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猫と河童と鬼退治(二)
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二
三毛入野命は続いて川二郎、川三郎、川四郎と河童兄弟を立て続けに破った。
そして最後の川五郎との取り組みになったとき、川五郎はにやりと笑った。
「あんた、兄貴たちをうまく騙したな。でもおいらは騙されねえぞ」
蹲踞に入っても、川五郎は頭を下げなかった。頭の皿の水は溜まったままだ。
三毛入野命は困った。河童はとても相撲が強い。このままでは負けてしまう。
だが三毛入野命はあることに閃いて、構えに入った。
――はっけよーい!
がちんと鈍い音がした。三毛入野命が頭を下げて突進し、頭と頭が激しくぶつかったのだ。
相撲用語でいう「ぶちかまし」である。
しかし三毛入野命も目から火花が出て、真っ暗になった。
「ああ、姫を助けられない…」
三毛入野命は、遠のく意識の中で或る女のことを思いながら気絶した。
前述したように三毛入野命は、熊野灘で嵐に遭ったが奇跡的に命拾いしている。
その時真っ先に浮かんだのは、この先どうすればよいかである。
磐余彦を追いかけてヤマトに行くのか? それとも故郷日向に帰るか?
さんざん迷った挙句、三毛入野命は日向に帰る道を選んだ。
今さらヤマトに行っても、磐余彦の足手纏いになると思ったからである。
それよりも日向に帰って静かに暮らすほうがいい、と考えた。
もともと三毛入野命は温厚な人柄で、戦いには向いていない。
村では薬師兼医師としてこれまで多くの村人を救ってきた。加えて養蚕の知識も兼ね備えているので、村人たちも三毛入野命の帰郷を歓迎してくれる筈である。
三毛入野命は、約半年かけて日向の北、五ヶ瀬川の河口まで辿り着いた。
すると、上流から一本の赤い帯が流れてきた。鮮やかな絹の女物の帯である。
――こんな立派な帯をしているのはどんな女性だろう?
興味を持った三毛入野命は、五ヶ瀬川を上流へ上ってみることにした。
いくつかの深い森を抜け、険しい谷を越えていくと小さな池があった。
そこで三毛入野命は若い女性が泣いているのを見た。
ミケがにゃあと鳴くと女が気づき、三毛入野命と目が合った。
その顔を一目見て、三毛入野命は雷に打たれたようになった。
――なんと美しい!
漆黒の髪に抜けるように白い肌。涼やかな目にかたちのよい唇のたぐい稀な美女である。
だが瞳の中に微かに蔭がある。はかなげな風情である。
三毛入野命は一瞬にして恋に落ちた。
「あの…この帯はあなたが流したものか?」
三毛入野命が話しかけると、女は恥じらうように頬をぬぐった。
「夫が私にくれたものです。でも私は欲しかったわけではありません」
女の名は鵜目姫。
聞けば鬼八という悪党にさらわれて、無理やり嫁にされてしまったのだという。
帯も元はといえば鬼八が、筑紫の豪族の屋敷から盗んできたものだった。
そんなものを貰っても嬉しいはずがない。
鬼八は鬼と人の間に生まれた半妖で、高千穂を根城にして悪さを働き、民を苦しめているという。
日向の国は太平洋に面した東側を除けば山岳地帯で、ことに北日向は祖母山を筆頭に険しい山が聳えている。
その一帯で、好き放題乱暴狼藉を働いているのが鬼八率いる一党である。
鬼八は力が強い上に逃げ足が早い。だから追いかけられるとさっさと阿蘇のほうへ逃げてしまう。
「私がここにいることで、村の人が救われるのならと、諦めています」
憂いを含んだ目で寂しげに語る姿を見て、三毛入野命は何としても助けてやりたいと思った。
(つづく)
三毛入野命は続いて川二郎、川三郎、川四郎と河童兄弟を立て続けに破った。
そして最後の川五郎との取り組みになったとき、川五郎はにやりと笑った。
「あんた、兄貴たちをうまく騙したな。でもおいらは騙されねえぞ」
蹲踞に入っても、川五郎は頭を下げなかった。頭の皿の水は溜まったままだ。
三毛入野命は困った。河童はとても相撲が強い。このままでは負けてしまう。
だが三毛入野命はあることに閃いて、構えに入った。
――はっけよーい!
がちんと鈍い音がした。三毛入野命が頭を下げて突進し、頭と頭が激しくぶつかったのだ。
相撲用語でいう「ぶちかまし」である。
しかし三毛入野命も目から火花が出て、真っ暗になった。
「ああ、姫を助けられない…」
三毛入野命は、遠のく意識の中で或る女のことを思いながら気絶した。
前述したように三毛入野命は、熊野灘で嵐に遭ったが奇跡的に命拾いしている。
その時真っ先に浮かんだのは、この先どうすればよいかである。
磐余彦を追いかけてヤマトに行くのか? それとも故郷日向に帰るか?
さんざん迷った挙句、三毛入野命は日向に帰る道を選んだ。
今さらヤマトに行っても、磐余彦の足手纏いになると思ったからである。
それよりも日向に帰って静かに暮らすほうがいい、と考えた。
もともと三毛入野命は温厚な人柄で、戦いには向いていない。
村では薬師兼医師としてこれまで多くの村人を救ってきた。加えて養蚕の知識も兼ね備えているので、村人たちも三毛入野命の帰郷を歓迎してくれる筈である。
三毛入野命は、約半年かけて日向の北、五ヶ瀬川の河口まで辿り着いた。
すると、上流から一本の赤い帯が流れてきた。鮮やかな絹の女物の帯である。
――こんな立派な帯をしているのはどんな女性だろう?
興味を持った三毛入野命は、五ヶ瀬川を上流へ上ってみることにした。
いくつかの深い森を抜け、険しい谷を越えていくと小さな池があった。
そこで三毛入野命は若い女性が泣いているのを見た。
ミケがにゃあと鳴くと女が気づき、三毛入野命と目が合った。
その顔を一目見て、三毛入野命は雷に打たれたようになった。
――なんと美しい!
漆黒の髪に抜けるように白い肌。涼やかな目にかたちのよい唇のたぐい稀な美女である。
だが瞳の中に微かに蔭がある。はかなげな風情である。
三毛入野命は一瞬にして恋に落ちた。
「あの…この帯はあなたが流したものか?」
三毛入野命が話しかけると、女は恥じらうように頬をぬぐった。
「夫が私にくれたものです。でも私は欲しかったわけではありません」
女の名は鵜目姫。
聞けば鬼八という悪党にさらわれて、無理やり嫁にされてしまったのだという。
帯も元はといえば鬼八が、筑紫の豪族の屋敷から盗んできたものだった。
そんなものを貰っても嬉しいはずがない。
鬼八は鬼と人の間に生まれた半妖で、高千穂を根城にして悪さを働き、民を苦しめているという。
日向の国は太平洋に面した東側を除けば山岳地帯で、ことに北日向は祖母山を筆頭に険しい山が聳えている。
その一帯で、好き放題乱暴狼藉を働いているのが鬼八率いる一党である。
鬼八は力が強い上に逃げ足が早い。だから追いかけられるとさっさと阿蘇のほうへ逃げてしまう。
「私がここにいることで、村の人が救われるのならと、諦めています」
憂いを含んだ目で寂しげに語る姿を見て、三毛入野命は何としても助けてやりたいと思った。
(つづく)
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