『星屑コンビニのチート店員』 ― 異世界の夜勤は、世界を救うより忙しい。―

星乃和花

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第十二話 終電を逃さない夜と、選んで来るコンビニ

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 その日は、朝から「妙にうまくいく日」だった。

 いつもなら月曜の朝は、メールボックスが未読の山なのに、
 今日はなぜか、クライアントからの返事も落ち着いている。

 先週のエラー騒ぎも、
 エンジニアさんたちが調査を進めてくれていて、
 私の役目は「状況共有」と「連絡の橋渡し」にだいぶ絞られていた。

(……こういう日も、あるんだなあ)

 午前中の会議も、延長せずに終わる。

 午後の作業も、山はあるけど、
 「今日やる分」と「明日でもいい分」をちゃんと分けて進められている。

 机の右端に並んだ付箋たち。

 「今日やる」プレートの列は、着実に減っていき、
 「明日に回す」列は、必要以上には増えないように気をつける。

(“全部やらない練習”)

 1日目のメモを思い出して、
 心の中でそっと笑った。

 ◇

 夕方、最後の一件の電話を終えたとき、
 時計の針は、まだ十八時半を指していた。

 周りを見渡すと、
 残っている人はもちろんいるけれど、
 「今日も終電コースだね」という空気ではない。

「ゆきちゃん、今日は上がれそう?」

 上司の声に、時計をもう一度見る。

「はい。
 今日の分の共有も、さっきチャットに上げましたし、
 エラー対応の続きは、明日エンジニアさんと一緒に見ます」

「おう、助かる。

 ……なんか、最近“明日やる”って言葉に、
 前よりちゃんと『段取り』が乗ってるな」

「それは、いい意味ですか?」

「いい意味だよ」

 上司が、ちょっと照れたように笑う。

「今まで、『全部今日やる』って顔してたからさ。
 それはそれで頼もしいけど、見てる方はちょっとヒヤヒヤするんだよ」

 その言葉に、胸の奥がじん、とした。

(“頼もしい”と“危なっかしい”の境目って、
 意外と自分ではわからないんだよな……)

「じゃ、今日はもう上がっていいよ。
 また明日、頼むな」

「はい。お先に失礼します」

 席を立ちながら、
 少しだけ足取りが軽くなる。

 ◇

 ビルを出ると、空はまだ完全には暗くなっていなかった。

 ネオンと夕焼けの境目。
 ビルのガラスに、淡いオレンジが残っている。

 スマホで終電の時間を確認する。
 何度見ても、まだ余裕がある。

(……終電、逃してない)

 それだけのことで、
 体の中のどこかの筋肉が、ふっとゆるんだ。

 駅までのいつもの道を歩き出して、
 ふと、足が止まる。

 ビルとビルの間、
 いつもは通らない細い路地がある。

 そこを抜けると、
 夜遅くまでやっているカフェが一軒あるのを知っているけれど──

(あっち側、星の匂いがするな)

 胸の奥で、小さなベルが鳴った気がした。

 今までは、
 終電を逃した夜や、
 心がすり減りすぎた帰り道に、
 気づいたら「星屑コンビニ」の前に立っていた。

 けれど今日は、まだ終電には間に合う。

 疲れてはいるけれど、
 「立っているのもやっと」みたいな状態ではない。

(……それでも、行きたいな)

 迷い込むんじゃなくて、
 選んで行きたい。

 そう思った瞬間、
 足が自然と、路地の方へ向いた。

 ◇

 路地に足を踏み入れると、
 街灯の光が、少しだけ柔らかくなる。

 アスファルトの黒に、
 小さくきらきらした砂のようなものが混ざっている。

(これ、いつもあったっけ)

 よく見ると、それはただの砂利じゃなくて、
 ほんのり光る「星のかけら」みたいに見えた。

 スマホの画面を見ると、
 電波表示が一瞬だけふっと消える。

(……あ、こっちモードに入った)

 何度か経験した、
 「世界の隙間」に滑り込む感覚。

 でも今日は、
 不安や絶望に押し出されてそこに落ちるのではなくて、
 自分で足を運んでいる。

 それが、決定的に違った。

 路地を抜けると──
 そこに、「あの看板」があった。

 星屑コンビニ。

 ネオンの星粒が、
 いつもより少しだけ、控えめに瞬いている。

 自動ドアが、ウィィィンと開いた。

「いらっしゃいませ──」

 レジカウンターの向こうから聞こえる声。

 レオンが、目を丸くした。

「……おお。今日は“終電逃した顔”じゃないな」

「どういう顔ですか、それ」

 笑いながら、店内に足を踏み入れる。

 天井スピーカーが、軽い音を立てた。

『【来店ログ】

 ・終電を逃さずに来店したお客さまを確認しました。

 モード:迷い込み → 選んで来る に切り替わりました。』

「モード切り替えって言われると、ゲームみたいですね」

「大事なパラメータなんだぞ。
 “追いつめられて滑り込む”のと、“余裕あるうちに立ち寄る”のじゃ、
 世界の揚げ時間も違ってくるからな」

「世界の揚げ時間、さらっと使わないでください」

 でも、そんなやりとりができるくらいには、
 今日はまだ元気が残っていた。

 ◇

 店内を見渡すと、
 いつものように「人外密度」が高かった。

 ホットスナックケースの前では、
 元・勇者が、「宿の新メニュー」と称して
 唐揚げとコロッケのバランスを真剣に悩んでいる。

 雑誌コーナーの隣では、
 魔王が、改装中の城食堂の図面を広げていた。

 その向かいで、
 ドラゴン保育園の見学を終えたらしい竜王子が、
 子どもドラゴンの描いた絵を見せびらかしている。

 店内中央のテーブルには、
 「世界を救わない仕事フェア」のポップが、
 今日のおすすめを掲げていた。

『本日の“二周目”進捗報告会

 ・宿屋見習いの勇者さん
 ・ドラゴン保育園見学帰りの王子さま
 ・食堂改装計画中の元・魔王さま

 それぞれの「働き方」と「休み方」の話、
 ご自由にどうぞ。

 ※聞くだけ参加も歓迎です。』

「……なんか、勝手にイベント始まってません?」

「店長の趣味だから」

 レオンが、例の万能言い訳を口にする。

「まあ、ちょうどいいだろ。
 “二周目”の先輩たち、揃ってるし」

「え、私、まだ二周目というには……」

「会社員+夜勤スタッフで、十分二周目だよ」

 レオンは、ポットから紙コップにお茶を注ぎながら言った。

「今日は余裕ありそうだから、
 たまにはお客側で、座って話聞いてきな」

「え、働かなくていいんですか?」

「店員が客席に座るコンビニがあってもいいだろ。
 星屑コンビニだぞ?」

 理屈はよくわからないけど、
 説得力だけはある。

 紙コップを受け取って、
 私はテーブル席の一角へ向かった。

 ◇

「おお、ゆきも来たか」

 勇者が、ほっとしたように笑った。

 以前より少し、顔色がいい。

「宿屋の仕事、どうですか?」

「忙しいが、世界の命運はかかっておらんからな。
 皿洗いを失敗しても、世界は滅びん」

 それはそれで名言だった。

「『皿洗いを失敗しても世界は滅びない』、ですね」

 魔王が、図面に鉛筆を走らせながら言う。

「うちの食堂もそうだ。
 メニューをひとつ失敗しても、国は傾かん。

 ……まあ、腹を壊されたらクレームは来るが」

「どこでもクレームは来るんですね」

 どこの世界も同じだ。

 竜王子が、おずおずと色とりどりの紙を差し出してきた。

「見てください……その、保育園の子どもたちが描いた絵」

 紙いっぱいに描かれた、丸っこいドラゴンたち。

 火力調整の練習なのか、
 炎がところどころ淡いピンクや水色で塗られている。

「かわいい……」

「『せんせい、ちゃんと見ててくれる』って描いてくれたんです」

 竜王子の声が、少し照れ隠し気味に震える。

「まだ、こわい気持ちはありますけど。
 『全部守れなかったらダメ』じゃなくて、
 『みんなで見てればいい』って、
 少しずつ思えるようになってきました」

 その言葉が、胸に刺さる。

(“みんなで見てればいい”か……)

 会社でも、
 そうやって見ていけたらいいのに、とふと思う。

 勇者が、紙コップを持ち上げた。

「二周目の仕事は、
 “前より偉くなる”ことじゃないと、最近ようやくわかった」

「偉くなるんじゃ、ない?」

「前線にいたときは、
 ずっと『次はもっと難しいクエストを』って言われてたからな。

 でも今は、
 『洗い物してくれて助かるよ』って言われるのが、
 妙に嬉しい」

 魔王も、図面から目を離して言葉を継ぐ。

「わたしも、以前は『もっと強い魔術を』と求められ続けていた。
 今は、『塩加減、ちょうどいいね』と言われるだけで、
 悪くない気分だ」

「塩加減と世界の命運、
 並べないでください」

 でも、どこかで繋がっている。

(“もっとすごくなれ”じゃなくて、
 “今のこれで、助かるよ”って言葉)

 ドラゴンの子どもの「せんせい、ちゃんと見ててくれる」の絵と、
 職場で後輩に言われた「自分もやれることやります」が、
 頭の中で重なった。

 紙コップの温度が、
 指先をゆっくり温める。

 ◇

「ゆきはどうだ?」

 勇者が問う。

「会社の方は、
 “二周目”の気配は出てきたか?」

「ええと……」

 私は、少しだけ言葉に詰まりながらも正直に答えた。

「“全部自分がやらないと”っていうのを、
 少しずつ手放してみてます。

 まだうまくいく日とうまくいかない日がありますけど……」

 1日目のメモ帳が脳裏をよぎる。

 全部やらない練習。

「今日は、終電前に自分から会社を出てきました」

 魔王が、ふっと目を細めた。

「終電に追い出されるのではなく、
 自らの意思で帰るのは、大事な一歩だな」

「世界全体への影響は?」

 勇者が、どこか楽しそうに聞く。

「ほぼなしです」

 レオンの真似をして答えると、
 テーブルの全員が笑った。

「でも、“似たような誰か”の、
 『帰ってもいいのかもしれない』って確率は、
 ちょっとだけ上がるかもしれません」

「それで十分だと思うぞ」

 勇者が、真面目な顔で頷く。

「世界は、そういう“ちょっとだけ”を積み上げて動いてるからな」

 世界情勢端末が、天井で点滅した。

『世界内ログ:

 ・「終電前に帰宅すること」を選んだ人の数 → 微増

 ・うち、「帰り道にコンビニでプリンを買うこと」を選んだ人の数 → 微増

 星屑コンビニの影響:たぶん少しだけあります。』

「“たぶん少しだけ”って、かわいいですね」

「この店のチートの限界だからな」

 レオンが、いつもの調子で付け足す。

 ◇

 ひとしきり話を聞いたあと、
 私は、求人ラックの前に立った。

 ポップには、新しいカードが一枚増えている。

『【小さな読み聞かせの会】

 ・月に一度、子どもたちや、
  「昔子どもだった大人」たちに、本を読む会。

 ・必要なもの:

  本が好きな気持ち。
  上手じゃなくても、声を出して読んでみたい気持ち。

 ・場所と時間は、世界のどこか、そのときの参加者次第。

 ※“仕事”と呼んでもいいし、“趣味”と呼んでもいいです。』

「……ずるい、ほんとに」

 思わず口から出た言葉に、
 レオンが面白そうな顔をする。

「刺さる?」

「刺さりまくってます」

 子どもの頃、本を読んでもらう時間が好きだったこと。
 大人になってからも、
 誰かの声で物語を聞くと、
 現実が少し遠くへ行ってくれるような感覚があったこと。

(私も、いつか誰かに読んでみたいな)

 そんな願いを、
 ずっと「そんな時間ないし」で覆い隠してきた。

 でも、ポップは、軽く肩を叩いてくる。

 “仕事と呼んでも、趣味と呼んでもいいです”。

「……レオンさん」

「ん」

「私、“働き方”って、
 お金もらう仕事のことだけだと思ってたんですけど」

「うん」

「こういう、
 『月に一度、本を読む会をする』みたいなことも、
 “働き方”とか、“生き方”の配合に入れていいなら──」

 言いながら、自分で少し笑ってしまう。

「意外と、変えられる余地、あるのかもしれないですね」

 レオンが、にやっと笑った。

「ようやく気づいたか」

「遅かったですか?」

「いや、ベストタイミングだと思うぞ。

 “全部一気に変えなきゃ”って思ってるときは、
 だいたい手をつけられないからな」

 天井スピーカーが、しれっと補足する。

『店長コメント:

 働き方と休み方は、「全部入れ替え」ではなく、
 “配合をちょっと変えてみる”ところからで大丈夫です。

 ・今の仕事
 ・星屑コンビニ夜勤
 ・いつかの喫茶室
 ・月に一度の読み聞かせ

 などを、少しずつ混ぜながら、
 あなたの「二周目配合」を探してみてください。』

「……店長、相変わらず見てますね」

「ログオタクだから」

 また便利な一言が出た。

 ◇

「じゃ、今日のところは、そろそろ送ってやるか」

 レオンが、レジの前に立った。

「え、まだそんなに遅くないですよ?」

「だからだよ。
 “余裕のあるうちに帰る”って感覚、
 体に覚えさせておいた方がいい」

 たしかに、その通りだ。

 私は、レジカウンターにおにぎりと小さなスイーツを並べた。

 今日は、星屑プリンじゃなくて、
 少し固めのチーズケーキ。

「これ、前の世界でも見たことあります」

「世界は、似たようなものを同時多発的に生み出すからな」

 レジの上の表示が、静かに点灯する。

『Night Shift:Leon / Yuki

 ※本日は、スタッフも“少し早めに揚げ終わり”を推奨します。』

「“揚げ終わり”って何ですか」

「本日の業務終了、って意味だよ」

 レオンが、バーコードをスキャンする。

 ピッ、という音と同時に、
 レシートプリンタが動き出した。

「これ、前の世界でも使えるようにしておいたから」

 レオンが、レシートを一枚、ひらりと差し出す。

 受け取って見てみると、
 商品名の下に、小さな一文が印字されていた。

『今日、終電を逃さずに帰ることを選んだあなたへ。

 世界全体への影響は、たぶんほぼありません。

 でも、明日のあなたには、
 きっと少しだけ効いてきます。  星屑コンビニ』

「……ずるい」

「褒め言葉として受け取っておく」

 本当にずるい。
 でも、そのずるさに、救われる。

 胸の奥が、じんわり温かくなった。

 ◇

 自動ドアを出ると、
 さっきの路地が、元の街の色に戻っていた。

 星の砂のようなきらきらは、
 アスファルトに紛れて見えなくなっている。

 それでも、足元が少しだけ軽い。

 駅までの道を歩きながら、
 さっきのレシートをもう一度見た。

 スマホのメモ帳に、新しいページを作る。

『全部やらない練習 継続中

 ・終電前に、自分の意思で会社を出た。
 ・星屑コンビニに、“迷い込まずに”行った。
 ・勇者と魔王と竜王子の二周目話を聞いた。

 ・“働き方”は、仕事だけじゃなくて、
  喫茶室とか読み聞かせとかも混ぜていいらしい。

 ・世界全体への影響:やっぱりほぼなし。
 ・でも、今日の自分には、ちゃんと効いている。』

 打ち終えて、送信ボタンも保存ボタンもない画面を眺める。

(どこかで、店長か世界情勢端末が、
 にやにやしながら読んでるんだろうな)

 そう思うと、
 ちょっとだけ背中を伸ばしたくなった。

 電車のホームには、
 まだ人の列ができている。

 でも今日は、「乗れるかどうか」の心配はほとんどない。

 レールの向こう、
 暮れかけの空に、一番星が滲んでいた。

(全部を一気に変えるのは、きっと無理だけど。

 今日みたいな夜を、
 少しずつ増やしていけたらいいな)

 そう思いながら、
 やってきた電車に乗り込む。

 ポケットの中で、
 星屑コンビニのレシートが、かさりと鳴った。

 終電を逃さない夜と、
 それでも選んで立ち寄るコンビニ。

 その組み合わせが、
 これからの自分の“二周目配合”のひとつになる予感がした。
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