ある魔法都市の日常

工事帽

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警備員の剛崎さん2

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 休眠状態にしたガーゴイルのパーツを外していく。
 外したパーツを置く場所は決まっている。万が一にも間違いが起きないように、外す順番、置く位置、チェック項目、それらは整然と並ぶことでメンテナンスは作業になる。
 もっとも警戒するのは「慣れ」だ。
 このくらいは、この程度なら、それがミスにつながる。
 愚直に、馬鹿のように、手順を違えない。仮にも命を預かっているのだから。

 魔法生物というものには、いくつかの型がある。

 例えばオートマタ。人の形を模した魔法生物で、人の生活環境に近い場所で用いられる。
 屋敷の維持管理は大体このタイプだ。屋敷の住人と同じ目線で動くことが求められるため、身長や体格も、住人に合わせて作られる。言葉を介し、言葉による指示で動く。

 例えばリビングアーマー。鎧を模した魔法生物で、戦いに用いられる。
 警備であれば、歩哨としてじっと佇み、何かあれば派手な金属音をたてて動き出す。兵士と警報装置と合わせた役割になる。また、中が空洞であることから、護衛代わりに要人が着こむ場合もある。言葉を介するリビングアーマーはごく一部で、多くの場合は魔法装置を用いて指示を出す。

 そしてガーゴイル。姿に決まりはないが、翼の生えた動物を模していることが多い。可愛らしい愛玩動物の姿のガーゴイルもいれば、威圧的でおぞましい姿のガーゴイルもいる。
 リビングアーマーと同じく警備に使われることが多い。ただし、その場所はリビングアーマーとは違い、屋外だ。そして侵入者がいても直接戦うことは少なく、牽制、あるいは逃亡者の追跡が役割になる。
 かつては言語を介さないガーゴイルが主流だったが、現在ではほとんどのガーゴイルが言葉を話す。これは門柱の上で警備をしつつ、門番を兼ねることが多くなった結果だ。会話が出来なければ、取り次ぎも出来ない。

 主要なパーツを外し終えて、一旦、チェックシートの再確認をする。
 毎回のメンテナンスで確認するもの、数回に一度でいいもの、以前の記録を見直して、手抜かりがないように手順を頭の中で組み立てる。

 疲れがたまっていたのか、昨日は新しい機能の設計中に、知らず眠ってしまった。
 寝ている間に、メイドのオートマタがベッドに連れていってくれたようだ。そういうときは、決まって起きた時に頭が痛い。寝る時にぶつけたのか、運ばれているときにぶつけたのか。それでも目が覚めないのだから、我ながら酷いものだ。

 図面上の検討だけなら問題はないが、魔力を扱っている途中ならば危険なことだ。
 ましてや、今はメンテナンス中。
 俺のミスはこの子の命にかかわる。

 この街では、魔法生物も他の生物同様に命があると定義されている。
 そのため、魔法生物の製造には役所への届け出と認可が必要になる。製造完了をもって住民登録も行う。
 それが決まるまでは、人の作った物に命が宿るのかと、随分と論争になったと聞く。
 だが、そんなものは魔法生物と一緒に過ごしていれば自明のことだ。

 魔法生物は製造時に基本的な知識とルールが入力される。
 オートマタであれば言語、家事、家人の指示に従う、といったものだ。
 そうして出来上がったばかりの魔法生物は、その時点では、まだ人形に過ぎない。
 入力されたルール通りに反応を返すだけの人形だ。
 腕の良い技師であれば、あたかも「生きているような」反応を返すことは出来るが、日常すべてで騙し切るような反応は困難だ。

 だが、魔法生物が生活を始めて数年経つと、反応に変化が現れはじめる。
 生活の中で得た知識が影響しているのか、ルールが歪み始める。
 十年も経つ頃には、個性と言うべきものが出来上がる。
 最初のルールがなくなるわけではない。あくまで個性の範囲だが、この街で生活をさせていれば、それは間違いなくおきる。
 だからこそ魔法生物技師は、命があることを疑わない。

 魔力を通して導線を確認する。
 魔法生物にとっての神経系だ。魔力がスムーズに通るかどうかで、動きやすさが変わる。本人に自覚があれば、その部分だけを見ればいいが、徐々に劣化すると本人では分かり難い。

 表面の、皮膚にあたる素材も確認する。
 傷がつきやすい部位だ。表面だけの傷なら補材を塗り込み、同化させる。深い傷ならこの部分を交換する。だが、交換はあまり良くはない。
 何度か交換をしたことはあるが、その子たちに言わせると、違和感が残って気持ち悪いそうだ。馴染むまで一年以上かかる。

 チェックシートのほとんどを埋め終わると組み立てだ。
 慎重に、ガタが出ないように組み合わせていく。
 すべて組み合わせ終われば、当然のことながら、作業代の上には一つもパーツは残らない。
 細く絞った魔力のラインをコアにつないで休眠解除のキーワード。

「目覚めよ。我が子よ」
「……おはよう親父、メンテナンス終わり? もう寝ていい?」
「んなわけあるか、とっとと立て、最後のチェックするぞ」
「えー」

 面倒がる子に言い聞かせながら、手足や羽の動きをチェックする。
 スムーズに動くか、本人に違和感はないか。それはチェックシートの最後の項目だ。

「終わり? 終わりだよな。じゃあ寝るわ」
「おい。寝るなら上にいけ、上に。工房で寝るな」

 隙あらば寝ようとするのを追い出して、独り言ちる。

「なんであんなに面倒くさがりに育ったんかね」

 痛みの取れない頭をさすりながら考える。
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