異世界少女は仮想世界で夢を見る

工事帽

文字の大きさ
8 / 55

7.異世界少女は海を知る

しおりを挟む
(ん~~~~)

 アリスはベッドから起き上がり体を伸ばす。
 久々にゆっくり寝た。何日ぶりかはよく分からない。そもそもこの世界の一日の長さもよく分からないのだから、何日ぶりというのも意味はないのかもしれない。

 宿のベッドは快適だった。コロンのところに忍び込んだ時も思ったが、取り立てて何もない狭い部屋でしかないのに、寝具は上等なものが置かれている。
 プレイヤーはログアウトするために使うだけなのだから、寝具が上等である必要はないだろうに。それでもまあ、柔らかい寝床があるのはいいことだ。

 金銭のやり取りについてのマナの波動は理解した。
 品物の取引は、収納への転送が問題ではあるものの、こういった宿で支払いをする分には問題ない。また気が向いたら宿に泊まろうと思う。ベッドを片付けて宿を出る。

 ファーストの街を出て岩場を進めば次の街が見えてくる。
 サシミンに教えられた港町だ。砂浜と、そこに集まっているプレイヤーを横目に街に入る。ここの街も門は開いたままで素通りだ。

 かつての世界では、街の出入りに通行税が必要な所もあった。この世界では門番や衛兵と言ったものすら見ない。人形だけの箱庭ではそんなものは不要なのか。街の中でプレイヤーが暴れることを想定していないのか。

(不思議な世界ね)

 遊ぶための箱庭だと分かっても、尚、この世界は歪だ。

 街を歩いているうちに霧が出てきた。少し日が陰る程度の霧で、視界がなくなるほどではない。
 そのまま進むと、街の奥には木の橋が並んでいた。大きな水たまり、海に突き出るように作られた橋はその途中で唐突に終わっている。いくつかの橋の隣には水に浮かんだ乗り物がある。

『小型漁船。ギルドで所有しているレンタル可能な船。定員は1パーティ』

 鑑定で分かるのはそれだけだ。
 せっかくの海なのに、海の上は濃い霧で見えない。街の中に漂っている霧とは濃さが違う。

(あら?)

 気づけばコロンにつけたマーカーが近くにある。この街にいるようだ。
 海は後回しにして、先にコロンに料理を作ってもらおう。
 そう思って、アリスは海を離れた。

              *

 私はファーストの街の西側にあるサイドという港町に来ていた。この街まではセカンドに行く時のようにボスが出るわけじゃないから安心だ。
 この街に来たのは、料理人への転職のためだ。
 アリスさんが沢山素材をくれたお陰で、不本意ながらもあっさりと転職できるスキルレベル5に到達出来たからだ。でももう変な食材は料理したくない。

 セカンドでログインした時には、宿までついて来ていたはずのアリスさんの姿はなかった。私よりも先にログインしてどこかに出掛けたのだと思う。フレンド登録してあればメッセージで聞けるのに、なぜかアリスさんは登録出来ない。本人は気にしてないみたいだけど、今度、運営に問い合わせしたほうがいいかもしれない。

 サイドの港町について、クエストを進めていると霧が出て来た。
 タイミングが悪いと思う。
 霧は港町で定期的にある幽霊船襲撃の合図で、霧が出始めてから討伐が終わるまでの間は一切の船が出ないし、街の中で魚を売ってくれる店も閉まってしまう。
 今日は時間に余裕があるから、一気に転職するまで進めたかったのに。

 骸骨と戦うのは嫌だし、終わるまでどうしてようか。そんなことを考えているとアリスさんが現れた。

              *

 『蜘蛛の足』『二面蜘蛛の足』材料を渡したのだけれど、コロンはあまりうれしそうではなかった。それに『古代樹の目玉』は料理の材料にならないと言われてしまった。

(まあ、料理はするようだし、構わないけれど)

 料理の間に話をしてみると、この街には料理人に転職するために来たらしい。そして、転職クエストの途中で霧が出て来たのだという。

 クエストというものが何なのか良く分からないままに、海に出るのかと聞いてみたら違うという。どうも、海で獲れる材料がクエストには必要で、霧が出ている間はそれが手に入らないということだ。
 収納なら時間も経たないのに、霧が出ているとダメとか、相変わらずこの世界のルールは歪だ。沢山獲って仕舞っておけばいいだけの話なのに。

「出来ましたよ。これが『蜘蛛と大根のサラダ』、こっちが『蜘蛛足のフライ』」

 出来上がった料理を順番に口にする。
 赤い野菜と白い蜘蛛肉のコントラストが鮮やかなサラダは、野菜のシャキシャキした歯ざわりがクセになる。蜘蛛の肉は柔らかく、野菜に比べて存在感がない。
 蜘蛛足のフライは表面がパリッとしていて、サラダとは別の歯ごたえがある。中身は蜘蛛の肉だというが、サラダとは違って味が濃い。
 同じ蜘蛛の肉でも料理によって随分と差が出るものだ。

「あ、やった、屋台あるじゃない」
「……え、あの、これは材料が持ち込みなんで、売れないんですよ」
「ええー、そんなー」

 食事を続けていると、コロンが他のプレイヤーと話をしている。
 困った顔でちらちらと見て来るコロンに別に構わないと許可を出す。プレイヤーが料理を買っていく。

 料理を食べるのは面白いけど、マナ効率で言えば材料のまま吸うのに比べても数段落ちる。ただの娯楽なのだから、無理に全部を手に入れようとも思わない。
 それに渡した材料以外にも、いくつも材料を使っているのを見ている。コロンの取り分だって必要だろう。

 買ったプレイヤーは、急ぎ足で街の外へ向かうようだ。

「なにかあるのかしら」
「霧が出てますからね~。討伐に参加するんしょうね」

 霧が出ると討伐だという。霧というのは魔物なのだろうか。

 コロンの要領を得ない説明によると、霧が出るとイベント開始の合図で、街の様子が変わる。
 船が出せなくなり、海産物を売っている店は、店を閉めてしまうのだという。
 そしてこの霧は、イベントが終了するまで続く。

 そのイベントとは、幽霊船の討伐。
 一艘の大型船。そこから湧き出す大量のスケルトン。その船は街の外に停泊し、小舟を使ってスケルトンたちは砂浜に押し寄せるのだという。もっともコロンも実際に見たわけではなく、攻略サイトの情報らしい。

(攻略サイト。変な名前ね、方言かしら)

 翻訳魔法で言葉が通じるようになってるといっても、正確なニュアンスが伝わるとは限らない。

「どうせクエストも進まないし、見学に行ってみません?」
「あら、あなたは戦わないの?」
「いや、あははは……」

 街の外に向かう。
 すぐ近くにある砂浜は、いくつかの小さな船が置いてある。街の中にあった橋に横付けされていた船よりももっと小さい。
 そして、船の前を通り過ぎて少し歩くと、そこに数人のプレイヤーが集まっていた。

「あれ? なんか少ない。かも」

 人数にして十人もいないだろう。

「スケルトンは何体くらい出るのかしら」
「えっと、確か、百は超えるはずです」
「そう」

 聞いてはみたものの、スケルトンの強さは分からないし、プレイヤーの強さにも興味はない。無言で見ているのも味気ないから言ってみただけだ。

「どうしよう。討伐終わらないかも」
「終わらなかったらどうなるの?」
「終わるまでクエストが出来ません」

 そういうものか。
 その後もなんというわけもなく会話を続けた。それによると、倒せなかったところで、街が滅ぼされたりはしないらしい。
 ただ、倒し切るまでスケルトンがうろついて、霧が晴れず、店が開かない。たったそれだけだということだ。

 半端というか、ごっこ遊びのお約束のようなものだ。戦いはしても、それだけ。勝った先も、負けた後もない。

「あ、来ましたよ」

 見れば海の上、霧の奥からのっそりと船が現れる。
 その大きさは、砂浜に置かれていた船よりも、街の奥にあった船よりも、とても大きい。同じ船同士で比較するよりは、街の建物と比較したほうが近いだろう。

 二階建ての建物の屋根のような高見から、小舟が下ろされる。
 小舟に乗るのは数体のスケルトン。骨だけの姿のそれは、なぜか頭に布を巻き付け、剣を持っている。

「頭の布って、必要かしら」
「海賊っぽいからじゃないですか?」

 そんな話をしている間に、スケルトンたちは海面に降り立つ。海に踏み込んだプレイヤーと戦闘が始まる。スケルトンを下ろした小舟は、もう一度上に引き上げられる。コロンの言った通りの数がいるなら、繰り返しスケルトンが下ろされるのだろう。

「あまり増えないわね」

 続けてスケルトンを下ろせば、プレイヤーの数を圧倒するはずだ。しかし、船から降ろされるスピードは遅い。プレイヤーがスケルトンを倒すのを待っているかのように、遅い。
 五分、十分と戦闘は続く。

 スケルトンは倒される度に補充される。
 数の不利。一度に囲まれることはなくても、繰り返しの戦闘に、プレイヤーの動きが鈍っていく。
 どういった魔法なのか遠目では良く分からないが、剣や斧にマナが宿ったり、火や水の矢が飛んだりということも減っていく。

「ああっ」

 ついに倒れるプレイヤーが出た。
 倒れた体は魔物と同じように消えていく。

「今日はもうクエスト出来ないかも……」

 コロンが哀しそうにそういう。
 倒されたプレイヤーのことなど一言もない。ここは遊び場で、あの体はアバターだからだろう。戦いの凄惨さも、帰らぬ者への悲哀も、ここには何もない。

「目ざわりね」
「えっ?」

 マナが溢れる。

我は宣言するアサーション。空に安泰はなく、地に安住はない。流れ、砕き、散る一時ひととき

 霧が薄れる。いや、霧が集まる。
 周囲の霧は晴れ、海が見える。そして船だけがより濃い霧で包まれる。すでに船の姿は見えない。船のあった場所にあるのは白い塊だ。

「風よ遊べ。それこそがことわりであるならば。風を叫べ。それこそが本懐ほんかいであるならば」

 風が渦を巻く。
 白い塊を中心に閉じ込めて、竜巻が出現する。

「マナよ走れ。『逆巻くいかづち』」

 光が、立った。

 太い雷は、その大きな音を従えて天に上る。
 天から地に落ちる雷とは逆の方向。ゆえに、光が立ったように見えた。昼間でも更に強い光が。

 そして船は消滅した。
 海の霧は晴れ、船の痕跡すらも見当たらない。あの船が魔物と同じようなマナの塊であるならば、消え去ってしまったのだろう。

 そして、浜辺で戦っていたプレイヤーたちの姿もまた、消えていた。

「さあ、行きましょう。クエストをするのでしょう?」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?

来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。 そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった! 亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。 「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」 「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」 おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。 現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。 お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、 美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!

おばさんは、ひっそり暮らしたい

蝋梅
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

五十一歳、森の中で家族を作る ~異世界で始める職人ライフ~

よっしぃ
ファンタジー
【ホットランキング1位達成!皆さまのおかげです】 多くの応援、本当にありがとうございます! 職人一筋、五十一歳――現場に出て働き続けた工務店の親方・昭雄(アキオ)は、作業中の地震に巻き込まれ、目覚めたらそこは見知らぬ森の中だった。 持ち物は、現場仕事で鍛えた知恵と経験、そして人や自然を不思議と「調和」させる力だけ。 偶然助けたのは、戦火に追われた五人の子供たち。 「この子たちを見捨てられるか」――そうして始まった、ゼロからの異世界スローライフ。 草木で屋根を組み、石でかまどを作り、土器を焼く。やがて薬師のエルフや、獣人の少女、訳ありの元王女たちも仲間に加わり、アキオの暮らしは「町」と呼べるほどに広がっていく。 頼れる父であり、愛される夫であり、誰かのために動ける男―― 年齢なんて関係ない。 五十路の職人が“家族”と共に未来を切り拓く、愛と癒しの異世界共同体ファンタジー!

「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~

あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。 彼は気づいたら異世界にいた。 その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。 科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。

せっかく傾国級の美人に生まれたのですから、ホントにやらなきゃ損ですよ?

志波 連
恋愛
病弱な父親とまだ学生の弟を抱えた没落寸前のオースティン伯爵家令嬢であるルシアに縁談が来た。相手は学生時代、一方的に憧れていた上級生であるエルランド伯爵家の嫡男ルイス。 父の看病と伯爵家業務で忙しく、結婚は諦めていたルシアだったが、結婚すれば多額の資金援助を受けられるという条件に、嫁ぐ決意を固める。 多忙を理由に顔合わせにも婚約式にも出てこないルイス。不信感を抱くが、弟のためには絶対に援助が必要だと考えるルシアは、黙って全てを受け入れた。 オースティン伯爵の健康状態を考慮して半年後に結婚式をあげることになり、ルイスが住んでいるエルランド伯爵家のタウンハウスに同居するためにやってきたルシア。 それでも帰ってこない夫に泣くことも怒ることも縋ることもせず、非道な夫を庇い続けるルシアの姿に深く同情した使用人たちは遂に立ち上がる。 この作品は小説家になろう及びpixivでも掲載しています ホットランキング1位!ありがとうございます!皆様のおかげです!感謝します!

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

処理中です...