異世界少女は仮想世界で夢を見る

工事帽

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2.異世界少女はパーティーを組まない

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 ログアウトするというコロンと別れて、街の外に向かう。
 食事は面白かったが少しだけ物足りない。材料はもっと沢山集めておくべきだった。

 街から外に出る門は、昨日とは違う場所を使う。
 門は街の四方にそれぞれ一つづつある。同じ門ばかりというのも退屈だ。

 門を出ると岩が転がる荒地が広がっていた。
 向うの草原とは大違いだ。人の数もそうだ。草原には沢山いたプレイヤーがこの荒地には誰も居ない。

(どうしてかしら)

 一つの街の周囲なのにこんなに景色が違う。
 街が巨大で、通り抜けるだけで数日かかるというならともかく。誰かが土を掘り返して向うに草原を作ったのか、それとも大規模な魔法でもバラ撒いてここを荒地にしたのか。そんなことを考えてしまう。

 荒地には草は疎らに少しあるだけで、道もない。岩ばかりが目につく。岩の大きさは腰くらいまでで、背が隠れるほどではない。いや、岩の陰に屈めば隠れられるか。
 そんなことを考えながら歩いていたせいか、岩の影から現れた緑の魔物に目が行く。

(試してみましょうか)

 マナの波長を少し弄っただけのものを魔物に向けて放つ。
 魔法になるよりももっと前の段階、ただの波。コロンが「鑑定します」と言っては放っていたマナと同じ波長。

鑑定ステータス

『ジャイアント・ホッパー。大きなバッタ。その身は食用に、触覚はポーションの材料になる』

 返ってきたマナの波にはそんな情報が載っていた。マナの波から意味を読み取るのは、意思疎通の魔法で足りる。その効果で耳元で誰かが話しているかのようだ。

「本当、不思議な世界ね」

 魔物に情報を張り付けるだなんて。
 手を伸ばしてジャイアント・ホッパーの首を取る。すぐにその姿は書き消えて、代わりに緑の塊が落ちる。

『バッタ肉』

 これは肉らしい。
 鑑定情報でも「身は食用」となっていたし、食べれるのだろう。そうであれば沢山集めなければならない。

我は宣言するアサーション。風よ運べ。『姿なき運びて』」

 つむじ風をいくつか待機させておいて、ジャイアント・ホッパーを見つけ次第運んでくる。後は頭を潰すなり、頭を引き抜けば消えて肉が落ちる。

『バッタの触覚』

 ハズレだった。
 気を落とさずに、ジャイアント・ホッパーの頭を落とすことに専念する。

 あっという間に、足元にはバッタ肉が数十と積みあがる。

(さて、ウサギ肉はどのくらいでしたか……)

 また物足りないままで終わっては不満が残る。

「もう少し狩っておきましょうか」

 バッタ肉の量が倍ほどに増えたところで、運ぶ手段について考える。
 つむじ風に乗せて運んでもいいが、そんな運び方をしているプレイヤーは見ていない。

(コロンのマネをすればいいかしら)

 異空間に収納場所を作る。

我は宣言するアサーション。世界にことわりはなく、世にすべてはない。うつろい、変わり、消えゆくがさだめ。世界にほころびびを、世に終焉しゅうえんを。マナよ穿うがて。『魔は光を穿うがつ』」

 世界にあなが開く。
 空間を強引に切り開くのに、膨大なマナが注ぎ込まれる。
 世界の外に、小さな世界が作られる。

 一度空間を切り開けばしばらくは使えるとは言え、つむじ風で運ぶ場合のマナと比べても、数百倍はマナを使用する。魔法は使えないと言い切ったコロンでは、本来なら手が出ない領域だ。
 コロンの言うとおりに、プレイヤーの全員が使えるというならば、そのために費やされたマナは世界を滅ぼせる程になるだろう。

 頭がクラクラする。久々に大量のマナを消費したせいだ。
 かと言ってバッタ肉を運ぶために異空間を開いたのに、バッタ肉をここで消費するわけにはいかない。
 次点でハズレの触覚を手に取り、マナを吸いとる。
 掻き消えてなくなるバッタの触覚。
 全て吸ったところで使ったマナの一割にもならないが、効率という意味では食事よりも何倍も高い。

 触覚全てからマナを吸い取り、肉を収納にしまってから移動を始める。
 岩場にはまだ先があるようだ。ついでに見て回るのもいいだろう。

 岩場の先にあったのは砂の大地だった。
 そして更に奥には大きな水場が見える。

 砂地に別の魔物を見つけて鑑定を飛ばす。

『シー・スラッグ。軟体生物に見えるが体内に貝を取り込んでおり意外に固い。肉は食用に、貝は建築資材に使われる』

 このカラフルな魔物はシー・スラッグという名前らしい。肉が食べ物になるなら、これも狩っていこう。

 再びつむじ風を使って巻き上げるが、砂地では砂が共に、水に浸かったシー・スラッグは水と共に舞い上がってしまって視界が悪くなる。
 それに飛び散った水は、なんだかベタベタして気持ち悪い。

「困ったわね」

 運ぶのは諦めて、一匹づつ潰していくことにする。
 水際を散歩しながらのんびりと殲滅していく。水の中にいるのは面倒なので放置だ。手の届く範囲のシー・スラッグを掴み取り、握りつぶす。
 しばらくすると砂地の上には一匹も居なくなった。
 少し肉の数が少ない気もするが、バッタ肉もあるのだしと思い直す。

「どこかで体を洗って。その後は、またコロンの所にでも行きましょうか」

 一人呟いて、街に向かう。

 後日、ログインしたコロンにバッタ肉とナメクジ肉を渡したら、微妙な顔をされた。

              *

 もうううううううぅ。なんなのあの人。ログインしたら隣で寝てるし、顔近いし、バッタ肉だしナメクジだし、それで料理作れとか、なんかパクパク食べてたし。助けてもらったのは確かなんだけど。もう。
 一応、作った本人だから、念のために、味見だけはと。それで、コリコリしてて、意外に好みだったのがもっと嫌。もう二度とナメクジとかいらない。

 ……あの人が変なもの持って来ないように、違うところに誘導しないと。確かセカンドの街って農耕地域って設定よね。植物なら、変なのはないよね。なんとかそっちに、あ、でもボスどうしよう。

              *

「うぇああいぇぇぇーーー!」

 宿の部屋に叫び声が響き渡る。

 すぐ隣で大声を出すのは辞めて欲しいものだ、そう思いつつ身を起こす。

「あれ? いや、あの、あ、そう言えば名前聞いてない」

 コロンはいつものように混乱している。表情がくるくる変わるのは見ていて面白い。

(そう言えば隠蔽魔法が切れていたわね)

「アリスよ。名乗ってなかったかしら?」

 名前を口にした覚えなんてもう何年も前からないが、そういうことにしておく。
 隠蔽魔法が掛かっている間は「どこかの誰か」という欺瞞ぎまんが働くから、名前を聞こうとか、顔を覚えようという考えすら浮かばなくなる。たまたま買い物をした時の、店員の顔や名前を一々確認しないようなものだ。それでも何度も会ったり、話しをすれば「よく会う人か」くらいの認識まで効果は下がる。

 ベッドに横になっていたのだからフードはしていない。
 そして隠蔽魔法が切れている以上は、赤い瞳も見えているはずだ。だが、コロンは何も言わない。予想通り、瞳の色には何も反応しない。
 そんなことは考えてもいないのだろう。何か懸命に隣の街に行こうと誘ってくる。
 なんでも、隣の街には違う食べ物があって、料理人になるためにはその材料でも料理を作らないといけないのだとか。

 好きに行けばいいと思うが、途中のボスを倒せないと街まで辿り着けないのだと言う。
 ボスというのは通称で、少し強い魔物のことらしい。
 なぜ誰も倒さないのかと聞けば、誰かが倒しても関係なく、自分たちで倒さないと進めないのだという。

(不思議な世界ね)

 そのルールは偶然か、必然か。必然だとしたら、何のためのルールなのか。
 戦う力がなければ通れないというのなら、その選別は何のためのものなのか。

「意地悪な神様でもいるのかしら」

 コロンはキョトンとした顔でいたが「あなた戦えないわよね」と言うとまた泣きそうな顔になる。
 その後、パーティーを組めば大丈夫だと言い、盛んに空中を指で突いてはマナの波長を変えていたが、何をしたいのか分からない。

 やっと諦めがついたらしいコロンを連れて、場所の確認だけでもとフードを被ってから移動する。隠蔽魔法はなしにしても、わざわざ顔を見せる必要もない。
 今まで使ったことのない門から、伸びている道の先にボスと次の街があるらしい。

 門の前はどこも広場になっているが、その門の前には看板を立てたプレイヤーが何人も座り込んでいた。
 他の門には居なかった人たちだ。

「彼らは何をしているの?」
「えーっと、多分、臨時パーティーの募集だと思います。うん。あの看板にはそうなってますね」

 看板もマナで構成されているのか、読もうとしてみたら文字が読める。翻訳魔法の効果があるということは、マナで構成されているか、人の意志が残っているくらいに書かれたばかりだということだ。
 話し言葉であれば、音が消えるまでのほんの少しの時間。そんな短時間だけ意志が留まれば良い。書き言葉であれば、意志が留まる時間よりも、文字として残る時間のほうが圧倒的に長い。それが読めるということは文字にマナを留めているのか、それともマナで文字を形付けているのか。

 これだけのことが出来るのに、魔法で戦う人がほとんどいないのは意味が分からない。
 看板に並んでいる言葉は「漁船盾二人まで」「ダウンD誰でも」「恋人募集中」。文字は読めても意味が分からない言葉も多い。この世界のルールを理解しきれば、あの言葉の意味も分かるのだろうか。

 看板を横目に眺めながら門に近づいていると、コロンが慌てた声を上げる。

「あ、あれ『運搬セカンド。報酬ドロップ』って。ちょ、ちょっと話聞いて来ますね」

 小走りで向かうコロンの後ろをゆっくりと歩く。
 その看板を持っていたのは三人組の男たちで、剣をいている者、槍を持っている者、最後の一人は杖をついている。

「報酬ってドロップだけで大丈夫なんですか?」
「そんだけでおk。普通に戦おうとすると、時間湧きで取り合いだから。未クリアの人居る時だけ即沸きなのよ」
「ああ~、そういうのあるんですね」
「そうそう、戦闘終わってもセカンドまではちゃんと護衛するからさ。生産職でしょ。途中アクティブ出るから、回復剤だけ忘れないでね」

 近づくにつれてそんな会話が聞こえてくる。
 話している声は聞き取れても内容が頭に入って来ない。会話が他人に洩れないような欺瞞魔法でも使っているようだ。不思議な言葉が混ざっている。しかし、マナの流れに不自然なところはない。

「じゃあパーティー申請出すね」

 男の一人が空中を指で突くと、マナの波長が変わる。マナがコロンに飛び、コロンから同じ波長が戻ると、二人の間にマナのパスがつながる。

(パーティー、ね)

 少し前に、コロンが何をしようとしていたのか、分かった気がする。

「あれ? アリスさんは?」

 隠蔽魔法を使って街を出る。
 パーティーのやり方は、なんとなく理解はした。けど、あの男たちとパスを繋ぐつもりはない。

 ボスも街も、街道の先だと言うし、一人でも行けるだろう。


 草原の中を伸びる街道を歩く。
 起伏はなく、草の丈は低く、遠くまで見通せるのに、道は酔っ払いが引いた線のように曲がりくねっている。
 丘を迂回するわけでもなく、沼を避けるでもない蛇行した道は、なんのために作られたのか。真っ直ぐに引けなかった理由は、見ただけでは分からない。

 草原には白い獣、ウサギの姿が見える。草の丈が低いせいだ。
 律儀に街道に出て来ないのは、そういうルールでもあるのか。いや、ただの偶然だろう。そんな無駄なことをルールに定めるほど、この世界の神も酔狂ではないと思う。

 街道にいるプレイヤーは、同じ方向に進むか、逆方向に進むかの二択で、街道の途中から草原に出入りする者はいない。逆に草原で狩りをしている者が街道を横切ることもない。誰一人としていないとなると、改めてルールがあるのかと気になってくる。

 しばらく歩いていると、街道の奥に壁と門が見えてくる。
 あれが次の街だろうか。随分と近い。歩き始めて一刻も経っていない。
 街とは、もっと、半日や一日離れた距離にあるものではなかったか。こんなに近いなら、最初の街、ファーストと言ったか、と同じ防壁で囲み、一つの街にしてもいいくらいだ。

 そんなことを考えながら歩いていると、突然、空間が歪む。
 前を歩いていたプレイヤーの姿は見えなくなり、別の場所に転移されたことを知る。
 前後に延びる街道は、見た目だけは同じ、周囲の草原もそのままの姿なのに、空間だけが違う。
 マナで知覚すれば、見える景色こそ同じでも、閉ざされた空間の中のようだ。遠くの景色は目に映るだけで、そこに世界は存在しない。

 前方の空間がぐにゃりと曲がり、三匹の魔獣が現れる。
 マナが凝縮したそれは、なるほど、草原にいた白い獣よりは一段上の存在であろう。
 それに三匹。こちらから襲わないかぎり、戦いにならなかったアレとは違う。それはつまり……。

「馬鹿なの?」

 これだけ高度な世界を構築しておいて、隔離した世界すら作り上げておいて、それでいて「ボス」なんて名付けられた魔物がこれなのかと、憤りすら沸いて来る。

潰れなさいクラッシュ

 力任せのマナ行使。魔法になるまでもない、マナ圧力に魔獣たちは押し潰された。

              *

「あれ? アリスさんは?」

 いつも見失う。あの赤い、綺麗な瞳なら、今日こそは見つかる。見つけれると思ったけど、どこにも居ない。

「まあ、一度行けばあとは素通りだし。なんなら、また俺らに声掛けてよ。運搬くらい何度でもするからさ」
「レアドロップ目当てだけどなぁ~」

 そう言ってくれる臨時パーティーにお礼を言って、街に向かいます。ボスを倒して出てきた場所は、門のすぐ近くで、近くには魔物もいないから楽勝ですよ。
 街の手前に広がる草原に、アリスさんが居ないかと見渡しても見つからない。街の中にいるのかな。
 あの人がこんな所で苦戦するはずもないし、倒れた所で、街で復活するだけなのは分かっているのに。心配する意味がない。それが分かっているはずなのに、探してしまう。

 ボス戦の前に、パーティーメンバーには一番出来の良い料理を渡した。お礼という意味が半分と、戦いが早く終わることを願ってが半分。それでも狼三匹は結構怖かった。
 剣を武器にしていた人は、背中に仕舞ってた盾で狼の攻撃を防いでくれたし、魔法使いは狼たちの動きを見切って、キッチリ攻撃を当てていました。一度だけ狼に狙われた時に、転んでしまって危なかったのはなかったことにしよう。
 見ているだけなら簡単に見えたのは、彼らがそれだけの強さを持っていたんだと思う。私が参加したとしても、攻撃が当たる気がしないもの。

「あのバフ料理いいね。コリコリしてて結構美味しいし。屋台とかやらないの?」

 そう言ってくれるのはうれしい気持ちもする。でも、材料はちょっとアレで売るのは少しソレなので、勘弁してください。

 セカンドの街の中にアリスさんが居いました。

「ああ、アリスさん。一人で、もう。大丈夫でした?」

 私は心配してそう言ったのに、アリスさんからの返答は、ヒトトリソウの果肉と、「料理、よろしくね?」の言葉だけでした。がっでむ。
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