一輪挿しの舞い散るころに

宮下ほたる

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 お隣さんの『古都』の表札の前にある一輪挿しの花びらが一枚舞い散ると、刹那さんの家を誰かがたずねる。
 それは彼女の友人だったり、新聞の集金だったりさまざまだけれど、この話の中でわたしに関係してくるのは、ふとした拍子に転がってくる非日常的な悩み相談だったりする。

 その一つを挙げるとしてみようか。

 わたしが今のアパートに越してきて、半年が過ぎた頃の話だ。
 いろいろと衝撃の新事実発覚の連続で記憶に鮮明に焼き付いているエピソードだ。




 今のアパートは中心街や駅からは少し遠いのが難点だが、ワインレッドのしゃれた外観と、とにかく安い家賃にわたし、赤峰恵は惹かれて入居した。
 この引っ越しが間違いだったとは微塵も思わない。やっと念願の一人暮らしをはじめられたのだから。……環境が変わってすぐに転職してしまったけど。

 元は花屋にてまじめに勤めていたが、ある日、お客からのクレーム責任をすべて負わされてしまった。
 わたしはその内容には関わっていなかったし、責められるのはお門違いだったのだが、店長の言い分についかっとなって売り言葉に買い言葉。勢いだけでそのまま辞めてしまった。

 記念すべきぷー太郎デビューの日。飛び出した店から家に帰る途中の雑貨屋の前で、求人募集の張り紙を見つけた。
 古ぼけていていつ貼ったのか分からないくらい雨風にさらされていた。
 どうひいき目にみても急募ではないなと思われた。

 もしかしたら貼られたことすら忘れられていたかもしれない。

 それでもわたしはこれ幸いにと店に入ってみた。
 張り紙には連絡先も何も書かれていなかったので、直接乗り込んだのだ。

 結果は即採用。翌日から来てくれとのことだった。
 ただ、おそらく店長であろう人の姿はよく見えなかった。
 店の奥の影になっているところから声が聞こえてきて、少し話をしただけで「明日からここの店番よろしく!」と、この上なく軽く言われたのだ。

 内部情勢が怪しそうなそう雑貨屋で働くこと半年。
 それなりに立地条件はよさそうなのに客はとにかく少ない。
 かといってわたし自身も盛んに呼び込みとかチラシ作成などをしているわけでもなく、任された仕事は本当にただの店番だった。
 朝に店を開けて商品の埃を払って店内の掃除をして、客がくればあいさつをして商品の説明をしつつお勧めしてレジスターを打つ。
 あとはいかに時間を潰すかが問題だった。従業員はわたし一人で、話し相手がいない。そのせいか独り言が増えた気がする。

 こんな仕事ぶりだというのに、この店はしっかりと給料をくれる。
 すこし良心が痛まないでもないけれど、わたしはこれをありがたくちょうだいして生活している。


 雑貨屋の初の定休日、わたしは刹那さんから頼まれごとをされた。
 なんでも、『水の溢れない陶器』を探しているが、見つからなくて困っているとか。
 これを聞いて、わたしは両の手で包めるほどの大きさの壺を買って来た。
 フリーマーケットで見つけてきたやつだが、それをみて刹那さんは大層喜んでくれた。
 あまりに感謝されてしまったので、壺はそこまで高くなかったということは伏せて曖昧に笑って誤魔化しておいた。


 その一件があってからというもの、わたしは刹那さんから頻繁に捜し物を頼まれるようになった。
 それはいつも不思議な表現をされていて、はじめは理解に苦しんだ。……フリをしていた。
 すべてインスピレーションで感じ取っていたので、わたしにとってはさほど苦でもなんでもなかった。

 たとえば、『きつねの能面』『眼のない季節はずれの螢』『影に舞う蝶』『骨だけの扇』『視点のずれる眼鏡』『雲を切るハサミ』などなど。
 はっきり言って、普通の人が耳にするとなんだ、それ? と、首をかしげるであろうものばかりだ。

 わたしが見つけてくるものが、本当に刹那さんの要望を満たせているのかはよく分からないが、彼女は受け取るときにいつも「ありがとう」と微笑んでくれる。
 そのときに細められる目がわたしは好きだ。普段は突拍子もないことをさも当たり前のように要求してくるときと違って、とても愛おしそうな表情をするのだ。

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