ある魔法都市の日常

工事帽

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醸造所の吉田さん

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 タン、タン、タタタン。
 と軽快にリズムを刻む。
 気持ちだけ。
 実際には、ぐしゃぐしゃ、ぐっしゃしゃ。
 くらいの音がする。
 まぁ、しょうがない。ブドウ踏んでるんだから。

 ここは醸造所。ワイン造りの工房だ。
 ブドウを踏んで潰し、ワインを作っている。
 潰してすぐに圧搾機にかけて作るワインと、発酵させてから圧搾機にかけて作るワインとで、色合いや味わいが変わる。だからこの工房で作られるワインは、基本的に2種類ある。
 まぁ、あくまで基本的には、だ。
 季節によって収穫出来るブドウの種類は変わるから、一年通してという意味じゃあもうちょっと増える。
 ぐしゃぐしゃ、ぐっしゃしゃ。
 俺が踏んでいる他にも、何人もの職人がブドウを踏んでいる。
 皆が軽快なリズムで、軽快とは程遠い音を響かせて。

 そんな中、一人だけカチャカチャとリズムの違う金属音を立ててる奴がいる。
 ミノタウロスの吉田だ。
 今は、圧搾機の整備をしている。
 体はでかいが手先は器用で、圧搾機の整備だけじゃなく、ブドウを踏むのに使っている桶のタガが緩んだ時にも直してくれるし、ワイン樽が壊れた時にも直してくれた。なかなかに便利な奴だ。
 圧搾機の係として雇ってと聞いた覚えがある。
 てっきり俺は圧搾機のハンドルを回す係だと思ったもんだ。あれはなかなかに力仕事だからな。
 まぁ、ハンドルを回すのもやってはくれる。でも吉田は圧搾機の整備とか改造のほうが得意みたいだ。来たばかりの時に、圧搾機をバラバラにした時はどうしたもんかと思ったが、それからは随分とハンドルが軽くなった。
 その後もちょくちょく整備をしている、吉田に言わせると、動かしてるうちに少しずつズレてくるものだから、定期的にバラして正しい位置に戻してこそ性能を発揮できるんだとか、なんとか。

 ただ、吉田の場合は、整備の腕は良いが、ワイン造りについては素人だった。
 圧搾機があるのに、なんで足で先に潰すのかと、随分と不思議がっていたもんだ。
 作ってる2種類のワインのうち、1種類は足で潰して直ぐに圧搾機に掛けるわけで、どうもそれが無駄に思えたらしい。
 初めから圧搾機に掛けるのを何度か試していた。
 結局は、うちの工房にある圧搾機じゃあ、力が足りなくて一旦潰してからじゃないと、まともに圧搾されないのがわかっただけだったが。
 その後もちょこちょこと、よく分からんものを組み立ててはブドウを放り込んでいる。何をしてるのかよく分からん。これが出来れば楽が出来るようになるんだとか言ってるが。
 足元に固い感触。
 手で探るとブドウの房の根本、枝の部分が残っていた。ひょいと桶の外に捨てて、ブドウ踏みを続ける。
 ぐっしゃぐっしゃ、ぐっしゃしゃぐっしゃ。

 おっと、考え事をしている間にブドウが良い感じに潰れたようだ。
 桶の外には、ブドウを踏みながら見つけた固い房の欠片やら、小さすぎて固い実がいくつも捨ててある。
 こういう固いものが紛れているから、固い蹄の足じゃないと危なくてしょうがない。
 俺以外の職人も、蹄の足をしている種族ばかりだ。
 まぁ、酒蔵だからな。酒好きなサチュロスが一番多い。
 酒の香りに包まれて働ける職場なんてそうそうないからな。
 潰したブドウを圧搾機に放り込んで、全力で絞る。
 隣でハンドルを回してると吉田の体のデカさがよく分かる。そのデカい体でがんがんハンドルを回してくれ。
 おっと、搾りかすが出来たな。
 この搾りかすは工房の職人なら好きに持って帰って良いことになっている。
 持参している袋に今日の分を詰め込んだら仕事はお終いだ。
 酒場に行って、こいつをツマミにワインと行こうじゃないか。
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