異世界少女は仮想世界で夢を見る

工事帽

文字の大きさ
12 / 55

11.異世界少女は森の中

しおりを挟む
 ガサガサと草を足でよけながら、森の中を歩く。
 ここはサードの街を囲む森の中。森とはいっても、木々に光を遮られた暗い森かというと、少し違う。
 木は森らしい密度で生えてはいるものの、上にはあまり葉がなく、日の光は十分に差し込んでいる。明るいことで、地面には草も多い。

 だが、明るくても、ここが森の中である事実を忘れるわけにはいかない。
 森の中は歩き難い。足元の草、地面から飛び出している木の根。草は絡みつき天然のトラップとなり、木の根のせいで地面は平ではない。
 そして、足元だけを気にかければ、木の上から攻撃が降ってくる。

「キキッ」

 その鳴き声が聞こえたら戦闘開始だ。すぐに声のほうを振り向き、飛んでくる青柿をつかみ取る。

『レッドボトック。赤い尻をした猿。木の上から青柿を投げてくる。一説によるとその体の一部は料理の材料になるとも、強力なエンチャントの材料になるとも言われている』

 猿だ。

 手にした青柿をアイテムボックスに仕舞い込み、剣を抜く。猿は大体の場合、青柿を一つ投げたあとは、木から飛び降りて襲いかかってくる。
 青柿が飛んできた方向に走りながら見上げれば、木から飛び降りてくる猿の姿が見える。
 ギリギリのタイミングで、飛び降りる猿の元へ走り込む。
 土に足をつける寸前に、剣で猿を切り捨てれば戦いは終わりだ。

 ドロップした渋柿をアイテムボックスに入れて立ち上がる。
 残念ながらドロップはハズレ。甘柿なら料理の材料になるが、渋柿は捨て値でNPC行きだ。それに、渋柿よりも甘柿よりも、猿に投げ付けられた青柿のほうが高く売れる。

 この森でエンカウントする魔物は、猿か木の二択だ。

『ユース・トレント。樹木系の魔物、普段は動かないため木のように見えるが、近づくと蔦を飛ばして拘束した上で、枝で攻撃される。木材としては高級。別名、森の守護者』

 木のほうは、木らしくその場から動かない。近づかなければ攻撃されることもないから、実質は猿一択だ。だがそれでいい。猿は強さの割にレアドロップがおいしい。
 青柿もその一つだ。
 倒した時のドロップアイテムとは違って、猿が投げ付けてきたものを手で受け止めることでだけ手に入る。青柿はポーションの材料の材料になるため、プレイヤー相手に高く売れる。そしてもう一つ、こちらのほうが本命だが、青柿は持っているだけでも効果がある。

「キキッ」

 また猿の声が聞こえて戦いが始まる。

 続けて数匹の猿を倒しても、青柿以外のレアドロップは早々でない。
 だが、青柿を集めるだけでレアドロップの可能性は上がっていく。
 それが青柿のもう一つの使い道。持っている数が多ければ多いほど、レアな猿の出現率があがる。そしてレアな猿は色が違うだけで、強さも戦い方も変わらないのに、レアドロップを落とす確率が高い、らしい。さすがに、確率が分かるほどは戦っていないから、攻略サイトの受け売りだ。

「ふぅ」

 一息ついて、サードの街に戻る。
 長時間、森の中で投げ付けられる青柿を警戒するのはキツい。
 ファースト周辺と違って、この森の魔物はアクティブばかりだ。一カ所から動かなくても、いつの間にか近寄ってきた猿が青柿を投げ付けてくる。休憩には街の中に戻るのが一番だ。

 休憩ついでに、プレイヤーが開いている屋台を冷やかしに行く。
 冷やかしに行くだけで、まだ青柿を売ったりはしない。

 ほとんどは見本と値段があるだけの無人販売だ。残りの少しの屋台では料理人が料理をしていたり、薬師がポーションを作っていたりする。
 今日は買うつもりも売るつもりもないが、ミドルHPポーションの値段くらいは確認しておきたい。青柿が材料になるポーションだ。もし高騰しているようなら、青柿を売ることも考えなければいけない。

 だらだらと屋台区画を歩きながら売っているものを見る。
 無人の屋台ならば、鑑定すれば見本の映像と値段が分かる。屋台の奥でプレイヤーが作っている途中だと、わざわざ聞きにいかなければ、何を売っているのか分からない。
 まだ屋台の商品として登録していないからだ。
 料理人の中には、わざと登録せずに、自分で売るロールプレイを楽しんでいる人もいる。
 だが、個人的には売っているものを聞いておいて、買いませんというのも気が引ける。自然と無人店舗から買うことが多い。

 屋台の品物は消耗品が多い。つまり料理とポーションの屋台だ。半分じゃきかないくらいにある。残りのほんの少しが剣や鎧の装備、そして製造で作られる材料。
 薬師や料理人は、ドロップ品を加工すれば品物が完成するらしい。
 他の、例えば剣に特殊効果を点けるには、ポーションを材料として使うこともあるらしい。薬師が作ったポーションを鍛冶師が使ったり、符術師が使ったり。
 広い意味ではこれらも消耗品ではあるのだろう。
 ただ、屋台に「薄緑色の粘液」が置いてあっても、自分にはそれが何に使われる物なのか分からない。

 屋台区画には、売る側と同じくらいに、買いにきたプレイヤーもいる。
 最前線どころか、初心者側に近いこの街にいるプレイヤーは、ほとんどが店売りの装備を身に着けている。
 だからあまり珍しい恰好の人はいない。みんなどこか似たり寄ったりで、装備を見れば、大体どんなスキルを持っているのか分かる。

 少し分かりにくいのは、ローブ姿のプレイヤーだ。
 ファンタジー世界でローブは魔法使いのことが多い。このゲームでは、ローブは服の上から羽織るフード付きマントのことを示す。だから魔法使いじゃなくても構わないし、怪盗や暗殺者のプレイヤーがロールプレイの一環として被っていることもある。
 それでもローブ上からでも、盗賊か魔法使いか、多少の予想はつく。

 例えば、前から歩いてきたローブ姿。
 フードを被っていて顔が見ずらい。赤い瞳に、金色の髪。少しだけ見えるその顔はいつか見たアンティークの西洋人形のようだ。
 体をすっぽりと覆ったローブ。その背中や腰のあたりにも目立った凹凸はない。それはつまり、剣や槌を持ってはいないということ。
 装備している武器や防具はアイテムボックスに入らない。入れるのは一度装備を解除する必要がある。大抵のプレイヤーはそんな手間をかけずに街の中でも武器を持ったまま歩く。
 フード以外には、兜はないようだ。
 であれば、彼女は魔法使いの可能性が高い。

 一瞬、赤い瞳がこちらに向いた気がして、慌てて視線をそらす。
 屋台を見ているふりをしながら通りすぎる。やましいことは何もないけれど。
 目をそらした先の屋台には剣が置いてあった。自分が今使っている短めの剣と同じくらいのサイズ、でもちょっとだけ攻撃力が高い。
 それもそうだ。自分の剣は店売りの品で、プレイヤーが作るような特殊効果はついていない。ただ、この店の剣も攻撃力が少し高くなっているだけで、他の効果はないようだ。

 値段は。無理をすれば買えないことはない。
 例えば、手持ちの青柿を全部売り払うとか。
 選択肢にはならないけれど。
 それに猿を狩ってるだけなら今の剣でも十分だ。なんとかレアドロップを手に入れて、もっと特殊効果の多い武器を買いたい。
 だから、今は買う時じゃない。

 そう自分に言い聞かせて、振り向くと赤い瞳があった。

「ひぅっ」

 つ、と逸らされていく赤い瞳。
 さっき見ていたことで何か言われるのかと思ったら、そんなことはなかった。彼女は一言も発することもなく離れていく。

「び、びっくりしたぁ」

 休憩に来たはずなのに心臓がバクバクする。
 休憩の気分ではなくなった。いや、本当にやましいことは何もない。ただ見てただけだし、屋台区画で見かけただけで、ストーカーでもない。だから大丈夫だ。
 彼女とは別の方向へ足早に進み、サードの街を出て狩りに戻る。

「キキッ」

 その声が聞こえたら戦闘の合図だ。
 青柿をなんとか手で受け止めて、剣を抜く。
 何度も戦いを繰り返せば、バクバクしていた心臓も落ち着き、いつもどおりに戦えるようになる。

「もうすぐ百個か」

 集めた青柿の数だ。攻略サイトによると、百個以上は持っていてもレア猿の遭遇確率は変わらないという。
 それなら百個を超えた分は売ってしまってもいいだろうか。でも、貯めておいて一度に大金を手にするというのもやってみたい。
 そんなことを考えながら狩りを続ける。

「キキッ」

 声がしたほうを振り向くが、その時に限っては青柿が飛んで来なかった。
 そんなときの理由は一つだ。別のプレイヤーが猿に襲われている。
 少し移動しながら探せば、木の影になっていたローブ姿が見える。
 なぜか武器で攻撃もせず、魔法も打たずに猿の首を掴んでいる姿が見えた。

「あっ」

 思わず声を上げる。
 猿の毛色が赤い。レア猿だ。うらやましい。

 声を上げたところで、ローブ姿の人がこちらを向く。
 赤い瞳に刺される。
 心臓がどきどきする。
 屋台区画で見かけた少女だ。

 まさか追いかけてきた? そんなはずはないと、自分ですぐに否定する。
 屋台区画からは別の方向に出たし、サードの街に居た以上は、この森で狩りをしていてもおかしくはない。こんな美少女に追いかけられたなんて、自意識過剰にもほどがある。
 じゃあストーカーだと思われた? それこそ無罪だ。サードの街にいて周囲の森を狩場にしていないのは、職人のプレイヤーか、たまたま街を通りすぎただけのプレイヤーだ。

 彼女はこちらを見つめたまま猿の首を握りつぶした。
 落ちるのは『猿の手』。
 彼女はそれを持って近づいてくる。
 赤い瞳から目が離せない。

「これは?」

 猿のレアドロップだ。自分が欲しいと思っていたもの、エンチャント素材の一つ。とても高く売れる。

「欲しい?」

 それは欲しい。欲しいにきまってる。それが欲しくてこの森で狩りをしていたんだ。『猿の手』一つで、さっき屋台で見かけた剣を買ってもおつりがくる。
 でも、レア猿は彼女が倒してしまった。ドロップ権は彼女にある。自分のものじゃない。

「欲しい?」

 赤い瞳が見える。赤い。ただ、赤い瞳が。


 気づけば街の広場だった。
 見覚えはある、サードの街だ。そしてどの街でも広場はリスボーン地点になっている。

「死んだ?」

 ひとり呟いてみる。
 気付いたらリスボーン地点にいるなんて、死んだとしか思えないけど、死んだ記憶はない。
 赤い瞳。
 なんでここにいるんだろう。
 気づかない間に青柿の直撃でも受けたんだろうか。

「疲れてるのかな」

 その日は、すぐにログアウトすることにした。

 アイテムボックスの中に「猿の手」を見つけたのは、次にログインした時だった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?

来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。 そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった! 亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。 「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」 「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」 おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。 現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。 お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、 美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!

おばさんは、ひっそり暮らしたい

蝋梅
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

五十一歳、森の中で家族を作る ~異世界で始める職人ライフ~

よっしぃ
ファンタジー
【ホットランキング1位達成!皆さまのおかげです】 多くの応援、本当にありがとうございます! 職人一筋、五十一歳――現場に出て働き続けた工務店の親方・昭雄(アキオ)は、作業中の地震に巻き込まれ、目覚めたらそこは見知らぬ森の中だった。 持ち物は、現場仕事で鍛えた知恵と経験、そして人や自然を不思議と「調和」させる力だけ。 偶然助けたのは、戦火に追われた五人の子供たち。 「この子たちを見捨てられるか」――そうして始まった、ゼロからの異世界スローライフ。 草木で屋根を組み、石でかまどを作り、土器を焼く。やがて薬師のエルフや、獣人の少女、訳ありの元王女たちも仲間に加わり、アキオの暮らしは「町」と呼べるほどに広がっていく。 頼れる父であり、愛される夫であり、誰かのために動ける男―― 年齢なんて関係ない。 五十路の職人が“家族”と共に未来を切り拓く、愛と癒しの異世界共同体ファンタジー!

「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~

あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。 彼は気づいたら異世界にいた。 その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。 科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。

せっかく傾国級の美人に生まれたのですから、ホントにやらなきゃ損ですよ?

志波 連
恋愛
病弱な父親とまだ学生の弟を抱えた没落寸前のオースティン伯爵家令嬢であるルシアに縁談が来た。相手は学生時代、一方的に憧れていた上級生であるエルランド伯爵家の嫡男ルイス。 父の看病と伯爵家業務で忙しく、結婚は諦めていたルシアだったが、結婚すれば多額の資金援助を受けられるという条件に、嫁ぐ決意を固める。 多忙を理由に顔合わせにも婚約式にも出てこないルイス。不信感を抱くが、弟のためには絶対に援助が必要だと考えるルシアは、黙って全てを受け入れた。 オースティン伯爵の健康状態を考慮して半年後に結婚式をあげることになり、ルイスが住んでいるエルランド伯爵家のタウンハウスに同居するためにやってきたルシア。 それでも帰ってこない夫に泣くことも怒ることも縋ることもせず、非道な夫を庇い続けるルシアの姿に深く同情した使用人たちは遂に立ち上がる。 この作品は小説家になろう及びpixivでも掲載しています ホットランキング1位!ありがとうございます!皆様のおかげです!感謝します!

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

処理中です...