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モーニングコーヒー
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それから、俺と朝比奈さんは同じベッドで眠った。
――僭越ながら、手を繋いで。
一人暮らしにしては大きめのダブルマットレス。
背の高い朝比奈さんと寝ても、距離は近いがなんとか収まる。
べ、べつに最初からそのつもりで買ったわけじゃないんだからねっ? ……古いか。
隣に人がいるなんて初めてで、眠れないかと思っていた。
けれど、すぐそばに感じる温もりが心地よくて――
気づけば、すぐに眠ってしまっていたらしい。
*
翌朝。
早起きの俺はシャワーを浴び、着替えながらクローゼットを開けていた。
ほどなくして、寝ぼけまなこの朝比奈さんが起きてくる。
「……おはようございます」
「おはよう。今日、仕事だよね? 服どうする?」
「いえ、僕は今日、有給休暇を取ってます」
「なんだって?!」
「今日は通院で……」
その言葉に、俺はふと口をついて出てしまった。
「もしかして、αの関係で?」
朝比奈さんは特に嫌な顔もせず、柔らかく頷いた。
「はい。……抑制剤は、月に一度の処方なんですよ」
――ああ、そういえば。
定期的に職場で見かけない時があるのは、そういうことだったのか。
朝比奈さんは顔を洗うと、タオルで髪を拭きながらこちらを見た。
「野々宮さん、コテってあります?」
「……籠手?」
反射的にゲームの防具を思い浮かべた俺の顔を見て、朝比奈さんが何かを察する。
「……ヘアアイロンとか!」
……うん、ない。
整髪料すら怪しい俺の部屋に、そんな洒落た道具があるはずもない。
ごめん、今度買おう。
――朝比奈さんが、また泊まりに来ても困らないように。
……って、何考えてんだ俺。
ドライヤーを終えた朝比奈さんは、いつものふわっとした前髪ではなく、真っ直ぐに下ろしていた。
ストレート。
それだけで雰囲気がまるで違う。
大人びた穏やかさから一転、少し尖った若々しさを帯びて――
やけにかっこいい。
「前髪ストレートも似合ってるね」
「そうですか? 野々宮さんがそう言うなら、たまにやってもいいですけど」
……なにそれ、可愛い。俺の嫁か。
心の中で思わず悶絶した。
*
出勤の道すがら、朝比奈さんはぽつぽつと話してくれた。
「音楽の世界って、αとΩばかりなんです。
感性も本能も強くて……僕みたいなαでも、正直きつくて」
「……だから市役所に?」
「はい。家族が“公務員ならΩはいないだろう”って。
市会議員に話を通してくれたみたいで」
なるほど。
コネである。しかもたぶん、由緒正しいやつ。
早めに家を出たせいで、出勤まで少し時間が余った。
通りの〈ムーンバックス〉がちょうど開いていたので寄ることにした。
「俺、ドリップコーヒー」
「僕は……アールグレイティーラテで」
甘い香りのする紅茶。
まるで本人の雰囲気みたいだなと思った。
俺が財布を出そうとした瞬間、朝比奈さんは慌てて手を伸ばした。
「ダメです。今まで奢ってもらってばかりですし。
コンビニの手土産までお金渡そうとして……怒りましたよね、僕」
小さく眉を寄せながら、きっちり支払いを済ませる。
その姿が妙に真面目で、可愛かった。
二人でムーンバックスの高いカウンター席に並んで座り、
通りを行き交う人々を眺めていた。
朝比奈さんは、まだ少し眠そうだった。
家で寝かせておいた方がよかっただろうか。
いや、家に一人で残すのもどうかと思うし……。
それに、家が遠いわけでもない。
結局どちらが正解だったのかは分からないまま、
コーヒーの湯気をぼんやりと見つめる。
ふと、気になっていたことを口にした。
「抑制剤って、副作用とかないの?」
「うーん、最近のは全然ですよ。
α向けのやつは進化早いんです」
「α向け?」
「だって、作らせてるの大体αですから。
そりゃ自分たちの薬はいいの作りますよ」
「あー……なるほど」
「Ωの方の薬は、効き目強すぎて眠くなるらしいです。
αは“仕事に支障が出る”って言って改良されたのに、
Ωはまだ放置気味って、なんかひどいですよね」
そう言いながら、カップを両手で包んで
ミルクの泡をそっと舐めとる仕草が、妙に可愛かった。
「それより、今日お仕事終わったらまた会いましょうよ!」
「え?」
「僕、迎えに行くんで」
その言い方があまりに自然で、
思わずコーヒーをこぼしそうになった。
「……迎えに、って」
「はい。だってもう、“次”の約束、しましたよね?」
まっすぐな笑顔。
その声が、朝のざわめきよりずっと近く感じた。
コーヒーの香りが、少し甘くなった気がした。
――僭越ながら、手を繋いで。
一人暮らしにしては大きめのダブルマットレス。
背の高い朝比奈さんと寝ても、距離は近いがなんとか収まる。
べ、べつに最初からそのつもりで買ったわけじゃないんだからねっ? ……古いか。
隣に人がいるなんて初めてで、眠れないかと思っていた。
けれど、すぐそばに感じる温もりが心地よくて――
気づけば、すぐに眠ってしまっていたらしい。
*
翌朝。
早起きの俺はシャワーを浴び、着替えながらクローゼットを開けていた。
ほどなくして、寝ぼけまなこの朝比奈さんが起きてくる。
「……おはようございます」
「おはよう。今日、仕事だよね? 服どうする?」
「いえ、僕は今日、有給休暇を取ってます」
「なんだって?!」
「今日は通院で……」
その言葉に、俺はふと口をついて出てしまった。
「もしかして、αの関係で?」
朝比奈さんは特に嫌な顔もせず、柔らかく頷いた。
「はい。……抑制剤は、月に一度の処方なんですよ」
――ああ、そういえば。
定期的に職場で見かけない時があるのは、そういうことだったのか。
朝比奈さんは顔を洗うと、タオルで髪を拭きながらこちらを見た。
「野々宮さん、コテってあります?」
「……籠手?」
反射的にゲームの防具を思い浮かべた俺の顔を見て、朝比奈さんが何かを察する。
「……ヘアアイロンとか!」
……うん、ない。
整髪料すら怪しい俺の部屋に、そんな洒落た道具があるはずもない。
ごめん、今度買おう。
――朝比奈さんが、また泊まりに来ても困らないように。
……って、何考えてんだ俺。
ドライヤーを終えた朝比奈さんは、いつものふわっとした前髪ではなく、真っ直ぐに下ろしていた。
ストレート。
それだけで雰囲気がまるで違う。
大人びた穏やかさから一転、少し尖った若々しさを帯びて――
やけにかっこいい。
「前髪ストレートも似合ってるね」
「そうですか? 野々宮さんがそう言うなら、たまにやってもいいですけど」
……なにそれ、可愛い。俺の嫁か。
心の中で思わず悶絶した。
*
出勤の道すがら、朝比奈さんはぽつぽつと話してくれた。
「音楽の世界って、αとΩばかりなんです。
感性も本能も強くて……僕みたいなαでも、正直きつくて」
「……だから市役所に?」
「はい。家族が“公務員ならΩはいないだろう”って。
市会議員に話を通してくれたみたいで」
なるほど。
コネである。しかもたぶん、由緒正しいやつ。
早めに家を出たせいで、出勤まで少し時間が余った。
通りの〈ムーンバックス〉がちょうど開いていたので寄ることにした。
「俺、ドリップコーヒー」
「僕は……アールグレイティーラテで」
甘い香りのする紅茶。
まるで本人の雰囲気みたいだなと思った。
俺が財布を出そうとした瞬間、朝比奈さんは慌てて手を伸ばした。
「ダメです。今まで奢ってもらってばかりですし。
コンビニの手土産までお金渡そうとして……怒りましたよね、僕」
小さく眉を寄せながら、きっちり支払いを済ませる。
その姿が妙に真面目で、可愛かった。
二人でムーンバックスの高いカウンター席に並んで座り、
通りを行き交う人々を眺めていた。
朝比奈さんは、まだ少し眠そうだった。
家で寝かせておいた方がよかっただろうか。
いや、家に一人で残すのもどうかと思うし……。
それに、家が遠いわけでもない。
結局どちらが正解だったのかは分からないまま、
コーヒーの湯気をぼんやりと見つめる。
ふと、気になっていたことを口にした。
「抑制剤って、副作用とかないの?」
「うーん、最近のは全然ですよ。
α向けのやつは進化早いんです」
「α向け?」
「だって、作らせてるの大体αですから。
そりゃ自分たちの薬はいいの作りますよ」
「あー……なるほど」
「Ωの方の薬は、効き目強すぎて眠くなるらしいです。
αは“仕事に支障が出る”って言って改良されたのに、
Ωはまだ放置気味って、なんかひどいですよね」
そう言いながら、カップを両手で包んで
ミルクの泡をそっと舐めとる仕草が、妙に可愛かった。
「それより、今日お仕事終わったらまた会いましょうよ!」
「え?」
「僕、迎えに行くんで」
その言い方があまりに自然で、
思わずコーヒーをこぼしそうになった。
「……迎えに、って」
「はい。だってもう、“次”の約束、しましたよね?」
まっすぐな笑顔。
その声が、朝のざわめきよりずっと近く感じた。
コーヒーの香りが、少し甘くなった気がした。
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