セマイセカイ

藤沢ひろみ

文字の大きさ
36 / 53

36.卒業

しおりを挟む
「卒業生代表、伊沢蒼一郎」
 はい、と返事をし、壇上に伊沢が上がる。

 卒業式の日、大樹は在校生として卒業する三年生を見送った。

 卒業生はブレザーの胸元に、女子はピンク、男子は白の造花を飾っている。やはり伊沢には白が似合うと、大樹は思った。

 そして、答辞を読み上げる伊沢の存在感に、大樹は息を呑んだ。

 生徒会長という肩書がなくても、オーラが違う。整った顔立ち、凛とした立ち姿、穏やかに響く声。講堂にいる誰もが、答辞を読み上げる伊沢に魅了されていた。
 伊沢の名を呼びながら、涙する女子生徒までいたほどだ。

 こうして壇上に立つカッコいい伊沢の姿を見れるのは本当にもう最後なのだと思うと、大樹も目頭が熱くなった。


 式典が終わると、予想通り伊沢は多くの生徒に囲まれていた。
 男友達も多いようで、何人かの生徒が代わる代わる伊沢と最後の挨拶をしていく。それに加え、それまで勇気がなく告白できなかった女子生徒が一気に駆け込み、告白の順番待ちの列ができた。

 ただ最後に想い出に声を掛けたいだけの者や、第二ボタンや胸元の造花が欲しいという者、様々だろう。それを一人一人対応しているのも誠意ある伊沢らしい。

 大樹は遠巻きに桜の樹の傍から伊沢を見ていた。
 伊沢のモテぶりは分かっていたが、途中から呆れてきてしまうほどだった。大樹はモテない普通の男で良かった。

 この告白大会はいったいいつ終わるのかと大樹が溜め息をつくと、まるで聞こえたかのように離れた位置にいる伊沢が大樹の方を向く。

 目が合った伊沢は、周りにいる生徒たちに謝りながらその場を離れ、大樹のもとへと駆け寄った。
「もういいの?」
「ああ。待たせて悪かったな」
 大樹が訊ねると、少し疲れたように伊沢が笑う。

 胸元にはまだ白い造花が飾られたままだった。造花や第二ボタンを欲しがられていただろうに、断っていたようだ。

 伊沢の手に握られた卒業証書の入った筒を見て、大樹は寂しい気持ちになった。
 もうこの学校に来ても、伊沢はいない。
 プライベートで会えるのだが、やはり学校で出会ったせいか思い入れが違う。

「卒業おめでとう。答辞、押し倒したいくらいカッコ良かった」
 周りに人がいないことを確認してから、大樹は伊沢に告げた。
 伊沢が一瞬ぽかんとする。

「それ、誉め言葉か?」
「めちゃくちゃ誉め言葉」
 真顔で答えると、変な奴と笑われた。

「ボタンも花も無事だったんだ?」
「あ、うん」
 大樹が訊ねると、伊沢は自分の胸元を見て少し照れるような顔をする。
「志賀が、欲しいかと思って…」

「え。要らない」

 即答した大樹に、伊沢が目を見開く。
「えっ。だって、これ、好きな人のは貰いたいものなんだろう」
 信じられないような目で伊沢が大樹を見る。

 もちろん、少女漫画でも卒業式の第二ボタンをもらうシーンは定番だ。それなりに憧れもあった。だが、実際に感じたことは違った。

「だって、今日数時間身に着けただけのもの貰っても意味ないし。ボタンも、うっかり失くしそうだし」

「……欲しがられていると思っていた俺が、めちゃくちゃ恥ずかしいんだけど」

 まるで顔を隠そうとするように、伊沢は証書の入った筒を顔の前に当てる。
 伊沢にしてみれば、大樹が喜ぶと思って誰にもあげずにいたのだろう。そんなことを考えてくれるほど大樹のことを想ってくれていることは、素直に嬉しい。

 そんなことより、と大樹は伊沢の顔を覗きこむ。
「毎日着てたブレザー、俺は欲しいな」

「……まさか、着るつもりか?」
「うん」
「三年も着てたやつだぞ。雑には扱っていないけど…」
「ダメ?」
「………」

 伊沢は大樹を見つめ返し、しばらくしてからダメではないと答えた。


 どちらかといえば、大樹の押しかけ女房的な感じで始まったようなものだったが、意外にも二人の関係は順調だといえる。
 生徒会長をしていたくらいで面倒見のいい伊沢は、そんな大樹に適度に振り回されてくれる。

 伊沢が大学に行ってしまえば、大樹の目が届かなくなってしまう。
 高校生なら憧れのまなざしで遠巻きに見ている女子が多かったが、女子大生はぐいぐいと積極的に迫ってきそうだ。あまりモテられるのも心配事が多くて困る。

 伊沢の中では、女はまだみどりが一番の存在だ。だから、女に迫られてもそう簡単には心を動かされはしない。
 だが、それとモテすぎることはまた別だ。

 そんなことを心配する必要がないくらいに、大樹の存在が伊沢にとって大きければいいのに。
 付き合いは順調だと感じてはいても、伊沢の気持ちは大樹ほど強くはないと、大樹は感じていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

【完結】取り柄は顔が良い事だけです

pino
BL
昔から顔だけは良い夏川伊吹は、高級デートクラブでバイトをするフリーター。25歳で美しい顔だけを頼りに様々な女性と仕事でデートを繰り返して何とか生計を立てている伊吹はたまに同性からもデートを申し込まれていた。お小遣い欲しさにいつも年上だけを相手にしていたけど、たまには若い子と触れ合って、ターゲット層を広げようと20歳の大学生とデートをする事に。 そこで出会った男に気に入られ、高額なプレゼントをされていい気になる伊吹だったが、相手は年下だしまだ学生だしと罪悪感を抱く。 そんな中もう一人の20歳の大学生の男からもデートを申し込まれ、更に同業でただの同僚だと思っていた23歳の男からも言い寄られて? ノンケの伊吹と伊吹を落とそうと奮闘する三人の若者が巻き起こすラブコメディ! BLです。 性的表現有り。 伊吹視点のお話になります。 題名に※が付いてるお話は他の登場人物の視点になります。 表紙は伊吹です。

魔王の息子を育てることになった俺の話

お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。 「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」 現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません? 魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。 BL大賞エントリー中です。

人気アイドルグループのリーダーは、気苦労が絶えない

タタミ
BL
大人気5人組アイドルグループ・JETのリーダーである矢代頼は、気苦労が絶えない。 対メンバー、対事務所、対仕事の全てにおいて潤滑剤役を果たす日々を送る最中、矢代は人気2トップの御厨と立花が『仲が良い』では片付けられない距離感になっていることが気にかかり──

龍の無垢、狼の執心~跡取り美少年は侠客の愛を知らない〜

中岡 始
BL
「辰巳会の次期跡取りは、俺の息子――辰巳悠真や」 大阪を拠点とする巨大極道組織・辰巳会。その跡取りとして名を告げられたのは、一見するとただの天然ボンボンにしか見えない、超絶美貌の若き御曹司だった。 しかも、現役大学生である。 「え、あの子で大丈夫なんか……?」 幹部たちの不安をよそに、悠真は「ふわふわ天然」な言動を繰り返しながらも、確実に辰巳会を掌握していく。 ――誰もが気づかないうちに。 専属護衛として選ばれたのは、寡黙な武闘派No.1・久我陣。 「命に代えても、お守りします」 そう誓った陣だったが、悠真の"ただの跡取り"とは思えない鋭さに次第に気づき始める。 そして辰巳会の跡目争いが激化する中、敵対組織・六波羅会が悠真の命を狙い、抗争の火種が燻り始める―― 「僕、舐められるの得意やねん」 敵の思惑をすべて見透かし、逆に追い詰める悠真の冷徹な手腕。 その圧倒的な"跡取り"としての覚醒を、誰よりも近くで見届けた陣は、次第に自分の心が揺れ動くのを感じていた。 それは忠誠か、それとも―― そして、悠真自身もまた「陣の存在が自分にとって何なのか」を考え始める。 「僕、陣さんおらんと困る。それって、好きってことちゃう?」 最強の天然跡取り × 一途な忠誠心を貫く武闘派護衛。 極道の世界で交差する、戦いと策謀、そして"特別"な感情。 これは、跡取りが"覚醒"し、そして"恋を知る"物語。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

恋をあきらめた美人上司、年下部下に“推し”認定されて逃げ場がない~「主任が笑うと、世界が綺麗になるんです」…やめて、好きになっちゃうから!

中岡 始
BL
30歳、広告代理店の主任・安藤理玖。 仕事は真面目に、私生活は質素に。美人系と言われても、恋愛はもう卒業した。 ──そう、あの過去の失恋以来、自分の心は二度と動かないと決めていた。 そんな理玖の前に現れたのは、地方支社から異動してきた新入部下、中村大樹(25)。 高身長、高スペック、爽やかイケメン……だけど妙に距離が近い。 「主任って、本当に綺麗ですね」 「僕だけが気づいてるって、ちょっと嬉しいんです」 冗談でしょ。部下だし、年下だし── なのに、毎日まっすぐに“推し活”みたいな視線で見つめられて、 いつの間にか平穏だったはずの心がざわつきはじめる。 手が触れたとき、雨の日の相合い傘、 ふと見せる優しい笑顔── 「安藤主任が笑ってくれれば、それでいいんです」 「でも…もし、少しでも僕を見てくれるなら──もっと、近づきたい」 これは恋?それともただの憧れ? 諦めたはずの心が、また熱を持ちはじめる。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

処理中です...