イクメン召喚士の手記

まぽわぽん

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45『業火に置き去り』の書

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自身の腰あたりまでの身長となった未来と手を繋ぎながら歩く。
ほんの少し、肩を下げて小さな手を握るのは温もりを感じて幸せだった。

一才を過ぎると"転生者"は身体の成長を急激に早め、前世の記憶を取り戻して行く。
育成する過程で、今後は手を差し伸べる距離感や愛情の置き所にも悩んだり困ったりすることだろう。

陽に当たると銀色は金色に輝く未来の髪を見ながら笑みが溢れた。

「12ヶ月健診も無事に終わったな」
「うん。おわったね」

未来は相変わらず"勇者候補"として身に付けて欲しい能力やスキルの数値は底辺を彷徨っているような健診結果だった。
しかし、『きようさ』『みのまもり』『感知力』等…目立つところ"防御"に特化した数値が非常に高く、"勇者候補"は継続、今後は"勇者"に向けて選抜試験への案内があるのだと説明された。
トイレや食事など生活に関する問題は全てクリアだ。手伝ってくれた世界判定士の弥勒ミロクには感謝が尽きない。

「君は"勇者"になれるだろうか。それとも沙羅シャラのように"勇者"は嫌だと応えるのだろうか」

自身は"勇者候補"を自ら辞した。その為に、主人の木蓮には迷惑や苦渋の決断をさせてしまったと、今でも思っている。
恩知らずなことをしてしまった…。
拭えない後悔は、きっと何処までも響く。

私が"召喚士"の道を選び木蓮と同じ気持ちを重ねたいと考えたのは、その後悔を刻み続ける為でもあり、慈しんでくれた主人が目指したものを引き継ぎたいと考えたからだ。

未来にその考えを押し付けることは間違っている。
間違えてはいけない。
"自由に生きて"
そう導いてくれた木蓮主人の教えは優しかったのだ。

「君も自由に選ぶといいよ」

大切なのは"転生者"の行く末に厳しいこの世界で、未来が愛着を持って生きる道に導くことだ。

「ねぇ、あるじ?」
「何だ?」
「"ボク"は"ゆうしゃ"にはなれないよ」

ピタリと立ち止まって見上げる"転生者未来"。

「はんぶんだけ"まおう"だから」
「…え?」

会話はふいに途切れる。
2人の目線の先にある自宅が、業火に包まれていた。

未来を繋ぐ手と反対の手には、紙袋。
地面にそっと置いたのは、自宅の前に数人の宮廷騎士が待機しているのを目にしたからだ。騎士の1人がこちらに気付く。濃紺の外套が翻った。

紙袋には、買ったばかりのケーキの材料が、温もりと幸せを止めたまま入っていた。
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