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第三十九話①『相談と恋バナ』
しおりを挟む兜悟朗に突如連れられた予測不可能だったドキドキのお出かけは、濃厚なものであったとしかいい表す事ができない。
嶺歌は翌日になってもあの出来事を忘れられず、頻繁に頭に浮かべてはボケーッとその日を過ごしていた。
『年甲斐もなく取り乱してしまい大変申し訳ありません。お見苦しい姿をお見せしてしまいました』
あの後兜悟朗は嶺歌の肩からそっと手を離すと、一歩距離を置いて深く頭を下げながらこちらに謝罪をしてきた。
嶺歌は大丈夫だと焦って言葉を掛けていたが、兜悟朗は独りよがりで自分勝手な事を口にしてしまったと、そう述べて頭を上げなかった。
『僕のこの言葉が貴女様のご負担になっていらしたら、重ね重ねお詫び申し上げます』
しかし嶺歌にとって彼の行動全てが負担に感じる筈などない。それを言葉を選びながらしっかり伝えると、兜悟朗は柔らかい笑顔を見せて、ありがとう御座いますと感謝の言葉を伝えてくれていた。
それ以降は、彼の様子もいつもの完璧で堅実な執事の兜悟朗へと戻り、他愛もない話を繰り返してからゆっくりと嶺歌の家まで送迎されていた。
終始胸のドキドキが治らなかった嶺歌であったが、彼との時間はかけがえない程の喜びを生み出してくれていた。
(兜悟朗さんがあんな風に取り乱すなんて……思わなかった)
彼に心配を掛けてしまった事は心から申し訳なく思う。だがそれ以上に兜悟朗のあの剥き出しになった本音の感情は、嶺歌の心に深く入り込んでいた。
あの言葉を一つ一つ思い出す度に嶺歌の気持ちの高鳴りは尚も継続している。
(あれなには言わないようにって話になったから、この一件をあの子には話せないな……)
そしてふと形南の事を考えた。
兜悟朗とはあの後形南への心の負担を避けるため、子春の一件は伏せるようにと互いに話し合って決めていた。兜悟朗も主人に心配を掛けたくない気持ちは大きかったようで、初めは嶺歌の提案に複雑な表情を見せながらも了承してくれていた。
つまり形南には子春との一件は秘密なのである。
しかし事が事なので、高円寺院家の領主である形南の両親には兜悟朗の方から報告をするとも聞いていた。
形南には内密でお願いしたいと交渉もしてくれるようだ。それなら安心だと嶺歌も兜悟朗の意見を聞いて安堵していた。
形南とはレインでのやり取りこそしているものの八月に入ってから一度もまだ会えてはいない。
そろそろ会って互いの近況を報告したいところであるのだが、形南の予定は空いているのだろうか。
そんな事を考えながらも今日の予定が何もなかった嶺歌は、昨日の一件で上手く頭が働かず自室のベッドでぼんやりと部屋を見ていた。
するとレインの通知音が突如鳴り出す。
嶺歌がスマホに目を向けると、それはとても珍しい相手からの連絡だった。
「平尾君だ、何の用だろ」
平尾とはダブルデートをした時にグループレインを作成していたためそこから知り合いになっていた。とは言っても嶺歌はまだ彼を友達に追加していなかった。
彼からきたレインを見てそのまま友達追加をすると、早速平尾のメッセージに目を向けてみる。
『和泉さんに相談したい事があって、今日電話で話せる時間ないかな?』
「相談……あれなの事しかないよね?」
平尾のメッセージに独り言を口に出す。
嶺歌はそう呟いてから『今でもいいけど』と返事を送ると、平尾からすぐに電話がかかってきた。
その迅速さに思うところがありながらも嶺歌が応答してみると、開口一番に『い、和泉さん……どうしよう』といつになく弱気な声の彼が電話口の向こう側にいた。
「何? あれなとなんかあったの?」
『い、いやさ……実は明日あれちゃんと久しぶりに会うんだ……夏休み入ってからは二回目なんだけど』
「おっまじ? それで?」
嶺歌は二人の関係が順調に進んでいる事に安心して続きの言葉を催促する。
すると平尾は焦った様子で悩んでいる内容を話し出した。
『ふ、服が決まらなくて……』
「は?」
拍子抜けして途端に声を上げる。平尾は『ほんとに決まらないんだ』と困ったような声を出して嶺歌に訴えかけている。
どんな相談かと思えば全く大したことのない悩みで嶺歌は呆れかけていた。しかしそこで、自分が兜悟朗と出掛ける時の事を想像すると何だかそうとも言い切れない気がしてきていた。
(好きな人とって考えるとこいつの言ってる事分かるかも……)
平尾はきっと大好きな形南との外出だからこそこうして頭を悩ませているのだろう。そう思うと何だか協力したくなると言うものだ。
嶺歌はテレビ通話にしようと提案すると、平尾は戸惑った声を発しながらも数秒後にテレビ通話に切り替えてくる。彼は冴えないTシャツを着て、自室であろう部屋に多くの衣類を広げている際中であった。
「ちなみに明日どこ行くの?」
早速嶺歌が彼にそう尋ねると平尾は頬を掻きながら『え、映画館』と口にする。
「候補の服は?」
立て続けにそう質問をすると彼は忙しなく『こっこれとこれがいいかなって悩んでるんだけどさ』と言ってテレビ画面に映るように候補のトップスとズボンを見せてきた。
「まじ? そんなダサい服着てくつもり?」
嶺歌はど直球にそう告げると、平尾は心底ショックを受けた様子で『そ、そんなに?』と愕然とした様子を見せる。嶺歌は過去の平尾の服装を思い出すが、ここまで酷いセンスをしていただろうか。
平尾が手にするティシャツはどこで購入したのか、漢字がデカデカと印字された謎のデザインをしておりまるで文化祭にでも行くかのようだ。これをデート服に着ていくのは流石にない。それにズボンもよく見ると穴が空いている。
この比較的荒い画面上で見えてしまうのだから実物はもっと酷いに違いない。
嶺歌はあまりの酷さにため息を吐きながら声を出した。
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