『呪いのせいで愛妻家になった公爵様は、もう冷徹を名乗れない(天然妻は気づかない)』

星乃和花

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第19話 爆心地、本人で来訪(※門前で“拒否饅頭”が完売する)

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翌日――午前。

公爵邸の門前は、またしても賑やかだった。

いや、賑やかというより、準備万端だった。

屋台が増えている。

昨日の予告通り、「拒否饅頭」の札が堂々と掲げられ、売り子が元気に叫んでいる。

「拒否饅頭いかがですかー! 断っても断っても尊い!」
「社交界版・硬派版・蜂蜜版、三味でーす!」

三味って何。

リリアは、屋敷の窓からその光景を見て、そっとカーテンを閉めた。

(神官長、仕事が早すぎる……)

その時、扉の外でカイルの悲鳴が聞こえた。

「旦那さま!! 来ました!!」
「“爆心地”が本人で来ました!!」

言い方が最悪。

でも状況はもっと最悪だった。

エドワード・フォン・ラズリーが、花束を抱えて――堂々と門前に立っていた。

しかも。

笑顔が爽やかすぎて、周りの群衆が半分うっとりしている。

「うわぁ……貴公子……」
「公爵と真逆の方向で美しい……」
「三角関係が始まるの!?(始まりません)」

始まらない。

リリアは心の中で即答した。

そして、その即答より早く――執務室の方から冷気が流れてきた。

レオンハルトが、来た。

 *

レオンハルトは玄関ホールに現れた瞬間から“冷徹公爵”の顔だった。

昨夜ちゃんと寝たのか、目の下の影が少し薄い。

……薄いけれど、目が鋭い。

彼の視線がまっすぐリリアに刺さる。

「ここにいろ」

命令。

リリアは反射で頷き――かけて、思い出す。

(私、“怖い時は怖いって言う”って約束した)

リリアは小さく息を吸って、正直に言った。

「……少し、怖いです」

レオンハルトの表情が、ほんの少しだけ緩む。

「……わかった」

わかった、と言ってから。

彼は、リリアの手を取った。

ぎゅ、ではなく、しっかり。

逃げ道はない。でも怖くない握り方。

「一緒に行く」

「えっ、外に出るんですか!?」

「出ない」

矛盾。

リリアが瞬きをすると、レオンハルトは淡々と補足した。

「門の内側までだ」

内側までなら、外じゃない理論。

硬派の境界線が細かい。

エルザが背後で頷いた。

「旦那さま。良い判断です。奥さま、走らないでくださいませ」

「走りません!」

「転ぶ未来が見えます」

未来予知やめて。

 *

門前。

鉄の門の向こうに、エドワードがいた。

花束を抱えたまま、にこやかに頭を下げる。

「公爵殿。ご機嫌麗しく」

レオンハルトは一言も返さなかった。

返さずに、ただ――視線で刺した。

刺されたのにエドワードは笑っている。

鋼のメンタル。

「昨日のお返事、確かに頂きました」

「なら帰れ」

レオンハルトの低い声が、門の石を冷やす。

エドワードは肩をすくめた。

「公爵殿宛の連絡に限れ、と。ええ、だから私は今、公爵殿にお話を」

理屈が通っているのが腹立つ。

レオンハルトのこめかみが僅かに動いた。

「話は終わりだ」

「終わっていません。――夫人が“嫌だ”と仰るまでは」

その瞬間、リリアの胸がきゅっとなる。

(え、私、巻き込まれてる……)

巻き込まれているのに、レオンハルトが前に立っているから不思議と息ができる。

リリアは、小さく言った。

「……嫌です」

即答。

エドワードが目を瞬いた。

「おや。夫人の声。可憐で――」

「続けるな」

レオンハルトが、即座に遮る。

空気が一段冷える。

周りの群衆が「ひゃっ」と声を上げた。

そして屋台が、なぜか盛り上がる。

「拒否饅頭、追加でーす!」
「今の“続けるな”味! 硬派版の新作!」

新作を作るな。

リリアは頭を抱えたくなった。

エドワードは、花束を少し持ち上げて言う。

「なら、花だけでも――」

「受け取らない」

「公爵殿が受け取ってください。夫人に触れずに済む」

エドワードは自分を“紳士”に見せるのが上手すぎる。

でもレオンハルトは、微動だにしない。

「不要だ」

「……頑なですね」

「硬派だ」

硬派で返すな。

リリアが小声でツッコみかけた瞬間、レオンハルトがリリアの手を握り直した。

――“黙っていていい”の合図みたいに。

リリアは、でも黙らなかった。

約束がある。

怖い時は怖いと言う。嫌な時は嫌と言う。

リリアは、門の内側から、きちんと言った。

「エドワード様。私は、お茶には行きません」

エドワードが、優しげに微笑む。

「なぜ?」

(なぜって聞くの、ずるい)

理由を言わせたら、その隙に“説得”が始まる。

リリアは一瞬迷って――でも、正直に言った。

「……私、公爵さまの妻なので」

その言葉に、群衆が「おぉ……」とどよめく。

屋台がまた売れ始める。

「今の、“妻なので”味ー! 社交界版に近い!」
「尊い! 尊い! 箱でください!」

箱で買うな。

エドワードは、穏やかに言った。

「それは“立場”ですね。では、感情は?」

感情。

踏み込む質問。

リリアの胸が揺れる。

でも、リリアはそこで逃げなかった。

横にいるレオンハルトが、逃げない約束をした顔をしているから。

リリアは、ちゃんと言った。

「……怖いからです」

エドワードが目を細める。

「公爵が怖い?」

レオンハルトの空気が“凍る前”になる。

リリアは慌てて首を振った。

「違います! 公爵さまは怖くないです!」

(※先日の門前発言が再演されているようだ)

「怖いのは……」

リリアは言葉を探して、ゆっくり続けた。

「私、知らない男の人に“守ってあげる”って言われるのが、怖いです」

静かに落ちた言葉。

一瞬、門前の雑音が消えた。

屋台の声も止まる。

エドワードが、ほんの少しだけ驚いた顔をした。

「……そうか」

リリアは、息を吐く。

「私は、守られるなら……公爵さまがいいです」

その瞬間。

レオンハルトの手が、ほんの少しだけ震えた。

震えて、それから落ち着く。

落ち着いて――低い声が出る。

「聞いたな」

エドワードが軽く笑う。

「ええ、聞きました。……夫人の意思は尊重しましょう」

そして花束を、そっと下ろした。

「ではこれは、門前の皆さんに」

群衆がざわめく。

「え、花束もらえる!?」
「貴公子、いい人……!」

いや、いい人のやり口じゃない。

これは最後の“印象操作”だ。

案の定、屋台が叫ぶ。

「花束記念でーす! 拒否饅頭、花の香りつきー!」

香りつきを作るな。

レオンハルトが、低く言った。

「終わりだ」

「ええ。……最後に一つだけ」

エドワードは、レオンハルトをまっすぐ見た。

「公爵殿。夫人の“怖い”を、あなたは聞けますか」

空気が止まる。

それは挑発ではなく、試す問いだった。

レオンハルトは、一拍置いて答えた。

「聞く」

短い。

でも、揺れない。

「……言い訳なしで」

それを付け足した瞬間、リリアの胸がふわっと温かくなった。

エドワードは、軽く頭を下げる。

「なら、今回は引きます。――また社交の場で」

「ない」

レオンハルトが即答する。

エドワードは笑って、背を向けた。

そして群衆に向かって一礼し、去っていった。

門前がどっと息を吐く。

屋台が一斉に叫ぶ。

「完売ー!!」
「拒否饅頭、完売でーす!!」

完売するな。

 *

門が閉じた後。

リリアは、ようやく息を吐いた。

「……怖かったです」

レオンハルトが、すぐに答える。

「もう終わった」

「はい……でも、心臓が」

レオンハルトは言葉を探して、少しだけ黙り――

そして、隣のリリアの手を、もう一度しっかり握った。

「……落ち着け」

命令みたいで、でも声が優しい。

リリアは小さく笑った。

「命令ですか?」

「……お願いだ」

素直。

リリアは頷いた。

「落ち着きます」

その返事に、レオンハルトの肩がほんの少しだけ下がる。

そして、ぽつりと告げた。

「……君が言った」

「何を?」

「守られるなら、私がいいと」

リリアは顔が熱くなる。

(うわ、復唱しないで……!)

リリアは誤魔化すように、導線図を思い出して言った。

「えっと、じゃあ……黒の場所、増えます?」

レオンハルトが即答した。

「増える」

「増やさないでください!」

「……努力する」

「努力じゃなくて実行です!」

そのやり取りに、遠くからカイルの声が聞こえた。

「奥さまーー!! 拒否饅頭が完売して、次は“安心饅頭”を作るそうですーー!!」

「作らないでくださーい!!」

リリアが叫ぶと、レオンハルトが低く言った。

「……潰す」

「燃やさないでください!」

「燃やさない」

「条例もダメです!」

「……わかった」

今日の硬派は、学習している。

リリアは胸の奥が温かいまま、そっと言った。

「公爵さま。私、ちゃんと嫌って言えました」

レオンハルトが、少しだけ目を柔らかくする。

「……よく言った」

「燃えるので禁止です!」

「……では」

一拍。

「……助かった」

燃えない褒め方を選んできた。

リリアは、ふにゃっと笑った。

「はい。私も……助かりました」

呪いは解けた。

でも“爆心地”はまだある。

社交界も、噂も、屋台も。

それでも、二人で「怖い」と「嫌」を言い合えるなら――

きっと、燃え方は少しずつ“優しい火”になっていく。

(つづく)
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