開示請求

工事帽

文字の大きさ
1 / 12

第一話

しおりを挟む
 再生数を見てほっとする。
 昨日投稿した動画も順調に再生数が増えていっていた。
 全て短時間の動画ながら、投稿数も百を超えて、数カ月前からは収益化にも成功している。
 今はまだ小遣い程度だが、このままがんばれば生活費を稼ぐことが出来るだろうか。
 そうは思っても、流行り廃りの早いこのメディアで「このまま」を維持するのはとても難しい。動画を投稿する度に、再生数やコメントが気になってしょうがない。

 元々は普通のサラリーマンだった。
 営業職として、毎日、客先を回る日々。
 それなりにやりがいを感じ、学生時代から付き合っていた彼女とも結婚し、細かい不満はあっても、傍目はためには幸せな人生に映っていたことだろう。
 それがひっくり返ったのは、たった一度の交通事故だった。

 仕事中にあった交通事故。
 それで俺は、片足を失った。

 妻や友人には、命があっただけ良かったのだと、そううそぶいてみても、足を失って出来なくなったことは多い。
 大きな所では仕事だ。
 車で客先を回るのが日常だった所に片足を失ったのだ。
 障碍者用の車もないではないが、社用車にそれを求めるにはハードルが高すぎた。値段だけではなく、片足のない俺専用に車を用意するのかという問題だ。

 結果。社内で出来る事務系の仕事に回された。まあ、すぐに解雇されなかっただけ温情はあったのだろう。今ならそう思える。
 だが、当時は無理だった。
 自分で運転できる車はなく、仕事への送り迎えは妻任せ。慣れない義足で歩くだけはなんとか出来るものの、慣れない仕事と、慣れない義足の生活で、俺は疲弊していた。
 そして、程なく、退職届を出すに至った。

 俺は、誰の役にも立たない。

 それがその時の心情だ。
 退職より少し前、退院からリハビリをする期間に、妻が仕事を始めたことも、多少の影響はあったのかもしれない。今まで俺が得ていた給料が無くなったのだ。何があるか分からない重傷の期間を過ぎれば、自分達の生活を心配するのは分かる。俺に頼らずに自分で稼ごうとするのも分かる。

 分かるだけに自分の不甲斐なさが重く圧し掛かる。その頃からだっただろうか「無理はしないで」が妻の口癖になったのは。
 勿論、妻を非難するつもりなどない。
 なにせ片足がないのだ。俺が、職場に復帰出来ず職を失うことを考えれば、その代わりを務めようとしてくれた気持ちには、感謝の言葉しかない。
 今では。
 だが、その時には、そう、言い訳に過ぎないとは分かっているが、俺には余裕がなかった。

 退職を決めた俺に妻はただ「それでいい」と、そう答えた。
 退職してしばらくは何もしなかった。ゲーム一つやる気になれず、動画をだらだらと見る程度がせいぜいだった。
 そのうち、気が持ち直してくると、家事を少しづつやるようになった。
 短い距離だが、スーパーへの買い物は、義足に慣れるのに丁度よかったように思う。
 掃除、洗濯は問題なくやれたが、料理についてはイマイチだった。
 まったく出来ないわけではなかったが、料理動画を見ながら作ってもイマイチな味にしかならず、無理に作るよりは買ってくる弁当や総菜のほうが美味しく、あまり作ろうという気にはなれなかった。

 動けるようになると、収入を妻に頼り切りな状況に、罪悪感を覚えるようになる。
 何か仕事をと探し始めるも、義足のことがあるから、肉体労働は全てNG。同じ理由で、立って行う仕事もNG。車の運転が必要な仕事もNG。と、出来る仕事はなかなか見つからない。
 そんな中で動画の投稿を始めたのは、パソコンの勉強を兼ねてのことだった。

 座って出来る仕事を探すなら、パソコンは必須になる。
 前の会社でも使ってはいたものの、外回り中心の仕事ではパソコンにさわる時間自体が短く、教わった通りにデータを登録するくらいしかしていなかった。
 片足を失ってから退職するまでの間は、パソコン中心の業務になったものの、人に聞かなければ何も出来ないという事態に随分と凹んだものだ。

 動画の作り方、動画の投稿の仕方は、いくらでも解説しているホームページがあったし、見ていた動画サイトでも動画の作り方を説明した動画がいくつも投稿されていた。
 それらを見ながら、勉強ついでに投稿した動画は意外にも再生数が伸びた。
 伸びたとは言っても、今と比べても桁が低いし、有名な投稿者と比べたら、今でも桁が低い。
 それでも見る人がいるという事実は励みになった。
 動画投稿が、パソコンを勉強する手段から、目的に入れ替わった。

「もうちょっと工夫出来ないかなぁ」

 パソコンの前で独り言ちる。
 投稿を続けていく中で、サムネを工夫し、効果音などの演出を入れるようになった。
 一通りやれることをやった結果、自分なりの動画のスタイルも出来てきたように思う。
 だが、上を見ればキリがないとは言え、再生数もチャンネル登録ももっと増やしたい。

「ああ、こういうのを調べるか」

 動画についたコメントを見ていてふと思う。
 自分でやることを一通りやってしまったのだから、次は他人の意見を参考にしてみようと。
 早速、自分のチャンネル名や、動画タイトルで検索をかける。

「結構、紹介してくれてる人がいるな」

 動画についていたコメントは「面白かった」「待ってました」といった肯定的なものばかりだった。動画サイトを離れればブログで動画の紹介をしてくれている人も、SNSで感想を書いている人も居た。こちらも「面白いから見て」ということばかりで、あまり意見などは見当たらない。
 動画自体は大量にあるのだ。面白くないと思ったら途中で再生するのをやめるし、別の面白そうな動画に移動する。面白くないと思った人は、俺の動画のことなんてすぐに忘れるから、何が面白くないかなんて書き込むこともないのだろう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

【完結】ホラー短編集「隣の怪異」

シマセイ
ホラー
それは、あなたの『隣』にも潜んでいるのかもしれない。 日常風景が歪む瞬間、すぐそばに現れる異様な気配。 襖の隙間、スマートフォンの画面、アパートの天井裏、曰く付きの達磨…。 身近な場所を舞台にした怪異譚が、これから続々と語られていきます。 じわりと心を侵食する恐怖の記録、短編集『隣の怪異』。 今宵もまた、新たな怪異の扉が開かれる──。

怪奇蒐集帳(短編集)

naomikoryo
ホラー
この世には、知ってはいけない話がある。  怪談、都市伝説、語り継がれる呪い——  どれもがただの作り話かもしれない。  だが、それでも時々、**「本物」**が紛れ込むことがある。  本書は、そんな“見つけてしまった”怪異を集めた一冊である。  最後のページを閉じるとき、あなたは“何か”に気づくことになるだろう——。

7日目のゲスト

うごの筍
ホラー
深夜1時56分。その時刻になると、必ずチャイムが鳴る。 シングルマザーの美咲は、幼い息子とセキュリティ万全のマンションの12階で暮らしていた。そこは母子を守る安全な場所のはずだった。 しかし、その平穏は「見えない訪問者」によって壊される。 モニターには誰も映らない。なのに、通知は毎晩届く。 最初はエントランス。次はエレベーターホール。 無邪気な息子の行動をきっかけに、正体不明の「ゲスト」は厳重なセキュリティをすり抜け、確実に美咲たちの玄関へと距離を詰めてくる。 人間の恨みか、それとも……? 逃げ場のない密室で、徐々に迫りくる恐怖。最後の夜、あなたの家のチャイムが鳴るかもしれない。

【完結】大量焼死体遺棄事件まとめサイト/裏サイド

まみ夜
ホラー
ここは、2008年2月09日朝に報道された、全国十ケ所総数六十体以上の「大量焼死体遺棄事件」のまとめサイトです。 事件の上澄みでしかない、ニュース報道とネット情報が序章であり終章。 一年以上も前に、偶然「写本」のネット検索から、オカルトな事件に巻き込まれた女性のブログ。 その家族が、彼女を探すことで、日常を踏み越える恐怖を、誰かに相談したかったブログまでが第一章。 そして、事件の、悪意の裏側が第二章です。 ホラーもミステリーと同じで、ラストがないと評価しづらいため、短編集でない長編はweb掲載には向かないジャンルです。 そのため、第一章にて、表向きのラストを用意しました。 第二章では、その裏側が明らかになり、予想を裏切れれば、とも思いますので、お付き合いください。 表紙イラストは、lllust ACより、乾大和様の「お嬢さん」を使用させていただいております。

意味がわかると怖い話

邪神 白猫
ホラー
【意味がわかると怖い話】解説付き 基本的には読めば誰でも分かるお話になっていますが、たまに激ムズが混ざっています。 ※完結としますが、追加次第随時更新※ YouTubeにて、朗読始めました(*'ω'*) お休み前や何かの作業のお供に、耳から読書はいかがですか?📕 https://youtube.com/@yuachanRio

それなりに怖い話。

只野誠
ホラー
これは創作です。 実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。 本当に、実際に起きた話ではございません。 なので、安心して読むことができます。 オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。 不定期に章を追加していきます。 2026/1/24:『うるさいりんじん』の章を追加。2026/1/31の朝頃より公開開始予定。 2026/1/23:『でんとう』の章を追加。2026/1/30の朝頃より公開開始予定。 2026/1/22:『たんじょうび』の章を追加。2026/1/29の朝頃より公開開始予定。 2026/1/21:『てがた』の章を追加。2026/1/28の朝頃より公開開始予定。 2026/1/20:『ものおと』の章を追加。2026/1/27の朝4時頃より公開開始予定。 2026/1/19:『みずのおと』の章を追加。2026/1/26の朝4時頃より公開開始予定。 2026/1/18:『あまなつ』の章を追加。2026/1/25の朝8時頃より公開開始予定。 ※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。

(ほぼ)5分で読める怖い話

涼宮さん
ホラー
ほぼ5分で読める怖い話。 フィクションから実話まで。

処理中です...