イクメン召喚士の手記

まぽわぽん

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41『チートにカモフラージュ』の書

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『チート』とは何だ?
調べてみると"イカサマ""不正行為"などの言葉を指すようだ。

『チートっぽい』と親しくなった"勇者候補"の沙羅シャラに言われて首を傾げたものだが、言葉の意味を知り、ますます首を傾げた。

イカサマや不正行為をスマートかつ自然に扱うことが出来る輩ならば、小水がパンツを通過して床に漏れ広がるような惨事は免れているのではないか?

私は思ったよりも鈍臭い…。

イカサマでも何でも、未来がうっかり『トイレ大成功!』する奇跡を見てみたいものだ。

「あるじ、オシッコ?」
「あぁそうだな。床がピカピカになりたいと話しているよ…」
「うん、ピカピカ!」

青ざめつつ床拭きの大掃除をしながら思った。
毎日、床の大掃除だ。

私が召喚した"転生者"で"勇者候補"の未来はトイレトレーニングに挑戦していた。
12カ月検診でのチェック項目に『オムツは取れましたか?』が含まれていたのだ。

人の子供よりも成長が著しい"転生者"は、育成する側も教え導くスピードや手際が求められている。

「…上手くいかないものだな」

溜息に冷や汗。
木蓮様が買い置きしてくれていた多種多様な『おまる』に『便座』、それて10種類以上の『トレーニングパンツ』を店頭のように並べては、試すこと数日間。
失敗続きの時間を過ごしていた。

人が決まった場所に排泄する、成人すれば何ともないことが乳幼児には驚天動地に匹敵する事態なのだ。

追い詰められ、焦っている自覚には眩暈。
育成に何度となく挫けそうになる。
だが、何度となく「あるじ、だいじょうぶ~?」成長を身近に感じる"転生者"の声や仕草に気持ちが綻ぶ。平気なのだと落ち着く。

「大丈夫だよ」

期日までは、あと8日。
12カ月健診の日時までにはトイレを克服しなくてはならない…。
ギュッと消毒した雑巾を絞ったとき、視界がふわっと揺れた。

「…!?」

立ちくらみ?
身体も少し熱いような。
軽い喉痛を意識すれば、咳…?
咳が止まらない。
手で口元を抑えつつ、床拭き掃除よりも一層、青ざめた。

「あれぇ?加護クン、風邪でダウン?」
弥勒ミロク様、今日はどうされ…ゴホッ」
「しぃ~!喋るの禁止だよぉ、見たところ熱も高そうだし。寝よっか♡」

ドアのノックもそこそこに、世界判定士の弥勒は部屋に入ると雑巾を強奪した。
流れるように私をベッドに誘導してドンッと押し倒す力は女子のそれではない。

「さてはアレだよね~?12カ月健診が間近でトイトレに焦ってる?おまけに疲労困憊だったのに無意識にそれを隠してたクチ?」
「…否めない」
「だよねー。あるある展開だもの♡一生懸命が疲れをカモフラージュしちゃうの~」

応じながら弥勒は腕捲りした。
裾の長いズボンもたくし上げて動きやすい短ズボンの長さに合わせる。

「ここはチートに本業に任せていいところ♡調査院所属・世界判定士のわたしが、残り日数で未来ちゃんのトイレを習得させてあげるよ~」

だから休んでね?
何かあったら手遅れかも…

弥勒は加護と部屋の周囲に気を配る。

加護クンの詳細を、つまり、資料に基づいた情報を付け狙う者が現れてる。
わたしも千手も休日返上で調査してるのだけど、それが何者なのか、その理由も当然にして判明していない。
直感は"最悪"を示してるのに。

弥勒の本心も、風邪っぴきを前にしてチートにカモフラージュ。

「いやしかし…」
「いやしかし、は聞かなーい!煩い保護者は嫌われるんだぞ♡はい、おやすみ♡」

勢いでベッドに転がされた私は何とも言えない気持ちを抱えて、徐々に高まりそうな熱にうなされた。

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