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 王都の中心街から一般入った道は中央道よりは狭いが、それでもまだ広い。
 観光客よりももうしこし街に精通した人々が日々の生活のために使っている普段使いに適した店が多い。
 焼き立てチーズケーキの袋を携えて、立った店は端から四番目。時に目立った店構えではない。しかしその屋根のてっぺんにでかでかと黒い風見鶏が居を構えているため妙に目立っている。
 ドアを開けて髪の長い店主に近づくと、向こうも客に気付いたのだろう、緑のエメラルドのような輝きを放つ瞳がこちらに向けられる。
 
「お久しぶりです。おねーちゃん」

「よぉ」

 挨拶の声をかけると、元々大きな瞳が見開かれますます大きく丸くなる。瞼の上にのせられた色はパールの粉でも使っているのか、きらきらつやつやと色っぽい。
 ばさばさに化粧されたまつ毛がぴんぴん跳ね回るようにすら感じる。

「やだーーー! めちゃくちゃ久しぶりじゃなーい!!!」

 はっきりとした赤色に彩られた唇から大きな声が出た。
 テンションの高いおねーちゃんにロク共々抱きしめられる。
 おねーちゃんは相変わらずの元気さだ。
 マーメイドラインの足首を見せる長さのスカートがふわふわ揺れ、肩口のフリルもそれに合わせるように揺れる。
 シャツのボタンがはちきれそうな鍛えられた胸にぎゅうと圧迫されてレーシーは、バシバシとおねーちゃんの背中を叩く。
 レーシーよりも体格のいいおねーちゃんはロクよりも背が高い。

「相変わらずだな」

 ロクがおねーちゃんの出立ちを見て、ふ、と息をつく。

「えー? 相変わらずかわいいでしょ?」

 おねーちゃんはくい、と角度をつけて小首を傾げる。
  長いまつ毛に意志の強そうな眉、ぽってりとした唇に、まらやかな頬。綺麗に施された化粧には一分の隙もない。
 服を着ていてもわかる広い肩幅に、肩甲骨。
 顎のラインもごつごつと骨張っている。
 長い髪はグラデーションを描いており、毛先になるにつれて茶色が紫になっていく。
 骨張った身体を可愛らしい服で包んだおねーちゃんは魔女の中でも一等変わっている。
 好きなように姿形を変える事が出来るのだから、女になりたいのならば変身すればいいだけなのだが、「ごつい男の身体で女服を着て女になってたいのよわたしは」と未来的なことを言い、それを実行している。
 男にしては細身かもしれないが、体のラインはとても女性的とは言えない。鍛えているのか、発達した大胸筋も、脚の筋も女性的とは口が裂けても言えない。
 しかしそれが何とも言えない不思議さで融合していて、おねーちゃんの唯一無二ともいえる神秘的な風貌にマッチしている。
 おねーちゃんはロクの姉弟子なのだ(いや、兄弟子?)ロクは幼少期におねーちゃんの趣味に付き合わされて手ごろなお人形として色々な服を着せられており、この元気なおねーちゃんに対して苦手意識を持っている。

「これおみやげ」

「あら、リックおじさんのチーズじゃない! それとホール丸ごとなんてロマンがわかってるわねーー」

 にこにこ微笑んで、おねーちゃんは鼻先をふくろに寄せて、においを嗅いでいる。

「今日はどうしたの? 結婚報告?」

 レーシーの苦しみの訴えによっておねーちゃんの巨体から解放された身体はそこはかとなくじんじんと痺れている。

「え?」

 嬉しそうなおねーちゃんの言葉に疑問を浮かべ、隣で重たい息をついたロクを見た。

「違う。ほら、アンタぐらいになりゃ見ればわかるだろ。レーシーの心臓が無くなっちまったんだよ」

「あは、ごめんね。ちょっとしたジョーク。わかってるわよ。心臓ねぇ……どこにあるのかしら」

 頼まずともどこにあるのか調べてくれるらしい。
 やっぱりおねーちゃんは優しい。
 レーシーの全体が見えるようにか一歩後ろに下がったおねーちゃんは、眉間に深々とシワを刻んだ。

 「……あー、ぁー、なるほど……」

 おねーちゃんは、集中して目を細めると、ぼそぼそと蚊の鳴くような声を出す。

「見えたのか?」

 見通しが終わったらしいおねーちゃんに、ロクが聞いてくれる。

「見えた。けど、これから面倒なことになりそうな感じ」

「はぁ? ぼやぼやしたこと言ってないでどこにあるのか教えろ。このままじゃレーシーは……」

「はいはい、わかってますー。そうよね、心臓がないと大変よね。今日もそんなにべっとりロクの魔力染み込ませちゃって……」

おねーちゃんはなぜかレーシーではなくロクの方に視線を流す。

「そうなんです。魔法が使えないとかなんてことないと思ったんですけど……使えなくなってみると結構大変で……なんだかんだロクに助けてもらってたんです」

「まぁ。ロクから毎日魔力貰えるんだったら心臓なくても大丈夫だと思うけど、やっぱり自分の心臓大事よねぇ?」

「大事に決まってます! 心臓ですよ心臓! 魔女の心臓!」

 いらないわけがない! くわっとおねーちゃんに食ってかかる。
 小動物が大きなライオンを威嚇しているようにしか見えないほほえましい様子にも見える。

「どうどう、わかってるわよ~。ちょっと、聞いてみただけよぉ」

 この語尾の伸びた話し方は、昔からおねーちゃんが好んで使う話し方で、少し学びしていて相手のペースを自分のペースに戻すのに有効なんだそうだ。
 レーシーは、もう一人ほどこの話し方をする魔女を知っているがそちらは何にも考えずに話した結果そうなるようだった。なんというか、舌の動きが悪いのかもしれない。

「……レーシーの心臓ね、クララが持ってるみたい」

 おねーちゃんはなんだか言いにくそうにしている。

「クララ?」

 まさに今まのびした話し方をするもう一人の魔女を思い浮かべていたレーシーは驚く。

「お前の姉だか妹だかだろ」

 ロクは私がクララのことを忘れてしまっていると思ったんだろう。補足的なことを言ってくれる。
 しかしいかに人のことを覚えていない私だってクララのことは憶えている。
 なんせ血を分けた姉妹で、忌み嫌われた双子の片割れ。二人揃って魔女に引き渡されたあの日のことも覚えている。
 まぁ何十年単位であってはいないが。

「いや、さすがにクララのことは覚えてる。けど、なんでクララが?」

「さぁそこまではわからないけど。クララのことだからまたろくでもない事してるんじゃない?」

「あー」

 何にも否定できない。
 昔からクララはちょーーーとアレなんだ。

「行くのか?」

「行くに決まってる」

「心臓がなくてもおれが毎日お前に魔力やりゃぁ支障はないんだが」

「毎日なんて大変じゃない! 家もちょっと遠いのに」

「ぇ? ぁぁ、一緒に住む必要はあるかもな」

「そんな迷惑かけられないもん」

「別に迷惑じゃないが」

「そうなの? ありがとう。でも心臓はやっぱ取り返さなくちゃ。クララがなんでこんなことしたのかわからないけど」

「あんた達相変わらずなのね」

 おねーちゃんは私とロクの会話が懐かしいのか、にこにこ笑っている。

「で、おねーちゃん、クララっていまどこに住んでるの?」

「あれ、知らないの?」

「知らないよ。だって疎遠だし。なんなら絶縁したし」

 双子ではあってももはや隣に住んでいる赤の他人よりも縁は薄れている。

「割と王都の近くよ。結構大きな屋敷に住んでるの」

 死にたくなければあまり魔女だとバレないように、と言われているのになんにも守っていないらしい様子がうかがえる。まぁ死ぬのがクララだけならば勝手にしなさいね、というぐらいなんだけど。

「歩いて行ける距離?」

「歩いて? はちょっと無理。何日もかかるわ」

「あぁ、レーシー、もしかして魔力があとちょっとしかない?」

「たぶん、わかんないけど」

「……ロク、乗せていってあげなさい」

「言われなくても」

「役得よね」
 
 ロクとおねーちゃんは、なにやらお別れの会話をしている。
 クララがアレなのは仕方がないがそれにわたしがとばっちりを受けるのはおもしろくない。
 しかし絶縁したにもかかわらず、レーシーの心臓を盗んでいくとはどういう了見だ?
 
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