ある魔法都市の日常

工事帽

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牧場の山浦さん2

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 深夜にふと目を覚ますと、隣に寝ていた夫が起き上がるところだった。

「おう、起きたか。イノシシだな。ちょっと行ってくる。寝てていいぞ」

 それだけ言い置いて、夫は寝床を出る。
 言われてみれば確かにイノシシの臭いだ。
 牧草を食べて出ていくだけならいい。でも牧場の柵が壊されるのは困る。
 なぜかイノシシは柵の根本を掘り返していく。
 父親が狩人だったという夫によると、イノシシは植物の根、イモなんかを掘り返して食べるのだそうだ。だから、柵の根本を掘り返すのも、下に根が生えてると思ってるのだろうという。
 そんな理由はともかく、柵が壊されてしまうと、直すのも手間だし、気づかずにいて羊が逃げ出したらもっと手間だ。

 昼間から酒を飲みたがるダメな夫だけど、こういう時だけは頼りになる。
 父親から仕込まれたという狩りの経験があって、イノシシの臭いにも敏感だ。
 臭いで見つけたイノシシの通り道には、罠も仕掛けてある。
 うまく罠に嵌ってくれれば、しばらくはイノシシに気を揉まずに済むはずだ。

 私の家は羊牧場を営んでいる。
 何代前からなのかはよく分からない。
 ずっと昔は、この辺も魔物だらけの物騒な場所だったらしいから、そんなに前からではないはずだ。
 今でもイノシシや、たまにオオカミが出る。
 故郷を出て、魔法都市を目指して旅してきた夫とたまたま出会えたのは、多分、偶然なのだろう。
 始めは道を尋ねて来たんだったか。そのときは、私は会ってないからよく知らないが、同じ狼獣人で親近感でも感じたのか、魔法都市に行った後も何度か尋ねて来たようだ。父親から聞いた話だと、勝手の違う魔法都市に戸惑っていたのと、魔法都市の騒音と臭いに慣れずに街から離れたかったんだろうということだった。
 そのうち、来たついでというのか、牧場の仕事を手伝うようになって、私が初めて会ったのはその頃。一応、魔法都市でも仕事は見つけいたようだが、段々と牧場に来る頻度が上がってきて、結局、入り婿になった。

 夜中とは言え、一度目が覚めると、すぐには寝付けない。
 ウトウトしている間に、今度は血の臭いがしてくる。
 こうなるともう寝直すのも無理だ。
 狼獣人特有の、いつも発動している感覚強化の魔力を抑えても、一度鼻についた臭いを忘れるのは難しい。
 時計を見ると、まだ夜明けまで一時間はあるが、しょうがない。
 服を着替えて、エプロンを身に着ける。
 家を出ると、前庭で夫がイノシシをさばいている。

「なんだ、起きてきたのか」

 言いながらも解体する手は止まらない。

「目が覚めちゃったからね。手伝うよ」
「おう、じゃあ桶を持ってきてくれ」

 そんなやりとりをして、解体した内臓と肉をざっと洗って桶に入れる。
 作業をしているうちに日が昇り、息子たちが起きてきた。良く寝ていたと言っていいのか、血の強い臭いにさえ鈍感なのを嘆いたほうがいいのか。どっちだろう。
 感覚強化は、狼獣人なら成長して魔力が強くなるにつれて勝手に身に着くものだ。勝手に身に着くから、止めるほうに訓練がいるくらいで、夫も感覚強化を止めれるようになったのは結婚する直前だった。
 夫の故郷の、狩人の家では、感覚強化を止めるという発想自体がなかったらしい。でも、喧騒が溢れ、多種族の住む魔法都市では、感覚が鋭いと普通に過ごすだけでもとても疲れる。

 子供たちも、魔法都市の学校が休みの日は牧場の手伝いをするようになった。
 読み書きも出来るようになってきたし、成長が遅いわけでもないとは思う。
 そろそろイノシシ駆除も手伝わせたほうがいいか、それとも、まだ夜はぐっすり眠らせて、体が成長するのを待つか。良く眠らないと体が育たないと。そんなことを聞いた。
 今度、夫とも話し合ってみよう。
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