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52 ロレンス・カーライル・ネルソン公爵令息 ロレンス視点

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 我が家は代々騎士の家系で、近衛として王家の一番近くにいる。
 幼い頃から王様の側近になる事は決まっていたが、ウィルフォード陛下はそう長くは生きられないと言われていた。
 だが今現在も健やかでいらっしゃる。
 ロズウェル侯爵令嬢のおかげだと噂されているが、私は知っている。
 レティシア・リノス男爵令嬢。
 幼い頃、彼女が現れてから王室は変わった。
 王様も。
 彼女が北部に帰る時にこっそり手渡されたものがある。
 小さな手縫いの巾着袋だ。
「ごめんなさい、手持ちの布がかわいい色のしか無くてこんなので。」
 薄い桃色だ。
「なんですか?」
 と聞くと、中から次々と小瓶を取り出す。およそその中には入りきらない量だ。
「イベントリ?」
「そんなたいそうな物じゃないよ。魔法のいっぱい入る袋だよ。
 いつもは名前を書いてもらってその人専用にしてもらうんだけど、何があるかわからないからね、誰にでも取り出せるようにしておいたよ。
 この5本は上級ポーションと同じ効きめがあります。王様に何かあったらすぐに飲ませて下さい。」
 そんな怪しい物飲ませられるか?
「怪しいって思うならエバンス先生に確認しても大丈夫です。エバンス先生の所にもたくさんストックしてあるので、使ったら補充してください。
 もちろん、ロレンス様が怪我などされた時も使っていいですよ。
 それと、こっちの緑の瓶は回復薬で赤は身体強化です。万が一王様を守る時に必要があればお使い下さい。
 ロレンス様が王様の一番近くにいる方だとお聞きいたしました。
 どうか王様を守ってあげて下さい。」
 念のためエバンス先生に確認するために医務室へ向かった。
「レティシア様のお薬ならば間違いはございません。」
 そこには棚いっぱいに、おびただしい数の同じ薬が置かれていた。
「これは…。」
「レティシア様が王様の為にお作りになったものです。」
 これだけの量をあの小さな少女が作ったというのか?
「こちらにいる間に毎晩コツコツと作られたものです。王様への愛を感じますよね。」
 そう言えば、このイベントリも自分で作ったような口ぶりだった。
 彼女は何者かと聞こうとしたところで、
「レティシア様は特別な方ですが、この事は内密にお願いいたします。
 ロレンス様もいずれはこの国の重鎮となる方かと存じます。レティシア様は王様にとって必要で、この国の秘密です。」
 この小さな袋は私の秘密で宝だ。
 この袋をもらった時、愚かにも彼女が私を慕っているものと勘違いした。
 私は女の子にはもてていたから。
 だがレティシアは王様の事だけを思っていた。
 それも恋心ではなく、臣下として王様を救おうとしているのだ。
 私は自分が恥ずかしくなった。
 王様はどうせすぐに死んでしまう。そんな方に忠誠を誓うなど無駄な事だと思っていたから。
 時が過ぎ、再会した時、彼女は美しくなっていて思わずダンスに誘った。
 ふわふわと揺れる金の髪、恋をしてもよいだろうか?そんな事も考えたが、すぐにそれは諦めた。
 王様がレティシアを見る目を見てしまったから。あきらかにグロリア様を見る目とは違う。
 熱くて切なくて。
 主の欲するものを私が手にする訳にはいかない。
 私の想いは秘めたままにしようと誓った。
 ある日、王様は城をこっそりと抜け出した。
 長年一緒にいたが、こんな事をする方だとは思わなかった。
 レティシアに会いたい一心で。
 その帰り、もう少しで城だという所で王様はふらつき、路地の壁にもたれかかる。
「大丈夫ですか?」
「少し、はしゃぎすぎたかな?」
 力なく笑って見せる。
「薬を…。」
 初めて使った。持ち歩いていて良かった。
「これは?」
「レティシアから持ち歩くよう、渡された薬です。」
「違う、これは?」
 薄桃色の小さな袋を指差す。
「これは幼い頃に城に滞在されていた事がありましたでしょう?その時にいただいたものです。まだ幼い頃でしたので上手には出来なかったのでしょうね。」
 今見ると縫い目も曲がっている、不格好なものだ。
「レティの手作りだって?
 幼い頃の思い出だって?
 なぜロレンスが持っていて、僕には何も無いんだ?」
「あの…王様が持つにはあまりにも粗末…、」
「粗末?
 幼いレティが一生懸命作ったのに?
 粗末だって?
 なぜロレンスだけ? 
 手作りなんて…手作りなんて…。」
 やばい…。王様がやばい人になっている。
 やはりレティシアは諦めよう。
 いや、封印しよう!
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