【完結】地獄の釜は閉めたまま

染西 乱

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「ふーん、一目惚れなんですね」

孝之介は男をじろじろと見やる。
別に一目惚れなど珍しいことではない。
いや、むしろありふれている。

見目の良い若い娘は、あの手この手で嵌められて手込めにされることも日常的に行われていると聞く。
美知子の場合は、親も健在で店も繁盛しているためきっぱりと断ることができたようだが、これが親が体を病んでいたり、小さい兄弟がいてお金が入り用となれば意に沿わぬ契りを交わすことになってしまうのである。

「しかも昔から、なんて……一体どこで見初めたんです?」

今の美知子は15である。それ以前の姿を見て一目惚れしたと言うのか。
もしかしてこの男、稚児趣味か?
孝之介の目は嫌悪感を宿している。

「彼女の生家の神社で彼女が巫女をしていてね。とてもなんとも美しい人だと思ったもんだ」

その年でしていい目つきではない、幻想を見ている少年の目である。いい年したおっさんが何を夢見てんだ。孝之介は目の前の男が急に気味の悪い怪物に見えてきてしまった。

ちなみに美知子はこの郷から出たことはない。
生家は当然この茶屋であり、巫女をすることなどない。
このおっさんがいう美知子は俺の幼馴染の美知子ではない。

孝之介には一人思い当たる人がいる。

ここ平野郷には夫の手から逃れてこの郷に住まいを移してきた女が何人かいる。
女が逃げ込む場所など、尼寺か実家ぐらいしかないと思いがちだから案外そうでもない。

なんでもこの近くの赤留比売命神社(あかるひめのみことじんじゃ)の主神である、アカルノヒメ神は、暴力を振るう夫の手から逃れてこの地にやってきた太陽神の娘神ということで、それを知って夫から離縁した女や、夫から逃げて来た女がはるばるこの地までやってくるのだ。
逃げてきた、ということは当然追ってくる可能性もある。ここの郷長は遠路はるばる死に物狂いで逃げてくる女たちを哀れみ、この郷で受け入れている。要は難民受け入れのようなものだ。
それを知っていて匿うのだが、対外上こちらは何にも知らなかったという体になっている。

孝之介が知っているだけで数人いるのだから、実際はもっと数が多いのかも知れない。
逃げてきただけあって、女達は名前を変え、容姿を変えて生活している。

何ヶ月か前にも、この郷にやってきて新しく住み始めた女がいた。
長屋に空きがないので、どうしたもんかと道場にも相談があった。
確かその女は警備をしている男と共同生活をすることになったと、聞いたが……名前はなんと言っていただろうか。 
しかしみちこという名ではなかった。
幼馴染と同じ名前ならば忘れるわけがないからだり

接客業は万が一にも知り合いが来るとまずいと、好んで裏方の仕事をやってくれることが多いのだという。
その女がここで働いていたんだろうか。

「みちこ違いじゃないですか? アイツの生家はこここの茶屋やし。美知子は俺の幼馴染で……俺と同じ歳ですよ?」
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