83 / 91
街角の石井さん3
しおりを挟む
(参ったな)
そう思いながら椅子に腰かける。
ここは衛兵の詰め所。奥には犯罪者を拘留するための牢屋がある。
困っているのは、牢屋から出てこない中年の男のことだ。牢屋の中でぐずぐずと言い訳をして丸まっている姿を思い出す。
衛兵の仕事は大まかに言えば治安維持だ。
街を巡回して怒鳴り声が聞こえれば行って仲裁し、一人で泣いている子供がいれば親御さんのところまで連れていく。喧嘩している者達がいれば捕まえて牢屋に入れ、道で寝ている酔っ払いが居れば引きずってきて牢屋に放り込む。
そうして日々、街の治安を守っているわけだが、当然のことながら、牢屋に入れたあとの処理も必要になる。
現場周辺で聞いてきた話と、当人たちの言い分を確認して書類にまとめる。その書類を領主様の館に送ると、一日か二日で刑罰の内容が返ってくる。あとは、刑罰通りに数日間留め置いたり、罰金の印である腕輪を付けて釈放したり、重い罪の場合には別の牢屋に送ったりする。
この街は、他の都市と比べても治安は良いほうだと聞く。
それでも、日々の小さないざこざはなくならない。牢屋にはいつも誰かが入っている。
(とっとと帰って欲しいんだが)
そこで問題は中年の男に戻る。
この男は、酒を飲んで暴れかけていたところを確保された。
幸いにも怪我人も壊れた物もなく、一日経った昨晩には釈放が決まっている。この男は何度か同じ騒ぎを起こしていた。いずれも酒を飲んでのことで、そのどれもが怪我人も壊れた物もないという、騒がしいだけの男だ。
騒ぎが起きることが多い夜は、ぐずるだけの男に付き合う暇はなく放置していた。だが、いつまでも牢屋を占領されているわけにもいかない。なんとか昼間のうちにお帰り願いたいところだ。
「戻りました」
ポツリ呟くように言って詰め所に入ってきたのは、レイスの石井さんだ。
「お疲れ様です」
いつもの挨拶を返す。
石井さんは少し特殊な立ち位置にいる。仕事としては、街の中を巡回するのと同じチームに所属しているが、実際には巡回ではなく、一カ所に留まって監視をしている。
街の中はいたるところの街灯が点けられ、昼間ほどとは言わないまでも夜でも十分に明るい。明るければ、暗がりに隠れた犯罪も起こり難くなる。それでも絶対ではない。明るくても人通りの少ない道であれば、危険はある。
伊藤さんが見張りをしているのは「人喰い横丁」と呼ばれていた通りだ。
少しばかりの近道にはなるが、夜には人通りがほぼなくなる通りだ。
そこは以前は、犯罪行為がよく行われる通りだった。
住民達の間でもそのことは知られており、まことしやかな噂と共に、夜は通らないようにと言われている。それでも近道は近道だ。急いで帰りたい人や、酔って気が大きくなった人が何度も犯罪に巻き込まれていた。
そして誰かが見張りにつくかという話になったときに、自ら志願したのが石井さんだ。
一晩中屋外に立っているなんて、普通はやりたがらない。それを石井さんは自分はレイスだから夜は苦にならないし暑くても寒くても関係ないから、と言って役目を引き受けてくれたのだ。
そして日が昇り、人通りが戻る頃になると仕事を終わり、詰め所に帰ってくる。
石井さんが戻ってきたということは、夜勤の自分の仕事も終わりだ。その前に牢屋の男をどうにかするかと、再び腰を上げる。
改めて話を聞いてみても、男の言うことは変わらない。
もう俺はダメだ、かあちゃんに怒られる。
聞けば聞くほどくだらない。
酒でトラブルを起こしてばかりのこの男は、自分の妻と「もう酒は飲まない」と約束していたのだそうだ。それが季節一つも経たずに飲んで暴れて牢屋行き。自業自得でしかないのに、妻に怒られることを嫌がって、帰りたくないと言っているのだ。まったく情けないことだ。
思わず怒鳴りつけたいのを我慢する。
つい先日も、妻から「怒鳴ってばかり」と言われたばかりだ。怒らずに冷静に話をするようにしなければ、妻と娘に嫌われてしまう。
冷静に、冷静にと自分に言い聞かせながら説得を続けても、一向に埒が明かない。
「代わりましょうか」
「あれ、石井さん」
いつの間にか背後に石井さんが立っていた。
一度は断るも、押し切られるようにして詰め所に戻る。石井さんが話を聞くから、しばらく席を外して欲しいということだ。
そして、そろそろ様子を見に行こうかというところで、石井さんに背を押されて、男が牢屋から出てきた。
石井さんは、このまま男を家まで送るそうだ。どうやって説得したのかと聞いたら年の功だと言われた。そういえば石井さんは何歳なんだろうか。
そう思いながら椅子に腰かける。
ここは衛兵の詰め所。奥には犯罪者を拘留するための牢屋がある。
困っているのは、牢屋から出てこない中年の男のことだ。牢屋の中でぐずぐずと言い訳をして丸まっている姿を思い出す。
衛兵の仕事は大まかに言えば治安維持だ。
街を巡回して怒鳴り声が聞こえれば行って仲裁し、一人で泣いている子供がいれば親御さんのところまで連れていく。喧嘩している者達がいれば捕まえて牢屋に入れ、道で寝ている酔っ払いが居れば引きずってきて牢屋に放り込む。
そうして日々、街の治安を守っているわけだが、当然のことながら、牢屋に入れたあとの処理も必要になる。
現場周辺で聞いてきた話と、当人たちの言い分を確認して書類にまとめる。その書類を領主様の館に送ると、一日か二日で刑罰の内容が返ってくる。あとは、刑罰通りに数日間留め置いたり、罰金の印である腕輪を付けて釈放したり、重い罪の場合には別の牢屋に送ったりする。
この街は、他の都市と比べても治安は良いほうだと聞く。
それでも、日々の小さないざこざはなくならない。牢屋にはいつも誰かが入っている。
(とっとと帰って欲しいんだが)
そこで問題は中年の男に戻る。
この男は、酒を飲んで暴れかけていたところを確保された。
幸いにも怪我人も壊れた物もなく、一日経った昨晩には釈放が決まっている。この男は何度か同じ騒ぎを起こしていた。いずれも酒を飲んでのことで、そのどれもが怪我人も壊れた物もないという、騒がしいだけの男だ。
騒ぎが起きることが多い夜は、ぐずるだけの男に付き合う暇はなく放置していた。だが、いつまでも牢屋を占領されているわけにもいかない。なんとか昼間のうちにお帰り願いたいところだ。
「戻りました」
ポツリ呟くように言って詰め所に入ってきたのは、レイスの石井さんだ。
「お疲れ様です」
いつもの挨拶を返す。
石井さんは少し特殊な立ち位置にいる。仕事としては、街の中を巡回するのと同じチームに所属しているが、実際には巡回ではなく、一カ所に留まって監視をしている。
街の中はいたるところの街灯が点けられ、昼間ほどとは言わないまでも夜でも十分に明るい。明るければ、暗がりに隠れた犯罪も起こり難くなる。それでも絶対ではない。明るくても人通りの少ない道であれば、危険はある。
伊藤さんが見張りをしているのは「人喰い横丁」と呼ばれていた通りだ。
少しばかりの近道にはなるが、夜には人通りがほぼなくなる通りだ。
そこは以前は、犯罪行為がよく行われる通りだった。
住民達の間でもそのことは知られており、まことしやかな噂と共に、夜は通らないようにと言われている。それでも近道は近道だ。急いで帰りたい人や、酔って気が大きくなった人が何度も犯罪に巻き込まれていた。
そして誰かが見張りにつくかという話になったときに、自ら志願したのが石井さんだ。
一晩中屋外に立っているなんて、普通はやりたがらない。それを石井さんは自分はレイスだから夜は苦にならないし暑くても寒くても関係ないから、と言って役目を引き受けてくれたのだ。
そして日が昇り、人通りが戻る頃になると仕事を終わり、詰め所に帰ってくる。
石井さんが戻ってきたということは、夜勤の自分の仕事も終わりだ。その前に牢屋の男をどうにかするかと、再び腰を上げる。
改めて話を聞いてみても、男の言うことは変わらない。
もう俺はダメだ、かあちゃんに怒られる。
聞けば聞くほどくだらない。
酒でトラブルを起こしてばかりのこの男は、自分の妻と「もう酒は飲まない」と約束していたのだそうだ。それが季節一つも経たずに飲んで暴れて牢屋行き。自業自得でしかないのに、妻に怒られることを嫌がって、帰りたくないと言っているのだ。まったく情けないことだ。
思わず怒鳴りつけたいのを我慢する。
つい先日も、妻から「怒鳴ってばかり」と言われたばかりだ。怒らずに冷静に話をするようにしなければ、妻と娘に嫌われてしまう。
冷静に、冷静にと自分に言い聞かせながら説得を続けても、一向に埒が明かない。
「代わりましょうか」
「あれ、石井さん」
いつの間にか背後に石井さんが立っていた。
一度は断るも、押し切られるようにして詰め所に戻る。石井さんが話を聞くから、しばらく席を外して欲しいということだ。
そして、そろそろ様子を見に行こうかというところで、石井さんに背を押されて、男が牢屋から出てきた。
石井さんは、このまま男を家まで送るそうだ。どうやって説得したのかと聞いたら年の功だと言われた。そういえば石井さんは何歳なんだろうか。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
1
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる