異世界少女は仮想世界で夢を見る

工事帽

文字の大きさ
10 / 55

9.異世界少女はフラグを立てない

しおりを挟む
「アリスさん、探しましたよ! もう、どこ行ってたんですか!」

 街に戻るとコロンが随分と興奮していた。
 なにかいい事でもあっただろうかと考えて、クエストがと言っていたことを思い出す。

「クエストは終わったの?」
「終わりましたよ。もー、アリスさんのお陰で料理人になれましたとも!」
「そう? おめでとう」

 なぜかふくれっ面のコロンだ。今日はもうログアウトするというので、宿までついていく。少し大きめの魔法を使った、その分のマナを補給しておく。

 ログアウトしたコロンを置いて宿を出ると、街は夜になるところだった。
 スっと空が暗くなり、明るい日の光の代わりに、街灯の光が街を照らす。
 ほんの数秒の切り替わり。
 太陽が落ちるのと、街の街灯。それが同時に切り替わる。
 街中にある単純な魔法道具に見える街灯も、空の遠く、遥か遠くにある太陽も同じように動く奇妙な世界。逆に言えば、太陽を司る何者かが、街の灯りという小さくせせこましいものすらも制御させられる歪な世界。それは神なのか奴隷なのか。

(不思議な世界ね)

 夜になった街を目的もなく歩く。
 街の中にいる人形たちはその数を少しばかり減らす。それは夜に設定された行動なのだろう。しかし、プレイヤーの数も同じように減って見える。コロンもログアウトしたし、なにか理由があるのかもしれない。

「NPCどこだよ~」
「夜はいないんじゃないの?」
「いや、それは大丈夫なはず。クエストNPCだし。たぶん」

 話し声がするのはプレイヤーだ。
 クエスト。コロンが料理人になるために行っていたことだ。彼らも料理人になるのだろうか。

「居た。こっちだこっち」
「街灯の影にいるなよ~」

 プレイヤーは人形といくつか言葉を交わす。同時にマナの波動を変化させてやりとりをしている。
 鑑定の時の波動よりは、金銭のやり取りの波動に近い。

(なにをしているのかしら)

「よしっ、次いこうぜ」
「ちゃんとフラグ立てた?」
「同じことしか言わなくなったし、大丈夫なはず」

 プレイヤーたちが立ち去る。

(フラグ、ねえ)

 これも丁度いい言葉が存在しない、未知の概念だろうか。
 一番近いのは紋章旗のように聞こえても、先ほどのプレイヤーが紋章旗を持ち歩いているようには思えない。紋章旗は城壁や広間に広げて、誰の領地かを示すものだ。個人で持ち歩くようなものではない。
 翻訳がうまくいってないように思う。

 ならば試してみようと、先ほどプレイヤーが話していた人形に近づく。
 何も話し掛けずに、プレイヤーと同じマナの波動を送ってみる。

「ああ、お前がそうか。話は聞いてるよ。用意は、出来ているようだな……」

 人形は長々と話しをしたあと、次に行く場所を言って黙った。
 もう一度、同じ波動を送ってみる。

「ああ、お前がそうか。話は聞いてるよ。用意は、出来ているようだな……」

 少し考えて、変えた波長を送ってみる。

「誰だい、お前は、用がないなら行きな」

 アリスはなるほど、と思う。
 送る波動の種類で、言葉が変わるらしい。
 始めにプレイヤーと同じ波動を送った時は、人形から送ってくる波動もあった。しかし、適当に変えた波動の時は、人形は言葉を発するだけで、波動は送ってこない。おそらくはこれが「フラグ」というものなのだろう。

 試しにいろんな波動を送ってみる。

「誰だい、お前は、用がないなら行きな」
「誰だい、お前は、用がないなら行きな」
「誰だい、お前は、用がないなら行きな」
「誰だい、お前は……」

 言葉が変わる波動は一種類だけなんだろうか。そうであれば、最初の波動が正解ということになる。

「こんばんは」

 今度はマナの波動ではなく、声を掛けて見る。
 そうすると、短いマナの波動を人形が発してくる。

 プレイヤーと人形とのやり取りと思い出す。
 確か、プレイヤーが話しかけて、人形がマナの波動を発して、プレイヤーが返して、だったはずだ。
 でも、話し掛けなくてもマナの波動だけで人形の言葉は変化する。

(もう少し、調べてみましょうか)

 それから街の中を巡って人形を調べてみた。
 人形には話し掛けても会話を返すだけで、マナの波動は動かないもの、マナの波動が動くものと種類があるようだ。
 マナの波動を送ってくる人形は、最初に調べた人形と同じように、マナの波動を返せば言葉が変わった。

 マナの波動を送ってくる人形は、屋台区画の受付や、商店の店番などの役割を持っているものが大半だ。しかし始めに調べた人形のように、特になにをするわけでもなく、街の中に配置されているだけの人形でも、マナの波動を送ってくる人形がある。
 推測するに、この街の中で特になにをするわけでもなく見える人形が、クエストに関係しているように思う。

(特別なのかしら)

 そう思って人形を分解してみても、他の人形との違いは込められたマナの量くらいだ。
 構造は同じ。マナの量だけが、ほんの少しばかり他の人形よりも多い。

              *

「ん? 朝か。調理はここまでにして、材料を仕入れにいくか」

 窓から入る光で、夜が明けたことに気づく。
 料理人の朝は早い、というわけではない。今日は夜の間、宿の厨房を借りて料理を作っていた、それだけの話だ。
 夜の間は、材料を売ってくれる店が閉まっていたり、街の外の魔物が少し強くなっていたりと、昼間とは違うことが多い。

 レアドロップを求めて夜に狩りにいく者もいる。そういう場合には、昼間のうちに消耗品を買い込んで、狩りの準備をするのが定番だ。
 狩りに出ない者は、街の中で厨房や作業場を借りて生産活動をしていることが多い。こちらも材料は昼間のうちに買うなり、自分で魔物を狩って手に入れて準備をする。
 夜に街の中をうろつくのは、クエストを進めている途中の者くらいだ。店は閉まっていても、クエストNPCのほとんどは昼夜に関わらず同じ場所で待機している。

 料理人として、生産を中心に活動している男にとって、朝は仕入れの時間だ。
 開いたばかりの店にいって食材を仕入れる。この港町では幽霊船の襲撃イベントの度に店が閉まるから、材料は多めに仕入れておきたい所ではある。仕入れた材料を使って、今度は屋台を開きながら、客がいない時間を調理で過ごすのだ。

「もうちょっと、海産物の流通量が増えるといいんだがなぁ」

 NPCの店で買える量は、一日あたりの上限がある。NPCの言い分としては「お前ひとりに全部売るわけにはいかない」だが、そんなものは運営のさじ加減一つなのは明らかだ。
 足りない分は屋台を開きながら、プレイヤーから買い取ることになる。MMOらしくプレイヤー同士で交流しろということなのだろう。

 宿の受付の前を通り、表に出る。
 受付には常に宿の主人が立っているが、厨房から出た時点でレンタルは終了だ。何も言わずに、男は片手だけで挨拶をする。
 男が片手を上げるのは、別に気取っているわけではない。逆だ。NPCとはいえ、人間に見えるやつの目の前を通るのに、なにもなしというのはバツが悪い。そして話掛けても、宿泊は厨房を使いたいのか聞かれるだけだ。
 そうして男が取るようになった行動が、片手を上げての挨拶だった。手の位置は、宿の主人の視線を遮る高さで行う。

「なんだこりゃ」

 宿の外で男が見たのは、転がっている人形。いや、NPCだった。
 白い断面を見せて転がっているのは、マネキンのようにも見える。だがそれは断面だけで、表面はリアルな人形だ。
 アンバランスで気持ちが悪い。
 料理で食材を切ったり、刻んだりしている男は特にそう思う。食材は切っても断面が白くなったりはしない。

 思わず視線を逸らせば、そこにも転がっているNPCの一部。目を遠くに移せば、そこにも何か転がっている。

「なんなんだよ、これ」

 その日、運営には多くの問い合わせが発生した。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?

来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。 そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった! 亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。 「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」 「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」 おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。 現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。 お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、 美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!

おばさんは、ひっそり暮らしたい

蝋梅
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

五十一歳、森の中で家族を作る ~異世界で始める職人ライフ~

よっしぃ
ファンタジー
【ホットランキング1位達成!皆さまのおかげです】 多くの応援、本当にありがとうございます! 職人一筋、五十一歳――現場に出て働き続けた工務店の親方・昭雄(アキオ)は、作業中の地震に巻き込まれ、目覚めたらそこは見知らぬ森の中だった。 持ち物は、現場仕事で鍛えた知恵と経験、そして人や自然を不思議と「調和」させる力だけ。 偶然助けたのは、戦火に追われた五人の子供たち。 「この子たちを見捨てられるか」――そうして始まった、ゼロからの異世界スローライフ。 草木で屋根を組み、石でかまどを作り、土器を焼く。やがて薬師のエルフや、獣人の少女、訳ありの元王女たちも仲間に加わり、アキオの暮らしは「町」と呼べるほどに広がっていく。 頼れる父であり、愛される夫であり、誰かのために動ける男―― 年齢なんて関係ない。 五十路の職人が“家族”と共に未来を切り拓く、愛と癒しの異世界共同体ファンタジー!

「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~

あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。 彼は気づいたら異世界にいた。 その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。 科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。

せっかく傾国級の美人に生まれたのですから、ホントにやらなきゃ損ですよ?

志波 連
恋愛
病弱な父親とまだ学生の弟を抱えた没落寸前のオースティン伯爵家令嬢であるルシアに縁談が来た。相手は学生時代、一方的に憧れていた上級生であるエルランド伯爵家の嫡男ルイス。 父の看病と伯爵家業務で忙しく、結婚は諦めていたルシアだったが、結婚すれば多額の資金援助を受けられるという条件に、嫁ぐ決意を固める。 多忙を理由に顔合わせにも婚約式にも出てこないルイス。不信感を抱くが、弟のためには絶対に援助が必要だと考えるルシアは、黙って全てを受け入れた。 オースティン伯爵の健康状態を考慮して半年後に結婚式をあげることになり、ルイスが住んでいるエルランド伯爵家のタウンハウスに同居するためにやってきたルシア。 それでも帰ってこない夫に泣くことも怒ることも縋ることもせず、非道な夫を庇い続けるルシアの姿に深く同情した使用人たちは遂に立ち上がる。 この作品は小説家になろう及びpixivでも掲載しています ホットランキング1位!ありがとうございます!皆様のおかげです!感謝します!

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

処理中です...