恋愛ショートストーリー

メタボ戦士

文字の大きさ
7 / 22

メスの蚊

しおりを挟む
 俺(徹哉)は夏の夕暮れ時、ベランダで一人ぼんやりと煙草を吸って空を眺めていた。

 網戸越しに聞こえる微かな羽音…

 それはどこにでもいる、あの小さな吸血鬼の訪れを告げるものだった。

「蚊って、エロの化身だな…」

 独り言にしては、少しばかり熱を帯びたその言葉に、背後から声がかかった。

「突然どうした徹哉?気でも狂ったか。」

 振り返ると、親友の光琉が呆れた顔で立っていた。

 光琉は万物にエロスを感じる俺とは対照的に、現実のグラビアアイドルのみに夢中な男だ。

「狂ってないよ。」

「そうか?蚊をエロの化身とか言ってるやつが?」

「いや…さ…だって考えてみてよ。メスの蚊が俺たちの血を吸いながら唾液…いや…体液をあの細い口吻で注入してくるんだぜ?しかも卵を産むためっていう本能的な理由で。なんかこう…生命の神秘とエロスが混ざり合ってる気がしないか?」

 光琉は、相変わらず理解できないといった表情で腕を組んでいる。

「所詮、虫だろ。別に何も感じないけど…」

「そこを擬人化して考えてくれよ!」

 俺は身振り手振りを交えて熱弁する。

「お前がいつも言ってる、あの巨乳のグラビアアイドルをモデルに想像してみろって!」

 光琉は少し考えてから、渋々といった様子で頷いた。

「わかったよ…」

 光琉の脳内妄想スクリーンが制作される。

 そこに映し出されたのは、鍛え上げられた肢体を包む、妖艶な黒のビキニを身につけたギャルのグラドル。

 豊満な胸元が、その漆黒の布地によって一層強調されている。

 長いまつ毛が伏せられた大きな瞳が、挑発的な光を湛えている。

『光琉…ウチ、卵を産みたいの。だから、ちょい血を飲ませて?』

『い、いいよ…』

『サンキュー…チュッ…チュッー…チュッ…チュッー…あ…やべ…つい夢中になっちゃったわ…。唾液でベタベタにしちゃったメンゴ~』

『君の唾液なら、全然構わないよ…』

『マジで、光琉は優しいね。神w』

『そう?へへ…』

『じゃあウチ、そろそろ行かないとだから…』

 光琉は、黒ビキニの蚊美女の後ろ姿をうっとりと見送った。

「じゃあね~…」

 妄想の世界から引き戻された光琉は、ハッとした表情で徹哉に向き直った。

「…確かに、ちょっとエロいかも…」

「だろ!」

 俺はしたり顔で頷いた。

 しかし、光琉はすぐに我に返った。  

「でもな、徹哉。それはあくまで、俺が想像したグラビアアイドルさんがエロいだけだから。蚊そのものは、やっぱりエロくない。ただ、刺されたら痒いだけだ。」

「チェッ…同じエロ仲間のお前なら、この気持ちを理解してくれると思ったのに…」

「別に、お前と同じエロ仲間だなんて思ったことないけど?」

「何でだよ?」

「だって、好きなジャンルが違うじゃん。お前は、なんかこう…生命の根源的なエロスみたいな、よくわかんない方向にいくけど、僕はもっとこう、直接的な美しさっていうか…」

「確かに、尻派と胸派だから違うけどさぁ…」  

 俺は肩を落とした。

 その時だった。

 二人の視界の端に、信じられない光景が飛び込んできた。 
  
 隣のマンションのベランダに、光琉が先ほど妄想の中で描いた黒ビキニの蚊ギャルグラドルとは対照的に、清楚な白のワンピースを身につけた、可憐な女性が立っていたのだ。

 風になびく清らかな黒髪、吸い込まれそうなほど透明感のある白い肌、そして、どこか儚げな雰囲気を漂わせる大きな瞳。
 
 俺と光琉は息を呑んだ。  

 まるで、自分の歪んだ妄想を否定するかのように、純粋で美しい存在が目の前に現れた。

「おい、あれ…マブくね?」  

「マブい…僕が好きなグラドルとは全然違うタイプだけど…凄い美人だね…」  

 俺の心臓は、激しく鼓動していた。  

 蚊のメスの擬人化と、白のワンピースの清純な美女。

 あまりにも対照的な二人の女性が、同時に彼の心に波紋を広げていた。 

「どうするよ、徹哉?」  

 光琉が、不思議そうな顔で囁いた。     

「話しかけてみるか?あんな清楚な美人が、隣近所に住んでるなんて知らなかったな。」

 俺は喉がカラカラに渇いているのを感じた。  

 メスの蚊の妄想から始まった、奇妙な感情の波。

 そして今、目の前に現れた白のワンピースの彼女は、一体何なのだろう?

「…ああ」

 俺は、やっとの思いで頷いた。

「話しかけてみるか?」

 夏の夜の微風が頬を撫でた。

 ベランダから見える白のワンピースの美人の姿は、まるで一輪の白い鈴蘭の花のように清らかで、そして、どこか近づきがたいほどの美しさを湛えていた。

 俺はこれから始まるかもしれない…全く予想外の恋の予感に胸を高鳴らせた。

 それはメスの蚊に対する歪んだ妄想が、全く異なる二つの方向へと発展していく不思議な夜の始まりだった。

 終わり
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

処理中です...