72 / 91
牧場の山浦さん5
しおりを挟む
晩飯の後片付けの後で、もう一度、家を出る。
月の出ている晩は、とても明るい。
家の前にある空き地もよく見える。
母屋と厩舎の間にある空き地は、馬車を止めたり、食事の用意をしたりする場所だ。家の中にも竈はあって、雨の日なんかはそこで作ることもある。でも、外で焼きながら食べるほうが好きだ。
今日も晩飯はこの空き地だった。
その時も既に日は落ちてしまっていて、玄関先に点けた明かりと、パンと野菜を焼く焚火の灯りでの食事だった。月が出ている日は、これくらいの灯りで十分に明るい。
街では夜になると至る所に灯りが点く。家の中も、日が落ちると灯りをつけるって聞いた。
うちの場合は、家の中で灯りを点けることは、あまりない。雨で真っ暗な日の晩飯くらい。だから、灯りも一つしかない。普段は台所にあって、晩飯の時に玄関に持ってきたり、雨の日に食堂に持っていったりするのが一つだけ。
灯りの魔法道具に魔力を流すのは、僕の仕事だったけど、学校に通うようになってからは弟が点けることも増えてきた。
今日の晩飯は、羊のエサの買い付けの時に、農家から貰って来た野菜だった。沢山あったから、もう何日かは野菜が続くはずだ。
羊を潰した時は羊肉が続くし、野菜を貰うと野菜が続く。
広場の適当なところで足を止めて、ゆっくりと集中する。
体の中にあるモヤモヤした何かをグッと持ち上げる。体の中を移動してきたソレは自然と顔に集まってくる。それが顔に集まってくるにつれて、いろんな臭いが存在していたことに気づく。
晩飯だったパンや野菜の焼けた臭い。薪が燃えた臭い。家族の臭い。厩舎から漂ってくる羊の臭い。
羊の臭いはもう一カ所、厩舎の裏手からも臭う。使い終わった寝藁を入れてある小屋。羊たちの糞なんかと一緒に発酵させて、農家に売りにいくやつ。お金になるから大事だとは言われてるけど、あれはとても臭い。
一度、朝にあれを荷車に乗せる仕事をして、そのまま学校に行ったことがある。クラスの皆から臭い臭いと言われた。それから学校のある日は、あれには近寄りたくない。
「……はあ」
少し気が逸れてしまって、モヤモヤしたのが散ってしまった。
それと同時に、どんな臭いがあったのか分からなくなる。
「うーーーん」
意識してモヤモヤを押し上げていないと、すぐに嗅覚強化は解けてしまう。
学校の先生からは、狼獣人は日常的に使えるようになると言われた。でも、一生懸命に集中してないと使えないのは日常的なのかな。
何度か嗅覚強化を試していると、段々、使うのも難しくなってくる。魔力が足りなくなってきたのか、体も少しだるい。
「おーい、そろそろ寝るぞ」
「あ、父さん」
玄関から父さんが呼んでいた。
うちは晩飯の後は割とすぐに寝るほうだ。いつもなら寝る時間になっても戻って来ないから、呼びに来たんだろう。
疲れてきた所だしと、練習は終わりにして家に入る。
「何してたんだ?」
「魔法の練習」
「おー、あれは大変だよな」
「父さんも苦労した?」
「おお、したした。感覚的なもんだろ、あれは。昔は、何をどうすればいいのか分からなくてなあ」
「ふーん。そうなんだ。今は平気?」
「いや、今も苦手だな。街の中とか臭いがキツイだろ。どうもあれがな」
「そっか」
父さんも嗅覚強化が苦手だと聞いて少し安心する。
先生の言う日常的というのも、きっと先生が誰かからそう聞いただけで、全員がそうではないんだろう。きっと。
月の出ている晩は、とても明るい。
家の前にある空き地もよく見える。
母屋と厩舎の間にある空き地は、馬車を止めたり、食事の用意をしたりする場所だ。家の中にも竈はあって、雨の日なんかはそこで作ることもある。でも、外で焼きながら食べるほうが好きだ。
今日も晩飯はこの空き地だった。
その時も既に日は落ちてしまっていて、玄関先に点けた明かりと、パンと野菜を焼く焚火の灯りでの食事だった。月が出ている日は、これくらいの灯りで十分に明るい。
街では夜になると至る所に灯りが点く。家の中も、日が落ちると灯りをつけるって聞いた。
うちの場合は、家の中で灯りを点けることは、あまりない。雨で真っ暗な日の晩飯くらい。だから、灯りも一つしかない。普段は台所にあって、晩飯の時に玄関に持ってきたり、雨の日に食堂に持っていったりするのが一つだけ。
灯りの魔法道具に魔力を流すのは、僕の仕事だったけど、学校に通うようになってからは弟が点けることも増えてきた。
今日の晩飯は、羊のエサの買い付けの時に、農家から貰って来た野菜だった。沢山あったから、もう何日かは野菜が続くはずだ。
羊を潰した時は羊肉が続くし、野菜を貰うと野菜が続く。
広場の適当なところで足を止めて、ゆっくりと集中する。
体の中にあるモヤモヤした何かをグッと持ち上げる。体の中を移動してきたソレは自然と顔に集まってくる。それが顔に集まってくるにつれて、いろんな臭いが存在していたことに気づく。
晩飯だったパンや野菜の焼けた臭い。薪が燃えた臭い。家族の臭い。厩舎から漂ってくる羊の臭い。
羊の臭いはもう一カ所、厩舎の裏手からも臭う。使い終わった寝藁を入れてある小屋。羊たちの糞なんかと一緒に発酵させて、農家に売りにいくやつ。お金になるから大事だとは言われてるけど、あれはとても臭い。
一度、朝にあれを荷車に乗せる仕事をして、そのまま学校に行ったことがある。クラスの皆から臭い臭いと言われた。それから学校のある日は、あれには近寄りたくない。
「……はあ」
少し気が逸れてしまって、モヤモヤしたのが散ってしまった。
それと同時に、どんな臭いがあったのか分からなくなる。
「うーーーん」
意識してモヤモヤを押し上げていないと、すぐに嗅覚強化は解けてしまう。
学校の先生からは、狼獣人は日常的に使えるようになると言われた。でも、一生懸命に集中してないと使えないのは日常的なのかな。
何度か嗅覚強化を試していると、段々、使うのも難しくなってくる。魔力が足りなくなってきたのか、体も少しだるい。
「おーい、そろそろ寝るぞ」
「あ、父さん」
玄関から父さんが呼んでいた。
うちは晩飯の後は割とすぐに寝るほうだ。いつもなら寝る時間になっても戻って来ないから、呼びに来たんだろう。
疲れてきた所だしと、練習は終わりにして家に入る。
「何してたんだ?」
「魔法の練習」
「おー、あれは大変だよな」
「父さんも苦労した?」
「おお、したした。感覚的なもんだろ、あれは。昔は、何をどうすればいいのか分からなくてなあ」
「ふーん。そうなんだ。今は平気?」
「いや、今も苦手だな。街の中とか臭いがキツイだろ。どうもあれがな」
「そっか」
父さんも嗅覚強化が苦手だと聞いて少し安心する。
先生の言う日常的というのも、きっと先生が誰かからそう聞いただけで、全員がそうではないんだろう。きっと。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる