恋降る物語

まぽわぽん

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"メッセージ"は演算

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アルバイト先の珈琲店で、店長に「おいで」と呼ばれた。何事か、と思えば客に提供するドリンクのコースターにメッセージを書いて欲しいという。

“今日も笑顔の一日を”
“Happy DAY”

サラッと読める良い言葉を書くのだそうだ。
客との距離感を縮めたいというのが狙いだと言うけれど、結局は、店長の人となりが反映された店作りをしたいのだろう。

「わかりました。でも、あまり字は上手でも綺麗でもないですよ?」
「いやいや、いいんだ。それにね、きみの字は丸っこくて愛嬌があるのが良いんだよ」


* * *


客足はそんなに多くない。
チェーン店が並ぶ界隈での老店舗だ。
自然とメッセージを書く回数は少なく丁寧なものとなる。常連客と笑顔を交わす機会もぐんと増えた。

そんな折、若いのにチェーン店を好まず老店舗を好む青年が声をかけて来た。いつも仕事の合間に珈琲を嗜んでいる常連客だ。

「兄さん。悪いが17時ちょうどに来る女子高生にこのメッセージを書いてもらえるか?」

渡してもらった紙を見て笑う。

随分と長い、数学の数式だった。
答えの導きまで丁寧に書かれた後に、追加で『苦手ならブレンドじゃなくてカプチーノにしろ。チョコレートパウダーのトッピング』と締め括っていた。

「かしこまりました」

この青年の注文はいつも“ブレンドコーヒー”
砂糖もミルクも好まず、好きな豆のブレンドで香りと深みと苦味を愛しんでいる。


ふと思う。
この青年は難問に気付いているだろうか。

17時に全速力で走って来る女子高生は珈琲を苦手としている。勉強もそのようだ。けれど、彼の隣席を確保し、彼の顔を眺め、どれほどに満ち足りた顔をしていることか。


* * *


今日は16時50分に青年は会社へと戻って行った。会議があるのだそうだ。

17時ちょうどに女子高生が走って到着する。
青年の姿がない事に落胆したが、テーブルに置かれたカプチーノとコースターのメッセージを見て弾むように破顔した。

店の看板猫の“わたあめ”が「ニャーゴ」とひと欠伸したので、よしよしと撫でた。


-fin-
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