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23時のクリスマスケーキ
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兎耳サンタクロースとピンクフリルのリボンが描かれた可愛らしい箱を持って右往左往していると、声が掛かった。
「待って待ってー。バイト君、ごめーん! 保育園から緊急電話入っちゃったんだ。外での接客任せていいかなぁ…」
拝みポーズをキメる先輩パートさんが、あまりにも申し訳無さそうに謝るのでつい笑ってしまった。
「はーい承知っ」
「寒いのにごめんねぇ」
「平気へーき。丈夫が取り柄? そんなんですから」
ジャンパーを羽織ると、ポケットに大きめのホッカイロをギュッと突っ込まれた。
「あはっ。ポッケから丸見え! 逆にすんませんっ」
「あたしの愛の大きさだよ~。じゃあ行って来る」
「あざーす。お子さんお大事に」
ヒラヒラ手を振って離れる先輩パートさんを見送り、似合わないサンタ帽子を被り直した。
外に出ると、吐く息は途端に色を濃くする。
夜遅くには雪がチラつくかもしれないと、天気予報はホワイトクリスマスを匂わせていた。最低気温の数値は世間を最高な気分にしてくれている。
「うわ! さっみー!」
いつもは通り過ぎるだけで立ち止まることはない駅前のケーキショップ。そこで期間限定のアルバイトをしていた。
金欠で困っていたわけではない。
クリスマスに『特別』なんてものを必要としていなかっただけ。履歴書を持って行ったのは、ごろ寝してても居心地が悪いなーってくらいの、大した事ない理由だった。
「はーい。こちらのケーキでお間違いないですね? ロウソクと後付けのサンタクロースは箱の横にありまーす。ありがとうございました! 素敵なクリスマスを~」
店頭の特設カウンターで、予約済みのお客様に決められた手順を踏んでクリスマスケーキを渡す。それは流れ作業のようなバイトだったけれど、
「お兄ちゃん、ありがとう~。パパぁ、早く食べたいねー!」
ケーキを受け取った人達の『特別』にちょっとだけ寄り添えた気がして、一人一人に言った「ありがとうございました」の定型文は本心からの言葉だった。
* * *
ポケットに突っ込まれたホッカイロに冷める気配はなかった。
だからかな? だからだろうな。
「奏多(かなた)君、もう上がっていいよー。ずっと外の接客でごめんな。クリスマス当日もよろしく」
「…あー。店長、ちょっといいっすか?」
「ん?」
お客様が『特別』になるようにと準備されたケーキ。それは、街の賑やかな喧騒に合わせて順調に減っていった。
でも、同時に気になってしまった。
当日にドタキャンされた売れ残りのケーキと…
特設カウンターから五メートル先にいた、独りぼっちのあの女性(ひと)。
17時に
駅前のイルミネーションが点灯して
18時になると
たぶん待ち合わせ
20時過ぎて
スマホをバッグにしまい
21時…
ストールを寒さに合わせて巻き直すと
23時ちょうどに
イルミネーションは消灯した
* * *
22時バイトが終わると、兎耳サンタクロースとピンクフリルのリボンが描かれた可愛らしい箱を持って店を出た。
『特別』に置いてけぼりされてしまったような彼女に話し掛けたのは、ポケットの中にまだ温かさが残っていた23時。
「バイト終わりに買ったケーキなんですけど、よかったら食べます?」
立ち尽くして動けないそのひとに、泣かないで欲しいと一息に話し掛けたXmas…
俯いていた顔が上がるのを見て、ドキッとした。
「そのー、泣いてた…から」
自分が必要としたクリスマスの『特別』は、イルミネーションより綺麗だなと思った"彼女の涙"に用意されていたみたいだ。
綿毛みたいな雪が降り始めた。
寒さで鼻がツンとする。
横を向いてズズッと鼻水を啜った。
フワッとカシミアの肌触りとフローラルの香りが肩に降って来て驚く。彼女のストールだった。
「きみ、優しい人だね…。ありがとう」
手渡した、ケーキの箱。そこに描かれている兎耳のサンタクロースも、ピンクフリルのリボンを赤い鼻のトナカイに結んであげていた。(終)
「待って待ってー。バイト君、ごめーん! 保育園から緊急電話入っちゃったんだ。外での接客任せていいかなぁ…」
拝みポーズをキメる先輩パートさんが、あまりにも申し訳無さそうに謝るのでつい笑ってしまった。
「はーい承知っ」
「寒いのにごめんねぇ」
「平気へーき。丈夫が取り柄? そんなんですから」
ジャンパーを羽織ると、ポケットに大きめのホッカイロをギュッと突っ込まれた。
「あはっ。ポッケから丸見え! 逆にすんませんっ」
「あたしの愛の大きさだよ~。じゃあ行って来る」
「あざーす。お子さんお大事に」
ヒラヒラ手を振って離れる先輩パートさんを見送り、似合わないサンタ帽子を被り直した。
外に出ると、吐く息は途端に色を濃くする。
夜遅くには雪がチラつくかもしれないと、天気予報はホワイトクリスマスを匂わせていた。最低気温の数値は世間を最高な気分にしてくれている。
「うわ! さっみー!」
いつもは通り過ぎるだけで立ち止まることはない駅前のケーキショップ。そこで期間限定のアルバイトをしていた。
金欠で困っていたわけではない。
クリスマスに『特別』なんてものを必要としていなかっただけ。履歴書を持って行ったのは、ごろ寝してても居心地が悪いなーってくらいの、大した事ない理由だった。
「はーい。こちらのケーキでお間違いないですね? ロウソクと後付けのサンタクロースは箱の横にありまーす。ありがとうございました! 素敵なクリスマスを~」
店頭の特設カウンターで、予約済みのお客様に決められた手順を踏んでクリスマスケーキを渡す。それは流れ作業のようなバイトだったけれど、
「お兄ちゃん、ありがとう~。パパぁ、早く食べたいねー!」
ケーキを受け取った人達の『特別』にちょっとだけ寄り添えた気がして、一人一人に言った「ありがとうございました」の定型文は本心からの言葉だった。
* * *
ポケットに突っ込まれたホッカイロに冷める気配はなかった。
だからかな? だからだろうな。
「奏多(かなた)君、もう上がっていいよー。ずっと外の接客でごめんな。クリスマス当日もよろしく」
「…あー。店長、ちょっといいっすか?」
「ん?」
お客様が『特別』になるようにと準備されたケーキ。それは、街の賑やかな喧騒に合わせて順調に減っていった。
でも、同時に気になってしまった。
当日にドタキャンされた売れ残りのケーキと…
特設カウンターから五メートル先にいた、独りぼっちのあの女性(ひと)。
17時に
駅前のイルミネーションが点灯して
18時になると
たぶん待ち合わせ
20時過ぎて
スマホをバッグにしまい
21時…
ストールを寒さに合わせて巻き直すと
23時ちょうどに
イルミネーションは消灯した
* * *
22時バイトが終わると、兎耳サンタクロースとピンクフリルのリボンが描かれた可愛らしい箱を持って店を出た。
『特別』に置いてけぼりされてしまったような彼女に話し掛けたのは、ポケットの中にまだ温かさが残っていた23時。
「バイト終わりに買ったケーキなんですけど、よかったら食べます?」
立ち尽くして動けないそのひとに、泣かないで欲しいと一息に話し掛けたXmas…
俯いていた顔が上がるのを見て、ドキッとした。
「そのー、泣いてた…から」
自分が必要としたクリスマスの『特別』は、イルミネーションより綺麗だなと思った"彼女の涙"に用意されていたみたいだ。
綿毛みたいな雪が降り始めた。
寒さで鼻がツンとする。
横を向いてズズッと鼻水を啜った。
フワッとカシミアの肌触りとフローラルの香りが肩に降って来て驚く。彼女のストールだった。
「きみ、優しい人だね…。ありがとう」
手渡した、ケーキの箱。そこに描かれている兎耳のサンタクロースも、ピンクフリルのリボンを赤い鼻のトナカイに結んであげていた。(終)
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