ガキの使いを捕まえろ!

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ガキの使いを捕まえろ!

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 暗闇で音がする。
 ゴソゴソという音、カサカサという音。その音の合間を縫うようにひび割れた声が微かに聞こえる。
 そこは村の外れ。森の入口を切り開いて作られた開拓村は、日が暮れると共に眠りにつく。しかし、自然の音は夜だからといって止むわけではない。
 森を揺らす風の音、草の隙間に住む虫の音。
 人々が寝静まれば、静かになる街とは違う。
 自然の片隅に息づくこの村は、多くの音に囲まれている。
 朝に歌う鳥がいれば、夜に吠える獣がいる。
 人々は自分の身を守るために、自分の家族を守るために、安心して眠るために、家を建て、村を作り、柵で囲う。
 暗闇で音がする。
 ゴソゴソという音、カサカサという音。ひび割れた声が聞こえるのは村の外れ。
 そこは獣を防ぐ柵の内側。
 森の入口を切り開いて作られた開拓村は、当然のことながら、森に面している。
 森に住む獣から村を守り、畑を守るための柵。その内側で風に揺れる作物も、音とは無縁ではいられない。葉と葉が重なり合う音、作物の陰に住む虫たちの音。畑の周囲に掘られた、排水用の溝にはわずかな水がある。季節によっては小さな川となるその溝には、畑の中とはまた別の生き物たちが住んでいる。
 だが、その夜は異質だった。
 風の音でも、虫たちの言葉でもなく、まるで人が起き出したかのような、音。
 それは夜半から、明け方近くになるまで存在していた。
 その異質な音は、周囲の音にかき消されて、気づく人はいない。

「な、なんだこいつは!」

 村人がそれに気づいたのは夜が明けて、畑仕事が始まる時間。
 いつも通りに畑仕事に来たつもりの村人は、畑の惨状に声を上げた。
 村から遠い側、柵の近くを中心に、畑の広い範囲が荒らされていたのだ。植えていた作物は根こそぎ引き抜かれていた。収穫の時期を間近に控えた作物だけでなく、まだやっと葉が伸びてきたばかりで、実などついていないものまで引き抜かれていた。そして、実のついていない物も、食用にならない葉や蔦の類もまとめて、畑から消え去っていた。
 畑の一角。畑全てではないなど気休めにもならない惨状。
 懸命に育ててきた作物は、村人たちの日々の糧であり、冬を越すための備蓄でもある。
 無論、農業を続けていれば不作の年もある。少ない実りを前に失望することもある。だが、この惨状はそれとはまったく別の物だ。
 一晩で大きくその姿を変えてしまった畑を前に、村人は、しばし呆然と立ちすくむ。

「どういうこった」
「獣だべか」

 叫び声を聞いて集まって来た村人たちも騒ぎ出す。
 誰も畑の中には入ろうとしない。
 それもそうだろう。すべての作物が根から掘り起こされたようになくなっているのだ。
 柵の下に穴を掘り、獣が入り込むこともないわけではない。
 しかし、獣であれば、その獣が食べる分しか荒らさない。それはそうだろう。獣は荷車を使えるわけでもなく、その場で食べるか、器用なものであっても手や口で持って運ぶくらいしかしない。

「誰か、村長を呼んで来てくれ」

 一人の男の言葉で、ただ騒いでいた村人たちが動き出す。
 村長の家まで走る者、畑と外を隔てる柵を見に行く者。それでも畑に入る者はいない。

 数日後。村には村人ではない者達の姿があった。
 あの日、畑が荒らされた日、すぐに村長は近くの村に住む領主様へと使いを出した。領主とは言っても、貴族然とした人物ではなく、付近一帯の農村をまとめる地主のようなものだ。
 事実、領主が住んでいるのも街ではなく村である。しいて言えば農村である。
 雇っている人はいても、メイドも執事もいない。いるのは領主の持つ畑を耕す小作農だけである。
 そんな領主であるから、村からの畑が荒らされたとの訴えに、迅速に対応した。

 村に来たのは数人の屈強な男たちと、一人の禿頭の男。
 屈強な男達は、それぞれに武器を持ち、革の鎧を身に着けて、今にも戦いが始まるとばかりに殺気を振りまいている。
 一方で、禿頭の男は一人、錫杖を手に荒らされた畑に踏み込んで検分を始める。数珠を手に畑の中で祈りにも似た仕草を重ねながら調べる。
 領主の元に訴えが届いて、翌日には男達が派遣されたが、その数日の間にさえ、畑の被害は広がっていた。
 無論、村人とて、ただ手をこまねいていたわけではない。
 畑と外との境界にある柵を点検し、柵が破れていないとなると、見張りを立てて畑を守ろうとした。

 結果分かったのは、小鬼たちが大勢で畑の作物を引っこ抜いていくということ。
 小鬼たちを追い払おうとしても、相手が多い。夜にだけ現れる小鬼は、子供のような体格もあって、夜中に来る小鬼を全て見つけることすら困難だ。
 こちらで小鬼を追い払う間に、向こうでは別の小鬼が作物を盗んでいく。
 しかも、小鬼たちは、作物を持って帰るためか、武器は持っていなかったが、引っこ抜いた作物を振り回して応戦する。
 たった数日の間に、畑の作物は大量に引き抜かれ、村人にも何人かの怪我人が出ていた。

「畑の中に瘴気が残っておる。村人が見た小鬼は使役されたものであろう」

 禿頭の男の言葉に、屈強な男達はぬうと言葉を飲む。
 森の奥に多くの生き物が暮らしているのはよく知られている。小鬼もそうだ。夜に活動するその小さな生き物は、集団で洞窟などに住むという。
 小鬼たちはその体格の小ささから、戦いには向かない。森では木の実や草を始め、小動物を狩って生きていると考えられている。その小鬼が大勢で、より大きな体を持つ人間の村に寄せてくるなど、道に迷った粗忽ものや、群れから追い出された小鬼でもなければ、まずあり得ない話なのだ。
 そして、そのあり得ない話の原因が、禿頭の男の言葉だ。

「瘴気と、畑の状態を見るに、使役しているのは餓鬼と見る」

 禿頭の男の言葉に、屈強な男達はぬぬうと顔をしかめる。
 それもそうだろう。餓鬼とは、数ある化物のうちで、農民にとっては最も厄介なものだ。
 常に空腹に苛まれ、肉も魚も野菜も問わず、全ての食べ物を口に入れようとするが、食べ物は口の中で炎に変わり、決して胃が満たされることはないという化生けしょう
 罪を重ねた人が死して後に変じるという餓鬼であれば、いくら畑のものを盗んだとしても満足することはあり得ない。

「住処を叩かねばなんねえ」

 屈強な男の一人が言う。
 彼らは領主の命によりこの村に来たが、荒事に派遣されはしても専門の兵ではない。領主の元には戦い専門を生業とする者はおらず、この男達もまた、普段は畑を耕す農民である。
 それだけに、この畑の惨状には憤りを隠せない。

「瘴気を辿れば住処を見つけるのは難くない。しかし、さて、さて、既に昼時を過ぎた。今から森に入っては日のあるうちに辿り着けるかどうか」

 禿頭の男が顎に手をやりながらそう言う。
 それにはすぐに屈強な男達からの答えが返った。

「夜になればまた畑が荒らされる」
「餓鬼は一刻も早く滅ぼさねばなんね」

 血気盛んな男達は、明日の朝からなどと悠長な選択をする気はないようだ。

「承知した。ではこのまま向かおう」

 禿頭の男が承諾するのを聞き、彼らは村を後にする。
 柵を乗り越え、森に入り、小鬼たちがやってきた道なき道をさかのぼる。

 彼らがそこに辿りついたのは、日が傾く頃だった。
 昼間のうちに間に合ったと言えるが、日が暮れるまでさほどの時間はない。
 地面が割れたようにも見える岩と岩の隙間が、深い闇をたたえていて、奥を見通すことは出来ない。
 彼らは手早く、葉がついたままの細い枝を集め、火をつける。
 煙が出始めた枝葉をどんどんと岩の隙間に投げ入れる。
 それは暗闇を苦にしない小鬼の住処を潰す方法の一つ。煙を充満させることで、戦わずに倒すやり方だ。
 もし、この場所に着くまでに日が暮れて、小鬼たちが住処から出てくるようであれば、屈強な男達は迷わず武器を手に戦ったであろう。しかし、日のあるうちについたのであれば、戦うまでもない。

 程なく、岩の隙間から煙が立ち上ると、禿頭の男はおこうに火をつけて投げ入れる。
 小鬼だけであれば、枝葉から出る煙で十分だ。
 だが、餓鬼は一度死に、人が変じた化生けしょうであり、言わば動く死人である。煙に巻いた程度で滅ぼすことは出来ない。

 禿頭の男が錫杖を構え、屈強な男達もそれぞれの武器を構える。
 地の底から怨嗟えんさの声が聞こえる。
 大地が揺れる。
 何かが壊れる音が響く。
 穴の奥で暴れる何者かが、岩の隙間から現れる。

 岩の隙間を押し広げて現れたそれは、人に近い姿ではあった。
 身の丈は人の倍ほどになり、腹は大きく膨れ、手足は枯れ木のように細くなり、怨嗟の声を洩らす口元からは炎が垣間見られるが、それでも人に近い姿ではあった。
 なぜ人に近いと見えるのか。そこだけは生前に近い顔があるからだ。
 腹のように大きく膨れることもなく、手足のように枯れ木のように細くなることもなく、顔は怨嗟に染まってはいようと、人の顔をしていた。

「ふふ、……ふふふふふ」

 餓鬼が漏らす怨嗟の声に、別のところから笑い声が混じる。

「くくくくく」

 声の出所を見る屈強な男達。その視線の先には錫杖を構えたままの禿頭の男がいた。

「ハーーーッ、ハッハッハ!」

 そして禿頭の男は餓鬼に突進する。

「食い物の恨み! くたばれクソ親父!」

 そうして餓鬼との戦いは幕を開けた。


 しばし呆然としていた屈強な男達も参戦し、なんとか餓鬼を滅ぼした時には、既に日も沈んでいた。
 暗闇に沈む森の中で、それぞれが松明を手に、念入りに餓鬼の体を焼いていく。
 完全に焼き尽くし、滅ぼさなければ、万が一にも蘇ると村の畑は壊滅するだろう。

「なあ、坊は、あれ、親父って言ってたよな」

 男の一人がそう話し掛けたのは、餓鬼の体の大半が灰になった頃だった。時刻は既に深夜を回っているだろう。火を焚いているから獣は近寄らないが、森の奥からはいくつもの獣の声が聞こえてくる。

「おう、言ってたが」
「なんで餓鬼なんぞになってんだ」
「……そうだべな」

 罪を重ねた人が死んだ後、化生けしょうとして現れる一つ、餓鬼。

「死体を焼けば、罪とか功徳とか関係なく、餓鬼にはならないんじゃなかったか」
「……おらもそう聞いたな」

 死体が変じて蘇ることから、過去は罪人の処罰として火炙りの刑が行われていた。だが、罪人ではない、普通の人の中にも変じる者が出ることから、いつしか、死者は罪の多寡を問わず焼くことが常となった。
 葬儀の最後、家族が見守る中で、完全に灰になるまで焼き尽くす。それは故人への手向けであり、家族の義務でもある。
 会話を聞きつけたのか、屈強な男達が一人集まり、二人集まり、ついには全員が集まって禿頭の男を見る。

「坊、親父さんの葬儀について、説明を」

 松明を手に禿頭の男と対峙する男達の視線は、揺れる明かりに照らされて不気味に揺らめく。

「え? あ、お、それはな」

 男達が一歩、前に出る。

「死体は焼く、餓鬼が生まれたら一族で償う。坊、ご存知で?」

 禿頭の男が一歩後ずさる。

「ふひひ」

 だっとばかりに、禿頭の男は振り向いて真っ暗な森に駆け出した。

「焼かずに餓鬼を作りやがったな。追いかけるぞ! あいつは餓鬼使いだ!」

 深夜の森に壮絶な逃走劇が始まった。
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