開示請求

工事帽

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第十二話

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 さらに数週間が経った。
 妻の疲れた顔も、動画を止めろと言う静止の声も止まることがない。
 俺からは逆に、動画のほうが順調なのだから無理に働かなくても良いと、せめてフルタイムを止めてパートタイムにしたらどうかと言うのだが、全く話を聞いてくれない。
 そのうちに弁護士からプロバイダへの仮処分申請が通ったという連絡をもらった。
 朗報だ。
 しかし、もう一つ厄介な連絡がくっついて来ていた。

「プロバイダによっては、情報開示をユーザーに連絡する場合があります。万が一、直接連絡が来ても弁護士を通すと断って、こちらに連絡を下さい。こちらで対処します」

 相手の素性を調査していることが、相手にバレる可能性についてだった。
 相手が感情的になっている場合もあるので直接の対話は避けて下さい、という文言が添えられていた。
 そういうことは始めに言って欲しい。
 今更言われても止めることも何も出来ない。

 気は重いが妻にも話をしたほうがいいだろう。少なくともスーパーのことまでは相手にバレているのが分かっている。
 住所がバレていると仮定して万が一に備えないといけない。
 俺は家に引き籠っていればいいが、妻は仕事に行くのだ、通勤中に待ち伏せされる可能性もゼロではない。そこまで極端なことをする可能性は低いと思うが、思いたいが。

「なんでっ!」

 伝えた結果は酷い有様だった。
 夕食の後、お茶を飲みながらという、一番平穏な時間に切り出したが、その後は平穏とは程遠い状態だった。
 激昂した妻に物を投げつけられ、罵倒された。

 動画はもう止めて、自分が養うから、と繰り返し聞いた言葉に勝手に弁護士に相談したことへの罵倒が加わる。勝手なことはするな、家から出るな、何もするなと、堰が切れたように言葉を投げ付けられた。
 宥めようとしても暴れる。
 反論しようにも口を出す隙間がない。
 泣きじゃくった妻が寝室に閉じこもり、ぐちゃぐちゃに散らかった部屋を片付けている間に日が昇った。

 疲れた頭のままコーヒーを入れる。
 窓から差し込む日差しが憎らしい。

 付き合っていた頃も含めて、何度か喧嘩をした覚えはあるが、今回のように妻が暴れることはなかった。仕事の疲れが響いているのだろうか。愚痴でいろいろと聞いてはいる。この世の中に酷い客は結構いるらしい。
 俺にも酷い客の覚えはあるが、それでも会社対会社の取引の中での「酷い」だ。
 相手を選べない小売店のそれとは酷さが違う。

 いつの間にか時間が経っていた。コーヒーは既に冷たい。
 時計を見ると妻の出勤の時刻になっている。
 そっと寝室を覗くと、妻はベッドに突っ伏して寝ていた。
 目が覚めた時に、少しでも落ち着いてくれることを願いながら、妻の職場に休む連絡を入れることにした。

 いつものように動画を作る気にもならず、考えるのはこれからのことばかり。
 妻の平穏のためには動画を作るのをやめるべきか、それとも妻が働かなくて済むようにすることが平穏に繋がるのか。目が覚めても落ち着いていなかったらどうしようか。何日も経っても落ち着かなかったらどうしようか。近くに精神病院はあっただろうか。カウンセラーにかかるには予約が必要だろうか。

 静かな部屋にカタリと音がする。
 音は寝室ではない。玄関のほうだった。
 不意にこの喧嘩の原因を思い出す。

 そうだ、暴言を書き込んだ「誰か」への対処だ。
 弁護士からは連絡が来たばかりだ。「誰か」に開示請求の話が行くにしても、早くても昨日か、今日の話のはずだ。
 それなのにもう自宅まで押しかけてきたのだろうか。
 玄関のチャイムは鳴らない。
 さっきのカタリという音以外に音はしない。

 恐る恐る玄関に向かう。
 ドアについた郵便受けからハガキが顔の覗かせている。
 さっきの音はこれか。
 郵便が届いた音で、勝手に怖がっていたようだ。
 なんとなくカギが閉まっているのを確認してから、ハガキを手に取る。
 そこには契約しているプロバイダの名前と「開示請求仮処分の通達」という文字があった。
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