【本編完結】ダンジョンに置き去りにされたのでダンジョンに潜りません!

夏見颯一

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116.【信頼より餌付け】

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 人生は何が起きるか分からない。
 レキスはそう思った。
 愚兄のヴェンディルがあろう事かフォルクロア家のアイルに暴言を吐いた所為でシュガード家の精霊剣は粉々に砕けた。
 以前から兄はいつか何かやらかすだろうとは思っていたが、結果は一族を巻き込むあまりの惨事だったので、報告を聞いたレキスは思わず大笑いしてしまった。
 背が高くひょろりとしているので令嬢の格好をすると寧ろ女装かと顔を顰められる事が多く、いっその事男の格好をしているレキスとは違い、ヴェンディルの格好は完全に趣味だった。兄の立場と妹の立場を入れ替える提案をしたのも兄だった。
 巫山戯た提案に乗った事に関してはレキスも同罪だとは理解しているものの、その入れ替わりの所為でビネガルの思想に兄同様汚染されていると疑われたのは実に腹立たしい事だった。
 おかげで何日か騎士団から取り調べを受ける事となった。
 レキスには自分が汚染されていない事を証明する手もなく、向こうも白黒はっきりさせる材料もなく長引いていた取り調べは、ある時唐突に終わった。
 フォルクロア家からアイルがシュガード辺境伯家の長女『レキス』とは親しかったとの証言が得られたのだ。
 レキス自身にはそこまでアイルと親しかった記憶はないが、アイル自身がはっきりと証言した事で以前と変わらぬ立場に戻れたのは嬉しかった。
 正直フォルクロア家とは知りながらも、アイルにはこれまで雑な対応をしていたと自覚はしているので、今後は訓練を優先せず学園での昼食には付き合おうと決意した。

 今、たった1人、学園の鍛錬場で剣を振るうレキスは以前とは違う感触に、これまで格別な加護を受けていた事を実感していた。

 数日前、愚兄がS級ダンジョンの踏破を命じられて旅立って行ったおかげなのか精霊の怒りが少し治まったようで、レキスにも味覚以外はそこそこ日常生活には困らない程度に加護が戻ってきた。
 祖父達から格別な加護を得ているとの話は聞いており、加護に頼り切るなとも教えられたレキスは見た目的にもそれ程以前とは変化はない。ただ、以前はいざという時に男性並みの力が振るえる加護を失った事で、このまま騎士科に在籍し続けるのは難しくなるだろうと考えていた。
 15才のレキスはまだまだ背が高いだけで、膂力などの筋力は圧倒的に18才以上の男性が多い騎士科ではあまりに貧弱なのだ。
 さあ、どうする?
 3年の基礎過程は終えているので、王都の騎士団のエリートコースでしかない騎士科にしがみ付く必要はなく、ここで退学しても支障はない。それ自体は問題ない。
 剣を振るうレキスに声をかける者はいなかった。
 同級生達は社交なり何なりに忙しく、学園には来ていないだけだった。カインも今は家で婚約者を決めるための社交に出ているだろう。
「チャンスは必ずものにしろ」
 尊敬するニルア将軍はそう言った。
 そう、ずっと邪魔だと思っていた兄が廃嫡となったのだから、これはチャンスでしかない。
「……フォルクロアが帰宅されるようです」
 影からの伝言にレキスは剣を収めた。
 このチャンスをものにするだけだ。
 レキスは気合いを入れ直してアイルの元へ向かった。


 1人考える事は何人も同時に同じ事を考えると言われる。
「次に剣を与える栄誉を頂ける騎士として、私の兄などはどうでしょうか?」
 なかなか同学年でも顔と名前が一致している者が少ない中で、騎士科に在籍しながらアイルも顔と名前を知っている極少数の1人が目の前の青年だった。
 騎士科でトップクラスの実力を持ち、貴族としても由緒正しい家柄で、顔良し性格良しで、何でも揃っているとの噂もある人物は、よくカインと模擬戦をしているからアイルに覚えられたのだった。
「うーん……」
 シュガード辺境伯家の剣が砕かれた情報は、まだ外には流出していない。
 目の前の青年も当然知らず、代わりの剣を頂く立場になる事を狙ってではなく、
「取り敢えず、我が家を覚えて頂ければ幸いです」
 現在と未来の可能性を繋ぐためにフォルクロアに接触しただけだった。
 そもそも剣は何本とは決まっておらず、シュガード辺境伯の代わりではなくても新しく貰える可能性のあるものである。家を興さず一代騎士として手にして使った者など何人もいるのだ。
 信頼の積み重ねが難しい事を理解している青年は、挨拶だけであっさりと引いた。
 そこはある程度はフォルクロア家の性格からの計算があり、アイルも簡単な話だけで終わった事にある程度は青年に好印象を抱いた。
 危機感を覚えたのはレキスの方だ。
 自然と難なくアイルと親しくなったカインに気付き、フォルクロア家の目に自分が止まるようカインと仲良くし始めた『出来る』同級生が、とうとう自らアイルに接触しているの見てしまったのだ。
 まさか剣を狙っている?
 レキスも絶対という程ではないが、やはり今後もシュガード家が辺境伯としてやっていくのには精霊剣が欲しいとは思っていた。
 あの同級生は全て揃ってカインよりも実力が上……。
 レキスは暗澹たる未来を想像してしまい、足が止まってしまった。
「あ!」
 そのレキスをアイルの方が見付けた。
 嬉しそうに手を振って駆け寄ってきて、
「昼ですか!」
 カイン!
 今は暢気に社交しているだろう相棒にレキスは叫びたい気持ちだった。
 完全にカインはフォルクロアを餌付けしていた。
「あれ? カイン先輩は?」
 どうやら自分はカインとセットで覚えられていた事をレキスは知った。
 普段はそこまで一緒ではないのだが、確かにアイルと会うときはカインと一緒の時だった。
「今日は家だろう。あいつも婚約者を決めないといけないし」
「ああ……貴族ですからね」
 ゼーロ侯爵家の次男のやらかしはカインの将来に暗雲を齎していた。
 騎士科に在籍しているものの騎士の仕事を放棄していた次兄の影響で何処の騎士団に入る事も難しくなり、元々養子で家を出る予定だったカインと結婚したい女性を探す事に至っては更に難しくなった。
 いざとなればカインの実の兄であるオルディクスが手を回すと言っていたが……。
「出来る事なら……カインに剣を渡せないかな?」
 その言葉に、言った本人であるレキスの顔を見た。
 欲よりも逡巡の強い表情は、精霊剣の力に溺れる者の顔ではなかった。
「剣ですか……」
 間違いなく精霊剣の話だとアイルは分かっていた。
 アイルが持っている剣を渡すことに関しては問題はない。ただ剣について色々言われているので、親しいといった理由で決めて良いのかアイルは悩んだ。
「剣さえあれば、シュガード辺境伯家の長女である私の婿になって全てが丸く収まるんだ」
 あまりにシュガード辺境伯家に、レキスに都合のいい話だ。
 相棒ではなく伴侶としてカインを迎え入れる事も出来てシュガード辺境伯家も立て直せる、一番レキスの望み通りの形になる。
 流石にレキスが強欲過ぎたからか、アイルは呆然とこちらを見ている。
 出来る同級生が声を掛けている姿に焦ってしまったとは言え、何らアイルには利のない話だったとレキスは反省した。
「あー……でも何とか……」
「凄い! それだと本当に全てが丸く収まる!」
 アイルはあまりに都合良く全てを解決してしまう提案に感動していたのだ。
 ルードルフのいる王家の守護を司るシュガード辺境伯家も立て直せ、入れ替わりが周知となっても男にカテゴライズされているレキスも婿を得られ、カインに至っては結婚先と就職先のどちらも手に入るではないか。
「直ぐ行きましょう! ゼーロ侯爵家に!」
「え……これはただ我が家的には丸く収まるだけだって!」
 カインの気持ちはどうなるんだとレキスは心配したが、
「大丈夫。貴族です!」
 気持ちよりも立場。
 立場より家。
 そして、カインは断らないと、精霊から色々聞いているアイルは知っている。

 そのままアイルにゼーロ侯爵家に連れて行かれたレキスは卒業後、という話で全てが纏まったと、父に報告した。
 剣が結婚と同時に渡されると聞いて、一番の当事者であるカインとレキスはポカンとしていた事は、今後も一生秘密にしたい。

 シュガード辺境伯は、流石に立て続けだったので倒れた。
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