身寄りのない少女を引き取ったら有能すぎて困る(困らない)

長根 志遥

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第6章 ミニーブルにて

第81話 多幸

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「アティアスさま。私、もうお腹いっぱいです……」

 返答する代わりに、頬を染める彼女の頭を撫でる。

 ふと――食事のときに「満足した」とは言っても、「お腹いっぱい」になったと言うのを、彼女の口から聞いたことがなかったな、と思い意地悪く聞いてみる。

「エミーがお腹いっぱいになるなんて、初めて聞いたぞ? いつもあれほど食べても、そんなこと言わないのにな」

 その言葉に彼女は顔を真っ赤にして答える。

「あうぅ……そんなこと言わないでくださいよっ。……それ意味が違いますからっ!」

 そんな彼女の横で、彼もベッドに寝転ぶ。
 するとすぐに身を寄せてきて、彼の温もりを求める。

「……満足したか?」
「はい……」

 うっとりとした顔で彼女が呟いた。
 そんな彼女の頭をもう一度撫でると、彼女は目を閉じてぽつりぽつりと話し始める。

「……私、最初は傍でお仕えさえできれば……アティアス様が誰を選んでも構わないと思ってました。でも……好きと言ってもらえて……こんなに愛していただいて。……ずっと私は変わってないと思っていたんですけど、全然そうじゃなかったことに、今日気付きました。……もう以前には戻れない自分がいたんです」

 彼は無言で彼女の呟きを聞く。

「我儘ですよね……私。……ごめんなさい。……でも、抑えられないんです。……愛してるとかの言葉ではもう伝えられないほど、アティアス様は……私の全てなんです」

 彼女は言いたいことを全部吐き出したとばかりに、彼を抱く力を強くする。
 今まで生きてきて、一度も愛情というものを与えられてこなかった彼女が、遂にそれを得たのだ。もう二度と失いたくないと、強く強く願っていた。

「……エミーは少しくらい我儘なくらいが可愛いよ。……俺もエミーが横にいないなんて想像できない。……昔話にはなるけど、最初の頃エミーを養子にするって話だったろ?」
「……はい」
「そのままだと手続きが面倒とか、そんなのは理由じゃなかったんだ。……俺もエミーを手放したくなくて。流石にすぐ結婚するなんて無理だからな。……俺も我儘なんだよ。知ってるだろ?」

 少し恥ずかしそうに言う彼が愛おしい。

「ふふ……そうだったんですね。はい、アティアス様が我儘なのは良く知ってます。ちょっと強引でしたけど、そのおかげで私を連れ出していただけたのですから……」

 そんな彼女にもう一度キスをする。

「……こんな話をしてたら、またお腹が空いてきちゃいましたよ……?」
「早いな。……胃袋と一緒なのか?」
「むむー。一緒じゃないです。私を変えたアティアス様のせいですしっ!」

 彼が笑うと、エミリスは口を尖らせながらも彼に身体を擦り付けた。

 ◆

「はうー、お腹空きましたー」

 辺りが暗くなった頃、彼女は目を覚ますと同時に呟いた。
 その横では彼が怪訝そうな顔で彼女を見ている。

「……念の為に聞くけど、それはどっちの意味なんだ?」

 しばらく寝て落ち着いていたはずが、その言葉で思い出してしまい、彼女は頬を赤らめた。

「ふ、ふつーの意味ですっ! もう……変なこと覚えないでくださいよ。……恥ずかしいんですから」

 そう言いながらも彼に顔を寄せ、軽く口付けを交わす。彼が横にいてくれることを確認するように。

「すまんすまん。……そうだな、俺もお腹が減ったな。食べに行くか」
「はいっ! ……でも先にお風呂に……」

 そのまま寝てしまったのだ。このままで外出するのは恥ずかしい。

「わかった」
「それではさっさと入っちゃいますね」

 ◆

「……で、何か食べたい希望はあるのか?」

 着替えていつも通りの格好に戻った2人は、宿を出て店を探しながら相談する。
 エミリスはもう離さないとばかりに、彼の腕にぴったりとしがみついていた。

「うーん、昨日は仔羊の肉を食べましたので、今日は違うものが良いですね。……ワインも飲みたいので……。そうですね、たまにはピザとかどうでしょう?」
「良いな。良い店あるかな……?」
「ちょっと探してみますね」

 そう言いながら、彼女は目を閉じて意識を集中させる。
 不意に何かを感じたのか「こっちです!」と言って彼を引きずって歩く。

「ここが美味しそうですー」

 連れて行かれた場所には、立派な石窯を備えたレストランがあった。

「……どうやって見つけたんだ?」

 不思議に思って聞くと、彼女は当たり前のことのように答える。

「え? 匂いと……あと魔力で窯の熱を感じ取れましたので……」
「……相変わらず凄いものだな」
「ふふーん。アティアス様の匂いもしっかり覚えてますから、もし離れても大体場所が分かりますよ」

 ……離れませんけどね。と続ける。

「……犬だな」

 以前ナターシャと話したことを思い出す。
 彼女は紛れもなく犬だった。

「ふふ、番犬として常にお近くにおいていただければ。……さ、行きましょうよ。お腹ぺこぺこですー」
「そうだな」

 ◆

「美味しいですー」

 チーズがたっぷり乗ったピザを頬張りながら、彼女はご機嫌だった。
 片手にはワイングラスを持っている。

 最初、彼女がワインを注文しようとすると、「未成年には……」と断られたのだが、アティアスが「こう見えて20歳超えてるから大丈夫だ」と、押し通してくれたのだ。
 身分証には16歳とあるので、提示を求められたらまずかったが、そこまで言われることはなかった。

「今日は人生で三番目に幸せな日ですー」

 思い返せば、朝にドレスを買ってもらい、マッキンゼ卿との面談。
 そのあと……。
 そして、今は美味しい料理とお酒がある。
 これ以上何を望むだろうか。

「それじゃ、一番と二番はいつなんだ?」
「えと……一番幸せだったのはやっぱり結婚式の日です。二番目は……その、アティアスさまに初めて……愛していただいた日です」

 恥ずかしそうに答える。
 流石にそれらの日には及ばなかったか。

「でも……今日はそれらと殆ど変わらないくらい、幸せです」

 しかし、彼女ははっきりと言い切る。

「エミーを幸せにするのが俺の望みでもあるからな。……最初に会った時から、そう思ってたよ」
「ふふふ。……もしかして一目惚れです?」

 酔いも回ってきて、かなり気分が良さそうだ。

「……そうかもしれないな。……ただ、惚れたと言うよりは、助けたいって感じだったけど」
「それでも嬉しいです……。さ、熱いうちにどんどん食べましょうよ」

 あと何枚のピザが彼女の胃袋に入っていくのか、興味は尽きない。
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