくれと、そう願いながら彼に明るい調子で告げてみた。
「兜悟朗さんも言ってくれましたよね? あたしは強いって。その通りですし自分の限界値は以前の件であたしも学習しました。もうあんな事にならないように調整もしてます。だから本当に心配はいらないんですよ」
兜悟朗の安心できそうな言葉を考えて次々と放ってみるが彼の表情はいまだに変化が見られない。こんな彼を見るのは本当に初めてだ。
嶺歌は困惑しながらどう彼に納得してもらおうかと悩み始めていると、兜悟朗は無言で嶺歌の両肩を掴んできた。
突然の出来事に嶺歌は目を見開き、顔の熱を一気に感じ始める。
(えっ…………!!?)
「……今後は」
「どうか僕にもご相談下さい。貴女様がお強い事は存じております。ですが貴女が魔法少女で何でも出来てしまうお方だと知っていても……心配でならないのです、胸が張り裂けそうな思いなのです」
(うそ…………)
嶺歌は兜悟朗の放つ言葉全てに驚きを隠せず、そして同時に顔の熱はどんどん上がっていく。
真っ赤に染まり上がっているであろう嶺歌の顔は、しかし兜悟朗の真剣なその視線から目を逸らす事を妨げていた。
「嶺歌さん」
そうして兜悟朗は再びこちらの名を呼ぶ。
「貴女をお守り出来るのならこの兜悟朗、どこへでも駆けつけ致します。どのような場所にいようともです」
「ですがもう二度と、お一人でご判断なさらないで下さい。強い弱いは関係ないのです、僕が怖いのです」
兜悟朗の口調は砕けたり畏まったりと彼らしくもない言葉が混ざり込んで放たれていく。それは兜悟朗がいかに今、冷静でいられなくなっているのかを示していた。
嶺歌はそんな兜悟朗の発言に脈が急速に速まるのを感じながら彼の次の一言で、声を出す事ができなくなっていた。
「貴女様を失うのが……怖いのです」
ドクンと心臓が一気に跳ね上がる。嶺歌の両肩に置かれた熱い彼の体温は、肩以外にも伝わっているのかと思う程に身体中の全てが熱く、そのまま彼の瞳を見返した。
すると兜悟朗は最後にもう一度言葉を漏らした。
「約束して下さいますか……?」
「…………はい」
もうそれしか、言葉が出なかった。
第三十八話『それしか言えず』終
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