嘘ばかりの貴方を愛すなんて誰が出来るの?

夏見颯一

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19.【しつこい瑕疵を落とす洗剤が欲しい】

 何とかなると思ったのは誰でしょうか?
 無能なる転生令嬢、しかも悪女にもなり損ねたと言われている私に何が出来るというのでしょう。

「取り敢えず、プライドなど全てを捨て去って聖女様達に謝罪するべきでは?」
「そんな事はやった! でも、目が見えないままなんだ!」
「まだ誠意が足りないだけです。この程度で良いだろうとチョロく思っている心を見抜かれているんですよ」

 私の足下で泣き崩れる神官。
 神殿に入った直後にぶつかった所為で絡まれております。
 流石に気の毒に思う部分もあった私はそっと神官の肩を叩き、

「謝罪は量ではなく、質です。しっかりと何が悪かったのか聖女様に伝え、反省点と改善点を述べた上で今後の計画を語り実行してから、もう一度謝罪すれば許して貰えるかもしれませんが、目が元通りになるかは分かりません」

 取り敢えず、助言をしてみました。
 更に泣き崩れる神官。
 何でこんなに打たれ弱い癖に大きな事をやろうとしたのでしょう。

「アステリア伯爵令嬢、今は相手をしないで奥に行きましょう」

 案内の神官は既になれているのか、冷静に私を急かしてきます。
 目が見えなくなって嘆き悲しんでいる大勢の神官達をかき分けながら、私は神殿の奥の聖女様達が閉じこもっている部屋の前に移動しました。

 ここも人が多いのですが、半分くらいは目が見えている人のようです。
 元々リンカ様の婚約を押していた派閥は、目が見えなくなった上位の神官を世話する下位の神官も目が見えない有様で、神殿はただひたすら混乱の極みにあるそうです。

「アステリア伯爵令嬢。ご足労、誠に申し訳ありません」

 神殿長が深々と頭を下げられました。

「微力ながら、お手伝い出来るなら幸いです」
「宜しくお願いします」

 と、聖女様達の部屋の前に皿が置いてあるのが見えました。
 皿?

「あれは?」
「あそこに聖女様達の食事などを置くのです。まあ、見るのが早いかと」

 神官長の合図で皿の上に果物がおかれました。
 はて?

 直ぐに扉に魔方陣のようなものが浮かび上がりました。
 私が驚きで固まっている中、その中心から触手と思しき何かが伸びて果物を掴んで魔方陣ごと消えました。

「このように聖女様達に食事を……」
「おかしいです」
「今、受け取られて」
「あれは人間ではない何かです」
「……食べ物を持って行かれたので」
「何処に好意的に解釈する余地があるのですか。あれは聖女様ではない何かです」
「……では、聖女様達は?」

 私は思いきり扉に向かって叫びました。

「聖女様達! 何か食べてますか!」
『食べてる! この果実美味しい!』

 まさかあれで届いていたなんて。
 私も青くなっていたのですが、振り返ると神殿長達も顔色が悪いです。

「……正直にお答え下さい。神殿長は先程の触手を何だと思っていたのですか?」
「陸にいるタコが扉に潜んでいるのかと」

 うーん……仕方ない。
 タコの潜む隙間もないのにそう思うなら、もう現実逃避をしているという事でしょう。

 聖女様達が閉じこもって早5日。
 神殿側の疲弊は色濃いという感じですね。
 異常事態に乗じて不審者が入り込むケースが頻発して、対処に当たる聖騎士の方達も忙しいそうです。
 ただ、聖騎士にも目が見えなくなった人がかなりいて、廊下の先に少し見えたシルヴィスは大分幽霊のようになってました。

 さて、どうすると良いでしょう?

「普通に白紙化は無理でしたか?」
「ええ。婚約を進めていた者達は外の人間も目が見えなくなっているので、その隙に何とか出来ないかと思ったのですが、それだと普通に不正になるらしく」
「目が見えなくなったのはラーデン国と同じだと伝えましたよね?」
「善意の方達ですからね。逆にこの現象を、祝福を妨害する魔のものの仕業だと言い張っております」

 とんちんかんの善意でも、良い事をしたら良い結果になると考えている人は、取り扱いが難しいですね。

「いっそ魔に取り憑かれたとして片付けますか?」
「人数が多いので、ちょっと面倒だから避けたいですね」

 そして、神殿には魔物よりも深い闇が巣くっている。

 何人かは事情を理解し謝罪して回復した者もいるというのに、大半の者は未だ自分達の非を理解する事なく嘆くだけです。

「芋羊羹を配って改心し目が見えるようになった者達も多いのですが、それ程の数の芋羊羹は手に入らず」

 まだ芋羊羹はチートしてるし。
 ここは1つ前世的に私が作る場面なような気がしました。
 気がするだけで、残念転生者なので、私は芋羊羹どころか羊羹の作り方を知りません。
 精々カレーの作り方しか……でも既に王都にも広まっているカレーはチートではない筈です。食べて腹も痛めていないので、間違いなくあれは普通です。

 ふと聞こえた人の争う声が徐々に近付いてきました。

「アステリア伯爵令嬢! 早く聖女様達を説得してくれ!」
「無礼だぞ!」

 聖騎士に止められながらも、複数の従者らしき男達に囲まれたブレール子爵令息が姿を現しました。
 貴族だから人に整えさせるので身だしなみはきちんとしてますね。

「取り敢えず、貴方が存在ごと消失すれば解決するのです。何故貴方は皆の為にも雲隠れしていないのですか」
「お前! 我々が苦しんでいるのに、どうしてそんな言い方をする!」
「ですから、貴方が消えるのが一番綺麗な解決方法だと明言しているだけです。皆が苦しんでいるのに、貴方はいつまで欲の皮が突っ張らせているのですか?」
「いや……だから、言い方……」
「言い方を変えれば貴方の希望通りになるなんて訳の分からない事をお考えなのですか? でもまあ、言い方は変えましょう。取り敢えず、生まれる前から今すぐやり直すか出家するかの2択です。お勧めは生まれた事を取り消すです」

 従者に支えられたブレール子爵令息は私を睨み付けようとして明後日の方向を向いておりました。
 それにしても、どうして王都の男は少し言い返されたくらいで涙目で震えるのでしょう。

 もしや、これが前世の受験時に聞いた『もののあわれ』?

 確か前世の日本の中世でも貴族達は何かにつけて泣いておりました。
 なるほど……貴族は何処の世界も貴族という事で、何かにつけて泣くのは仕方ないという事かもしれません。
 でも、自分の事を麿とは言うのは聞いた事ありませんね。

「……ちょっと麿って言って頂けますか?」
「お前! 伯爵令嬢だからって調子に乗るな!」
「伯爵令嬢は立場の名称です。名称に調子に乗る要素はありません。と言うか、貴方も子爵令息である事は調子に乗る理由にはなりません。お分かりですね。私の方が立場が上です」

 誰もやり取りを止めない事を不思議に思って見回すと、神官の方々は多くが体を震わせながら伏しておりますね。
 目が見えなくなるだけではなく、寒さを感じるのでしょうか?

「何度も言うが、私はリンカ様の婚約者だ!」
「私はリンカ様の親友……残念ですが、私の方が確実に貴方よりもリンカ様に愛されております。そうですよね、聖女様!」
『当然私も愛しているわ!』
「ほら。貴方のようなぽっと出の男に入る隙間なんてないのですよ。現実を受け止めて下さい」
「今の声は聖女様の声だった!」
「そういう細かい事ばかり言うから目が見えなくなったんですよ」

 なかなか反省しない。
 これは存在を消すまでに苦労しそうな気がしました。


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