五丁目のマンション、エレベーター内にて

三文小唄

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601号室①

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怪談。
それは世にも奇妙で恐ろしい体験を物語にした物だ。
創作のものもあれば、実際に起きたものもある。
その中で、実際に起きたものと言うのは得てして後味が悪いものばかりである。
私――柏田かしわだみのるも、その不思議な体験をした1人だ。

私の住む所は7階建てのよくあるマンションである。都内ではあるが、周りにここ以上に高い建築物は多くない。
しかしここに住む人間はその部屋数に対してかなり少ない。
何故ならここは心理的瑕疵かし物件、つまり幽霊の出ると言われる物件だからだ。
近所の人は、このマンションに近づくことすらしない。
そのため、ここのマンションは非常に安い。
東京へ上京した私は、その安さに魅力を感じてここに住むことを決めたのだった。事前にここの物件の事を説明されてはいたが、夢のために突き進む私を止めるには至らなかった。
それに、そのような話ははなはだ馬鹿らしいとさえ思っていた。
ここに住む前の私は、幽霊の存在など信じていなかったのだ。
しかしあることをきっかけに、私はその存在を確かな物として認識することになる。
そしてその恐ろしさの片鱗を、味わった。
これ以上迂闊うかつにその世界へと踏み入れる人間がでないように、私はこの物語を記そう。

まずは最初のきっかけから記そう。
私の物語だ。
私は、部屋の隅を見やる。部屋の隅の、さらに向こう側。このマンションのエレベーターのある場所。
そこで私は、このマンションの恐ろしさを知ることになる。





「ここが今日から私の住むところか」

私はキャリーケースを置き、リュックサックを背負い直す。
7階建ての大きなマンションだ。
私の契約した部屋はその6階。601号室だ。
マンションは、縦の長さも結構あるが、横幅もそれなりにあった。外から部屋数を数えると、12程だ。
私はマンションの敷地に足を踏み入れた。

私は視界に入ったエレベーターに入り6階のボタンを押す。
この建物は、そこそこ年季の入ったマンションなのだが、このエレベーターだけは不自然なほど真新しかった。
6階に着いた私はガラゴロとキャリーケースを引く。
エレベーターと床に若干の高低差があったのか、キャリーケースが軽く浮いた。
このエレベーターは後付けで設置されたものなのだろうか。微妙にこの建物とマッチしていない。

「えーっと、601号室。601号室」

私は1番近い部屋の号数を確認する。
そこには612号室の表記がされてあった。

「あー、逆側だったか。めんどくせぇ」

私は再びキャリーケースを引き、反対方向へ歩いた。
ここまで結構な時間をかけてきた。
私は静岡から、上京してきたばかりなのだ。大学を出て何をやるでもなく、唐突に絵の勉強をしたくなって再度東京の専門学校に通うことにした。
親には反対されたが、アルバイトをして社会経験を積むことを条件にある程度の援助を取り付けてある。
大学に加えて専門学校に通うのだから、親には頼りっぱなしで申し訳ないと思っている。
しかし、ようやく見つけた夢なのだ。
今までの無気力的な人生から脱せたのだ。私は浮かれてしまっていた。

廊下は長い。柵の向こう側は6階だけあって非常に高い。
落ちたら確実に助からないだろう。
私は表札を見ながら歩いていく。

「結構空き部屋があるな……」

ポストに投函禁止のシールが貼ってある部屋が殆どだ。
これなら、挨拶回りは簡単に済むだろう。
荷降ろしもあるから、そういう疲れる作業は少ないに越したことはない。

「やっと着いた」

私は自身の部屋、601号室の前に到着した。
事前に隣の部屋を確認していたが、そこは空き部屋だった。ちなみに603号室には愛川さんという方が住んでいるらしい。
向こう側のエレベーターからここに来るのはしんどいな。
私の部屋は端っこだ。
隣の空間にはにエレベーターが設置されているだろう。
私はそのエレベーターの位置を確認した。
すると、そこには奇妙な張り紙がされてあった。

「22時~6時の間はこのエレベーターを利用しないでください」

何故そのような時間指定がされているのだろう。定期メンテナンスでもあるのだろうか。
しかしそれにしてはかなり長い時間だ。
8時間も使えない。一日の3分の1がメンテナンスだとでもいうのだろうか。
奇妙な違和感はあったが、私はそこから考えるのをやめた。
事前に渡されていた鍵を取り出し、扉を解錠する。ガチャリと音を立てたあと、扉は開いた。

「なかなか広いな」

ここに来る前に見取り図に目を通してはいるが、実際に見るとやはり広い。
都内で2DKと言うのは、贅沢な方ではないだろうか。
玄関口は小さい。しかし、すぐ目の前にあるキッチンは広々としていた。
そこから二つの扉が隣同士に設置されていて、それぞれが洋室と和室になっていた。
和室の方を寝室にしよう。
私は洋室に入り、キャリーケースとリュックサックを下ろした。

「ふぅ……」

天井を見上げ、一息つく。
荷物は明日届く。それまで簡易的な荷解きをしておこう。
私は1度伸びをしたあと、キャリーケースを開けた。

荷解きが終わった頃には、夕方近くになっていた。ここに着いたのが14時くらいだったので、3時間近く荷物を整理していたのだろう。
まあ持ってきていたのはキャリーケースに入る分の物しかないので、実際には荷解きはそんなに時間が掛かっていない。
途中で持ってきていた本を読み始めたのがいけなかった。

それはさておき、私は挨拶回りをしようと決めた。
とりあえず手土産は三つ。
隣の分と、上階、下階の3つ分だ。
角部屋のため、ひとつ分手土産が減るのは嬉しい。

しかし生憎と私の隣は空き部屋だ。ひとつ余る計算だが、そういえば603号室に誰か住んでいるのを思い出し、そちらに手渡すことに決めた。

一先ず土産を持って、603号室――愛川さんの部屋のインターホンを押した。

暫くして、部屋の主が扉をガチャリと開けた。

「あの……どちら様でしょうか」
「こんばんは。私は601号室に本日引っ越してきた柏田と申します。以後よろしくお願いします。つまらない物ですが、良ければこちらをどうぞ」

私は彼女に手土産を渡す。

「あ……はい。ありがとうございます。私は愛川と言います。よろしくお願いします。……601号室ですか」

彼女は手土産を受け取ったあと、訝しげな目を私に向けた。

「何か、ありました?」
「いえ、どうしてあの部屋を選んだんですか。事前に何も知らされなかったとか……?」

私は直ぐにそれが、事故物件の話をしているのだと悟った。あぁ、この人は心配性の人なんだな。彼女――愛川さんは、茶色の長髪で、ゆったりとした服を着ていた。目元は若干くまが見える。徹夜でもしたのだろう。

「もしかして事故物件の事ですか? それなら大丈夫ですよ。私、そういうの信じてないので」
「はぁ……、まあ気をつけてくださいね。これは忠告なんですが、絶対にには乗らないでくださいね」

彼女はそれだけ言うと、扉を閉めてしまった。なんだか不思議な人だったなぁ。
顔は可愛かったけど、いちいち言葉に含みがあるように聞こえた。

私がその場を去ろうと足を動かすと、先程の扉が再び開いた。

「言い忘れましたが、これから上の階や下の階に挨拶に行くんですか?」
「えぇ、そうですが」
「それなら行く必要は無いですよ。どの階の1号室には誰も住んでいませんので」

パタンと再び扉が閉まった。

何故、1号室には人が住まないのだろう。私はその言葉を素直に受け取り、自身の部屋へと戻った。
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