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第5章 マッキンゼ領での旅
第68話 旅路
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エミリスがどのくらい飲むと前後不覚になるか、アティアスはだいたい把握していた。
うまくコントロールしないと寝るまで飲み続けて、寝かせるのが大変だし、翌日もしばらく使い物にならなくなってしまう。
「もう少し、飲みたいのですが……」
物欲しそうな顔で、空になったグラスを覗き込み、彼にお代わりをおねだりする。
「そろそろやめとけ。明日出発だぞ?」
「……ふにゅう」
彼女はがっかりと肩を落とす。
あまりにも悲しそうなので、つい注いでしまいそうになるが堪える。
代わりに、冷やしてあった最後の葡萄を彼女の前に置く。
「これなら好きに食べていいぞ?」
「……葡萄! ありがとーございますっ!」
さっきまでの悲しみの顔から一転、笑顔で葡萄に手が伸びる。
口いっぱいに放り込み、味わって食べる彼女を見ていると、リスかなにかのようだった。
「おいしーです。……はぁ、これも今日が最後ですか……」
残念すぎるが仕方ない。
どちらにしても、もう少し季節が進めば食べれなくなるのは変わらない。
「もう少ししたら、栗のケーキとかの季節だからな。それはそれで美味いぞ」
「え、なにそれっ! 食べたいです……」
じゅるりと見知らぬ味に思いを馳せる。きっと美味しいのだろう。楽しみすぎる。
「絶対、気に入ると思うぞ。楽しみにしとけ」
「はいっ! お腹空かせておきますー」
「エミーなら、いつでも空きがあるだろ」
「そんなことは……まぁ、ありますけど。……でもお腹空いてる方がもっと美味しいですー」
目をキラキラさせる彼女を見て、思いっきり食べさせてやろうと思う。彼女が美味しく食べている姿を見るのが可愛いからだ。
「それにしても、これだけ食べてなんで太らないんだ?」
それが不思議で仕方なかった。
普段の食事も別に少なくはない。むしろ体格からすると多く食べていると思う。
それに加えて、連日のように間食で甘いものを大量に摂取している。普通ならどう考えても、今頃トロルのようになっているはずだ。
「……体質、でしょうかねぇ?」
「ま、もう何も驚かないがな……」
「あ、今なら体重も自由自在に変えられますよー」
そう言って、彼女は自慢げにふわっと浮かんで見せる。
「数字だけ変えられてもなぁ……」
彼は苦笑いして頭を掻く。
話の合間に葡萄を全部食べてしまったエミリスは、そんな彼の首に浮かんだまま抱きつく。
「……では、そろそろお風呂入って寝ますか?」
「そうだな」
彼は頷き、片付けと風呂の準備にとりかかる。それぞれ分担して。
◆
翌日――
「おはようございます」
先に起きていたエミリスがベッド脇で彼を起こす。
普段から同じベッドで寝ているが、大抵の日は彼女が先にこっそり起きて、朝食の準備をしていた。
……飲み過ぎた日を除いては。
「ああ、おはよう」
彼もすぐに起きる。
今日はこのウメーユの街を発つ日なので、前日に準備しておいた服に着替える。
持っていく荷物は既にまとめてあった。
あとは朝食を食べてから、このコテージの鍵を返して残金を精算するだけだ。
「次の街はどんな所ですか?」
朝食のパンを食べながら、彼女が聞く。
ミニーブルは北西だが、次はマドン山脈沿いに一旦西に向かうことになる。山脈と並行して川が流れており、その川の下流に向かうのだ。
「次はここよりは少し小さな街で、ルコルアと言う。規模はテンセズくらいかな。街の真ん中を川が流れているんだ」
「へー、渡るのは橋なんですか?」
「そうだ。橋もあるけど、渡し船も何ヶ所かある」
「面白そうですね。名物とかあるんですか?」
「魚は美味いけど、他にはそれほど有名なものはなかったと思う」
思い出しながら彼が話す。とりあえず滞在は1日だけのつもりだし、何事もないだろう。
◆
「馬に乗るの久しぶりで疲れましたー」
その夕方にはルコルアの町に着いた。ずっと馬に乗っているのはやはり疲れるようだ。
今の彼女なら荷物ごと魔力で持ち上げて飛んだ方が楽かもしれないが、そんな目立つことはできないので我慢するしかない。
「後でゆっくりお風呂に入ろう」
「ですねー」
道中を振り返ってみると、比較的順調な道のりだった。
街道を行く途中に珍しく野党が現れたが、エミリスがあっさりと追い払った。
10人程の集団で、中には魔法が使える者もいた。彼女はあえて向こうから攻撃させ、それを簡単に弾いてみせた。更にその男の足元に大穴を開けてみせると、とても敵わないと理解したのか、悪態をついて逃げていった。
ゼバーシュの領内なら捕らえるところだが、ここでは手が出せないのでそのまま見送ることにしたのだ。
また、途中の休憩の際に、ドーファンから送られた宝石を試してみた。
アティアスのよく使う爆裂系の魔法を使うと、以前の2倍以上の威力が出て驚いた。
威力がどのくらい出るかうまくコントロールできないこともあり、切り札として使うくらいにしておかないと危険だと判断した。
そのあと、エミリスも試しにとアティアスの真似をして爆裂魔法を使ってみると、自身の魔力だけでアティアスが宝石を使ったとき以上の威力が出ていて、更に驚かされた。
以前はそれほど威力のある魔法は苦手だったのだが、今やその弱点も無くなっていたのだ。
「ふー」
宿に着き、荷物を整理するとようやく一息ついた。夕食は宿の一角にある小料理店へと行くことにした。
せっかくこのルコルアに来たので、ということで2人は川魚を塩で焼いただけのシンプルな定食にした。
それにキリッとした白ワインを合わせる。
「おいしーです」
魚は骨が多く食べにくいところもあるが、塩がよく合っていて美味しかった。
素材そのものの良さが肝心なこのようなシンプルな料理は、彼女でも食材が手に入らなければ作ることはできない。
「魚は新鮮じゃないとダメだからな。海の近くに行くとまた違う美味さがあるぞ?」
「それも楽しみですねー」
ゼバーシュでのんびり過ごすのも悪くないと思っていたが、こうして2人で色んな街を旅するのも新鮮で楽しい。
「アティアス様はどうして旅に出ようと思ったんですか?」
ふと気になって聞いてみる。
彼が旅に出たのは16歳の頃と聞いていたので、まだ少年に近い頃だ。
「ゼバーシュに居れば不自由もないけど、もっと外の世界を見てみたくて。国によっても全然性格が違うからな。旅をするためではないけど、幸い子供の頃から剣も魔法も習ってたし」
「まだ少しですけど、アティアス様と一緒に色々見て回って、なんとなくそれ分かった気がします」
エミリスが感慨深く、ここしばらくのことを思い返す。
「いつまでも、って訳にもいかないと思うけどね」
彼の立場からすると、ずっとという訳にもいかないのだろう。
「私はいつまででもお付き合いしますよ」
彼女はきっぱりと答える。
彼がどんな判断をしても、それをサポートするだけだ。
「ありがとう。……実は、エミーとあの時会わなければ、そろそろ旅を止めることも考えてたんだ」
意外な言葉に、彼女は少し驚く。
「……何か理由でもあったんですか?」
「いつまでもノードを付き合わせる訳にもいかないかなって。もう30歳も近いし。で、そうなると代わりに行ける奴もいないし、1人では旅ができないからな」
「なるほどです。ノードさんもそろそろお相手見つけないといけませんしね……」
「だから、エミーには感謝してるよ。ありがとう」
急に感謝されて彼女は目を丸くする。
「……私、偉い?」
「おう、偉いぞ」
そのまま手を伸ばして頭を撫でると、ぱあっと笑顔が弾ける。
「ふふー、もっと褒めるのですー」
程よくお酒も入って、彼女はご機嫌だった。彼に褒めてもらうと疲れも吹き飛ぶ。
もっともっと頑張らないと。
うまくコントロールしないと寝るまで飲み続けて、寝かせるのが大変だし、翌日もしばらく使い物にならなくなってしまう。
「もう少し、飲みたいのですが……」
物欲しそうな顔で、空になったグラスを覗き込み、彼にお代わりをおねだりする。
「そろそろやめとけ。明日出発だぞ?」
「……ふにゅう」
彼女はがっかりと肩を落とす。
あまりにも悲しそうなので、つい注いでしまいそうになるが堪える。
代わりに、冷やしてあった最後の葡萄を彼女の前に置く。
「これなら好きに食べていいぞ?」
「……葡萄! ありがとーございますっ!」
さっきまでの悲しみの顔から一転、笑顔で葡萄に手が伸びる。
口いっぱいに放り込み、味わって食べる彼女を見ていると、リスかなにかのようだった。
「おいしーです。……はぁ、これも今日が最後ですか……」
残念すぎるが仕方ない。
どちらにしても、もう少し季節が進めば食べれなくなるのは変わらない。
「もう少ししたら、栗のケーキとかの季節だからな。それはそれで美味いぞ」
「え、なにそれっ! 食べたいです……」
じゅるりと見知らぬ味に思いを馳せる。きっと美味しいのだろう。楽しみすぎる。
「絶対、気に入ると思うぞ。楽しみにしとけ」
「はいっ! お腹空かせておきますー」
「エミーなら、いつでも空きがあるだろ」
「そんなことは……まぁ、ありますけど。……でもお腹空いてる方がもっと美味しいですー」
目をキラキラさせる彼女を見て、思いっきり食べさせてやろうと思う。彼女が美味しく食べている姿を見るのが可愛いからだ。
「それにしても、これだけ食べてなんで太らないんだ?」
それが不思議で仕方なかった。
普段の食事も別に少なくはない。むしろ体格からすると多く食べていると思う。
それに加えて、連日のように間食で甘いものを大量に摂取している。普通ならどう考えても、今頃トロルのようになっているはずだ。
「……体質、でしょうかねぇ?」
「ま、もう何も驚かないがな……」
「あ、今なら体重も自由自在に変えられますよー」
そう言って、彼女は自慢げにふわっと浮かんで見せる。
「数字だけ変えられてもなぁ……」
彼は苦笑いして頭を掻く。
話の合間に葡萄を全部食べてしまったエミリスは、そんな彼の首に浮かんだまま抱きつく。
「……では、そろそろお風呂入って寝ますか?」
「そうだな」
彼は頷き、片付けと風呂の準備にとりかかる。それぞれ分担して。
◆
翌日――
「おはようございます」
先に起きていたエミリスがベッド脇で彼を起こす。
普段から同じベッドで寝ているが、大抵の日は彼女が先にこっそり起きて、朝食の準備をしていた。
……飲み過ぎた日を除いては。
「ああ、おはよう」
彼もすぐに起きる。
今日はこのウメーユの街を発つ日なので、前日に準備しておいた服に着替える。
持っていく荷物は既にまとめてあった。
あとは朝食を食べてから、このコテージの鍵を返して残金を精算するだけだ。
「次の街はどんな所ですか?」
朝食のパンを食べながら、彼女が聞く。
ミニーブルは北西だが、次はマドン山脈沿いに一旦西に向かうことになる。山脈と並行して川が流れており、その川の下流に向かうのだ。
「次はここよりは少し小さな街で、ルコルアと言う。規模はテンセズくらいかな。街の真ん中を川が流れているんだ」
「へー、渡るのは橋なんですか?」
「そうだ。橋もあるけど、渡し船も何ヶ所かある」
「面白そうですね。名物とかあるんですか?」
「魚は美味いけど、他にはそれほど有名なものはなかったと思う」
思い出しながら彼が話す。とりあえず滞在は1日だけのつもりだし、何事もないだろう。
◆
「馬に乗るの久しぶりで疲れましたー」
その夕方にはルコルアの町に着いた。ずっと馬に乗っているのはやはり疲れるようだ。
今の彼女なら荷物ごと魔力で持ち上げて飛んだ方が楽かもしれないが、そんな目立つことはできないので我慢するしかない。
「後でゆっくりお風呂に入ろう」
「ですねー」
道中を振り返ってみると、比較的順調な道のりだった。
街道を行く途中に珍しく野党が現れたが、エミリスがあっさりと追い払った。
10人程の集団で、中には魔法が使える者もいた。彼女はあえて向こうから攻撃させ、それを簡単に弾いてみせた。更にその男の足元に大穴を開けてみせると、とても敵わないと理解したのか、悪態をついて逃げていった。
ゼバーシュの領内なら捕らえるところだが、ここでは手が出せないのでそのまま見送ることにしたのだ。
また、途中の休憩の際に、ドーファンから送られた宝石を試してみた。
アティアスのよく使う爆裂系の魔法を使うと、以前の2倍以上の威力が出て驚いた。
威力がどのくらい出るかうまくコントロールできないこともあり、切り札として使うくらいにしておかないと危険だと判断した。
そのあと、エミリスも試しにとアティアスの真似をして爆裂魔法を使ってみると、自身の魔力だけでアティアスが宝石を使ったとき以上の威力が出ていて、更に驚かされた。
以前はそれほど威力のある魔法は苦手だったのだが、今やその弱点も無くなっていたのだ。
「ふー」
宿に着き、荷物を整理するとようやく一息ついた。夕食は宿の一角にある小料理店へと行くことにした。
せっかくこのルコルアに来たので、ということで2人は川魚を塩で焼いただけのシンプルな定食にした。
それにキリッとした白ワインを合わせる。
「おいしーです」
魚は骨が多く食べにくいところもあるが、塩がよく合っていて美味しかった。
素材そのものの良さが肝心なこのようなシンプルな料理は、彼女でも食材が手に入らなければ作ることはできない。
「魚は新鮮じゃないとダメだからな。海の近くに行くとまた違う美味さがあるぞ?」
「それも楽しみですねー」
ゼバーシュでのんびり過ごすのも悪くないと思っていたが、こうして2人で色んな街を旅するのも新鮮で楽しい。
「アティアス様はどうして旅に出ようと思ったんですか?」
ふと気になって聞いてみる。
彼が旅に出たのは16歳の頃と聞いていたので、まだ少年に近い頃だ。
「ゼバーシュに居れば不自由もないけど、もっと外の世界を見てみたくて。国によっても全然性格が違うからな。旅をするためではないけど、幸い子供の頃から剣も魔法も習ってたし」
「まだ少しですけど、アティアス様と一緒に色々見て回って、なんとなくそれ分かった気がします」
エミリスが感慨深く、ここしばらくのことを思い返す。
「いつまでも、って訳にもいかないと思うけどね」
彼の立場からすると、ずっとという訳にもいかないのだろう。
「私はいつまででもお付き合いしますよ」
彼女はきっぱりと答える。
彼がどんな判断をしても、それをサポートするだけだ。
「ありがとう。……実は、エミーとあの時会わなければ、そろそろ旅を止めることも考えてたんだ」
意外な言葉に、彼女は少し驚く。
「……何か理由でもあったんですか?」
「いつまでもノードを付き合わせる訳にもいかないかなって。もう30歳も近いし。で、そうなると代わりに行ける奴もいないし、1人では旅ができないからな」
「なるほどです。ノードさんもそろそろお相手見つけないといけませんしね……」
「だから、エミーには感謝してるよ。ありがとう」
急に感謝されて彼女は目を丸くする。
「……私、偉い?」
「おう、偉いぞ」
そのまま手を伸ばして頭を撫でると、ぱあっと笑顔が弾ける。
「ふふー、もっと褒めるのですー」
程よくお酒も入って、彼女はご機嫌だった。彼に褒めてもらうと疲れも吹き飛ぶ。
もっともっと頑張らないと。
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