ある魔法都市の日常

工事帽

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醸造所の吉田さん3

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 朝の工房に続々と職人達が出勤してくる。
 来た者から順に、魔石を手にして今日の分の魔力を込める。
 込められた魔力は、ワイン作りに使われる。

 具体的にはワイン蔵の管理と、材料であるブドウの保存だ。ワイン蔵の管理は、温度、湿度を保つだけではなく、ワインの発酵を促進させて短期間でワインを作るものだ。
 ブドウの保存は逆に、ブドウが腐ったり、勝手に発酵しないように、時の流れを遅くする。ブドウが収穫出来る季節は決まっている。ブドウの品種によって多少の時期の違いはあっても、冬の最中にはどれも収穫出来ない。ブドウを保存する蔵がなければ、冬に間はワイン造りは出来なくなる。

 一年を通してワイン造りをするためのブドウ蔵。
 本来であれば待つことしか出来ないワインの発酵を進めるためのワイン蔵。
 二つの蔵のために魔力は使われる。

 魔石にその日の分の魔力を入れ終わったら、職人達は作業着に着替え、ワイン造りが始まる。
 ブドウの実を房から外す。実だけを桶に入れ、職人達が足で潰す。

 職人達が作業をしている間、工房長である俺は蔵の管理を行う。
 皆の魔力が詰まった魔石を、昨日の魔石と取り換える。魔力を使い切った魔石は、白く濁った石にしか見えないが、魔力が詰まった魔石は淡い光を放つ。
 蔵についてる魔力計で十分な魔力があることを確認する。ついで、今日の出荷分の樽の移動だ。台車に乗せて移動させるだけとは言え、中身の詰まった樽だ、かなりの重さになる。
 樽の蓋を開けて一口。
 よし、味はこんなもんだろ。

「工房長、ちょっといいですか」

 品質チェックをしているところに話し掛けてきたのは吉田だった。
 手先が器用なミノタウロスの若者で、うちの道具の整備をしてもらってる。

「おう、どうしたよ。お前も飲んでみるか?」

 品質チェック用のカップを差し出してみるが、吉田は受け取らない。
 ワイン工房に来たわりには、酒と距離を取ろうとしてるのはなんでだろうな。まったく飲めないわけじゃないはずだが。
 カップを片付けて、樽に栓をする。

「圧搾機のことなんですが」

 ああ、またか。と、思う。
 吉田が圧搾機を整備するようになってから、随分と絞るのが楽になったとは聞いている。それで十分なんだが、吉田はまだいろいろと改造したいらしい。これをやってもいいか、あれを変更したいんだと、事ある毎に言ってくる。
 少しばかり手を加えるくらいなら構わないが、圧搾機を壊すようなマネだけは勘弁だ。

「いろいろ考えたんですが……」

 いろいろ考えてるのは知っている。その度に俺の所に来るんだからな。何も言わずにやられないだけマシはマシだが。細かいとは言え部品代がかさんで来てるのはちょっと頂けない。
 こっちとしては今の性能を維持して、長持ちするようにしてくれればいいから、余計なことを考えるなと言いたいところだ。

「新しい圧搾機を作らないとダメじゃないかと思って」

 はあっ? おいおいおいおい、それはどういうこった。
 吉田が整備するようになってから、随分と調子が良いと聞いていたが、どういうことだ。まさかやり過ぎて壊したんじゃないだろうな。

「穏やかじゃねな。どういうことだ? あの圧搾機はもうダメだってのか?」

 困る、それは困るぞ。あの大きさの圧搾機がいくらすると思ってるんだ。勿論、機械は壊れるものだ。延々と使い続けるわけにはいかないのは分かる。だがな、ああいう大物は、五年十年と使わないと元が取れない。
 一年の利益の中から設備費用を取り分けて、蔵の修繕用と合わせて積み立てていく金から出す類のものだ。
 桶や樽のように、毎年壊れた分を買い直すようなものじゃないんだ。

「ええ、あの構造だと、これ以上は性能が上げれなくて……」
「……」

 そうじゃない。そうじゃないんだよと言いたい。別に性能を上げろなんて一言も言ってないだろ。元の性能を維持出来ているならそれでいいんだよ。
 やたらと悔しそうに言う吉田に、何を言おうか考える。

「……別に壊れたわけじゃないんだな?」
「ええ、まあ」
「……今まで通り使う分には問題ないんだな?」
「ええ、まあ」

 ふうー、と深く息を吐く。

「じゃあいいじゃねえか。改造すんなよ。それよりほら、出荷すんぞ、樽運ぶの手伝え」

 吉田がまだ何か言いたげな顔をしているが、知った事じゃねえ。
 今日の分の出荷と、ああ、吉田が余計なことを考えなくて済むように、何か別の仕事を増やしてやろうか。なんかあったか。峰岸あたりにでも振ってみるか。

「ほらやるぞ。こいつを台車に乗せろ、あとこいつもだ。慎重にやれよ。壊すんじゃねえぞ」

 立て続けに指示を出して、吉田の言葉を止める。
 今日は忙しい。今、そう決めた。
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