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後日談① 騎士団員真剣会議:彼氏面(正式)の運用について
しおりを挟む(三人称/コメディ回)
騎士団には、訓練よりも統率が取れる瞬間がある。
――それは“姉さん”の話題が出た時だ。
昼下がり、訓練場の隅。なぜか机と椅子が並び、なぜか黒板まで出ていた。団員たちは真剣な顔で円形に座り、中心には議長席まで設置されている。
議長を務めるのは、最年長の団員(自称)。胸の前で腕を組み、低い声で言い放った。
「――騎士団員真剣会議を開会する」
誰もツッコまない。
ツッコむべき副団長は、今日は“ここにはいないことになっている”。その理由は簡単だ。彼がいると会議が五秒で解散するからである。
議長が黒板に大きく書いた。
『議題:団長の彼氏面(正式)運用について』
団員たちがうなずく。うなずき方が訓練の合図より揃っている。
「まず確認だ! 団長が姉さんと恋人になった!」
「おめでとうございます!」
「おめでとうございます!!」
「おめでとうございます!!!」
拍手が起きる。なぜか号令がかかった。
「そこで我々の問題は一つ! 姉さんが困っていないかだ!」
「困ってないと思います! 笑ってました!」
「でも戸惑い笑いでした!」
「戸惑い笑いは通常運転だ! 指標にならない!」
誰かが真面目な顔でメモを取っている。
そのメモの見出しがすでに危険だった。
『姉さんの笑い:種類別分類』
議長が黒板に項目を書き足す。
『①戸惑い笑い(通常)』
『②呆れ笑い(成長)』
『③照れ笑い(心臓に悪い)』
「③は尊死者が出る!」
「尊死って言うな!」
「出ます! 出たことあります!」
「いつだ!」
「昨日です!! 団長が下の名前呼びした時!!」
「その時は俺も出た!!」
「俺も!!」
「――全員だろ!!」
議長が咳払いをする。
「よろしい。では次。差し入れの運用についてだ」
団員の一人が手を挙げた。
「団長の差し入れは全体配給が基本でした。しかし今は“個別”が増えています」
「個別……!」
「胸ポケット……!」
「尊死……!」
「尊死って言うな!!」
議長が黒板に書く。
『差し入れ:全体/個別』
「全体の士気は上がる!」
「個別は姉さんの心臓が上がる!」
「どっちの士気が重要だ!?」
「両方だ!!」
きっぱり言った団員が、なぜかドヤ顔だった。
「結論:差し入れは両方必要」
「必要って言葉が汚染してる!」
「でも必要です!!」
議長が一瞬だけ誇らしげにうなずいた。完全に団長の語彙が感染している。
「次。呼称の運用」
「下の名前呼びです!」
「増えました!」
「増えたら尊死者が出ます!!」
議長が黒板に書く。
『呼称:下の名前(距離:縮)』
「距離:縮って何だ!」
「符号です!」
「誰が教えた!?」
「……殿下」
「殿下を議題に入れるな! 火がつく!!」
その瞬間、なぜか訓練場の空気が少しだけ軽くなった気がした。誰かが後ろを振り返り、ひそひそと囁く。
「……今、“殿下”って言った?」
「言った」
「来る?」
来ないでほしい。来る気配を感じたくない。
議長は仕切り直した。
「よし! ここからが本題だ!」
「本題?」
「団長の彼氏面が“強すぎる”問題!」
全員が真顔になった。真剣さが怖い。
「団長は姉さんを守る」
「当たり前です!」
「でも守り方が時々、強すぎる!」
「強すぎるのはいい!」
「よくない! 姉さんが遠慮する!!」
「遠慮は良くない!」
議長が黒板に書く。
『彼氏面:強/弱』
「弱はだめだ!」
「強もだめだ!」
「ちょうどいいが必要だ!!」
ここまで来ると、会議が哲学になってきた。
団員の一人が立ち上がった。
「提案があります!」
「言え!」
「――“気配遮断班”を作りましょう!」
ざわっ。
「姉さんの休憩中、来客や団員の突撃を遮断し、静けさを提供する班です!」
「天才!!」
「それなら姉さん、ちゃんと休める!」
「副団長の胃も守れる!」
「副団長の胃は議題外!!」
「議題に入れてください!!」
議長が黒板に書いた。
『新設:気配遮断班(仮)』
さらに別の団員が手を挙げる。
「もう一つ! “尊死対策班”も必要です!」
「必要なの!?」
「下の名前呼びが来た瞬間、倒れる者を支える班です!」
「それは班じゃなくて救護!!」
「救護も必要です!」
黒板がすごいことになる。
『新設:尊死対策班(仮)』
『新設:胃薬予算(仮)』
仮が多い。暫定が好きな文化が根づいている。
議長が満足げに頷いた。
「よし。規定にしよう」
「規定!?」
「規定板を増設しよう」
「増設!?」
「付録:姉さんの笑いの取り扱い(暫定)――」
「やめろ!!」
そこへ。
訓練場の端から、やわらかな声がした。
「みんな、何してるの?」
全員が凍った。
――姉さんだ。
彼女はお盆を持って立っていた。湯気の立つ湯呑がいくつか。お茶の香りがふわっと広がる。
団員たちは瞬間的に姿勢を正した。会議の机があったことなど、今まさに“なかったこと”にしようとしている。
「えっと……その……」
「な、何もしてません!」
「訓練です!」
「机と黒板で!?」
「訓練です!!」
必死すぎて逆に怪しい。
彼女は困ったように笑った。
「……休憩中? お茶、淹れたから、よかったら」
その瞬間、会議は全員の脳内で停止した。
“姉さんがお茶を淹れた”
――それだけで幸福度が上がる集団、それが騎士団。
「姉さん……!」
「ありがとうございます……!」
「尊い……」
「尊いって言うな!!」
誰かが叫んだが、もう遅い。尊さは空気に混ざっている。
その時。
訓練場の入り口から、空気がすっと締まった。
団長が現れた。
無表情で、静かに、そして確実に、こちらを見ている。
団員たちは一斉に息を止めた。
団長は黒板を見る。
机を見る。
紙を見る。
そして――議長を見た。
「……しているな」
低い声。
逃げ場なし。
「いえ!! していません!!」
議長が反射で叫ぶ。
「我々は……訓練です!!」
団長は淡々と言った。
「訓練に黒板は不要だ」
「でも必要です!!」
「必要って言うな!!」
団員同士でツッコミが発生し始めた。末期だ。
彼女があわてて言う。
「団長、えっと……みんな、私が困らないようにって……」
「……」
団長が一瞬、言葉を止める。
そして、淡々と結論を出した。
「――解散」
即。
団員たちは訓練より速く立ち上がり、訓練より綺麗に列になり、訓練より統率よく散った。
黒板は消され、机は運ばれ、会議の痕跡は三十秒で消滅した。
そこに残ったのは、湯呑と、ほのかな茶の香りだけ。
彼女が戸惑ったように笑う。
「……今、何の会議だったの?」
「会議ではない」
団長が即答する。
「訓練だ」
「訓練だったんだ……」
団長は彼女の前に立ち、低い声で言った。
「君が淹れた茶は、俺が確認する」
「確認って……毒見ですか」
「危険は排除する」
彼女が小さく笑う。
団長の耳が、ほんの少し赤くなる。
遠くで副団長が隠れて見ていたのか、訓練場の影からかすれ声が聞こえた。
「……だから規定にするなって言ってるだろ……」
誰にも届かないツッコミが、今日も騎士団のどこかで消えていった。
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