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2話:魔王軍、炎上マーケを覚える
しおりを挟む
ミオは、白紙をじっと見つめていた。
王宮の会議室。さっきまで人でぎゅうぎゅうだった空間が、今はやけに広い。
窓の外では、遠くで結界が「……ギチ」と鳴った気がした。
(怖い。……でも、怖いって書くのは違う。怖いって言っていいけど、怖さで誰かを縛りたくない)
ミオは、ペン先を紙に落とす。
書き出しは、ひとつ。
『本日、王都中央広場にて「守りの市」を開きます。』
ここまでは、形式。
次の一行で、世界が変わる気がした。
ミオは、深呼吸して、書いた。
『戦うためではなく、今日をちゃんと過ごすための、小さな集まりです。』
ふっと、胸が軽くなる。
すると不思議なことに、書いた文字の上を、薄い光がさらりと撫でた。
「……え?」
ミオはペンを止める。
光はすぐ消えたけれど、紙に残る文字が、ほんの少しだけ――“温かい”感じがする。
(魔法? ……いや、私の気のせい?)
そのとき、扉がノックもなく開いた。
「おーい! 書けた!?」
広報長が、風みたいに入ってきた。背後には侍従が二人、紙束を抱えて必死に追いかけている。
「ノックしてください!」
「ノックするとテンポが死ぬ!」
「テンポより礼儀です!」
「礼儀は後で印刷する!」
印刷するな。
ミオは慌てて紙を差し出した。
「いま、書き始めたところです。えっと……これで、どうでしょう」
広報長が、紙をひったくるみたいに受け取り、目を走らせる。
次の瞬間、顔がぱあっと明るくなった。
「……いい!!」
そして、いきなり会議室の中央で回転した。
「いいよミオちゃん!! これ、強い! 煽らないのに、背中押すやつ! “今日をちゃんと過ごす”って言葉、ちょうど胸の真ん中を叩く!」
侍従が青ざめて言う。
「広報長、回らないでください! 書類が!」
「書類は回れば整理される!」
「されません!」
ミオは戸惑いながらも、少しだけ笑ってしまった。
「続きも書きます。配布内容とか、時間とか……」
「そのへんはこっちで盛る!」
「盛らないでください!」
「盛る! でも、盛りすぎない! 参謀に怒られるから!」
広報長は、紙の下に勝手に追記し始めた。
『・温かいスープ配布(なくなるまで)』
『・保存食の作り方、教えます』
『・一言お守り、書けます(泣いてもOK)』
最後の括弧に、ミオが目を丸くする。
「泣いてもOK……?」
「泣くの禁止すると余計泣くでしょ? だからOK。あと、泣いてる人にスープ渡すの、めちゃくちゃ効く。人生で学んだ!」
広報長、妙に人生が濃い。
ミオは、そっと言った。
「……広報長さん、やさしいですね」
「でしょ?」
「……でも、怖いです」
「うん、怖いよね」
広報長は、軽い声のまま、目だけ少し真面目になった。
「だから、怖さをひとりにしない。市に来た人が、『私だけじゃない』って思える場所を作る。そうしたら、明日まで生きられる。明日まで生きられたら、勝ち筋が増える」
ミオは頷いた。
そこに、もう一度扉が開く。
今度は静かだった。
レイヴァンが入ってきた。外套の裾に、風と焦げた匂いがついている。
彼は広報長の回転痕(痕?)を一瞥し、紙へ視線を落とす。
「……告知文は」
ミオが口を開こうとすると、広報長が先に差し出した。
「はいこれ! ミオちゃんの文が神!」
「神という単語も避けてください」
「えっ、神ってだめなの!?」
「政治的に面倒です」
「政治的に面倒って言葉が面倒だよ!」
レイヴァンは無言で読み進める。
ミオは、息を止めた。
“評価される”って、怖い。
でもレイヴァンの目は、紙の上を冷静に滑っていく。
最後まで読んで、彼は短く言った。
「……良い」
ミオの胸が、ふっとほどけた。
広報長がガッツポーズする。
「ほら! 参謀が褒めた! 珍しい!!」
「褒めてはいません。評価です」
「褒めだよそれ!」
レイヴァンは広報長の追記を指でトントンと叩いた。
「“泣いてもOK”は……」
ミオが固まる。
怒られる、と思った瞬間――
「……残していい」
レイヴァンが言った。
広報長が目を丸くする。
「えっ!? 残すの!? 参謀が!? 泣いてもOKを!?」
「禁止すると隠れて泣く。隠れて泣くと危険が増える」
論理が冷たいのに、結論がやさしい。
ミオは小さく笑った。
レイヴァンは紙を返しながら、ミオにだけ低く言う。
「……書いた文字に、微弱な魔力が乗っています」
「えっ」
「あなたが、召喚で“媒介”になっている可能性がある」
ミオは、紙を見下ろした。
さっき見えた光は、気のせいじゃなかった。
「じゃあ……私の言葉って、ほんとに……」
「落ち着かせる方向に働くなら、利点です」
利点。彼らしい言い方だ。
でもミオは、胸の奥が熱くなるのを感じた。
(……役に立てる)
その瞬間、また遠くで結界がきしんだ。
レイヴァンが顔を上げる。
「……斥候の気配が近い」
広報長が即座に腕まくりする。
「よし! 告知、今から撒く! 侍従! 紙! 印刷! 配布係、招集!」
「招集って言わないでください! 私たち侍従です!」
「侍従も人だ! 人は配布できる!」
「雑すぎます!」
レイヴァンが、広報長の襟元を軽く掴む。
「……目立つ動きはするな」
「するよ?」
「するな」
「でもしないと、噂だけが走る!」
「だから、段階的に」
「段階的って何段?」
「三段」
「三段は少ない!」
「必要十分です」
ミオが恐る恐る口を挟む。
「……段階的って、たとえば」
レイヴァンが即答する。
「一段目:王宮から正式発表。二段目:市場の掲示板。三段目:口伝え。逆順にしない」
広報長が唇を尖らせる。
「口伝えの方が速いのに~」
「速いほど制御不能です」
広報長は「ちぇ」と言いながら、しかし珍しく素直に頷いた。
「わかった。じゃあまず王宮発表。ミオちゃん、読み上げ役やる?」
ミオの背筋が凍る。
「えっ、わ、私が!?」
「だってミオちゃんの言葉だもん! 声にしたらもっと効く!」
レイヴァンが、即座に遮った。
「却下」
「えっ、なんで!?」
「あなたは召喚者だ。矢面に立てば“失敗”を確定させる材料になる」
広報長が口を尖らせた。
「じゃあ、私が読む」
「あなたは余計なことを言う」
「ひどい!!」
レイヴァンは、侍従の一人を指名した。
「侍従長。あなたが読み上げろ。淡々と。感情を乗せるな」
侍従長が固い顔で頷く。
「承知しました」
広報長がぼそっと言う。
「淡々と読んでも、ミオちゃんの文章なら泣くよ……」
「泣いてもOKです」
「参謀、ちょっと優しいこと言った! 今の録音したい!」
「録音するな」
こうして、王宮からの正式告知が決まった。
――そして、数時間後。
王都の中心、城門前の掲示台に、紙が貼り出された。
人が集まる。
読む。
顔が上がる。
誰かが言う。
「……守りの市、だって」
「戦争の話じゃないのか?」
「“今日をちゃんと過ごすため”って……」
「スープ、あるって」
市民の会話が、少しだけ柔らかくなる。
その柔らかさが、王都の空気をほんの少し変えた。
そして同じころ――
王都から離れた森の影。
黒い外套の男が、掲示文の写しを手にしていた。
魔王軍の斥候。
彼は紙を見つめ、鼻で笑った。
「……“討伐”と言わない。賢いな」
斥候は、小さく紙を指でなぞる。
文字の上に、薄い光が残っている。
「魔力が乗っている……? 癒しの類か。厄介だ」
斥候は、隣の影に向かって言った。
「持ち帰れ。魔王様へ」
影が頷く。
斥候は、もう一度紙を見た。
そして、意外そうに呟く。
「……しかし、これは」
“煽り”ではない。
“罵倒”でもない。
それなのに――
人を動かす力がある。
斥候は、唇の端を上げた。
「面白い。炎上ではなく、鎮火で人を集めるのか」
彼は、紙を折りたたむ。
「なら、こちらは――“炎上”で集めよう」
森の影が、ぞくりと笑った気がした。
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
その夜、王宮。
レイヴァンは、机に向かっていた。
書類の山。地図。警備配置図。結界の担当表。
そして、噂対策文案。
彼はペンを走らせながら、淡々と呟く。
「……“勇者召喚失敗”の噂。出所は不明。広がりは速い。抑えるより、薄める……」
そこへ、扉が控えめにノックされた。
「入れ」
ミオが、顔だけ覗かせる。
「あの……参謀さん。差し入れです」
ミオの手には、小さな包み。湯気の立つマグ。
「……勝手に来るなと言ったはずです」
ミオはしゅんとした。
「ごめんなさい。でも、廊下で侍従さんに許可もらいました」
「……ならいい」
許可があるならいいらしい。法。
ミオはマグをそっと机の端に置いた。
「温かいお茶です。……胃に、優しいやつ」
レイヴァンのペンが、一瞬止まった。
「……誰が“胃”の話を」
「広報長さんがずっと言ってます」
「……」
レイヴァンは無言でマグを見た。
ミオは、机の上の書類の山を見て目を丸くする。
「……うわ。これ、全部、今日だけで……?」
「今日だけで、です」
「参謀さん、寝てないですよね」
「寝ます。いつか」
いつか、って言い方が怖い。
ミオは思わず言った。
「私、できることありますか」
「あります」
即答だった。
ミオの顔がぱっと明るくなる。
「ほんとですか!」
「あります。まず――」
レイヴァンは書類を一枚抜き、ミオに差し出した。
『噂対策:想定問答集(案)』
「これを、あなたの言葉に直してください」
ミオが受け取る。
そこには、硬い文章が並んでいた。
『Q:勇者召喚は失敗したのですか?
A:召喚は成功しております。現在、適切に対応中です。』
ミオは眉をひそめる。
「これ……怖いです。読んだ人、置いていかれる感じする」
「……そうでしょうね」
レイヴァンは淡々と頷いた。
「私が書くと、そうなる」
自覚があるのに直らないの、強い。
ミオはペンを握った。
「じゃあ、私が……“置いていかれない”言い方にします」
「頼みます」
“頼みます”が、やけに軽くない。
ミオは胸の奥がじん、とする。
その瞬間。
窓の外で、遠く、赤い光が上がった。
――炎の信号。
レイヴァンが立ち上がるのと、ミオが窓に駆け寄るのが同時だった。
「なにあれ……」
レイヴァンの声が冷える。
「……魔王軍の“演出”だ」
ミオが振り向く。
「演出?」
「向こうにも広報がいる」
レイヴァンは机上の地図に指を落とした。
「王都の外縁。わざと見える場所で、火を上げた。恐怖を“見える形”にして、噂と結びつける」
ミオの喉がひゅっと鳴る。
「……私の文章の、逆をやってる」
「そうです」
レイヴァンは短く息を吐いた。
「魔王軍が、こちらの手を見た」
ミオの胸がざわざわする。
「じゃあ……“守りの市”、潰されますか」
「潰させません」
レイヴァンが即答した。
ミオは、その言い切りに救われる。
けれど次の言葉が、さらに胸を刺した。
「だから、あなたは――より慎重に、より目立たずに、働いてください」
ミオは頷いた。
「……はい」
レイヴァンは扉へ向かいながら、振り返る。
「ミオ。ここにいてください」
「はい」
「勝手に、外へ出ないでください」
「はい」
「……返事が早い」
「守ります。今日は」
「今日は、でいい」
レイヴァンが出ていく。
残されたミオは、胸を押さえた。
(魔王軍にも、企画担当がいるんだ……)
炎上マーケ。
そんな言葉、元の世界で聞いたことがある。
でもそれは、ネットの話で。
命がかかった場所で、やるものじゃない。
ミオは机に戻り、噂対策の紙を見つめた。
(……私の言葉で、鎮火できる?)
外で、遠く、もう一度火が上がった。
その赤が窓に映る。
ミオは、ぎゅっとペンを握った。
そして、噂対策の一行目を、書き換えた。
『怖いと思っていいです。
でも、私たちは今、ひとりにしない形を作っています。』
書いた文字の上に、また薄い光がすべった。
その光が、ほんの少しだけ強くなった気がした。
(つづく)
王宮の会議室。さっきまで人でぎゅうぎゅうだった空間が、今はやけに広い。
窓の外では、遠くで結界が「……ギチ」と鳴った気がした。
(怖い。……でも、怖いって書くのは違う。怖いって言っていいけど、怖さで誰かを縛りたくない)
ミオは、ペン先を紙に落とす。
書き出しは、ひとつ。
『本日、王都中央広場にて「守りの市」を開きます。』
ここまでは、形式。
次の一行で、世界が変わる気がした。
ミオは、深呼吸して、書いた。
『戦うためではなく、今日をちゃんと過ごすための、小さな集まりです。』
ふっと、胸が軽くなる。
すると不思議なことに、書いた文字の上を、薄い光がさらりと撫でた。
「……え?」
ミオはペンを止める。
光はすぐ消えたけれど、紙に残る文字が、ほんの少しだけ――“温かい”感じがする。
(魔法? ……いや、私の気のせい?)
そのとき、扉がノックもなく開いた。
「おーい! 書けた!?」
広報長が、風みたいに入ってきた。背後には侍従が二人、紙束を抱えて必死に追いかけている。
「ノックしてください!」
「ノックするとテンポが死ぬ!」
「テンポより礼儀です!」
「礼儀は後で印刷する!」
印刷するな。
ミオは慌てて紙を差し出した。
「いま、書き始めたところです。えっと……これで、どうでしょう」
広報長が、紙をひったくるみたいに受け取り、目を走らせる。
次の瞬間、顔がぱあっと明るくなった。
「……いい!!」
そして、いきなり会議室の中央で回転した。
「いいよミオちゃん!! これ、強い! 煽らないのに、背中押すやつ! “今日をちゃんと過ごす”って言葉、ちょうど胸の真ん中を叩く!」
侍従が青ざめて言う。
「広報長、回らないでください! 書類が!」
「書類は回れば整理される!」
「されません!」
ミオは戸惑いながらも、少しだけ笑ってしまった。
「続きも書きます。配布内容とか、時間とか……」
「そのへんはこっちで盛る!」
「盛らないでください!」
「盛る! でも、盛りすぎない! 参謀に怒られるから!」
広報長は、紙の下に勝手に追記し始めた。
『・温かいスープ配布(なくなるまで)』
『・保存食の作り方、教えます』
『・一言お守り、書けます(泣いてもOK)』
最後の括弧に、ミオが目を丸くする。
「泣いてもOK……?」
「泣くの禁止すると余計泣くでしょ? だからOK。あと、泣いてる人にスープ渡すの、めちゃくちゃ効く。人生で学んだ!」
広報長、妙に人生が濃い。
ミオは、そっと言った。
「……広報長さん、やさしいですね」
「でしょ?」
「……でも、怖いです」
「うん、怖いよね」
広報長は、軽い声のまま、目だけ少し真面目になった。
「だから、怖さをひとりにしない。市に来た人が、『私だけじゃない』って思える場所を作る。そうしたら、明日まで生きられる。明日まで生きられたら、勝ち筋が増える」
ミオは頷いた。
そこに、もう一度扉が開く。
今度は静かだった。
レイヴァンが入ってきた。外套の裾に、風と焦げた匂いがついている。
彼は広報長の回転痕(痕?)を一瞥し、紙へ視線を落とす。
「……告知文は」
ミオが口を開こうとすると、広報長が先に差し出した。
「はいこれ! ミオちゃんの文が神!」
「神という単語も避けてください」
「えっ、神ってだめなの!?」
「政治的に面倒です」
「政治的に面倒って言葉が面倒だよ!」
レイヴァンは無言で読み進める。
ミオは、息を止めた。
“評価される”って、怖い。
でもレイヴァンの目は、紙の上を冷静に滑っていく。
最後まで読んで、彼は短く言った。
「……良い」
ミオの胸が、ふっとほどけた。
広報長がガッツポーズする。
「ほら! 参謀が褒めた! 珍しい!!」
「褒めてはいません。評価です」
「褒めだよそれ!」
レイヴァンは広報長の追記を指でトントンと叩いた。
「“泣いてもOK”は……」
ミオが固まる。
怒られる、と思った瞬間――
「……残していい」
レイヴァンが言った。
広報長が目を丸くする。
「えっ!? 残すの!? 参謀が!? 泣いてもOKを!?」
「禁止すると隠れて泣く。隠れて泣くと危険が増える」
論理が冷たいのに、結論がやさしい。
ミオは小さく笑った。
レイヴァンは紙を返しながら、ミオにだけ低く言う。
「……書いた文字に、微弱な魔力が乗っています」
「えっ」
「あなたが、召喚で“媒介”になっている可能性がある」
ミオは、紙を見下ろした。
さっき見えた光は、気のせいじゃなかった。
「じゃあ……私の言葉って、ほんとに……」
「落ち着かせる方向に働くなら、利点です」
利点。彼らしい言い方だ。
でもミオは、胸の奥が熱くなるのを感じた。
(……役に立てる)
その瞬間、また遠くで結界がきしんだ。
レイヴァンが顔を上げる。
「……斥候の気配が近い」
広報長が即座に腕まくりする。
「よし! 告知、今から撒く! 侍従! 紙! 印刷! 配布係、招集!」
「招集って言わないでください! 私たち侍従です!」
「侍従も人だ! 人は配布できる!」
「雑すぎます!」
レイヴァンが、広報長の襟元を軽く掴む。
「……目立つ動きはするな」
「するよ?」
「するな」
「でもしないと、噂だけが走る!」
「だから、段階的に」
「段階的って何段?」
「三段」
「三段は少ない!」
「必要十分です」
ミオが恐る恐る口を挟む。
「……段階的って、たとえば」
レイヴァンが即答する。
「一段目:王宮から正式発表。二段目:市場の掲示板。三段目:口伝え。逆順にしない」
広報長が唇を尖らせる。
「口伝えの方が速いのに~」
「速いほど制御不能です」
広報長は「ちぇ」と言いながら、しかし珍しく素直に頷いた。
「わかった。じゃあまず王宮発表。ミオちゃん、読み上げ役やる?」
ミオの背筋が凍る。
「えっ、わ、私が!?」
「だってミオちゃんの言葉だもん! 声にしたらもっと効く!」
レイヴァンが、即座に遮った。
「却下」
「えっ、なんで!?」
「あなたは召喚者だ。矢面に立てば“失敗”を確定させる材料になる」
広報長が口を尖らせた。
「じゃあ、私が読む」
「あなたは余計なことを言う」
「ひどい!!」
レイヴァンは、侍従の一人を指名した。
「侍従長。あなたが読み上げろ。淡々と。感情を乗せるな」
侍従長が固い顔で頷く。
「承知しました」
広報長がぼそっと言う。
「淡々と読んでも、ミオちゃんの文章なら泣くよ……」
「泣いてもOKです」
「参謀、ちょっと優しいこと言った! 今の録音したい!」
「録音するな」
こうして、王宮からの正式告知が決まった。
――そして、数時間後。
王都の中心、城門前の掲示台に、紙が貼り出された。
人が集まる。
読む。
顔が上がる。
誰かが言う。
「……守りの市、だって」
「戦争の話じゃないのか?」
「“今日をちゃんと過ごすため”って……」
「スープ、あるって」
市民の会話が、少しだけ柔らかくなる。
その柔らかさが、王都の空気をほんの少し変えた。
そして同じころ――
王都から離れた森の影。
黒い外套の男が、掲示文の写しを手にしていた。
魔王軍の斥候。
彼は紙を見つめ、鼻で笑った。
「……“討伐”と言わない。賢いな」
斥候は、小さく紙を指でなぞる。
文字の上に、薄い光が残っている。
「魔力が乗っている……? 癒しの類か。厄介だ」
斥候は、隣の影に向かって言った。
「持ち帰れ。魔王様へ」
影が頷く。
斥候は、もう一度紙を見た。
そして、意外そうに呟く。
「……しかし、これは」
“煽り”ではない。
“罵倒”でもない。
それなのに――
人を動かす力がある。
斥候は、唇の端を上げた。
「面白い。炎上ではなく、鎮火で人を集めるのか」
彼は、紙を折りたたむ。
「なら、こちらは――“炎上”で集めよう」
森の影が、ぞくりと笑った気がした。
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
その夜、王宮。
レイヴァンは、机に向かっていた。
書類の山。地図。警備配置図。結界の担当表。
そして、噂対策文案。
彼はペンを走らせながら、淡々と呟く。
「……“勇者召喚失敗”の噂。出所は不明。広がりは速い。抑えるより、薄める……」
そこへ、扉が控えめにノックされた。
「入れ」
ミオが、顔だけ覗かせる。
「あの……参謀さん。差し入れです」
ミオの手には、小さな包み。湯気の立つマグ。
「……勝手に来るなと言ったはずです」
ミオはしゅんとした。
「ごめんなさい。でも、廊下で侍従さんに許可もらいました」
「……ならいい」
許可があるならいいらしい。法。
ミオはマグをそっと机の端に置いた。
「温かいお茶です。……胃に、優しいやつ」
レイヴァンのペンが、一瞬止まった。
「……誰が“胃”の話を」
「広報長さんがずっと言ってます」
「……」
レイヴァンは無言でマグを見た。
ミオは、机の上の書類の山を見て目を丸くする。
「……うわ。これ、全部、今日だけで……?」
「今日だけで、です」
「参謀さん、寝てないですよね」
「寝ます。いつか」
いつか、って言い方が怖い。
ミオは思わず言った。
「私、できることありますか」
「あります」
即答だった。
ミオの顔がぱっと明るくなる。
「ほんとですか!」
「あります。まず――」
レイヴァンは書類を一枚抜き、ミオに差し出した。
『噂対策:想定問答集(案)』
「これを、あなたの言葉に直してください」
ミオが受け取る。
そこには、硬い文章が並んでいた。
『Q:勇者召喚は失敗したのですか?
A:召喚は成功しております。現在、適切に対応中です。』
ミオは眉をひそめる。
「これ……怖いです。読んだ人、置いていかれる感じする」
「……そうでしょうね」
レイヴァンは淡々と頷いた。
「私が書くと、そうなる」
自覚があるのに直らないの、強い。
ミオはペンを握った。
「じゃあ、私が……“置いていかれない”言い方にします」
「頼みます」
“頼みます”が、やけに軽くない。
ミオは胸の奥がじん、とする。
その瞬間。
窓の外で、遠く、赤い光が上がった。
――炎の信号。
レイヴァンが立ち上がるのと、ミオが窓に駆け寄るのが同時だった。
「なにあれ……」
レイヴァンの声が冷える。
「……魔王軍の“演出”だ」
ミオが振り向く。
「演出?」
「向こうにも広報がいる」
レイヴァンは机上の地図に指を落とした。
「王都の外縁。わざと見える場所で、火を上げた。恐怖を“見える形”にして、噂と結びつける」
ミオの喉がひゅっと鳴る。
「……私の文章の、逆をやってる」
「そうです」
レイヴァンは短く息を吐いた。
「魔王軍が、こちらの手を見た」
ミオの胸がざわざわする。
「じゃあ……“守りの市”、潰されますか」
「潰させません」
レイヴァンが即答した。
ミオは、その言い切りに救われる。
けれど次の言葉が、さらに胸を刺した。
「だから、あなたは――より慎重に、より目立たずに、働いてください」
ミオは頷いた。
「……はい」
レイヴァンは扉へ向かいながら、振り返る。
「ミオ。ここにいてください」
「はい」
「勝手に、外へ出ないでください」
「はい」
「……返事が早い」
「守ります。今日は」
「今日は、でいい」
レイヴァンが出ていく。
残されたミオは、胸を押さえた。
(魔王軍にも、企画担当がいるんだ……)
炎上マーケ。
そんな言葉、元の世界で聞いたことがある。
でもそれは、ネットの話で。
命がかかった場所で、やるものじゃない。
ミオは机に戻り、噂対策の紙を見つめた。
(……私の言葉で、鎮火できる?)
外で、遠く、もう一度火が上がった。
その赤が窓に映る。
ミオは、ぎゅっとペンを握った。
そして、噂対策の一行目を、書き換えた。
『怖いと思っていいです。
でも、私たちは今、ひとりにしない形を作っています。』
書いた文字の上に、また薄い光がすべった。
その光が、ほんの少しだけ強くなった気がした。
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