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 日陰にいるにもかかわらず、レーシーの額から滲んだ汗はみるみるうちに雫になり、こめかみを伝って足元に落ちる。
 手で拭ってみるものの、あまり効果はなく次から次へと湧き出てくる。
 基本的にインドアな生活をしていて体力がないことも理由の一つであるが、魔法を使えないのが痛い。
 魔女は気象や温度に影響をうけない。なぜなら魔女は大抵の場合は魔法で自分の周りの温度を快適に保っているからだ。
 レーシーも多分に漏れず、四六時中体の周りの温度を操っていた。
 久しぶりに感じる暑いという概念に、レーシーの身体はダウン寸前だ。ロクと一緒にいた時にはさほど暑さを感じていなかったところをみると、ロクが気を利かせてくれていたに違いない。
 昔はもう少し頑丈だった気がする。
 魔女になって軟弱に拍車がかかってしまったのだろう。何でもかんでも魔法を使えば快適になるものだから、ついついそれに頼ってしまっている。
 レーシーからすれば他の魔女に比べて田舎に住んでいるし、普通に魔法なんて使わずに生活しているつもりでいたがそうではなかったようだ。
 汗が目に入ってしまい目を擦る。
 早朝から忙しげに往来を歩いていく人々の足取りは迷いがない。誰もからも行き先が決まっているらしい。
 ふぅーーー、とでっかくため息をついた。汗のせいで服が身体にまとわりついてくる。
 自分の汗のにおいが不快だ。
 このままでは倒れてしまうかも、と心配し始めた頃遠くの方にロクの黒いアタマが見えた。
 全力疾走ではないかという速さで走ってきたロクに、レーシーは「遅い」と文句を垂れた。

「悪い、遅れた。思ったよりお前の魔力反応が薄くてかなり近づかないとわからなくてな……ってお前顔真っ赤…」

 自分ではわからないが顔がかなり赤いらしい。
 どこかしこから垂れた汗が顎を伝い、レーシーはなんでもないとばかりにそれを手の甲でそれをぬぐった。
 
「はぁ、アイスが食べたい」

 疲れからか、いつもより子供っぽい話し方になってしまう。
 ロクはレーシーが汗だくなのに気づくと、だらりと下げられたレーシーの手を取った。
 ロクの体温を感じた数秒後に、ロクの魔法が伝って手がひんやり冷たくなる。

(あ゛ー、生きかえる……)
 
 日頃から暑さに慣れていないレーシーの体力はほとんど尽きかけている。
 レーシーは暑さで回らないなりに考えると、近づいていたロクの身体にぎゅう、と抱きつく。
 触れた場所から冷たくなる魔法だ。手っ取り早く涼しくなりたくて、レーシーは自分よりも大きなロクな身体にしがみついた。

「あつい……」

 側から見れば熱烈な待ち合わせの図に見えたかもしれないが、そうではない。今のロクは冷却装置なのだ。
 今にも暑さで倒れそうなレーシーからすれば死活問題だ。
 あぁ、でも、汗臭いかな、ロクの服に汗がついてしまったかもしれない。それはちょっとだけ申し訳ない。
 いきなりの抱擁は予想していなかったのか、しばらくの間ロクの身体は固く強張っていた。
 そうしてレーシーの意図に思い当たったのか、ロクが仕方なさそうに、小さく息を吐いてからレーシーの腰に手を回し抱きしめてくれる。
 腰を支えられると、倒れ込む心配がほとんどなくなり安心して身体を預ける。
 至近距離のロクからはいい匂いがする。転移陣の時にも思ったが、レーシーになじんでいる分安心する匂いだ。

「おい、嗅ぐな」

「大丈夫。いい匂いだから」

「……そう言うことじゃない」

 顔を見なくてもロクの仏頂面が見えてくる。

「わたし汗臭いよね? ごめんね」

「別に臭くない。むしろ……」

 言いかけてロクはぴた、と黙りこくってしまう。レーシーは「おーい、ロク? 電池切れ?」と言いながら背に回していた手でぺちぺちと背骨あたりを叩く。

 何分か抱き合ったままでいた二人に周りからの視線がビシバシと突き刺さっている。
 往来で抱き合うなど、バカップルと思われても仕方ない所業だ。
 
「……もう大丈夫か?」

 耳元でロクの声がして、くすぐったい。レーシーは腕の力を抜くとそっと身体を離した。

「ん、ありがと。もう大丈夫」

 あれほど流れていた汗はもうとまっているし、ベタベタしていた服もさらりとしている。
 やはり魔法様々だ。
 けれど消耗した体力は戻ってこない。レーシーはなんとか疲れた顔に笑顔を浮かべる。

「よし、顔色も元に戻ってるな」

 ロクは遠慮と言う言葉を忘れてしまったようにジロジロとレーシーを検分するように見た。
 
「念の為休憩するか。朝食べ損なって腹も減ったしな」

「賛成」

「ちょうどさっきよさそうな店があったんだよ」
 
 「焼きたてのパンとかお前好きだろ」などと言い、ロクがやってきた道へ視線を投げた。
 なるほど、店を見て回る時間的余裕はあったらしい。
 はぐれたのは人混みのせいだとはわかっているが、来る時には渋っていたくせに、楽しそうなロクと、心臓がないせいでいらぬ疲れを負っている自身のことを鑑みるとどうにも釈然としない。

「……じゃぁその店で……案内してよ」

 いつもより元気なく答えたレーシーにそんなに疲れたのかとロクが苦笑いしているのを、軽く睨んだ。
 
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