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病院の綾小路さん2
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深夜の時間帯。
それはこの街が最も静かな時間、のはずだ。
だが、今日もここは騒がしい。
「解析魔法を投影、内部出血に気を付けろ。外傷の確認は頭の解析が終わってからだ」
今夜運び込まれたのは怪我人で、喧嘩沙汰らしい。
ただ、いつもと少しだけ違うのは血まみれではないこと。
酔っ払い同士の喧嘩は、加減が効かないのか、血まみれになって運びこまれてくることが多い。
今日の怪我人が血まみれではないのは、それよりもずっと手前、殴り合いになる前に気絶してしまったからだという。
頭の状態を投射した、解析魔法の映像。それを見ながら当直の先生が診断を行う。
外傷がなければ私の出番はない。ただ診断が終わるのを待つだけだ。
幸いにも、その怪我人は頭への損傷も軽かったらしく、軽い治癒魔法だけでベッドに放り込まれることになった。
「内部出血はなかった。大丈夫だとは思うけど、念のため見回りのときには状態を確認して、あと目が覚めたら問診するから、教えて」
喧嘩の前、前哨戦という感じに手で突き飛ばしたら、壁に頭をぶつけて倒れた。という話で運び込まれてきた患者だ。
手足であれば粉々にでもなっていない限り、処理方法は確立している。
それに比べて頭と内臓はかなり複雑だ。見た目に異常がなくても、解析魔法で中を覗いてみたら酷いことになっていた。という話もそこそこ聞く。見たくはないけど。
そんなちょっと珍しい事例をはさみながら、やっぱり血まみれの怪我人の処理をしながら、その日の夜勤は終わろうとしていた。
疲れた頭で、機材の後片付けを行う。
夜勤での私の役割は輸血だ。外傷がなければ出番はない。毎晩誰かしら血まみれになって運びこまれるから、出番は多い。
この街には多種多様な種族が住んでいる。だから、輸血には本人の血を使うのが基本だ。怪我をして運び込まれて来た本人から、少しだけ血を抜いて、増幅する。
造血剤は種族によって種類も量も違う。それでも種族によって、だけだ。もし、予め輸血用の血を用意するなら、種族ごとにも何十種類の血を準備する必要がある。それは無理だ。だから本人の血を増やして、返す。
使った機材には当然ながら、血がついている。
機材の洗浄。物によっては一度使ったら破棄する。清潔に保つことは何よりも大切だ。
カチャリと音がして、輸血部の扉が開く。
見ると綾小路先生が入ってくる所だった。
「お疲れ様~」
ちょっとゆるいところがある綾小路先生は今日の当直医だった医師だ。
急患や、昨夜のような怪我の処置をするときは、とてもキビキビとした口調で話すが、普段はなんかのんびりしている。
「はい、お疲れ様です」
最近は、夜勤の途中でうろうろしていることが多い。
手が空いているなら仮眠を取ればいいのに。こっちは機材の洗浄という仕事がある。用事もなくうろつかれても迷惑だ。
「どうしました? 怪我人の血、足りませんか?」
生憎もう洗浄中だ。患者からとった血は破棄してある。もし必要なら、採血からだが、今ののんびりした姿であれば違うと思う。仕事中はちゃんとしてる人だから。
「あー、造血用の血って、まだ処分してない?」
「は? 処分しましたよ。見てのとおり洗浄中ですよ」
予想が外れたのかと、少し口調がキツくなる。仕事なら仕事らしい態度できてくれないと困る。
「どの患者ですか、すぐに採血しないと」
「あー、いや、そうではないんだけど……」
この野郎。
今の煮え切らない態度で分かった。気づいてしまった。
「ところで先生。血液の提供者は見つかりました?」
「あー」
「役所への募集の届けは済んでるんですよね」
「それがね~」
このくそ吸血鬼。
「あれから何日たってると思ってるんですか!」
「いやでも、なかなか時間がね」
「時間なんて夜勤明けに役所行くだけでしょう! 家に帰る前に、役所に寄り道するだけでしょうが! 何いってるんです!」
あまりにも馬鹿らしい。
吸血鬼は基本的に毎月血を飲む必要がある。それを怠ると倦怠感が続いたり、頭痛がしたりと日常生活に支障が出る。
だが扱う物が物なので、役所を通しての契約や、採血は医療機関で行うことなど決まり事も多い。
以前に一度だけ、私の血を渡したことがある。本来ならばダメだが、体調を悪くしていた先生を見兼ねてのことだ。だが、何度も繰り返すつもりはない。
「今日の帰り道、役所に行ってください。いいですね」
「……はい」
しょんぼりと肩を落とす。その姿は処理中の凛々しいお医者様と同一人物とは思えない。
「必ずですよ。あとで役所の人に確認しますからね」
「……はい」
病院で採血を担当するために、役所の担当者とは面識がある。
いっそ役所まで引っ張っていってやろうか。
そんなことを考えながら、私は機材の洗浄を終わらせた。
それはこの街が最も静かな時間、のはずだ。
だが、今日もここは騒がしい。
「解析魔法を投影、内部出血に気を付けろ。外傷の確認は頭の解析が終わってからだ」
今夜運び込まれたのは怪我人で、喧嘩沙汰らしい。
ただ、いつもと少しだけ違うのは血まみれではないこと。
酔っ払い同士の喧嘩は、加減が効かないのか、血まみれになって運びこまれてくることが多い。
今日の怪我人が血まみれではないのは、それよりもずっと手前、殴り合いになる前に気絶してしまったからだという。
頭の状態を投射した、解析魔法の映像。それを見ながら当直の先生が診断を行う。
外傷がなければ私の出番はない。ただ診断が終わるのを待つだけだ。
幸いにも、その怪我人は頭への損傷も軽かったらしく、軽い治癒魔法だけでベッドに放り込まれることになった。
「内部出血はなかった。大丈夫だとは思うけど、念のため見回りのときには状態を確認して、あと目が覚めたら問診するから、教えて」
喧嘩の前、前哨戦という感じに手で突き飛ばしたら、壁に頭をぶつけて倒れた。という話で運び込まれてきた患者だ。
手足であれば粉々にでもなっていない限り、処理方法は確立している。
それに比べて頭と内臓はかなり複雑だ。見た目に異常がなくても、解析魔法で中を覗いてみたら酷いことになっていた。という話もそこそこ聞く。見たくはないけど。
そんなちょっと珍しい事例をはさみながら、やっぱり血まみれの怪我人の処理をしながら、その日の夜勤は終わろうとしていた。
疲れた頭で、機材の後片付けを行う。
夜勤での私の役割は輸血だ。外傷がなければ出番はない。毎晩誰かしら血まみれになって運びこまれるから、出番は多い。
この街には多種多様な種族が住んでいる。だから、輸血には本人の血を使うのが基本だ。怪我をして運び込まれて来た本人から、少しだけ血を抜いて、増幅する。
造血剤は種族によって種類も量も違う。それでも種族によって、だけだ。もし、予め輸血用の血を用意するなら、種族ごとにも何十種類の血を準備する必要がある。それは無理だ。だから本人の血を増やして、返す。
使った機材には当然ながら、血がついている。
機材の洗浄。物によっては一度使ったら破棄する。清潔に保つことは何よりも大切だ。
カチャリと音がして、輸血部の扉が開く。
見ると綾小路先生が入ってくる所だった。
「お疲れ様~」
ちょっとゆるいところがある綾小路先生は今日の当直医だった医師だ。
急患や、昨夜のような怪我の処置をするときは、とてもキビキビとした口調で話すが、普段はなんかのんびりしている。
「はい、お疲れ様です」
最近は、夜勤の途中でうろうろしていることが多い。
手が空いているなら仮眠を取ればいいのに。こっちは機材の洗浄という仕事がある。用事もなくうろつかれても迷惑だ。
「どうしました? 怪我人の血、足りませんか?」
生憎もう洗浄中だ。患者からとった血は破棄してある。もし必要なら、採血からだが、今ののんびりした姿であれば違うと思う。仕事中はちゃんとしてる人だから。
「あー、造血用の血って、まだ処分してない?」
「は? 処分しましたよ。見てのとおり洗浄中ですよ」
予想が外れたのかと、少し口調がキツくなる。仕事なら仕事らしい態度できてくれないと困る。
「どの患者ですか、すぐに採血しないと」
「あー、いや、そうではないんだけど……」
この野郎。
今の煮え切らない態度で分かった。気づいてしまった。
「ところで先生。血液の提供者は見つかりました?」
「あー」
「役所への募集の届けは済んでるんですよね」
「それがね~」
このくそ吸血鬼。
「あれから何日たってると思ってるんですか!」
「いやでも、なかなか時間がね」
「時間なんて夜勤明けに役所行くだけでしょう! 家に帰る前に、役所に寄り道するだけでしょうが! 何いってるんです!」
あまりにも馬鹿らしい。
吸血鬼は基本的に毎月血を飲む必要がある。それを怠ると倦怠感が続いたり、頭痛がしたりと日常生活に支障が出る。
だが扱う物が物なので、役所を通しての契約や、採血は医療機関で行うことなど決まり事も多い。
以前に一度だけ、私の血を渡したことがある。本来ならばダメだが、体調を悪くしていた先生を見兼ねてのことだ。だが、何度も繰り返すつもりはない。
「今日の帰り道、役所に行ってください。いいですね」
「……はい」
しょんぼりと肩を落とす。その姿は処理中の凛々しいお医者様と同一人物とは思えない。
「必ずですよ。あとで役所の人に確認しますからね」
「……はい」
病院で採血を担当するために、役所の担当者とは面識がある。
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