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35 新しい年

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 王都に来てほぼ2ヶ月、新年を迎えた。
 ここは雪が積もらないのかと思っていたら、神官達の「祝福」で王都は少し気温が高く過ごしやすくなっているんだと。
 この世界にはお正月というのは無い。
 クリスマスもなかった。信じる神が違うから当たり前か。
 ちなみにこの世界の神さまはたくさんいる。
 その中でも神の頂点に立つ神さまは二柱。太陽神と夜の女神。その他には春の女神とか夏の神など季節ごとの神様に、大きな山とか川にも神様がいる。日本の八百万の神みたいな感じだ。逆に釈迦とかキリストみたいな元は人だった神様はいない。
 年末から新年にかけて新年を迎えるパーティーがあちこちで開かれる。
 王様は、初めてパーティーに出席された。
 人前に顔を出されたのは、初めてだった。
 皆、元気になられたと思っているだろう。そう思わせるためだが、油断はできない。相変わらず常に治癒と回復が必要な体だ。
 パーティーから帰って、緊張と興奮から熱を出してしまった。
 それでも嬉しかったらしく、パーティーの様子を詳しく話してくれた。
 大きな頭に羽を飾った夫人が特にお気に入りだったらしく思いだし笑いがとまらなかった。
「母上がとても美しくて嬉しそうだったから、僕も嬉しかった。父上にもらったティアラとネックレスを見せてくれたよ。父上の話をする時の母上はいつもお辛そうだったからあまり聞かないようにしていたのだけれど、今日の母上は懐かしそうに微笑みながら話してくれたんだ。父上はとてもお優しい方だったって。
 それでね、僕が生まれた時「君には沢山のルビーをあげたけどこんなに素晴らしいルビーをお返ししてもらえるなんて、私はなんて幸せ者なのだろう。」っておっしゃったんだって。」
 本当に嬉しかったんだね。あんまり興奮するとまた熱上がっちゃうのにな。
 それでもあたしは手を握ったまま話を聞いていた。
 ここへ来て2ヶ月、やっと子供らしく生き生きと話すようになってくれた。
 食欲もあるし、手を繋いでいなくても普通の生活はできるようになった。
 自己管理もしてくれるようになって具合が悪くなりそうならポーションを自ら飲んだりエバンス先生を呼ぶ。
 今日みたいに直接あたしを呼ぶ時は不安な時か、話を聞いて欲しい時だ。
「レティシアが来てから何もかも変わった。元気になったし、母上はちゃんと僕と話をしてくれる。母上だけじゃなくて、侍女や城で働く他の人達も。」
「皆が変わったんじゃなくて王様が変わったんですよ。王様がちゃんと皆を見て、話をされるからですよ。」
「うん、僕は変わった。」
 少し暗い表情になって、
「レティシアが来る前まで、明日が来るのが辛かった。毎日辛くて苦しくて…。目が覚めても何もする事もなく、考えることもなくて。」
「王様…。」
「でも、今は違うよ。毎日忙しいけど、寝る前には今日あった楽しかった事を思い出したり、明日やらなきゃならない事を考えて楽しみにしたり。だから、ありがとうレティシア。」
 ぎゅっと手を握り、笑った。なんて可愛らしいんだろう。何も映さなかった瞳が今はキラキラしている。
 最初は正直面倒な事になったと思っていた。ハルトの願いじゃなきゃこんなの引き受けたくないと。
 だけど今じゃこの子が可愛くてしかたがない。
 ハルトの子供時代を一緒に過ごせなかった身代わりにしているのかもしれないけど、我が孫と同じくらい可愛いと思える。
「私も、王様が楽しいと嬉しいです。」
「でも、明日はちょっと嫌だな。ダンスの練習が始まるんだ。」
 パーティーにはかかせないからね。
「ダンスは大事ですよ。国中の女の子がみんな憧れてるんですよ。いつかキレイなドレスを着て王(子)様とお城で踊るのを。」
「みんなとは無理だよ。」
「そう、無理なのはわかっているんです。だけど、女の子の夢なの。ス テ キ な王様と踊る事が。だから、女の子の夢を叶えてあげるために王様はステキに踊れるようにならなきゃ。」
「…レティシアも?」
 何?真っ赤になって。照れてるの?
「もちろんですよ!」
 だけど現実は厳しい。今はこうして一緒にいるけど本来なら王と男爵令嬢など接点はない。あるとしたらメイドとしてお城に上がるくらい。それにしたって田舎の元庶民など選ばなくても候補は沢山いる。
「だけど、あたしは踊れないし、お城にも招待されないと思う。」
「どうして?レティシアも貴族でしょ?」
「私がいたノースエルデェルは少し前まで貴族はいませんでした。
 家は貴族になって間もないのであたしは貴族としての教育は受けていません。学校も無いし家庭教師に来てくれる人もいません。」
「…どうして?」
 多分王様は知らない。ノースエルデェルがどれだけ取り残されていたかなど。
「難しい話になります。今日はもう遅いから寝ましょう。」
 王様が悪い訳じゃない。王様は生きるだけで精一杯だったのだから。



 
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