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36.卒業
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「卒業生代表、伊沢蒼一郎」
はい、と返事をし、壇上に伊沢が上がる。
卒業式の日、大樹は在校生として卒業する三年生を見送った。
卒業生はブレザーの胸元に、女子はピンク、男子は白の造花を飾っている。やはり伊沢には白が似合うと、大樹は思った。
そして、答辞を読み上げる伊沢の存在感に、大樹は息を呑んだ。
生徒会長という肩書がなくても、オーラが違う。整った顔立ち、凛とした立ち姿、穏やかに響く声。講堂にいる誰もが、答辞を読み上げる伊沢に魅了されていた。
伊沢の名を呼びながら、涙する女子生徒までいたほどだ。
こうして壇上に立つカッコいい伊沢の姿を見れるのは本当にもう最後なのだと思うと、大樹も目頭が熱くなった。
式典が終わると、予想通り伊沢は多くの生徒に囲まれていた。
男友達も多いようで、何人かの生徒が代わる代わる伊沢と最後の挨拶をしていく。それに加え、それまで勇気がなく告白できなかった女子生徒が一気に駆け込み、告白の順番待ちの列ができた。
ただ最後に想い出に声を掛けたいだけの者や、第二ボタンや胸元の造花が欲しいという者、様々だろう。それを一人一人対応しているのも誠意ある伊沢らしい。
大樹は遠巻きに桜の樹の傍から伊沢を見ていた。
伊沢のモテぶりは分かっていたが、途中から呆れてきてしまうほどだった。大樹はモテない普通の男で良かった。
この告白大会はいったいいつ終わるのかと大樹が溜め息をつくと、まるで聞こえたかのように離れた位置にいる伊沢が大樹の方を向く。
目が合った伊沢は、周りにいる生徒たちに謝りながらその場を離れ、大樹のもとへと駆け寄った。
「もういいの?」
「ああ。待たせて悪かったな」
大樹が訊ねると、少し疲れたように伊沢が笑う。
胸元にはまだ白い造花が飾られたままだった。造花や第二ボタンを欲しがられていただろうに、断っていたようだ。
伊沢の手に握られた卒業証書の入った筒を見て、大樹は寂しい気持ちになった。
もうこの学校に来ても、伊沢はいない。
プライベートで会えるのだが、やはり学校で出会ったせいか思い入れが違う。
「卒業おめでとう。答辞、押し倒したいくらいカッコ良かった」
周りに人がいないことを確認してから、大樹は伊沢に告げた。
伊沢が一瞬ぽかんとする。
「それ、誉め言葉か?」
「めちゃくちゃ誉め言葉」
真顔で答えると、変な奴と笑われた。
「ボタンも花も無事だったんだ?」
「あ、うん」
大樹が訊ねると、伊沢は自分の胸元を見て少し照れるような顔をする。
「志賀が、欲しいかと思って…」
「え。要らない」
即答した大樹に、伊沢が目を見開く。
「えっ。だって、これ、好きな人のは貰いたいものなんだろう」
信じられないような目で伊沢が大樹を見る。
もちろん、少女漫画でも卒業式の第二ボタンをもらうシーンは定番だ。それなりに憧れもあった。だが、実際に感じたことは違った。
「だって、今日数時間身に着けただけのもの貰っても意味ないし。ボタンも、うっかり失くしそうだし」
「……欲しがられていると思っていた俺が、めちゃくちゃ恥ずかしいんだけど」
まるで顔を隠そうとするように、伊沢は証書の入った筒を顔の前に当てる。
伊沢にしてみれば、大樹が喜ぶと思って誰にもあげずにいたのだろう。そんなことを考えてくれるほど大樹のことを想ってくれていることは、素直に嬉しい。
そんなことより、と大樹は伊沢の顔を覗きこむ。
「毎日着てたブレザー、俺は欲しいな」
「……まさか、着るつもりか?」
「うん」
「三年も着てたやつだぞ。雑には扱っていないけど…」
「ダメ?」
「………」
伊沢は大樹を見つめ返し、しばらくしてからダメではないと答えた。
どちらかといえば、大樹の押しかけ女房的な感じで始まったようなものだったが、意外にも二人の関係は順調だといえる。
生徒会長をしていたくらいで面倒見のいい伊沢は、そんな大樹に適度に振り回されてくれる。
伊沢が大学に行ってしまえば、大樹の目が届かなくなってしまう。
高校生なら憧れのまなざしで遠巻きに見ている女子が多かったが、女子大生はぐいぐいと積極的に迫ってきそうだ。あまりモテられるのも心配事が多くて困る。
伊沢の中では、女はまだみどりが一番の存在だ。だから、女に迫られてもそう簡単には心を動かされはしない。
だが、それとモテすぎることはまた別だ。
そんなことを心配する必要がないくらいに、大樹の存在が伊沢にとって大きければいいのに。
付き合いは順調だと感じてはいても、伊沢の気持ちは大樹ほど強くはないと、大樹は感じていた。
はい、と返事をし、壇上に伊沢が上がる。
卒業式の日、大樹は在校生として卒業する三年生を見送った。
卒業生はブレザーの胸元に、女子はピンク、男子は白の造花を飾っている。やはり伊沢には白が似合うと、大樹は思った。
そして、答辞を読み上げる伊沢の存在感に、大樹は息を呑んだ。
生徒会長という肩書がなくても、オーラが違う。整った顔立ち、凛とした立ち姿、穏やかに響く声。講堂にいる誰もが、答辞を読み上げる伊沢に魅了されていた。
伊沢の名を呼びながら、涙する女子生徒までいたほどだ。
こうして壇上に立つカッコいい伊沢の姿を見れるのは本当にもう最後なのだと思うと、大樹も目頭が熱くなった。
式典が終わると、予想通り伊沢は多くの生徒に囲まれていた。
男友達も多いようで、何人かの生徒が代わる代わる伊沢と最後の挨拶をしていく。それに加え、それまで勇気がなく告白できなかった女子生徒が一気に駆け込み、告白の順番待ちの列ができた。
ただ最後に想い出に声を掛けたいだけの者や、第二ボタンや胸元の造花が欲しいという者、様々だろう。それを一人一人対応しているのも誠意ある伊沢らしい。
大樹は遠巻きに桜の樹の傍から伊沢を見ていた。
伊沢のモテぶりは分かっていたが、途中から呆れてきてしまうほどだった。大樹はモテない普通の男で良かった。
この告白大会はいったいいつ終わるのかと大樹が溜め息をつくと、まるで聞こえたかのように離れた位置にいる伊沢が大樹の方を向く。
目が合った伊沢は、周りにいる生徒たちに謝りながらその場を離れ、大樹のもとへと駆け寄った。
「もういいの?」
「ああ。待たせて悪かったな」
大樹が訊ねると、少し疲れたように伊沢が笑う。
胸元にはまだ白い造花が飾られたままだった。造花や第二ボタンを欲しがられていただろうに、断っていたようだ。
伊沢の手に握られた卒業証書の入った筒を見て、大樹は寂しい気持ちになった。
もうこの学校に来ても、伊沢はいない。
プライベートで会えるのだが、やはり学校で出会ったせいか思い入れが違う。
「卒業おめでとう。答辞、押し倒したいくらいカッコ良かった」
周りに人がいないことを確認してから、大樹は伊沢に告げた。
伊沢が一瞬ぽかんとする。
「それ、誉め言葉か?」
「めちゃくちゃ誉め言葉」
真顔で答えると、変な奴と笑われた。
「ボタンも花も無事だったんだ?」
「あ、うん」
大樹が訊ねると、伊沢は自分の胸元を見て少し照れるような顔をする。
「志賀が、欲しいかと思って…」
「え。要らない」
即答した大樹に、伊沢が目を見開く。
「えっ。だって、これ、好きな人のは貰いたいものなんだろう」
信じられないような目で伊沢が大樹を見る。
もちろん、少女漫画でも卒業式の第二ボタンをもらうシーンは定番だ。それなりに憧れもあった。だが、実際に感じたことは違った。
「だって、今日数時間身に着けただけのもの貰っても意味ないし。ボタンも、うっかり失くしそうだし」
「……欲しがられていると思っていた俺が、めちゃくちゃ恥ずかしいんだけど」
まるで顔を隠そうとするように、伊沢は証書の入った筒を顔の前に当てる。
伊沢にしてみれば、大樹が喜ぶと思って誰にもあげずにいたのだろう。そんなことを考えてくれるほど大樹のことを想ってくれていることは、素直に嬉しい。
そんなことより、と大樹は伊沢の顔を覗きこむ。
「毎日着てたブレザー、俺は欲しいな」
「……まさか、着るつもりか?」
「うん」
「三年も着てたやつだぞ。雑には扱っていないけど…」
「ダメ?」
「………」
伊沢は大樹を見つめ返し、しばらくしてからダメではないと答えた。
どちらかといえば、大樹の押しかけ女房的な感じで始まったようなものだったが、意外にも二人の関係は順調だといえる。
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