【短編集】

染西 乱

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君はかわいいサリーちゃん

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 婚約とは口約束。契約書を交わしていなければさしたる効力も持たぬ無用の長物。そんなことは了承の上、それでも婚約などという約束を取り付けるのはなぜなのか。
いや、これはそもそもそういう話でもない。

「僕が学園で学んでいる間に他のやつと……!?」

怒りに震えるのは幼少のみぎりからの腐れ縁のエーリックである。

整えられた青々とした芝生をバックにわなわなと震えている。うららかな天気とそぐわぬ顔をしないで欲しい。

いくら学園に通うからと言って行ったっきりと言うわけでもなし、そんなにこちらのことを気にしていたのならば夏休みでも冬のホリデイにでもいくらでも顔見せできただろうに、それを怠ったのだからこの結果は仕方のないものだ。

何年か前、いや、学園は四年制であるから四年前になるか……髪の色や目の色は変わりようがないが、身長は記憶にあるよりかなり高くなっている。30センチほど伸びたのだろう。四年前は同じぐらいの身長であったが、今怒りに顔を赤らめたエーリックの顔は軽く見上げるほどの位置にある。サラサラだった髪は、色気付いてワックスで固めている。楚々とした清潔感のある石鹸の匂いだったのが、香水の匂いがしており、思わず顔を顰めた。場違いなやつめ。今日香水を振り撒いてくるやつがあるか。

サリーは美しく梳られた毛を風に揺らして、青いお人形のような、いや人形などよりも数段美しい透き通った理知的な青い瞳でつ、とエーリックを流し見てから気に入らないとばかりにぷいっと顔を背けた。怒りをあらわにしたエーリックのことなど歯牙にも掛けない様子に思わず吹き出してしまいそうになる。
元が奔放なたちなのだ。
造作がどれだけ優れていようと、貴婦人のような立ち振る舞いをしていようと我が家のお嬢様はおいそれと他人にかしずくような性格をしていない。
サリーはエーリックを特別好きであるというわけではない。
柔らかな瞼を伏せて眠そうにしている。

レイチェルは、めんどくささにどうにか蓋をしてとりあえずは謝ることに努めているが、特に悪いとは思っていない。元来下がり気味の眉を意識的に下げながらかわいいサリーの小ぶりの頭を撫でる。

サリーを嫁になどと言うのはエーリックが勝手に言っていただけの戯言である。こちらは了承していないし、かわいい我が家のお姫様を他家にやるようなことはありえない。婚約などしていないし、なんなら口約束すらしていない。
エーリックが勝手にサリーを嫁にもらいたいと言っていただけだ。

「しかも子供が腹にいるなんて……」

サリーのいくらかふっくらとした腹をみてエーリックは絶望の表情を浮かべている。
もうすぐにでも生まれる頃合いであるが、元が細身なサリーの腹はいうほどに目立っていない。言われてみれば、という程度だ。

「サリーの子供なんて絶対にかわいいじゃないか」

エーリックは、くそうと言いながらサリーににじりより、その香水の匂いでサリーに嫌われて逃げられている。膝の上に登ってきたサリーの丸まった背を撫でて、レイチェルは、無臭の己を誇った。

香水臭いからですよ、とは教えてあげる義理もない。エーリックは猫よりも女にモテることを選んだのだろう。

「父親は誰なんだ」

伸ばした手を空中で空振りして、エーリックが聞いてくる。
レイチェルはサリーの子供の父親にあたる雄のかわいらしい姿を思い起こして、頬を緩ませる。

「かっこいいシャム猫さんです」

サリーのお腹のお父さんは映画に出てきそうなシュッとしたシルエットのしなやかな猫さんだ。サリーと同じ青色の瞳をしているため、子猫も青色の瞳になる可能性が高い。
長毛のサリーと違い、毛の短い猫であるため、生まれてくる子猫はどちらの可能性も持っていた。

「…………生まれた子猫……一匹引き取らせてもらってもいいか……?」

「まだ生まれてないですけど」

私の想像の中の子猫はころころと転げ回りお互いに戯れあっていてとてもかわいいですけども。

「絶対にかわいいじゃないか」

おそらく同じように夢想したエーリック真顔で言われて、にっこりと笑顔を作る。

「まぁ追々、猫ちゃんとの相性次第ですね」

「……あとはその臭い香水はやめたほうがいいです」

「う、ぁ、そう、だな。悪い」

レイチェルはエーリックのお家のたび猫さんも好きだったのだが……こればっかりは同人同士のことなので……

「口約束なんてするもんじゃないわね」


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