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火事現場からの心霊レポート【1】

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 1.

 *****

「もう繋がってんの? 繋がってる? ――こんばんは! オカルト倶楽部です。今日は月一の生配信の日です! 今日はですね、ファンの方からいただいた情報をもとに幽霊が出るという噂の廃屋の近くに来ています。僕の声、聞こえてます? ……大丈夫? 聞こえてますね。リンさん、いつもありがとうございます! 山ゆーさん、こんばんは! トモさんも、コメントありがとうございます! ――声を潜めているのはですね、ここが都内の住宅街の中だからです。住宅街の真ん中ですよ? でも出るんです、幽霊が」
「ほんとにぃ? 普通の住宅街だよ? ここ」
「あ、ヒトコワ担当の岸田さんはあんまり信じてませんね?」
「信じてないっていうか、全然怖い雰囲気ないもん。超普通の住宅街」
「大丈夫です。そこの角を曲がるとすぐに怖くなります。あっ、申し遅れました。僕が心霊担当の早見です!」
「静かに、静かに。さっき自分で住宅街の中だから声小さくって言ったばっかじゃないすか。それに夜中なんだから」
「あっそうですね、すみません」
「で、今から行くところはどんな幽霊が出るって?」
「それは、現場を見ればすぐにわかると思います」
「見ればわかる? どうして」
「わかるんです。――あっ、ありました、ありました! あれです岸田さん、あの家です!」
「……うわ」
「ね? ちょっとすごいでしょ?」
「すご……。火事、だよねこれ。真っ黒じゃん……。え、て言うか、なんでそのままにしてあるんすか」
「なんか、取り壊そうとした業者の一人が突然死したとか、現場に入ろうとした作業員が死亡したとか、いろいろと噂があります」
「だからって、焼け跡をそのままにしてるなんて……」
「不気味ですよねぇ。ということで、今日は幽霊が出ると噂の住宅火事跡に来ています。見てください、窓があんなに変形しちゃってます。辛うじて柱と屋根が残っているだけで、壁は焼け落ちちゃってますね。どこもかしこも真っ黒です。黒い家ですよ、黒い家。立ち入り禁止のテープが貼られていて、中には……ちょっと入れないです」
「暗いし、真っ黒だし……なんか、焦げ臭いっていうか、変なにおいもする」
「においますねー。ここ、かなり高齢のおばあちゃんの一人暮らしで、住んでるときからゴミ屋敷になっちゃってたらしいんです。そのせいでしょうか、この悪臭は」
「ゴミか。――ちょっと待って、じゃあそのおばあさんはもしかして、火事で……?」
「それは、」
「お前たち! こんな夜中に何してる!」
「やばい、誰か来たっ」
「隣りの家のひとだ! カメラ下ろして、下ろして! ……すみませーん、俺たち、怪しい者じゃないです。あの、撮影をしてまして」
「夜中にうるさいんじゃ! 帰れ!」
「す、すみません! すみません!」
「帰れーっ!」

 *****


 2.

「三月ってのは犯罪が多くなる時期なのよ。一月は年始のばたばたで軽犯罪が多い、二月にふっと落ち着いて、毎年三月になると、また犯罪件数が多くなる」
 どうしてかねぇと、同級生で警察官の佐々木がお茶を啜る。お茶請けに、司の働くカフェの焼き菓子を出すと、すかさずそちらにも手を伸ばした。
「そんな忙しい時期に賽銭泥棒だなんてまったく。セコム入りなさいよ、長栄寺ちょうえいじさんも」
「面目ない」
 常から用心はしていたのだが、父と同時に寺を留守にした小一時間で、賽銭泥棒にやられてしまった。警察に連絡すると、「今日は非番なのに」と文句を言いながら、佐々木がやってきた。お前が無理して来なくても、他の人間でも構わなかったのに……とは言えず、崇文はひたすら礼を言って労をねぎらった。
「調べはするけど、回収の見込みは薄いぞ」
「致し方ない」
「フェイクでいいから監視カメラぐらいつけておけよ。泥棒に盗みやすい寺だと目をつけられてんだよ、きっと」
「お前がうちにちょくちょく出入りしてくれば、泥棒を働こうなんてやつも諦めるんじゃないか。リアルセコムだよ」
「俺だって忙しいんだ。現役の警察官を見張りに使おうとするな」
 忙しいとこぼしつつ、佐々木は茶碗を突き出してお茶のお代わりを要求してくる。
「昨日も夜中に呼び出しがあって、あんま寝てないんだよ」
 佐々木が生あくびを噛み殺す。大袈裟な多忙アピールではないようで、崇文は居住まいを正した。
「休みの日に呼び出して悪かったな」
「いや、いい。……少し休んだらまたすぐに行方不明事件の聞き込みに行かないといけないから。もう今は、当番も非番も関係ないんだ」
「あの行方不明の高校生、まだ見つからないのか?」
「――うん」
 佐々木は、それまでの軽い口調を改め、苦し気な表情で眉間を揉んだ。
「特に進展はない」
 普段は派手な――派手、と言ったら不謹慎だが――犯罪など起きないこのあたりだが、数日前から区内の高校生が行方不明となり、地域の住民は騒然としていた。
 行方不明になったのは、向町むかいまちの高校に通う加藤優花かとうゆうかという女子生徒。
 彼女が通う高校は、長栄寺の目と鼻の先で、かつて崇文や佐々木も通っていた学校だった。多くの生徒たちが、長栄寺の前を通って登校していて、山門の掃除をしながら、懐かしい気分で彼らの姿を見送っていた。そんな生徒のうちの一人が今も行方不明かと思うと、やはり気にせずにはいられなかった。
 加藤優花は部活動はしていなかったそうだ。にもかかわらず帰宅が二十時を過ぎ、心配した母親が友人らを訊ねてまわった。
 友人も学校教諭も、優花は通常通りの時間に帰宅したと言う。携帯は電源が切られていて繋がらない――。これまで無断で外泊をするようなことはなかったため、両親はいよいよ不安になり、警察に捜索願を出した。それが約一週間前の話だ。
「……一週間か」
 正直、生存の望みは薄いのではないか。だがその一方で、必ずしも誘拐や犯罪に巻き込まれたと断言もできない。誰も優花が連れ去られたところを見ていなく、ここ数日で、見慣れない不審な車や外部から来た怪しい人物の目撃情報もないのだ。
「今は近県にも捜査の範囲を広げている。でもどうだろうな……あまり広く交流を持っているような子ではなかったみたいだ。他県にいる説は望みが薄いと思う」
「そうか」
「周囲に打ち明けていなかっただけで、どっか地方の男と仲良くやっている可能性もある。男とは限らない。心を通わせた同性の友人とか……。何か理由があってここらに居たくなかったのかもしれない」
 佐々木自身が本気でそう思っているとは思えない、歯切れの悪い口調だった。
「とにかく! 俺は忙しいんだ。女子高生の事件のほかにも、清水のじいさんが庭でゴミを焼いているだとか、渡辺さんの粗大ゴミが隣りの敷地にまで侵入しているだとか」
 急に牧歌的な事件の話になり、重苦しい空気が和んだ。
「なんでそんなにゴミに関する揉め事ばかりなんだ」
 思わず笑いながら言うと、佐々木はしかつめらしい顔を向けてきた。
「ゴミ問題は案外深刻なんだぞ?」
 都心の西側に比べ、このあたりは高齢者の一人暮らしが多い。物の乏しい時代に生まれた彼らは、あらゆる物を大事にする。一度手にしたものは滅多に捨てないため、家がゴミ屋敷化しやすい。
 先々代の住職である崇文の祖父もそうだった。祖父の遺品整理をした際、収納から見たことのない不用品が出てくるわ、出てくるわ――。虫の喰った着物、使われていない仏具、書物、中身のない空き箱や袋がわんさか出て来た。父と手分けしても、片付けに丸二日かかった。清貧を心掛ける僧侶ですらそうなのだから、一般家庭はこの比ではないだろう。
 我が家のように家族が介入して片付けられればいいが、独居老人の家ともなると難しい。無理に第三者が介入しようものなら「他人が口を出すな」と逆上しかねない。ネズミや害虫の発生、悪臭問題に耐えかねた近隣の者は、最後の手段として警察に通報し、佐々木らお巡りさんの出番となる。
「ネズミだゴキブリだってのも問題だが、落合さん宅の二の舞になったらことだ」
「ああ、あの火事か」
 先日、住宅街のど真ん中で火事があり、住宅が全焼した。
 住んでいたのは、落合ヒロ子、七十八歳。一人暮らし。ゴミの積みあがった居間で石油ストーブを使い、引火してしまったらしい。
「被害者が出なくてよかった」
 密集した住宅街での火事だったが、火はすぐに消し止められた。落合さん自身もすぐさま避難し、死傷者が出なかったのがせめてもの救いだった。
 ごちそうさま、と律儀に頭を下げ、佐々木が立ち上がった。
「そろそろ行くわ。司ちゃんも来ないし」
「……」
 ぼそりと呟いた最後の一言に、お茶を二杯も飲んだ理由を悟る。やけに長居をすると思ったら、司が顔を出すのをひそかに期待していたのか。
「空気が乾燥してるから、お前のとこも火事には充分気をつけろよ」
「いつから消防士になったんだ」
「住民の平和を守るって意味では一緒だ」
 くさいセリフだが、英雄気質の佐々木は本気で言っているのかもしれない。背筋がむずむずとした。
「じゃあ」
 崇文の鼻白んだ顔に気づきもせず、佐々木は後ろ手に手を振り、自転車で去って行った。非番なので、私物のキャノンデールのクロスバイクである。
「司が目的かよ」
 ちゃんと本腰を入れて賽銭泥棒の調査をしてくれたのだろうかと、やや不安になった。
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