姫宮瑠璃

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アクセサリー②

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次にその名前を思い出したのは、私ではなく、瀬戸さんだった。
放課後に古典部に寄ってみようと瀬戸さんに声をかけると、「昼休みの『黒川さん』ってさー」と話を振られたが、私はすっかり忘れていた。

「もしかしたら、昼休みの『黒川さん』ってさー、噂されてる子かもしれない。」
「?『黒川さん』?」
「そ。『黒川さん』。」
「・・・誰だっけ?」
「・・・教科書返しに来たという『黒川さん』。」

少々無表情になった瀬戸さんに、「ああ、そんな名前の人が来たんだったっけと、小さく息を吐かれた。

「で、その『黒川さん』の噂って?」
「男子運動部のマドンナ。」
「マドンナ?」
ね。」

古臭いけれど、『マドンナ』と言うくらいだから、可愛いのだろう。
なぜ『エセ』と付くのか。
黒川さんは、いろんな男子運動部にマネージャーとして入部届を出し、可愛い見た目のおかげか、どの部にも受理されているそうだ。
好きな時に来てくれれば良いと言われているらしく、少数枠のマネージャーの地位を狙っている女子に睨まれているらしい。
男子に媚びを売る以外、マネージャーらしい仕事もろくにしないため、先輩マネージャー達にも嫌われているそうだ。

「あとね、人の彼氏ものを取るのが趣味とも聞いたよ。」
「まだ入学して1月も経ってないけど?」
「テニス部の先輩が別れた原因だとか騒いでたとか、黒川さんと同じ中学の子達が『あの子は中学でも男に媚びを売るヤツだった』『人の彼氏を奪って捨てるのが趣味』って言ってるらしくて。
同じ中学だった女子だけじゃなく、男子もだから、共学クラスの方では、まあまあ広がってる話らしいよ。」
「ふ~ん。」
「・・・私、その話を聞いた時、お姉ちゃんと同じ様な感じがしたの。
あまり関わらない方が良いと思う。」

瀬戸さんは、不安気に瞳を揺らした。
私は、口角を上げ、瀬戸さんの瞳を見つめた。

「教室が近くても学科が違うし、私達は運動部に入るわけじゃないしね。
噂が本当だったとしても、付き合っている彼氏ひといないし。
知り合いにすらならないと思うよ。」
「・・・うん。そうだよね。」

視線を感じて顔を動かすと、栗山さんと目が合った。
私達の会話に聞き耳を立てていたらしい。
悪びれた様子も無く、「フンッ」と思いきり髪の毛を後ろに払って、栗山さんご一行は教室を出て行った。
今日もどこかの運動部に見学に行くのだろう。

「まあ、そんな事より、古典部に行こう。」




「わぁ!先輩ってコーヒー入れるのお上手なんですねー!」
「・・・それは、どうも。」
「先輩の下のお名前、何て言うんですかぁ?
私ぃ、先輩ともっと仲良しになりたいなー!」
「・・・僕は苗字で呼ばれる方が慣れてるから、そっちの方が嬉しいかな。」
「えー。それじゃあ、日下部さんと瀬戸さんと同じじゃぁないですか!
愛梨彩ありさはぁ、先輩の特別になりたいなぁ!」

コーヒーを入れたカップを両手で持ち、上目遣いで楠先輩を見つめる黒川さんと、冷気を放つ程の無表情で、視線は何故か私に固定しながら受け答える楠先輩。
何故、件の黒川さんがここに居るのか?
彼女は運動部のみならず、コンプリートする勢いで入部届を出しているらしい。
茶華道部、書道部と入部届を出して来た後、古典部を覗きに来た所に出くわしてしまった。
楠先輩が歓迎してるかは別として、私達にコーヒーを入れてくれている時に、「あれ?ここも部活やってます?」とコーヒーの香りに釣られて入って来た。
で現在、非常ーーーーに歓迎されてません!
それもこれも、黒川さんって噂通りの人で、彼女の視線には、私と瀬戸さんは数秒しか映っていないと思われます!
私達の名前は覚えたみたいなので、耳には声が届いているとは思いますが。
首を傾げ、上目遣いの黒川さんは、男受けしそうな可愛い見た目が、より可愛いく見えます。
あざといと思っても、落ちる男子は多いことでしょう。
楠先輩には効いてませんが。

「他の男子に睨まれそうだし、君の特別は他にいると思うよ。」
「えー?そんな事ないですよぉ?
私ぃ、人見知りだから、お友達をいっぱい作ろうと頑張っていてー。
先輩はぁ、なんかとっても相性が合いそうな気がするんです!」
「僕は、全く合わないと思うよ。」
「そうですかぁ?もしそうでも、段々知り合っていけばぁ、仲良くなれますよー。」
「・・・。」

楠先輩の視線が、未だに私固定なので、私は凍り付いてしましそうです。
私の隣りの瀬戸さんからも、私越しに黒川さんに向けて、刺々しい視線が突き刺さってきます。
それを物ともしない黒川さんの強者ぶりが、すごいと思います!

「だからぁ、先ずはお互いを下の名前で呼んでみましょう?
私のことはぁ、呼び捨てで『愛梨彩ありさ』って呼んで下さいね?」
「・・・黒川さんが礼儀を弁えるようになったら考える事にするよ。」
「やだ、先輩ったら。照れなくても良いんですよぉ?
それにぃ、さっき茶華道部入部したので、私ぃ、さらにお淑やかになっちゃうかも。」
「・・・へぇ、それは楽しみだね。」
「私の事、応援してくれるんですかぁ。
愛梨彩、嬉しい!」
「入部したなら、今日から稽古に参加したらどうだい?
ぜひ今から参加してくると良いと思うよ?」
「あー。今日はダメなんですぅ。
科学部と美術部にも入部届を出しに行こうと思ってたので。」
「じゃあ、今から行って来たら?」

明らかに、追い出しにかかっている。
淡々とした口調が、今やイライラを隠さなくなっていた。
まあ、始めから冷たい口調でしたが。

「フフッ・・・そうですね!今日の予定は今日のうちにした方が良いですもんね!」

小さく鼻で笑うように息を吐くと、黒川さんは立ち上がった。

「今度は、入部届を持って来ますね!」

そう言って、跳ねるように出て行った。
私は、黒川さんの姿が見えなくなると、ホッとしたように大きく息を吐き出した。
2人も同じく、大きく溜め息を吐いた。

「・・・入部届を持ってくるそうですよ?」

私がそう言うと、楠先輩はまた大きな溜め息を吐いた。

「・・・あの手の子はウンザリだが、部員が増えてくれることは喜ばしい事なんだ。
今年増えなければ、消滅だからね。」

確かに、私達の他には先輩しか部員はいない。
去年卒業した先輩達が多くいたおかげで、部活動として予算がおりたそうだけど、今の人数だと同好会落ちしてしまい、来年は予算が組まれなくなってしまうらしい。
できればあと2人は欲しいところなのだそうだ。

「彼女はどうせ入部しても、幽霊部員だろう。
他にも入っている部活があるのだから。」

冷めてしまったコーヒーを一気に飲んで、楠先輩は立ち上がった。

「入れ直すけれど、君達もいるかい?」

コーヒーカップを振りながら言う楠先輩に、私達は力強く縦に首を振りながら返事をした。




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