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44『机上の空論』の書
しおりを挟む『管理院』に魔物の襲来あり。
死傷者多数、被害は現在もなお拡大しているとの緊急事態の連絡が入り、討伐要請を受諾した戦闘院は人員配備等、現在、大至急大忙しとなっている。
院内はバタバタと忙しなく兵士や警備士達が走り回っていた。
「なんつーか。酒席でもないのに、珍し~く不知火院長がオレを呼ぶなんてねぇ…て思ってましたけど、こりゃ尋常じゃないっすね」
執務室の机上に、一枚の羊皮紙と宮廷魔術士だけが身に付けることを許されている指輪がぞんざいに置かれていた。
「よお!待ってたぞ、調査院の坊主。知り合いに可愛げのない馬鹿っタレな保護者が居てな、素直に『助けてくれ』と言わないから困ってるんだ。ひとつ相談に乗ってくれ」
「承知」
置かれた羊皮紙は『奴隷所有者許可証』。奴隷の所有権を有する者が預かり持つ書類だった。半印が押されていることから貸出されたものと一目でわかるようになっている。
どんな理由で誰が借りたのか、奴隷の名に『加護』と記載されている時点で…
千手は察する。
不知火が"可愛げのない馬鹿っタレな保護者"と呼ぶのは、加護を召喚した"元召喚士"、隻眼隻腕の木蓮だ。
宮廷魔術士でもある彼から『奴隷所有者許可証』と指輪が不知火に届いた。
それはつまり、手放さなければならない理由と届けたい理由があったのだ。大っぴらに言えない局面で。
証書と指輪の意味は、想像の域であまり宜しくはない。
「んー。恐らく木蓮様は、加護様の重要書類を管理院に預けて置きたくもなく、ご自身で持ってもいられない状況なんすね…。
とんでもなく大切なものを手放すってことは、暫く不知火院長に加護様を護っていて欲しいと言外に伝えてる?」
「辛うじて指輪を同封したのは"困ったら呼べ"そう言った俺からの約束は真面目に果たしてるのだからと、遠回しに呼んでるのだ」
「うはぁ。呼び出しが面倒で意地っ張り!」
不知火は、葉巻に火を点けた。
「宮廷にな、木蓮殿に宛てた手紙を送ったところ伝書鳩が戻らない。試しに部下にも手紙を届けさせてみたのだが『そんな名の宮廷魔術士は居ない』と追い返されたそうだ。…坊主ならどうする?」
千手は唇にそっと指を当てる。
甘い余韻が、思考を深めて着地へと導く。
管理院に魔物が襲来したのは偶然か、それともわざとか。
手元にある羊皮紙の証書は、必要な人物にとっては重要書類。
もしこれが目当てでの騒動だとしたら?
目当てが"加護"だとしたら?
木蓮が不知火からの手紙に反応を返せない意味が、そこに繋がるのではないだろうか。
「この証書は"奴隷の譲渡"にも使える重要書類なんですがぁ、当事者2人の承諾も必要となります。但し、それは"召喚士が死亡していない場合"が必須条件。死亡したあとなら、書類一枚で譲渡の処理は簡略的に終わります。ま、人道的なものは度外視っすが」
「召喚士もあっさり死ぬわけにはいくまいな」
千手は頷く。
「嫁としては~あの手この手で乗り込みたくなりますねぇ。夫婦円満は姑を大切にするのが一番ですから。そうそう、介護も得意っす♪」
「…坊主。それを木蓮殿に言ったら半殺しじゃすまねぇぞ?」
ヘラヘラ笑い流す。
不知火は立場的に今は動けない。相手が世界の中枢なら尚更だ。しかし素早く動く必要がある。
「斥候はオレで間違いないっす」
千手は証書をクルクル丸めて胸元にしまうと、足取り軽く執務室を出た。
* * *
管理院から調査院に『書類の窃盗』で捜査依頼が入ったのは数週間前だった。
加護の詳細な情報が狙われていた…とは断言できない調査進行ではあったが、俄に不安を掻き立てられる匂いがしていた。
盗まれた書類が主に"勇者の最終選抜試験"に関連したものばかりだったからだ。
人智を超えた能力値、魔力の数値から推測する"勇者か魔王"の是非を再度調べようと暗躍している何かがいる…。
疑惑より確信に傾倒した勘。
"勇者候補"を辞退しても、正真正銘の"勇者"である可能性も"魔王"である可能性も捨て切れているわけじゃない。
今まで放置されていたのは、木蓮の細やかな采配があってこそだ。
千手は個人的にも調べ始めていたが、不知火からの呼び出しで、漸く、潜む存在の尻尾の先端を掴んだ。
潜む存在は、世界の中枢で待ち構えている。
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